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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(2): 298-301 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940298

テクニカルノートTechnical Note

生命科学のための新規溶媒DMSO依存からの脱却Novel solvents for life sciences

1金沢大学理工研究域生命理工学系,ナノマテリアル研究所Faculty of Biological Science and Technology, Institute of Science and Engineering, Kanazawa University/NanoMaterials Research Institute, Kanazawa University ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-machi, Kanazawa, Ishikawa 920–1192, Japan

2金沢大学がん進展制御研究所,ナノ生命科学研究所Cancer Research Institute, Kanazawa University/WPI-Nano Life Science Institute, Kanazawa University ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-machi, Kanazawa, Ishikawa 920–1192, Japan

発行日:2022年4月25日Published: April 25, 2022
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1. はじめに

生化学を含む生命科学において,水の次に高頻度で使用される溶媒は,有機溶媒の中では毒性が低いジメチルスルホキシド(DMSO)である(図1).DMSOは「細胞の凍結保存剤」や,「細胞に対する薬剤添加時の溶媒」などとして永らく用いられ,ゴールデンスタンダードとして認識されている.しかしDMSOはあくまでも“有機溶媒の中では低毒性”であり,たとえば1~2%程度の添加でも細胞を殺してしまう.さらに,たとえば0.1%などの低濃度であっても,細胞の機能へ悪影響を及ぼすことが知られている.しかしながらこれまで,DMSOの代わりは探されてこなかった.その理由としては,有機溶媒は調べ尽くされており,DMSOよりも低毒性な溶媒が存在するかもしれない,という発想がなかったことがあげられる.

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図1 生命科学の非水溶媒

ここで我々はイオン液体(100°C以下で液体の塩)1)と呼ばれる比較的新しいタイプの溶媒に注目した.しかし,基本的にイオン液体は毒性が高く,細胞などには適用できない2, 3).その一方で,2017年に我々は大腸菌への毒性が非常に低い“双性イオン液体(OE2imC3C,構造は図2)”を開発し,セルロース系バイオエタノールの高効率生産を達成した4).そこで我々はさらに,この双性イオン液体が大腸菌だけではなく,「動物細胞に対しても低毒性であること」を明らかにした.その双性イオン液体は,DMSOに替わる生命科学用の非水溶媒——すなわち「細胞の凍結保存剤」および「難溶性薬剤の添加溶媒」——として使えることがわかったため,本稿にて記述する.

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図2 低毒性な双性イオン液体OE2imC3CおよびDMSOの構造

2. 双性イオン液体の毒性

1)細胞毒性

我々がこれまでに開発したOE2imC3Cの,ヒト線維芽細胞への毒性を検討した.OE2imC3Cを含む培地で24時間培養したところ,非常に毒性が低く,その毒性はDMSOよりも低かった(図35).たとえば,10%(w/v)双性イオン液体溶液中で培養したときの細胞の生存率は約80%であったが,10%(v/v)DMSO溶液中での生存率は35%であった.同様の傾向は,他種のヒト線維芽細胞・マウス線維芽細胞でも観察された.

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図3 2%DMSO(左,青色)もしくはOE2imC3C(右,緑色)中で24時間培養した後のヒト線維芽細胞の生存率.**: p<0.01

DMSOは%(v/v),OE2imC3Cは%(w/v).以下同様.

また,細胞の機能に対する阻害についても検討を行った.DMSOは,細胞周期を止めてしまうことが知られているが,OE2imC3Cを添加した場合では,細胞周期に対して影響を与えないことがわかった5).また,DMSOはiPS細胞などの幹細胞の分化を“誤誘導”する可能性が知られている6).DMSOを2%(v/v)添加すると,予想どおり,未分化マーカーNanogの発現量が減少した(図4).一方,OE2imC3Cを2%(w/v)添加した場合には,未分化マーカーの発現量が維持され,未分化状態を維持できることがわかった5)

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図4 2%DMSOもしくはOE2imC3C中で培養したiPS細胞における未分化マーカー(Oct 3/4:左,青色,Nanog:右,緑色)発現量.**: p<0.01

2)ゼブラフィッシュへの毒性

ゼブラフィッシュ胚への毒性を検討した(図5).ゼブラフィッシュ胚へ5%(v/v)のDMSOを添加したときには,27匹中23匹が死亡し,残る4匹も奇形を示した.その一方で5%(w/v)のOE2imC3Cを添加したときには27匹中27匹が生存しており,奇形を示さなかった5).そのため,生体においてもOE2imC3Cの安全性が確認された.

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図5 5%DMSOもしくはOE2imC3C中で発生したゼブラフィッシュ胚のようすと生存率

3. 凍結保存剤としての双性イオン液体

1)双性イオン液体による細胞の凍結保存

5%(w/v)のOE2imC3C水溶液を用い,−85°Cで細胞を凍結保存した.9種の細胞のうち,5種では効率良く凍結保存できた5).その凍結保存効率は,市販の凍結保存剤(CultureSure,富士フイルム和光純薬株式会社)を用いた場合と遜色なかった(図6).市販の凍結保存剤は,数十年かけて最適化された複雑な混合物(DMSO,アルブミンタンパク質など)であり,OE2imC3Cを超純水に溶かしたのみで同等の性能を示したことは驚きである.その一方で,残りの4種の細胞については,OE2imC3C水溶液を用いた場合,市販の凍結保存剤を用いた場合よりも凍結保存効率が悪かった.そこで,OE2imC3C以外の双性イオン液体を新たに17種合成し,最適な双性イオン液体種の探索を行った.しかし,それぞれ凍結保存効率に違いがあったものの,たとえばBOSC(ヒト腎細胞)を効率よく凍結保存できる双性イオン液体は見つからなかった(図7,DMSO非添加のサンプルを参照)7)

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図6 各溶液を利用して凍結保存した後のマウスアストロサイト細胞の生存率

Commercialは市販の凍結保存剤.**:p<0.01.

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図7 OE2imC3C溶液,OE2imC3C/DMSO混合溶液を用いて凍結保存した後のBOSC細胞,K562細胞の細胞生存率

**: p<0.01(commercialは市販の凍結保存剤).

そのため次に,OE2imC3Cを用いたときの凍結保存のメカニズムの解明を行った.凍結保存時に細胞が傷害を受ける理由は,細胞の「外」と「内」で氷晶が形成され,物理的にダメージを受けるためである.OE2imC3Cは水との相互作用が強く,細胞の外側の氷晶形成を抑制していることがわかった.その一方で,OE2imC3Cは細胞内へ浸透しないことがわかっており,細胞の内側に関しては,直接的に氷晶形成を抑制できない.そこで詳細に調べたところ,OE2imC3Cの添加による浸透圧上昇を介した細胞内脱水によって氷晶形成を抑制していることがわかった7).このことから,この細胞内脱水が不十分な細胞(上記BOSCなど)に関しては,双性イオン液体だけでは凍結保存できないことが示唆された.

2)双性イオン液体+DMSO混合溶液による凍結保存

上記のとおり,双性イオン液体は細胞“非浸透性”であり,細胞内の氷晶を直接的に抑制できない.そのため,従来の主旨からは外れるものの,細胞“浸透性”の凍結保存剤であるDMSOと組み合わせた.その結果,高い凍結保存効率を得られた(図7).さらに,凍結に弱い細胞(K562, OVMANA)も凍結保存することができた7).この結果について,分子動力学シミュレーションを利用して詳細に検討したところ,OE2imC3CがDMSOの毒性を緩和していることが示唆された7)

4. 難溶性薬剤の添加溶媒としての双性イオン液体

1)OE2imC3Cへの薬剤の溶解

構造の異なる17種類の薬剤について,OE2imC3CもしくはOE2imC3C水溶液への溶解性を検討した.1%(w/w)の薬剤を溶液へ加え,常温および80°Cで撹拌し,薬剤が溶解するか確認した.その結果,図8で名称に下線を引いた薬剤などが溶解した5).DMSOには溶解しない薬剤(Adenosine 3′-phosphate)や,DMSOにも水にも溶解しない薬剤(Zoledronic acid monohydrate, Insulin)を溶解できることがわかった.このことから,双性イオン液体は難溶性薬剤の添加溶媒として利用可能であった.

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図8 溶解を検討した薬剤分子の例

OE2imC3Cへ溶解した薬剤の名称には下線を引いてある.

次に,非水溶性の抗がん剤であるシスプラチンに着目した.シスプラチンはDMSOに溶解した場合にその抗がん作用を失うことが知られている.その一方で,OE2imC3Cに溶解した場合には,シスプラチンの抗がん作用が保たれていることがわかった(図9).これらの結果より,シスプラチンの抗がん効果を保ったまま溶解できる低毒性溶媒を世界で初めて開発することができた5)

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図9 OE2imC3C水溶液,DMSO水溶液中へ溶解したシスプラチンを投与した後のヒト乳がん細胞(MDA-MB-231)の生存率

aq. :水溶液.

2)天然の双性イオンへの薬剤の溶解

OE2imC3Cは低毒性であるが新規化合物であり,人体へ適用するための安全性についての証拠はそろっていない.そこで,すでに食品添加物などとしても使用されている天然の双性イオンに注目し,トリメチルグリシン,L-カルニチンを用いて検討を行った.この2種類の双性イオンは固体であるが,高濃度水溶液として用いたところ,OE2imC3Cと同様にいくつかの疎水性薬剤を溶解できた.さらにOE2imC3Cと同様に,シスプラチンを溶解することができ,その抗がん作用が保たれていることも明らかにした8)

5. おわりに

我々は,「細胞の凍結保存剤」および「非水溶性の薬剤の溶媒」として利用できる,低毒性な新規溶媒として“双性イオン液体”を提案した.双性イオン液体はDMSOの代替溶媒としても利用できるが,DMSOが利用できない(あるいはDMSOでは不十分な)場合に真価を発揮すると考えている.たとえば①細胞が未分化である,②薬剤がDMSOに溶解しない(溶解度が低い),③DMSOでは細胞の凍結保存効率が十分ではない,といった場合が考えられる.そのような問題の解決を通じて,双性イオン液体が生化学界へ貢献できれば大変うれしく思う.

また本研究は,学際領域での新しい挑戦である.多くの応用展開がありうるかもしれないと思う一方で,著者らのちっぽけな発想力はすでに限界を迎えている.本稿をお読みの方々の中で「双性イオン液体を使うとこんなことができる!」とお思いの方は,是非ともご連絡いただきたい.

謝辞Acknowledgments

本研究は,ACT-X「生命と化学」(JST),A-STEPトライアウトタイプ(JST),基礎生物学研究所共同利用研究,金沢大学先魁プロジェクト2020によって支援されたものです.ゼブラフィッシュ毒性は小林功准教授(金沢大)に,浸透圧測定は田中大介上級研究員(農研機構)に,分子動力学シミュレーションは宇都卓也准教授(宮崎大)にご協力いただきました.この場をお借りして厚く御礼申し上げます.

引用文献References

1) Welton, T. (1999) Room-temperature ionic liquids. Solvents for synthesis and catalysis. Chem. Rev., 99, 2071–2083.

2) Zhao, D., Liao, Y., & Zhang, Z. (2007) Toxicity of ionic liquids. CLEAN-Soil, Air. Water, 35, 42–48.

3) Lee, S.M., Chang, W.J., Choi, A.R., & Koo, Y.M. (2005) Influence of ionic liquids on the growth of Esherichia coli. Korean J. Chem. Eng., 22, 687–690.

4) Kuroda, K., Satria, H., Miyamura, K., Tsuge, Y., Ninomiya, K., & Takahashi, K. (2017) Design of wall-destructive but membrane-compatible solvents. J. Am. Chem. Soc., 139, 16052–16055.

5) Kuroda, K., Komori, T., Ishibashi, K., Uto, T., Kobayashi, I., Kadokawa, R., Kato, Y., Ninomiya, K., Takahashi, K., & Hirata, E. (2020) Non-aqueous, zwitterionic solvent as an alternative for dimethyl sulfoxide in the life sciences. Commun. Chem., 3, 163.

6) Chetty, S., Pagliuca, F.W., Honore, C., Kweudjeu, A., Rezania, A., & Melton, D.A. (2013) A simple tool to improve pluripotent stem cell differentiation. Nat. Methods, 10, 553–556.

7) Kato, Y., Uto, T., Tanaka, D., Ishibashi, K., Kobayashi, A., Hazawa, M., Wong, R.W., Ninomiya, K., Takahashi, K., Hirata, E., et al. (2021) Synthetic zwitterions as efficient non-permeable cryoprotectants. Commun. Chem., 4, 151.

8) Kadokawa, R., Fujie, T., Sharma, G., Ishibashi, K., Ninomiya, K., Takahashi, K., Hirata, E., & Kuroda, K. (2021) High loading of trimethylglycine promotes aqueous solubility of poorly water-soluble cisplatin. Sci. Rep., 11, 9770.

著者紹介Author Profile

黒田 浩介(くろだ こうすけ)

金沢大学理工研究域生命理工学系准教授.博士(工学).

略歴

2014年9月東京農工大学工学府生命工学専攻にて博士号を取得.金沢大学特任助教,助教を経て21年3月より現職.

研究テーマと抱負

イオン液体の自由さに惹かれて日々,新しい溶媒を開発しています.大学での基礎研究ですので,どんなイオン液体を作っても自由で,楽しい日々を過ごしています.ただ,最近はもう少し世界の役に立ちたいと思い,10年後に役立つ基礎研究を目指しています.

ウェブサイト

http://ionicliquid.w3.kanazawa-u.ac.jp

趣味

温泉,自転車.

平田 英周(ひらた えいしゅう)

金沢大学がん進展制御研究所腫瘍細胞生物学研究分野准教授.博士(医学).

略歴

2010年3月京都大学大学院医学研究科修了.京都大学助教,Cancer Research UK(現Francis-Crick Institute)研究員,金沢医科大学講師を経て,18年9月に現研究室を開設.

研究テーマと抱負

外科的に治癒できない原発性・転移性の悪性脳腫瘍を根治することが研究室の目標です.現在は脳腫瘍微小環境を標的とした革新的な治療戦略の確立に取り組んでいます.

ウェブサイト

https://tcbb-kucri.wixsite.com/tcbb-kucri

趣味

雑談,格闘技.

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