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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(2): 205-210 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940205

特集Special Review

マウス生体内におけるミトコンドリアのエネルギー産生機能評価Evaluation of mitochondrial energy production in vivo

1国立循環器病研究センター研究所研究推進支援部National Cerebral and Cardiovascular Center ◇ 〒564–8565 大阪府吹田市岸部新町6–1 ◇ 6–1 Kishibe-Shimmachi, Suita, Osaka 564–8565, Japan

2富山県立大学生物・医薬品工学専攻Department of Pharmaceutical Engineering, Faculty of Engineering, Toyama Prefectural University ◇ 〒939–0398 富山県射水市黒河5180 ◇ 5180 Kurokawa, Imizu, Toyama 939–0398, Japan

発行日:2022年4月25日Published: April 25, 2022
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ミトコンドリアの生理機能はエネルギー産生,ステロイドやヘムなどの合成,カルシウムや鉄の細胞内濃度の調整,細胞周期やアポトーシスの調整など細胞の生命活動にとって重要な役割を担っている.実際に加齢や神経疾患など多くの疾患でミトコンドリア機能低下が報告されてきている.この生体の機能低下に直結すると考えられているミトコンドリアの機能を評価する方法として,ミトコンドリアの形態・内膜電位・Ca2+動態・ATP計測,さらにはエネルギー代謝フラックス計測を,また,ミクロな世界を捉える電子顕微鏡から臓器・個体,さらにはヒト臨床への応用を見据えた核磁気共鳴画像まで幅広く紹介する.特に,ATP計測は我々が現在進行中の研究についても紹介したい.

1. はじめに

ミトコンドリアは好気性細菌(アルファプロテオバクテリア)が細胞の中で適応した結果,細胞に不可欠な細胞小器官(オルガネラ)として共生したものと細胞内共生説では考えられている.このミトコンドリアは独自にDNAを所有してタンパク質合成を行うことができ,半自律的に増殖し,平均的に細胞あたり数百個存在している.一方で,ミトコンドリアの生理機能はエネルギー産生,ステロイドやヘムなどの合成,カルシウムや鉄の細胞内濃度の調整,細胞周期やアポトーシスの調整など共生している細胞自身の生命活動にとって重要な役割を担っている.したがって,これらのミトコンドリア機能の低下は細胞や個体の機能低下を想像させるが,実際に加齢や神経疾患などさまざまな疾患でミトコンドリア機能低下が報告されてきている.この生体の機能低下に直結すると考えられているミトコンドリアの機能を評価する複数の方法がこれまで開発されてきた.本稿では特に生体内のエネルギー産生を中心に,我々のグループの取り組みと併せて紹介する.

2. ミトコンドリアの形態

ミトコンドリアの形態は教科書的には楕円形または落花生型の構造物で表され,内側にマトリックスのひだ状の構造物が描かれている.しかしながら,実際の一般的な形態は,電子顕微鏡(最近はfocused ion beam scanning electron microscopy:FIB-SEMなど)や蛍光顕微鏡を用いた細胞内レベルの形態解析によると,細胞質全体に糸状の構造物が張り巡らされたように分布して,内部は複雑なクリステ構造を有している1).また,この構造物が絶えず分裂と融合を繰り返している動的な構造変化を起こしている2).ミトコンドリアの融合にはMitofusin 1, Mitofusin 2, Opa1のタンパク質が機能している.一方,ミトコンドリアの分裂にはDrp1が調節分子として機能している3).これらミトコンドリアの動的平衡が異常なマウスなどでは,胚性致死や神経変性疾患,優性視神経萎縮などの疾患を呈することが報告されている.このことから,ミトコンドリアの形態は,ミトコンドリア機能の一つの指標として利用されている.この評価方法はin vitro, in vivoどちらでも利用できうるが,細胞小器官レベルでの解析が必要なため,マクロな解析には向かない.

3. ミトコンドリアの内膜電位

グルコースなどの代謝過程で得られたNADHやFADH2をミトコンドリア内膜の電子伝達系で酸化する際,酸化還元タンパク質群(複合体Iから複合体IV)に電子が渡される過程で水素イオンがミトコンドリア内膜の内側から外側へ輸送される.その結果,ミトコンドリアでは内外で電荷の偏りが生じる.この膜電位を利用して,たとえばATP合成酵素は水素イオンを電位が高い外側から電位の低い内側へ移動させることでエネルギーを取り出し,ADPとリン酸を結合させてATPを合成することが知られている.この過程が進行し,電位差が大きくなり続けると電子伝達から得られるエネルギーでは膜電位に逆らって水素イオンを移動させることができなくなる.この状態になると活性酸素が発生しやすくなり,DNAやタンパク質・脂質を酸化することで細胞にダメージを与え,老化や病気の原因となると考えられている.

このミトコンドリア内膜電位の計測方法には,多くの膜電位感受性の蛍光色素が販売されている.また,遺伝子改変できる蛍光タンパク質としてVSFPなども報告されている.ここでは,古典的な試薬として蛍光色素JC-1, TMRE(tetramethylrhodamine ethyl ester)とMito Trackerについてふれる.JC-1は蛍光親油性のカルボシアニン蛍光色素で,膜電位が高いと凝集体として複合体を形成し赤褐色(励起光585 nm,吸収光590 nm)を発する.一方,膜電位が低いと単量体のままで,緑色(励起光510 nm,吸収光527 nm)を発する.この励起光と吸収光の違いにより膜電位を計測する.一方,TMREは適度な両親媒性のエチルエステルのカチオン性蛍光色素で,膜電位が高いと飽和レベルまでミトコンドリアで高濃度に蓄積し,赤橙色(励起光549 nm,吸収光574 nm)を発する.一方,膜電位が低いと蛍光色素が細胞全体に拡散し,蛍光強度が顕著に低下する.Mito TrackerはGreen, Orange, Red, RedFM, Deep Redの5種類存在し,それぞれの試薬で励起光・吸収光が異なる.また,Orange, Red, Deep Redは固定後も保持されるが,生細胞で一度染色されると,膜電位を失っても染まったままであるので注意が必要である.これらの計測方法は主に細胞培養系では利用されているが,in vivoではこれら蛍光色素体の組織浸透性に依存するなどして,利用が難しい.JC-1は発する吸収光が膜電位により変化するため,バックグランドを無視できる程度まで蛍光色素が組織へ取り込まれれば,膜電位を評価することができるが4),ミトコンドリア膜電位に依存しない化合物特有の凝集など注意が必要である.一方,TMREは吸収光の強度が膜電位により変化するため,試薬の取り込み量を一定にした上で同一細胞の経時的な変化を評価することなどに利用されている.いずれにせよ,化合物の特性などを十分加味した上で,注意深く使用する方がよい.

4. ミトコンドリアのCa2+動態

ミトコンドリアのCa2+動態は細胞質のCa2+動態の時空間パターン形成,代謝,生存などさまざまな細胞機能の制御に関連している.ミトコンドリアマトリックス内のCa2+濃度は,ミトコンドリアCa2+ユニポーター(MCU)を介したCa2+の流入と,Na/Ca2+またはH/Ca2+によるCa2+の流出とのバランスによって調節されている.このミトコンドリア内Ca2+動態計測は遺伝的にコードされたCa2+インディケーター(GECI)の開発により急激に進展した.

GECIとしては,大きく分けてCa2+感受性部分がCalmodulin型とTroponin C型の2種類が存在し,それぞれCameleonsやGCaMPなどと,TN-L15やTN-XLなどである.最近,Cameleonsをミトコンドリアへ局在させた形のノックインマウスが作製され報告された5).しかしながら,primaryの神経細胞や筋細胞,または急性スライスでの解析にとどまっている.

ミトコンドリアによるCa2+の取り込みは,たとえばニューロンの活性化によって形成される細胞質のCa2+トランジェントを緩衝するのに役立つ.これにより,有害なCa2+急上昇に対して細胞を保護する働きを有している.さらにTCA回路酵素や電子伝達系成分の活性を積極的に調節する.アルツハイマー病(AD),ハンチントン病,パーキンソン病などの神経変性疾患を含む多くの病状で,Ca2+ホメオスタシス異常が観察され,Ca2+チャネル活性と細胞種特異的な違いが報告されている6)

5. ATP量の計測

ATPは解糖系とTCA回路から電子伝達系を介して産生され,生体でエネルギー通貨としてさまざまな代謝・酵素反応,シグナル伝達,クロマチン構造,タンパク質の状態調整などの生体恒常性維持に利用されている.細胞は1分子のグルコースから解糖系では2分子のATPが産生され,TCA回路から電子伝達系などを介して完全に酸化してH2OとCO2にすることで,全体で約30分子のATPが産生されることから,通常時に産生されるATPのほとんどはTCA回路から電子伝達系(ミトコンドリア内)で産生されると考えられている.静的なATP量計測系としては,古典的にルシフェリン–ルシフェラーゼ反応を利用した簡便な生化学的方法が利用されており,多くの試薬セットが販売されている.しかしながら,この方法は細胞膜がすりつぶされて細胞外に抽出できたATP量しか計測されない上,計測値が反応時の酸素濃度とpHに依存して変化する問題点を有している.さらに,操作過程で時空間情報が失われるため,生体への適応は困難である.この空間情報を改善した方法が10年ほど前から報告されてきた質量分析イメージング法である.基本的には薄切した試料表面に存在する成分を空間情報を持たせた状態で質量分析法を用いて計測する方法である.多くのタンパク質や代謝物を計測できる一方で,空間情報は十分ではなく,今後は細胞および細胞小器官レベルまで改良の余地がある.その他,生体内のATP量を検出する方法として,紫外可視吸収法,磁気共鳴法などが開発されているが,いずれもATP濃度を1細胞レベルで高解像度に定量することはできない.近年,光学機器および蛍光イメージングの技術革新により,さまざまな組織または臓器深部における生命現象を1細胞レベルで解析するため,蛍光生体イメージングが発展してきた.時を同じくして,いくつかの蛍光ATPセンサーが開発されてきた.その一つとして,ATP/ADP比を2波長の蛍光強度比で測定するPerceval7)が開発された.しかし,pHに対する感受性が高く,結果を解釈するためにはpHの変化も解析する必要があった.一方,フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)を利用してATP単独の濃度変化を測定するAteam8),Queen9),EAF-based ATP biosensor10)などが開発された.また,ATPの濃度変化に応答して,蛍光強度が変化する単色型の蛍光タンパク質を用いたMaLionB, G, R11)も開発された.これらのATP蛍光プローブは目的に応じてさまざまな研究に活用され始めている.

6. ATP可視化マウスの開発

我々が生体内のATP動態を調べる方法を探索して行き着いた候補がPercevalとAteamであった.しかし,Percevalおよび初代のシアン蛍光タンパク質(CFP)と黄色蛍光タンパク質(YFP)を用いて構築されたAteamはpHに対しても感受性が高くて,ATPの変化とpHの変化を区別することが難しく,生体への展開は困難だと考えていた.この困難を克服するためpHに耐性で,Ateamよりも長波長側に変更した新規ATP感受性センサーGoateamが開発されたので,これを用いて生体内でのATP量可視化を検討することにした12)

Goateamは,オワンクラゲ由来緑色蛍光タンパク質(GFP)とサンゴ由来のオレンジ色蛍光タンパク質(Kusabira Orange:KO)を,細菌のATP合成酵素を構成するタンパク質の一つであるε(イプシロン)サブユニットを介して遺伝子工学的に連結させた人工タンパク質である.ATPが低濃度のときには,εサブユニット部分は直線状の構造をしており,Goateam中のGFPとKOの距離は離れる.一方,ATP濃度が上昇するとεサブユニット部分にATPが結合することで,閉じた構造へと構造が変化し,Goateam中でGFPとKOの距離が縮む.この2種類の蛍光タンパク質間距離が近くなるとFRET現象が起こり,GFPを励起してもKOの吸収光が生じる.この原理を利用して,GoateamのGFPを励起したときに発生する吸収光を解析すればATP濃度を推測することが可能になる.ATP濃度の評価は,蛍光顕微鏡を使ってこの細胞のFRET画像(GFP励起・KO吸収光)とGFP画像(GFP励起・GFP吸収光)を取得し,FRET/GFP比(FRET ratio値)を計算することにより実施する.FRETシグナルが高いほどATP濃度が高くなる.このGoateamを細胞質内で発現するマウス個体(以下ATP可視化マウス)の作製に成功したので,これを用いて全身のATP動態を調べることにした.

7. 非侵襲的なATP量の計測

ATP可視化マウスに利用したGoateamが発する吸収光のFRET/GFP比は,原理的に値が小さくなるとATP量が低下し,大きくなるとATP量が増加していることを表している.これまで報告されてきたFRET型蛍光タンパク質プローブで,たとえばAMPK活性を計測できるAMPKARはFRET ratio値が1.2から1.6程度に変化するため,変化量は1.6/1.2=1.33倍程度であった13).一方,今回使用したGoateamはFRET ratio値が0.4から2.0程度に変化するため,変化量は2.0/0.4=5倍と既存のFRET型蛍光タンパク質プローブとしては最大のFRET ratio変化値であった.この大きなFRET ratio変化値を利用すればFRET ratio値からATP量を定量的に計測することが可能ではないかと考えたので,これを検討することにした.

ATP可視化マウスの胎仔からマウス線維芽細胞を樹立し,この細胞を黄色ブドウ球菌由来のα毒素で処理することで細胞膜にATPが通過できるだけの穴を開けた.その後,培養液にさまざまな濃度のMgATPを添加したとき(つまり,細胞内のATP量を変化させたとき)のFRET ratio値を同一細胞で計測した.このとき得られたFRET ratio値と添加したATP量の関係を検討したところ,ATP量が0.1から6.4 mMの間でFRET ratio値がシグモイドカーブを描く検量線を得られることが明らかとなった(図114).つまり,マウス線維芽細胞ではFRET ratio値からATP量を推定できることが示された.この得られた結果を他細胞へ拡張するため,他の細胞・他の方法でも同様の検量線を得ることができるかを検討した.材料としてはマウス受精卵を利用することにした.ATP合成阻害剤である2-deoxy-D-glucoseとAntimycin Aを添加すると,受精卵のATP量が経時的に減少すると予想された.そこで,ATP可視化マウスから受精卵を得た後に2-deoxy-D-glucoseとAntimycin Aを培養液に添加したところ,約18分間でFRET ratio値が底打ちした.この阻害剤添加過程を利用して,0分から18分まで3分ごとに受精卵を回収・粉砕することで細胞内ATP量を生化学的計測した.一方で,マウス線維芽細胞で得られた検量線を用いてFRET ratio値から阻害剤添加過程での受精卵内のATP量を推定した.この二つの結果を比較検討したところ,両方で描いたグラフが一致したことから,マウス線維芽細胞を用いて作成したFRET ratio値からATP量へ変換する検量線は他の細胞へも適応可能であると示唆された(図214).これより,FRET ratio値から定量的にATP量を計測できるという考えに至った.

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図1 マウス線維芽細胞を用いたATP量の定量

(A~D) ATP可視化マウス胚から線維芽細胞を樹立し,α毒素にて細胞膜に穴を空けた後に培養液内に各ATP濃度を入れたときの同じ細胞のFRET/GFP ratio変化.ATP量が高くなるほどFRET/GFP ratioは上昇して寒色から暖色へ変化している.(E) ATP量とFRET/GFP ratioの関係図.

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図2 マウス受精卵を用いたATP量の定量

(A~D) ATP可視化マウス胚(2細胞期)に2-deoxy-D-glucose(2DG)とAntimycin Aを添加すると経時的にATP量が低下している(2分ごとのFRET/GFP ratio図).(E) ATP可視化マウス胚(2細胞期)に2DGとAntimycin Aを添加してから,FRET/GFP ratioから求めた経時的なATP量変化(赤線)と各タイムポイントに生化学的に計測したATP量(青線).

8. ATP量計測の応用

次に,蛍光実体顕微鏡および2光子顕微鏡を用いてマウスのATP量をintravitalで計測してみた.すると,各臓器・細胞でATP量が異なっていることがわかってきた.たとえば,臓器レベルでは,肝臓は約3.4 mM,腎臓は約2.3 mM,膵臓は約5.8 mM,心臓は約3.6 mMであった.一方で,細胞レベルでは,たとえば小腸は陰窩ではATP量が高いが,その周囲の間質細胞では低く抑制されていた.また,膵臓のランゲルハンス島では各細胞のATP量は異なって存在していることもわかってきた(図3).これより,マウス生体内のATP量を細胞レベルで定量的に計測できることが示された14).次にATP動態について検討を行った.冠動脈の左前下行肢を結紮して心筋梗塞を作製しながら,腹腔内臓器のATP動態を1分ごとに60分間計測した結果,たとえば肝臓全体では約31分後からATP量が約3.2 mMから有意に低下し始めたが,その低下には領域特異性が存在するような図であった(図4).そこで,2光子顕微鏡を用いて細胞レベルで心筋梗塞過程での肝臓内ATP動態を計測することにした.その結果,興味深いことに中心静脈近傍のzone3のみで心筋梗塞開始約10分後からATP量の低下が始まり,60分後まで中心静脈近傍のみでのATP量低下は維持されていた(図414).このことは,肝小葉内で門脈側のzone1と比較して中心静脈側のzone3では酸素濃度が低いことや,zone1ではミトコンドリア内でのβ酸化が亢進していることに対してzone3では解糖系が亢進しているエネルギー代謝の違いに関連している可能性を示唆している.

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図3 マウス生体内のATP量可視化

(A) ATP可視化マウス(P0)の腹側のFRET/GFP ratio画像.(B, C) ATP可視化マウス(12週齢)の小腸および膵臓のランゲルハンス島のFRET/GFP ratio画像.いずれも0.1~6.3 mMで表記.

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図4 心筋梗塞発症後の肝臓のATP動態

(A~A″)蛍光実体顕微鏡で撮影した肝臓のATP動態と(B)経時的な変化(赤線が心筋梗塞群,青線がsham ope群).(C~C″) 2光子顕微鏡で撮影した肝臓のATP動態と(D)経時的な変化(赤線が心筋梗塞群,青線がsham ope群).いずれも,グラフ(B),(D)は縦軸がATP量,横軸が心筋梗塞開始からの時間(分),FRET/GFP ratio画像はA~A″は0.7~3.0 mM,C~C″は0.4~2.0 mM.

9. ヒト応用に向けて

超偏極13C核磁気共鳴画像(MRI)は,分子内の炭素13(13C)核のNMR信号を一過的に数万倍に増幅してMRI感度を高めることで,一時的に普段の臨床に使用されている1H MRIと同等の測定感度を得て,その生体内における動態や代謝反応を可視化するMRI技術である.1980年代に超偏極状態の開発は始まり,最初は生体内フリーラジカルの分布画像取得に利用されていた15).2003年に溶液中の13C感度を数万倍に増幅する技術が報告されてから,特定臓器における代謝反応を可視化する超偏極13C MRI代謝イメージングが開発されている16).ピルビン酸は通常ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化へ進むが,がん組織などではピルビン酸脱水素酵素の活性抑制と乳酸脱水素酵素の発現増加などにより解糖系へ進むWarburg効果が知られている.つまり,このピルビン酸の代謝を超偏極13C MRIによりリアルタイムに可視化することで,ヒトを含めた生体内でTCA回路から酸化的リン酸化と解糖系への代謝速度を区別して同時に可視化することができると考えられる.すなわち,ミトコンドリアのエネルギー産生機能を評価できると考えられる.現在,海外では超偏極13Cピルビン酸の臨床試験が始まっており,がん診断では前立腺がん,脳腫瘍,膵がん,腎がん,乳がんなど,ほとんどの臓器に利用され始めている17).また,がん以外の疾患では,糖尿病性心不全への応用も増えてきている18)

10. 将来への展望

ミトコンドリア機能の多くは代謝に利用され,その中でもエネルギー代謝つまりはATP産生に利用されている.現状の機能評価法はミトコンドリアがみえるミクロなレベルでの評価が主流だが,今後は細胞小器官-細胞-臓器-個体レベルでシームレスに直接評価・計測できる方法ができてくると期待している.また個体もモデル動物にとどまらず,ヒトにまで応用可能な技術が開発されるとミトコンドリア機能をターゲットにした創薬だけでなく,疾患治療から健康維持・増進技術へつながる可能性がある.我々のグループでは,一つの技術で細胞小器官から個体までシームレスに評価・計測する方法の一つとしてATP感受性センサーのGoateamをミトコンドリアマトリックス内に局在させたマウスを作製している.また,機能が評価・計測できるようになれば,次は制御・操作できる技術がほしくなる.現在,ミトコンドリアをターゲットにした薬剤開発が日本国内のアカデミアだけでも数か所で行われている.今後はさまざまなモダリティーで直接的または間接的にミトコンドリア機能を制御・操作できるような技術が生まれてくることを期待している.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

山本 正道(やまもと まさみち)

国立循環器病研究センター研究推進支援部特任部長.博士(医学).

略歴

1999年大阪大学工学部応用自然科学科応用生物工学コース卒業,2004年同大学院医学系研究科(濱田博司研究室)早期修了.Samuel Lunenfeld Research Institute (Toronto, Dr. Janet Rossant lab.),大阪大学大学院生命機能研究科助教,武田薬品工業創薬研究所,群馬大学先端科学研究指導者育成ユニット(テニュアトラック助教),さきがけ研究員(恒常性),京都大学医学研究科特任講師・特定准教授を経て,20年より現職.

研究テーマと抱負

生体のエネルギー代謝を計測・操作することで,生体の取るエネルギー戦略を学び,生物・医学・薬学・工学などへ少しでも貢献したい.研究は楽しいのが一番.

ウェブサイト

https://www.ncvc.go.jp/res/divisions/support/

趣味

夏は山や渓流,冬は雪山,平日は保育園とスーパーへ.

岡本 侑樹(おかもと ゆうき)
略歴

富山県立大学生物・医薬品工学専攻,国立循環器病研究センター研究推進支援部大学院生.

研究テーマと抱負

膵臓がんモデルマウスでの生体内ATP動態の計測・解析によるバイオマーカー探索することで,不治のがんから治るがんへ.科学を楽しむ.

趣味

コーヒー,ファッション,車,コンピューター.

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