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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(2): 278-282 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940278

みにれびゅうMini Review

CAPS2タンパク質によるオキシトシンの分泌制御とマウス社会行動CAPS2 regulates oxytocin secretion and is associated with social behavior in mice

1東京理科大学理工学部応用生物科学科Department of Applied Biological Science, Faculty of Science and Technology, Tokyo University of Science ◇ 〒278–8510 千葉県野田市山崎2641 ◇ 2641 Yamazaki, Noda, Chiba 278–8510, Japan

2神戸大学大学院医学研究科博士課程Kobe University Graduate School of Medicine ◇ 〒650–0017 兵庫県神戸市中央区楠町7–5–1 ◇ 7–5–1 Kusunoki-cho, Chuo-ku, Kobe-shi, Hyogo 650–0017, Japan

発行日:2022年4月25日Published: April 25, 2022
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1. はじめに

脳や末梢系に作用するペプチド性神経伝達物質は,小胞体–ゴルジ体経路で産生されたのち,有芯小胞(dens-core vesicle:DCV)に貯蔵される.その後,DCVは分泌部まで小胞輸送され,細胞刺激により生じる細胞内Ca2+濃度の上昇に依存したSNAREタンパク質複合体と関連分子群の働きによって形質膜と膜融合する.その結果,形成される融合小孔から,DCV内腔のペプチドは細胞外へと開口放出される.CAPS(Ca2+-dependent activator protein for secretion)は,SNAREタンパク質や形質膜のPIP2(phosphatidyl inositol bisphosphate)と相互作用することで,膜融合直前のプライミングと呼ばれるステップを促進的に制御するタンパク質と考えられている1)図1).哺乳動物ではCAPS1/Cadps1とCAPS2/Cadps2の2種類のタイプが存在する.両タイプは共発現する領域以外はおおむね相補的な脳発現分布を示す.CAPS1は,神経細胞や神経内分泌細胞におけるカテコールアミンの分泌を制御する因子として最初に分離され,遺伝子欠損(KO)マウスは生後まもなく呼吸不全で致死となる.一方,CAPS2は,神経栄養因子のBDNFやNT-3の分泌を促進し2),KOマウスはやや小型な体型で生存するが,小脳などのシナプスの発達や機能に軽度な欠損がみられ,ホームケージでの社会行動や母親の養育行動などの低下が観察される3, 4).これらのことから,CAPS1とCAPS2は共通するものだけでなくそれぞれに特異的な伝達物質の分泌制御に働くと考えられる.

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図1 CAPSによる有芯小胞の開口放出制御機構

カテコールアミンやペプチドを含有する有芯小胞の開口放出現象はドッキング,プライミング,フュージョン(膜融合)の3ステップを経由する.細胞刺激を受けて電位依存性Ca2+チャネルVDCCや細胞内Ca2+放出チャネルRyRの働きで細胞内Ca2+濃度が上昇すると,有芯小胞はSNARE複合体(Syntaxin-SNAP-VAMP)とSynaptotagminなどの関連分子の作用によって細胞膜と膜融合する.この際に形成される融合小孔から含有物が細胞外へ開口放出される.CAPSは,細胞膜のPIP2とSyntaxin, および小胞膜と結合し,Munc13とは異なった作用で,膜融合直前のプライミングステップを促進し,放出準備完了の小胞状態に寄与すると考えられている.

オキシトシン(oxytocin:OXT)は,9アミノ酸からなる生理活性ペプチドで,視床下部の室傍核(paraventricular nucleus:PVN)と視索上核(supraoptic nucleus:SON)に分布する大細胞性OXTニューロンにおいて合成されたのち,DCVに取り込まれて軸索投射先となる下垂体後葉へ小胞輸送され,ペプチドホルモンとして血中へ放出される.また,中枢神経系にも投射して,神経ペプチドとして前頭前野,帯状皮質,線条体,側坐核,海馬,扁桃体,尾状核,分界条床核,内側視索前野,外側中隔,嗅球などで分泌される(図2).大細胞性OXTニューロンは,細胞体–樹状突起からもOXTを自己分泌・傍分泌する(この他に,小細胞性OXTニューロンがあり,脳幹や脊髄,および大細胞性OXTニューロンに投射して痛覚などに関係することが知られている).OXTの分泌にはSNAREと関連因子の関与が示されているが,詳細な制御機構はわかっていない.OXTの機能としては,これまで知られていた分娩や射乳を促進する作用の他に,近年,男女を問わず共感や愛着を高めたり,社会性やコミュニケーションに障害を持つ自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)患者の症状を改善したりする作用が報告されている.特に,完治療法のないASDの有望な治療薬の候補として注目されている5)

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図2 オキシトシンの分泌経路と社会性に関連する神経作用経路

オキシトシン(OXT)は視床下部の室傍核や視索上核(ここでは表示なし)のニューロンで産生され,軸索投射先の①中枢神経系の社会性関連の脳領域や,②脳下垂体後葉から血中の末梢循環系へ放出される(CAPS2はOXT分泌に関与する).後者のOXTの一部は血液脳関門(BBB)を経由して脳に作用すると示唆される.また,間接的に作用する例として,③経鼻投与したOXTがBBBあるいは求心性神経を介して脳に作用する経路,④脳腸相関によるBBBあるいは迷走神経経由でOXTニューロンを活性化する経路が示唆されている.

本稿では,CAPS2がオキシトシンの分泌を制御し,それによってASDに関連した社会行動に寄与することを示した最近の研究成果を中心に概説する.

2. CAPS2の遺伝子変異とASD関連遺伝子

前述したように,CAPS2は社会性に関連した生理活性を持つ分泌性因子の開口放出に関与すると示唆されてきた.ASDとCAPS2遺伝子との関連性については,ASD患者の一部において,健常者にはみられないCAPS2の一塩基変異(single nucleotide variant:SNV)やコピー数変異(copy number variation:CNV),本来まれな選択的スプライシング型の発現異常など,遺伝子変異や発現変化に関する複数例の報告がある3).また,前述のように,CAPS2 KOマウスが,GABA抑制性シナプスの異常や小脳小葉形成の不全などの脳の形態や機能の異常,および社会行動の低下や不安様行動の増加,母性行動の低下,日内リズムの欠損などといった行動異常など,ASDに特徴的な病態に類似した表現型を示すことも報告されている3, 4)

ASDは,社会的コミュニケーション障害と,興味の限局や反復・固執行動を中核症状とする脳発達障害である.米国の統計では59人に1人ほどの高率で発症するとされ,男女比では4:1で男性に多い.一卵性双生児における発症一致率の高さなどから遺伝的要因が強く関係し,特定の症例以外はさらに非遺伝要因が相互作用して発症する多因子疾患と考えられている.しかし,ASDの発症メカニズムは不明である.ASD患者のゲノム解析などによってさまざまな遺伝子でSNVやCNVが検出されており,現在までにその数は実にヒトゲノムの全遺伝子の5%(1000個)以上にのぼる.複雑精緻な脳の発生・発達と機能発現には多数の遺伝子が関与し,ASDの有病率はきわめて高く症状には多様性があることを考えると,この遺伝子数はうなずけるが,おそらくリスクを高めるキーとなる遺伝子があると予測される.特にシナプスや神経回路の形成・発達に関わる遺伝子が多く,こうした遺伝子に変異を導入したモデルマウスが作製され,実際に社会行動異常を発症することから関連性が示唆されてきた.これらの中にはDCVの分泌制御に関わる遺伝子も含まれており,CAPS2の他にもSCAMP5CLIC4などがある6).したがって,CAPS2がどのような社会性関連因子の分泌促進に働くのか解明が待たれていた.

3. オキシトシン分泌経路と社会性

OXTの主な分泌経路には,軸索投射先によって,①視床下部から社会性関連の脳領域へ直接放出される中枢神経系経路と,②視床下部–脳下垂体経由で血液中へと放出される末梢循環系経路の二つに分かれる(図2).この他に,最近注目されている直接投射先とは異なった③経鼻投与OXTの中枢神経系への作用経路,および④脳腸相関によるOXT促進経路も含めて,最近の研究動向を概説する.

①中枢神経系経路

近年,OXTは,中枢神経系経路を介して放出されさまざまな作用(ストレスや不安の軽減,痛みの緩和,摂食抑制など)を示すことが明らかとなった.特に絆や愛着などの社会行動や母性行動との関連が注目されている.OXTは,脳内に発現する受容体OXTRと,一部はOXT類似ペプチドであるバソプレシン(arginine-vasopressin, AVP)の受容体V1aR, V1bR,およびV2Rにも作用し,共役するGタンパク質(V2RがGs以外はいずれもGq/11と共役する)を介してさまざまな生理機能をコントロールする.動物モデルを用いた研究により,中枢へ分泌されたOXTは社会行動や母性行動などの制御に重要な脳領域で作用することが示されている(図2).たとえば,OXTが,報酬系のドーパミンニューロンが存在する腹側被蓋野やその投射先の側坐核に作用して社会的な興味を増加させること,情動・共感に関与する島皮質に作用して別個体の情動状態を認知する能力に作用することなどが報告されている7, 8).ASD患者では,OXTR遺伝子や,OXT分泌を促進するCD38(リアノジン受容体RyRの活性に促進作用を持つcADPRの合成酵素)の遺伝子に変異を持つ例が報告されている9).一夫一婦制の生態を持つプレーリーハタネズミの研究では,側坐核のOXTRを人工的に阻害するとパートナーを認知する能力が低下する10).また,OXTOXTRのKOマウスでは社会行動時間や社会的記憶能力が低下し,母性行動に異常が観察されている11–13)

②末梢循環系経路

脳下垂体後葉の軸索終末から血液中へ放出されたOXTが,分娩時の子宮収縮や授乳時の乳汁分泌などを促進することはよく知られている.一方,ASD患者では血中OXT量が低下傾向であることから,血中OXTとASDとの関連が示唆されてきた.近年,血中OXTが,RAGEという糖タンパク質の一種を介して,血液脳関門を透過することが報告された14).このことから,末梢血液循環由来のOXTの一部が脳内に作用している可能性が示唆される(図2).

③外来性OXTの経鼻投与後の中枢性作用

外来性のOXTをヒトに経鼻投与すると,血液脳関門を通過し(あるいは求心性神経を経由して)脳へと到達して,信頼感が増加し,ASD患者の対人コミュニケーション障害や常同行動,不安様症状などが改善されることが報告され,大きな反響を呼んでいる5)図2).また,シナプス足場タンパク質でASD関連遺伝子であるShank3bのKOマウスや,低社会性を示す自然発症のBTBRマウスなどにおいても,OXTの経鼻投与が社会性の向上に作用するとの報告がある15)

④脳腸相関による経路

近年,腸内細菌を介して脳内のOXTニューロンが活性化され,社会性が改善される“脳腸相関”の新たなOXT関連経路の存在が示唆された(図2).腸内細菌Lactobacillus reuteri(ロイテリ菌)が,腸の迷走神経を介して視床下部OXTニューロンに作用して細胞数を増加させる効果を持ち,腸内細菌叢におけるロイテリ菌の割合が低下を示すShank3 KOやBTBRなどのASDモデルマウスに,ロイテリ菌を経口投与することでその割合が野生型に近づき,OXTニューロンの活性化と社会行動の改善が起きる15)

以上のように,OXTの生理作用とASD様の行動異常との間には多くの関連性が実証されており,OXTの分泌制御機構が注目される.

4. CAPS2はオキシトシン分泌を亢進し,それにより社会行動に関与する

これまでの研究において,CAPS2が社会性を亢進する生理活性を持った分泌性因子の開口放出に関与していると考えられていたが,その実体は不明であった.一方で,CAPS2はOXTニューロンの存在する視床下部や脳下垂体後葉に局在することが報告されていた.これらの背景より,筆者らは,CAPS2がOXT分泌制御を介して社会性に関与すると仮説を立て,CAPS2 KOマウスを用いた解析で検証した16)図3).

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図3 CAPS2欠損マウスにおけるOXT分泌低下と社会行動異常

(A)視床下部室傍核(PVN)と(B)脳下垂体後葉(PP)におけるOXTとCAPS2の免疫組織化学的な共局在性(中葉:IP)(CAPS2はAVPとも共局在する).(C) CAPS2 KOマウスのPPにおけるOXT免疫シグナル強度の低下.(D) ELISA解析によるKOマウス血漿OXT濃度の低下.(E) CAPS2 cKOマウスの社会行動がコントロールと比較して低下.(F) OXT経鼻投与後のCAPS2 cKOマウスにおける社会行動の改善効果(文献15より改変).

1)CAPS2はオキシトシンニューロンに発現する

OXTの産生ニューロンとその分泌部位にCAPS2が局在するかを検証するため,著者らは,マウス視床下部のPVNと,その投射先の脳下垂体後葉を免疫組織化学染色で解析した.その結果,PVNニューロンにおいてCAPS2陽性シグナルはOXT陽性シグナルの約65%と共局在することが明らかとなった(図3A).また,脳下垂体後葉においてもCAPS2陽性シグナルはOXT陽性シグナルと共局在しており(図3B),さらにCAPS2陽性シグナルは脳下垂体後葉の分泌先である血管の近傍に多く分布することが示された.

2)CAPS2 KOマウスはOXT分泌低下を示す

次いで,CAPS2 KOマウスにOXT分泌の異常があるかを調べるため,ELISA法により血漿中OXT量を測定する実験を行った.その結果,KOマウスは血中OXT量が野生型マウスよりも低下することが明らかとなった(図3D).さらに,免疫組織化学染色により脳下垂体後葉のOXT免疫シグナル強度を測定し,野生型マウスと比較したところ,KOマウスは脳下垂体のOXTのシグナル強度が野生型マウスよりも増強していることが明らかとなった(図3C).このことから,KOマウスでは血中へ分泌されなくなったOXTが脳下垂体の軸索に蓄積していると考えられ,CAPS2がOXT分泌の制御に関与することが示唆された.

3)OXTニューロン特異的CAPS2欠損マウスは社会行動異常を示す

さらに,CAPS2の欠損によるOXT分泌低下が社会行動に影響するのかを調べるため,OXTニューロン特異的にCreタンパク質を発現するOXT-iCreマウスと,Cre依存的にCAPS2遺伝子を欠失させることが可能なCAPS2 floxマウスを交配させ,OXTニューロン特異的にCAPS2を欠損したCAPS2コンディショナルノックアウト(cKO)マウスを作製し,社会行動解析を行った.本解析では,一匹飼いされた居住者(resident)マウスのケージに,初見の侵入者(intruder)マウスを侵入させたときの社会的相互作用を評価する試験により,cKOマウスとコントロールマウスを比較解析した.その結果,cKOマウスは社会行動時間がコントロールマウスと比較して低下することが明らかとなった(図3E).さらに,OXTを経鼻投与することで,cKOマウスの社会行動時間が正常化されるかを調べる試験を行った.その結果,OXTを経鼻投与したcKOマウスは,コントロールの生理食塩水を経鼻投与したcKOマウスと比較して社会行動時間が増加することが明らかとなった(図3F).

これらの結果よりCAPS2がOXT分泌を介して社会行動に関与することが示された.

5. おわりに

ASD発症リスクには多様な遺伝子変異の組合わせが関与していると考えられ,そのメカニズムを理解するためには多角的な解析が求められる.筆者らは,CAPS2によって,社会性ペプチド/ホルモンOXTの分泌が促進され,社会行動に影響しうることを明らかにした.ヒトASD患者においてもCAPS2のSNVやCNV,スプライシング異常が確認されていることから,CAPS2依存性OXT分泌制御の破綻がASD様の社会性異常の発症リスクを高めると示唆される.今後,CAPS2を基軸としたASDの分子診断や創薬への応用に発展することを期待している.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した内容の一部は土屋文化振興財団の支援を受けて行われました.ここに感謝いたします.

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著者紹介Author Profile

藤間 秀平(ふじま しゅうへい)

神戸大学大学院医学研究科博士課程.修士(理学).

略歴

2018年東京理科大学理工学部卒業.20年同大学院理工学研究科修士課程修了.同年神戸大学大学院医学研究科博士課程入学.

研究テーマと抱負

自閉症の社会性異常にかかわる脳内神経機構に着目した解析を行っています.オキシトシンなどの分子レベルの解析から神経回路レベルの機能的な解析に至るまでの幅広い視点から神経疾患の病態メカニズムを明らかにしたいと思います.

ウェブサイト

https://www.med.kobe-u.ac.jp/physiol/index_j.html

趣味

読書と映画鑑賞.

古市 貞一(ふるいち ていいち)

東京理科大学理工学部嘱託教授.理学博士.

略歴

1980年信州大学理学部卒業,86年東京都立大学大学院博士課程中退(83~86年ニューヨーク州立大学ストニー・ブルック校),86年岡崎基礎生物学研究所協力研究員,89年同助手,92年東京大学医科学研究所助教授,99年理化学研究所脳神経科学研究センターチームリーダー,2011年東京理科大学教授,21年より現職.

研究テーマと抱負

脳の発達とその障害の分子神経科学,脳遺伝子発現データベースBrainTxとニューロインフォマティクス.

ウェブサイト

http://www.lmn.bs.noda.tus.ac.jp/

趣味

Hand call bell集め

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