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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(2): 283-287 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940283

みにれびゅうMini Review

核膜孔複合体の動態と新たな機能Structural dynamics and new function of nuclear pore complexes

1金沢大学新学術創成研究機構Institute for Frontier Science Initiative, Kanazawa University ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-cho, Kana­zawa, Ishikawa 920–1192, Japan

2金沢大学ナノ生命科学研究所WPI Nano Life Science Institute, Kanazawa University ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-cho, Kanazawa, Ishikawa 920–1192, Japan

3金沢大学生命理工学類College of Science and Technology, Kanazawa University ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-cho, Kanazawa, Ishikawa 920–1192, Japan

発行日:2022年4月25日Published: April 25, 2022
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1. はじめに

真核細胞では,核と細胞質は核膜により仕切られており,核膜に形成される核膜孔を通じて核–細胞質間の分子輸送が行われる.核膜孔は核膜を貫くチャネルであり,ヌクレオポリン(nucleoporin:以下NUPs)と呼ばれるタンパク質が集まってできた核膜孔複合体(nuclear pore complex:以下NPC)により形成される.NPCの役割は核膜物質輸送に限定されず,転写制御因子やクロマチン構造の空間的制御にまで及び,NPCはゲノムの機能発現の基盤となる核内構造プラットフォームを形成する1)

NPCの作動原理を理解するためには,NPCの構造に関する情報が必要であり,これまでにさまざまな手法(電子顕微鏡,原子間力顕微鏡,超解像顕微鏡,プロテオミクス解析等)が用いられてきたが,NPC全体の構造は解読されていない.その理由として,NPCは約120 MDa,約30種類のNUPsからなる複雑かつ巨大な複合体であり,動的でフレキシブルな構造であることが挙げられる.また,生命科学データの蓄積により,NPC構成因子NUPsの発現量や翻訳後修飾がダイナミックに変化することで,NPCの構造動態ならびに機能の高次化が起こることもわかってきた.

本稿では,細胞の状態や環境要因により変化するNPC構造・機能の高次化と疾患との関わりについて,最近の報告を基に紹介したい.

2. NPCの構造ナノ動態と輸送制御

約30種類のNUPsから構成されるNPCは,細胞質と核をつなぐ唯一のチャネル「核膜孔」を形成し,核膜における選択的分子ナノゲートとして機能する2).NPCは八方対称構造を特徴とし,中心孔においては,疎水的なフェニルアラニンとグリシンに富む領域(FGリピート領域)を持つNUPs(FG-NUPs)が主成分である(図1A).FGリピート領域は特定の構造をとらない天然変性領域であり,これらが絶えず動的に相互作用することで,核と細胞質間を条件的に隔てている3).このように,膜を介さず周囲から仕切られた状態は相分離現象として知られており,含有アミノ酸組成が偏った領域を持つタンパク質や核酸(RNAやDNA)が集積することで形成される4).細胞内相分離は細胞質や核内のさまざまな場所で形成され,特定反応を進めるための場として機能していることがわかり,生命反応を達成する基盤機構として注目されている.よって,FG-NUPsが駆動する煩雑な環境の形成・作動原理には,NPCによる選択的な分子輸送システムの本質が秘められていることが期待される.

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図1 核膜孔複合体の構造と動態

(A)八方対称構造を特徴とする核膜孔複合体の構造.フレキシブルなFG-NUPs(NUP214, NUP358, NUP153, NUP62, NUP58, NUP50など)が核膜孔の末端ならびに中心孔に存在する.(B)高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)による核膜孔の観察.細胞質側からみた核膜孔の構造.(C) HS-AFMによる中心孔フィラメントの動態観察.フィラメント構造が可逆的に結合・解離を繰り返す.

筆者らは,試料の構造動態をナノスケールで観察できる高速原子間力顕微鏡を用いて,ヒト大腸がん細胞より単離した核膜上のNPCを解析した(図1B2).中心孔は多数のフィラメント構造が存在し,絶えず集合と解離を繰り返すようすが観察された.興味深いことに,正常細胞と比較すると,がん細胞ではFG-NUPsの発現量が上昇し,NPC中心孔のフィラメント動態はより活発であり,可逆的な結節構造や中心プラグ様構造が形成されていた(図1C).特に,大腸がん細胞で過剰に発現するFG-NUPsの一つであるNUP214が,がん細胞特有のバイオフィラメントの動態・機能制御に関与していることが明らかとなった3).また,Zhangらは環境の酸化・還元状態の変化によりNPCチャネルの内部構造と機能が変化することを報告している5).酸化還元状態に応じてNUPsに存在するシステインを介したジスルフィド結合が変化し,チャネル内部の分子の混雑度が影響を受け,核膜分子輸送が制御される5)

細胞の種類や環境要因に加えて,NUPs分子に起こる翻訳後修飾もNPCの機能を調節する要因である.ERK/MAPキナーゼによるNUPsのリン酸化は,輸送運搬因子(インポーチン)とFG-NUPsの相互作用を阻害し,NPCによる核内移行が抑制される6).次いで,筆者らは,上皮分化誘導型キナーゼROCKは,NUP62-FG領域のリン酸化により,未分化維持に必要な転写因子TP63の核内移行を抑制することを報告した7)

天然変性領域に起こる翻訳後修飾は,液–液相分離の成熟・解体に寄与することを考えると4),NPCのフレキシブルな構造を特徴づけるFG-NUPsの量的・質的な変化により相分離環境が制御され,さまざまな状況に応じた核–細胞質間輸送に対応していると考えられる.

3. NUPs発現異常と疾患

高等真核生物の発生・分化過程では,細胞の形成制御に関わる遺伝子が活性化される.これら遺伝子の発現を制御する転写因子が効率よく働くためには,転写因子の運搬に関わるインポーチンや核膜孔の多様化が必要である7, 8).また,NUPs発現様式による核膜孔の多様化は,核膜孔近傍における細胞アイデンティティの確立に必要な遺伝子の発現制御に関与しており(図2),NUP153は重要な遺伝子を強力に誘導するスーパーエンハンサー(SE)を形成する9).細胞の運命決定や発生・分化過程において,NPCが分子輸送やゲノム相互作用を介して遺伝子発現制御に関わることを考えると,がんなどの病態制御に関与していることは驚くべきことではない.

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図2 核膜孔近傍における遺伝子発現制御

核膜孔近傍では,NUPsが転写因子やエピジェネティクス制御因子と協調して,細胞形質決定に関わる遺伝子の発現が調節される.

がんはゲノム異常が原因で起こる疾患であるが,後述する融合遺伝子を例外とし,NPC関連遺伝子の異常頻度はさほど多くなく,むしろ病態特異的に認められるNUPs発現様式によりがん細胞の悪性形質が制御されている.筆者らは,NUP62は扁平上皮がんで過剰発現し,がん細胞増殖に必要な転写因子TP63の核内移行を制御していることを報告した7).また,NPCは核膜孔近傍にSEを局在化させ,転写されたmRNAを効率的に細胞質へ運搬し,がん遺伝子の発現を上昇させることが示された10).ごく最近の筆者らの研究により,NPCによるSEの局在化には,がん細胞で過剰発現するNUP153タンパク質のFGリピート領域とSE構成タンパク質との相互作用が関わる知見を得ている.

このように,病態特異的にみられるNUPsの過剰発現は,選択的な分子輸送やクロマチン局在制御を介して病態制御に関わる遺伝子発現ネットワークの確立に寄与していると考えられる.一方,細胞種特異的NUPs発現様式の確立に至るエピジェネティクス機構や分子メカニズムについてはほとんどわかっていない.また,NPCによるクロマチン局在・機能制御機序については,①核構造と結びついたゲノム構造,②NPCと標的クロマチンとの間の特異性について考慮する必要があり,核膜周縁におけるクロマチン構造の詳細な解析が必要である.これらを統合的に理解することで,病態特異的NUPs発現様式を介した遺伝子発現メカニズムの全貌が明らかになることが期待される.

4. NUP98遺伝子異常と白血病

白血病においては,NUP98は染色体転座によりさまざまな遺伝子との融合遺伝子を形成することが知られており,これまでに約30種類のNUP98融合タンパク質が同定されている.興味深いことに,いずれのNUP98融合遺伝子タンパク質も,NUP98のN末端に存在するFGリピート領域を含み,C末端にはパートナー遺伝子に由来する転写制御領域を含んだキメラタンパク質を産生する.たとえば,NUP98-HOXA9ではHOXA9に由来するDNA結合ドメインが存在し,細胞の分化制御で重要な役割を果たすホメオボックス(HOX)遺伝子が存在するゲノム上に集積し,HOX遺伝子の発現を過度に活性化する11).ごく最近,NUP98融合遺伝子に由来するキメラタンパク質は,NUP98に由来するFGリピート領域により複数の転写制御因子を呼び込み,液–液相分離からなる強力な転写環境の形成により,がん遺伝子を活性化することが報告された12).一方,NUP98のFGリピートによる相分離形成能力がどのようにNPCによる核膜分子輸送や核膜孔近傍で起こる遺伝子発現制御に関与しているかについては不明であり,今後取り組むべき重要な課題であろう.

5. ウイルス感染症におけるNPCの動態・機能

SARS-CoV-2は,高い感染力と重篤な感染症を引き起こすRNAウイルスであり,21世紀に未曾有のパンデミックを引き起こしている.SARS-CoV-2のRNAゲノムには27種類のタンパク質がコードされており,4種類の構造タンパク質,7種類のアクセサリータンパク質(ORF3a~ORF8),16種類の非構造タンパク質(NSP1~NSP16)を含む(図3A).ウイルスタンパク質と宿主細胞タンパク質との網羅的な相互作用解析が行われ,特定のNUPsがウイルスタンパク質の標的となることが明らかとなった13).我々は,ORF6がNUP98やRNA運搬因子RAE1の動態・機能を妨害し,宿主細胞のmRNA核外搬出を抑制すること14),また,NSP9は翻訳されたNUP62の核膜移行を阻害し,初期免疫応答に関連する遺伝子を活性化する転写因子NFκBの核内輸送を抑制することを見いだした15).これらは,各々のウイルスタンパク質がNPCの機能抑制により,宿主細胞における遺伝子発現や抗ウイルス応答を妨害し,ウイルス複製に優位な環境を形成していることを示唆する(図3B).

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図3 ウイルス感染細胞で阻害される核膜孔複合体の機能

(A) SARS-CoV-2がコードするウイルスタンパク質.(B) ORF6はNUP98ならびにRAE1を標的とし,宿主細胞のmRNA核外搬出を妨害する.NSP9はNUP62の核膜孔への局在を阻害し,炎症性サイトカイン発現に関わる転写因子NFκBの核内移行を抑制する.

一方,ウイルスタンパク質はすべてのNUPsを標的としておらず,ORF6やNSP9が特定のNUPsに対して特異性を示す理由は不明である.今後,ウイルスタンパク質の標的分子特異性を生み出す分子機序の解明により,ウイルスタンパク質の機能を阻害する低分子化合物の創成やSARS-CoV-2感染症に対する新規治療法開発につながることが期待される.

6. 今後の展望

NPCの構造・動態・機能は,我々が想像する以上に細胞の種類や状態でダイナミックに変化し,多彩な生命現象を支えることがわかってきた.特に,FG-NUPsが駆動する相分離は,NPCの構造・機能高次化に至る基盤機構であることが考えられる.今後,相分離を調べるための研究ツール開発16)やシングルポア解析などのさらなる技術開発により,NUPs発現様式に依存したNPCの構造変化と作動原理の解明につながることが期待される.

謝辞Acknowledgments

本稿の執筆にあたり,ご協力いただきました金沢大学・新学術創成研究機構・小林亜紀子特任助教に感謝申し上げます.

引用文献References

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3) Mohamed, M.S., Hazawa, M., Kobayashi, A., Guillaud, L., Watanabe-Nakayama, T., Nakayama, M., Wang, H., Kodera, N., Oshima, M., Ando, T., et al. (2020) Spatiotemporally tracking of nano-biofilaments inside the nuclear pore complex core. Biomaterials, 256, 120198.

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著者紹介Author Profile

羽澤 勝治(はざわ まさはる)

金沢大学新学術創成研究機構准教授.博士(保健学).

略歴

1982年秋田県に生る.2006年弘前大学医学部保健学科卒業.11年同大学院保健学研究科博士課程修了.同年放射線医学総合研究所博士研究員.13年シンガポール国立大学CSI博士研究員.16年金沢大学新学術創成研究機構セルバイオノミクスユニット若手PI(テニュアトラック助教).21年より現職.

研究テーマと抱負

細胞の運命決定の基盤である遺伝子発現システムの理解.イメージングやオミクス技術を活用し,高次遺伝子発現システムを可能とする核膜ポテンシャルについて理解したいです.

ウェブサイト

http://fsowonglab.w3.kanazawa-u.ac.jp/

趣味

ドライブ,スケートボード,和太鼓鑑賞,スキー.

Richard Wong

金沢大学WPIナノ生命科学研究所教授・主任研究者.医学博士.

略歴

2000年香港大学医学部(小児科)卒業.04年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了.05年ロックフェラー大学HHMI Research Associate. 08年金沢大学フロンティアサイエンス機構特任准教授.15年金沢大学新学術創成研究機構セルバイオノミクスユニットユニットリーダーおよびバイオAFMセンター分子細胞研究部門長.17年より現職.

研究テーマと抱負

核膜孔による細胞内輸送,核分裂後に核表面に孔を形成する方法,核膜孔と遺伝子のゲーティング.私の夢は,核の表面に機能的なナノポアを作ることです.

ウェブサイト

http://fsowonglab.w3.kanazawa-u.ac.jp/

趣味

卓球,釣り.

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