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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(2): 157-158 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940157

特集:緒言特集:緒言

ミトコンドリア研究の最前線と新潮流代謝制御のキープレイヤーの動的なふるまいと創薬への展開Frontiers and new trends in mitochondrial research: Dynamic behavior of key players in metabolic control, and its application to drug discovery

1国立循環器病研究センター研究所研究推進支援部Department of Research Promotion and Management, National Cerebral and Cardiovascular Center Hospital Research Institute ◇ 〒564–8565 大阪府吹田市岸部新町6–1 ◇ 6–1 Kishibe-Shimmachi, Suita, Osaka 564–8565, Japan

2大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, Osaka University ◇ 〒560–0043 大阪府豊中市待兼山町1–1 ◇ 1–1 Machikaneyama, Toyonaka, Osaka 560–0043, Japan

発行日:2022年4月25日Published: April 25, 2022
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ミトコンドリアは真核細胞の細胞小器官(オルガネラ)であり,細胞内エネルギー代謝の中心的な機能を担うことから,古くから注目され生化学的な研究が活発に行われてきた.一方で近年の研究から,さまざまな細胞応答の制御や多様な物質の代謝など,ミトコンドリアは多彩な機能を持っており,ミトコンドリアの機能低下・破綻は,神経変性疾患・代謝疾患など様々な病態や老化に関与することが明らかになりつつある.このようにミトコンドリアは多くの機能を同時に果たすきわめて重要なオルガネラであるが,その多面的な機能・特性がどのように統合的に調整されているか,その高次的制御に関してまだ多くが謎のまま残されている1)

特に,近年はメタボローム解析の技術が大きく進展し,生命科学・医科学研究の一般的な実験手法として広く浸透し使用されるようになっている.生体内の低分子物質の定量的なオミクス解析を行うことで,細胞・組織・個体レベルでの代謝状況の全容を理解できるようになり,さらにさまざまな疾患における知見が蓄積されてきた.近年の多くの遺伝子欠損マウスの病態解析でメタボローム解析が行われており,その結果から,多くの疾患でミトコンドリアの関連する機能の低下を伴うことがわかってきている.ミトコンドリアを専門とする研究者から見ると,「すべての疾患はミトコンドリアが関わる」とも言える状況となってきた.

このようにミトコンドリアへの注目がさらに集まりつつある中で,これからの研究では,多機能ミトコンドリアの「どのような特性が変動しているのか」,また「それが他の応答とどのような因果関係を持つのか」を個別にまた詳細に知る必要性があることが明らかになってきている.そもそも「その細胞・組織のミトコンドリアは,どのような分化した機能・特性を持つか」を基盤的に理解しておく必要がある.また研究者は,膨大なオミクス情報の中から,自分の注目すべきミトコンドリア特性を見いだしその理解を進める必要がある.

現在,ミトコンドリアの機能とその制御に関わる個別の分子機構や酵素反応を生化学的に理解し,またその細胞内での統合的かつダイナミックな制御を知ることは,多様な疾患に対する治療戦略の構築や創薬への応用にとって大きな意義を持つ状況となっている.そこで本特集では,現在注目すべきミトコンドリア特性の研究の最先端を多面的に理解することを目指して企画された.

一般にミトコンドリア内膜のATP合成反応系は呼吸鎖複合体Iから呼吸鎖複合体Vの五つの酵素複合体によって構成されている.解糖系やTCA回路によって生成されたNADHやFADH2はミトコンドリア内膜に存在する呼吸鎖複合体I~IVにおいて酸化され,電子伝達に伴いプロトン(H)能動輸送を行い,最終的には酸素分子を還元して水分子を生成する.そのプロトン駆動力により複合体VはATPを合成する.この反応は酸化的リン酸化(oxidative phosphorylation:OXPHOS)と呼ばれている.

ミトコンドリアはエネルギーを作り出すと同時に正常状態でも活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)を産生する.傷害を受けたミトコンドリアはROSをさらに多く産生することで細胞傷害性に働き,結果的に臓器障害を引き起こす.傷害を受けたミトコンドリアを適切に分解・除去し,ミトコンドリアの品質を管理・維持することは,細胞および臓器の恒常性を維持し,その構造や機能を保護することにつながる.したがって,ミトコンドリアに対する品質管理機構の破綻はさまざまな病気の原因となりうる.ミトコンドリア選択的オートファジーであるマイトファジーの制御機構として最も広く研究が進められているのは,パーキンソン病の原因遺伝子として同定されているPINK1/Parkin介在性マイトファジーである2).これまで,パーキンソン病関連因子の機能詳細はあまり理解されていなかったが,ミトコンドリアに注目することで細胞生物学的な解析が進められ,マイトファジー機構におけるパーキンソン病関連因子の機能の理解が大きく進展した3, 4)

さらに,ミトコンドリアは非常に動的なオルガネラであり,常に分裂と融合を繰り返している.ミトコンドリア機能は,融合と分裂による形態変化,微小管上でのミトコンドリアの移動,小胞体・リソソーム・脂肪滴・メラノソームなど他のオルガネラとの機能的な相互作用などの,ミトコンドリアダイナミクスによって制御される.さらに,このようなミトコンドリアダイナミクスを制御するタンパク質群が細胞のシグナル伝達経路に組み込まれている.たとえば,ミトコンドリア分裂因子Drp1はアポトーシス,Ca2+シグナル伝達,低酸素応答,細胞周期などの細胞イベントと統合する多数の翻訳後修飾によって制御されることが知られている5).特に近年では,ミトコンドリアと他のオルガネラの連携がミトコンドリアの品質管理や機能制御に重要であることが明らかとなりつつある.

一方,ミトコンドリア病と呼ばれるミトコンドリアの異常によって起こる疾病には,ミトコンドリアDNAの異常に起因するものと,核DNAの異常に起因するものとがある.一般的によく知られている核ゲノムとは異なり,ミトコンドリアは独自のゲノム(mtDNA)を持っている.mtDNAはミトコンドリア内で産生されるROSや外的因子である化学発がん物質などの影響を受け,結果として核ゲノムよりも高頻度で突然変異が蓄積するといわれている.mtDNAへの突然変異の蓄積はミトコンドリアのATP産生機能に影響を及ぼし,ミトコンドリア病の原因となるだけでなく,糖尿病などの生活習慣病,パーキンソン病などの神経変性疾患,さらには老化やがん化の原因にもなるという報告が相次ぎ注目を集めている.

本企画ではミトコンドリア自身の形態維持から個体機能制御,外的要因との相互作用から創薬に至るまで,各研究分野・研究技術において最先端で活躍する新進気鋭の若手研究者に,現在の最先端の潮流,さらに未来に向けた展望を踏まえて執筆をお願いしている.幅広い研究分野の研究者の方々のミトコンドリア研究への理解の一助や,ミトコンドリア研究者との協働につながれば幸いである.さらに次世代の科学研究を担う学生・大学院生など若手研究者が,最新の研究からの新しいミトコンドリアの姿に触れて,ミトコンドリア研究の面白さを感じてもらえることを期待している.また,将来的には,モデル動物からヒトに至るまで,たとえばミトコンドリアの各機能の活性化状態を細胞レベル・臓器レベル・個体レベルで非侵襲的に計測できる技術の開発は,広く生命科学・医科学に貢献することが期待される.このような技術により,呼吸活性やミトコンドリア数・形態などを含めた各種の活性の制御に関わる化合物・遺伝子群の同定につながるだろう.これらの研究は,ヒトの疾患や健康に与える影響を科学的に検証できるようになるだけではなく,私たちがミトコンドリアとどのように共生していくべきかを再考する機会になることも期待できる研究領域であり,今後の発展が大きく期待されている.

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