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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(3): 381-385 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940381

みにれびゅうMini Review

定量的末端プロテオミクスによるエクトドメインシェディング基質切断部位の大規模解析Large-scale identification of substrate cleavage sites of ectodomain shedding by quantitative protein terminomics

京都大学大学院薬学研究科生体分子計測学分野Department of Molecular Systems Bioanalysis, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyoto University ◇ 〒606–8501 京都市左京区吉田下阿達町46–29 ◇ 46–29 Yoshida-shimoadachi-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2022年6月25日Published: June 25, 2022
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1. はじめに

細胞増殖因子やサイトカイン,受容体,あるいは細胞接着因子など,多くの膜タンパク質は,膜型プロテアーゼによる切断を受け,その細胞外領域を遊離させる.このプロセスはエクトドメインシェディング(シェディング)と呼ばれ,膜タンパク質の機能や存在量を厳密に制御する.複数のプロテアーゼが,シェディング基質をそれぞれ異なる部位で切断した場合,遊離した切断産物は異なる配列を持つため,異なる生物学的機能を持つことがある1).したがって,シェディングの生理的役割を理解するためには,切断部位の同定が必要不可欠である.しかし,多くのシェディング基質について,その詳細な切断部位は不明である.ここでは,筆者らの最近の成果を含め,プロテオミクスによるシェディング研究の現状を概説する.

2. プロテオミクスによるシェディング研究

液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC/MS/MS)を用いたショットガンプロテオミクスでは,タンパク質をペプチド断片に消化して解析を行うため,未消化タンパク質を解析する場合と比較して,翻訳後修飾の詳細な部位の同定や定量を行いやすい利点がある.シェディング基質の同定を目的とする解析の場合,細胞膜画分を解析するよりも,培養上清画分に遊離した切断断片を解析対象とする方が,試料の成分数を抑えられるため望ましい.たとえば筆者らは以前に,多くの膜タンパク質が糖鎖修飾を持つことに注目し,N1E-115細胞株の培養上清中のタンパク質を消化した後に糖鎖修飾ペプチドを濃縮し,LC/MS/MSによって18種のメタロプロテアーゼ基質を同定した2).しかし,この研究では詳細な切断部位の同定には至らなかった.この理由として,一般的なショットガンプロテオミクスのワークフローにおけるタンパク質同定のためのデータベースサーチでは,用いた消化酵素の特異性に合致したN末端およびC末端の両方を持つペプチドのみが考慮されることがあげられる.シェディングによる切断で生成された末端を含むペプチドの同定のためには,消化酵素の特異性に合致しないN末端あるいはC末端を保有するペプチドを考慮したサーチ,すなわちセミスペシフィックサーチ(semi-specific search)を行う必要がある(図1).また,タンパク質消化物中には,目的とするタンパク質末端ペプチド以外のペプチド(内部ペプチド)がより多く存在するため,タンパク質末端ペプチドの効率的な同定のためには,消化物中からタンパク質末端ペプチドを濃縮することが重要である.以上を踏まえると,培養上清タンパク質消化物からタンパク質末端ペプチドを濃縮し,LC/MS/MSおよびセミスペシフィックサーチによる解析を行うことが,シェディング基質網羅的解析のための最も理想的なストラテジーであると考えられる.

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図1 セミスペシフィックサーチによる切断部位の同定

一般的なショットガンプロテオミクスにおけるデータベースサーチでは,N末端とC末端の両方が消化酵素の切断特異性と合致するペプチドのみが考慮される.一般的なトリプシン特異的サーチにおいて,タンパク質本来のC末端はトリプシンの特異性(K/RのC末端側で切断)と合致しないが,データベースにそのC末端が登録されていれば,タンパク質C末端ペプチドは同定される.セミスペシフィックサーチでは,N末端あるいはC末端のどちらかが消化酵素の切断特異性と合致しないペプチドも合わせて同定することができる.文献11より改変して記載.

これまでに複数のタンパク質末端ペプチドの濃縮法が報告されており,特に代表的な手法としてTAILS(terminal amine isotopic labeling of substrates)法があげられる3).この手法では,タンパク質一級アミノ基に対する化学修飾を駆使することで,タンパク質N末端ペプチドを濃縮する.Prudovaらはこの手法により,組換えMMP-2およびMMP-9による切断部位の網羅的解析を行い,それぞれについて201および19の切断部位を同定した4).また,WeeksらはSubtiligaseと呼ばれる人工酵素を用いたタンパク質N末端ペプチド濃縮法によるシェディング基質切断末端解析を行い,過バナジン酸処理を行ったHEK293細胞において,有意に増加あるいは減少した38および24のタンパク質N末端を同定した5).しかし,これらの方法を用いて生細胞中の内因性プロテアーゼによる基質切断部位の大規模解析を行うには,依然多くの障害がある.第一に,上述した手法をはじめとした末端ペプチド濃縮法は,複数の化学反応を含む複雑な工程からなり,大量の試料が必要である.第二に,培養上清中のタンパク質は,細胞抽出物から得られるタンパク質と比較してきわめて量が少ないため,末端ペプチド濃縮のために十分な試料量を調製することが困難である.第三に,カルボキシ基を効率よく化学的に修飾することが難しいため,既存の手法によるタンパク質C末端ペプチド濃縮はN末端ペプチド濃縮と比較して濃縮効率が大きく劣り,特に困難である.

最近,我々はNおよびC末端ペプチド濃縮のための新規手法として,酵素消化とその後の1工程での単離に基づくCHop and throw to AMPlify the terminal peptides(CHAMP)法を開発した6, 7).本手法では,化学修飾工程を一切含まないため,高感度なタンパク質末端解析が可能である.N末端CHAMP法では,トリプシンの代わりに,リシンおよびアルギニンのN末端側で切断するTrypN(あるいはLysargiNase)を用いてタンパク質を消化し,N末端ペプチドを低pH条件下での強陽イオン交換クロマトグラフィー(SCX)により単離する.また,タンパク質トリプシン消化物中のC末端ペプチドは,SCXにおいて保持が弱いために内部ペプチドと比較して早く溶出されることが報告されている8–10).我々は,これらの手法を最適化し,タンパク質N末端およびC末端由来のペプチド濃縮法を駆使した包括的タンパク質末端解析(ターミノミクス)によるシェディング基質切断部位の大規模同定を行った11)

3. シェディング基質切断部位大規模解析の概要

細胞にホルボールエステル(phorbol 12-myristate 13-acetate:PMA)処理を行うことで,主にADAM17を活性化し,膜タンパク質のシェディングを一過的に活性化することができる.また,多くのシェディングはADAMプロテアーゼファミリーを中心としたメタロプロテアーゼ群によって担われることが知られている.そこで,効率的かつ定量的なシェディング基質切断部位の大規模同定を目的として,PMA刺激を施した10種のヒト由来細胞株の培養上清について,広域メタロプロテアーゼ阻害薬BB-94処理により減少するタンパク質末端を探索した(図2A).その結果,6181のN末端ペプチドおよび6694のC末端ペプチドを同定・定量した.これらのうち,249のN末端ペプチドおよび245のC末端ペプチドが膜タンパク質の切断により生成されたと推測されるタンパク質末端に由来し,かつBB-94処理により有意に減少した末端ペプチドであった.これらの末端ペプチドを基に,メタロプロテアーゼによって切断されたと推測される489の切断部位が同定された(図2B).

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図2 解析の概要

(A) DMSOあるいは広域メタロプロテアーゼ阻害薬(BB-94)と,PMAを含んだ培地を用いて1時間培養し,培養上清を取得した(N=3).10種のヒト由来培養細胞株について,同様の試料を調製した.(B)タンパク質末端あるいは切断部位の同定数.括弧で囲まれた赤文字の値は広域メタロプロテアーゼ阻害剤処理によって有意に減少した末端ペプチドあるいは切断部位の数を表す.

4. メタロプロテアーゼで切断が減少した部位の位置的解析

UniProtKBのアノテーション情報を基に,広域メタロプロテアーゼ阻害薬処理で切断が減少した膜タンパク質のトポロジー解析を行った.その結果,N末端が細胞外領域に存在するI型一回膜貫通タンパク質(single-pass type I membrane proteins)が最も多く(378部位,87.3%),続いてGPIアンカー型タンパク質(21部位,4.8%),C末端が細胞外領域に存在するII型一回膜貫通タンパク質(single-pass type II membrane proteins;17部位,3.9%),複数回膜貫通タンパク質(10部位,2.3%)が含まれていた(図3A).I型,II型一回膜貫通タンパク質およびGPIアンカー型膜タンパク質に由来する計416切断部位の位置について解析を行った結果,394切断部位(94.7%)が細胞外領域に位置していた(図3B).さらに,細胞外領域に切断部位が確認された膜タンパク質には,CD44やSyndecan-1などの既知のシェディング基質が多く含まれており,広域メタロプロテアーゼ阻害薬処理によって確かにエクトドメインシェディングが阻害されていることが裏づけられた.

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図3 切断が減少した膜タンパク質のトポロジー解析および切断部位の位置解析

(A) BB-94処理により切断が減少した膜タンパク質トポロジーの割合.膜タンパク質のカテゴリーは,UniProtの表記法に従った.(B)I型,II型一回膜貫通タンパク質およびGPIアンカー型タンパク質について,膜貫通領域またはGPIアンカーサイトから切断部位までの距離(アミノ酸残基数)の分布を示した.文献11より改変して記載.

5. シェディングの生理機能解析

シェディング基質タンパク質の生理機能の理解のため,同定されたシェディング基質タンパク質について,GO termエンリッチメント解析を行った.その結果,その多くが細胞接着因子であり,この傾向は過去の報告と一致した2).加えて,細胞遊走に関わるタンパク質が多く含まれることがわかった.また,受容体やチロシンキナーゼおよびホスファターゼなどのシグナル伝達に関わるタンパク質群が含まれていた.すなわち,シェディングは膜タンパク質の不可逆的な切断を通じて,細胞接着やシグナル伝達などの重要な生体イベントを強く制御していることが示唆された.

6. Position weight matrixスコアリングによる責任プロテアーゼ推定

取得したデータセットには,メタロプロテアーゼによるシェディングの下流のイベントによって生成されたと考えられる切断部位も含まれていた.そこで,メタロプロテアーゼによる直接の切断部位を見いだすために,MEROPSプロテアーゼデータベース(https://www.ebi.ac.uk/merops/index.shtml)およびTucher12)らによって報告された組換えプロテアーゼと基質ライブラリを用いたin vitro実験での既知基質情報を用いて,position weight matrix(PWM)スコアリング13)による各切断部位の責任プロテアーゼの推定を行った.スコアに基づいたクラスター解析の結果,メタロプロテアーゼ群に高いスコアを示す86の切断部位からなる“メタロプロテアーゼ基質クラスター”を見いだした.PWMスコアリングにおいて高いスコアを示したプロテアーゼ-切断部位ペアのうち六つを選択し,組換えプロテアーゼと基質配列ペプチドを用いたin vitro実験によって実際にその配列が基質となりうるかを評価したところ,すべての切断部位について用いたプロテアーゼによって切断されることを確認した.以上の結果から,PWMスコアによるシェディング基質評価により正確な基質推定が可能であることが示された.

7. おわりに

我々のアプローチでは,SCXクロマトグラフィーを用いたタンパク質末端ペプチド濃縮と質量分析を組み合わせることで,細胞培養上清中の膜タンパク質に由来する何千ものタンパク質末端を,少ない試料量(10 µg/試料)で再現性よく定量解析することが可能であった.試料調製ワークフローは,安定同位体タグ標識やチップ型カラムを用いたSCXクロマトグラフィーなど,ショットガンプロテオミクスにおいて一般的に用いられるシンプルな手順で構成されているため,培養上清中のシェディング基質を対象とした研究だけでなく,細胞や組織のタンパク質末端解析にも応用可能な実用的なプラットフォームとなると期待される.本研究は,複数の細胞株についてプロテオーム規模で内因性プロテアーゼによる基質切断部位を俯瞰した初めての研究であり,得られたデータセットは,シェディングに関する仮説主導型の研究を支える有用なリソースとなる.細胞は,異なる細胞外刺激に応じて異なった基質を選択的にシェディングすることが知られる.しかし,シェディングがどのようにして特異的に行われるのかは,依然として謎である.本研究で示したストラテジーは,切断部位レベルでのシェディングの変化を系統的に明らかにすることを可能にし,シェディングの制御機構の解明に一助をなすと期待される.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

津曲 和哉(つまがり かずや)

理化学研究所生命医科学研究センター特別研究員.博士(薬科学).

略歴

1990年宮崎県に生る.2013年宮崎大学農学部卒業.15年京都大学大学院生命科学研究科修了.18年同大学院薬学研究科研究指導認定退学(21年学位取得).19年慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター特任助教.22年より現職.

研究テーマと抱負

プロテオミクスを基盤技術とした翻訳後修飾やその制御酵素の解析.

趣味

ドライブ.

石濱 泰(いしはま やすし)

京都大学大学院薬学研究科教授.博士(薬学).

略歴

1990年京都大学工学部卒業.92年京都大学大学院工学研究科修了.98年京都大学より博士(薬学)授与.2006年慶應義塾大学先端生命科学研究所特別研究准教授.10年より現職.21年より医薬基盤・健康・栄養研究所招へいプロジェクトリーダー兼任.

研究テーマと抱負

プロテオミクスにおける基盤技術開発と創薬・生命科学への応用.

ウェブサイト

https://www.pharm.kyoto-u.ac.jp/seizai/

趣味

山歩き.

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