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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(3): 391-395 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940391

みにれびゅうMini Review

高速原子間力顕微鏡による天然変性タンパク質の動態観察Structural dynamics of intrinsically disordered proteins observed by high-speed atomic force microscopy

金沢大学ナノ生命科学研究所Nano Life Science Institute, Kanazawa University ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町 ◇ Kakuma-machi, Kanazawa 920–1192, Japan

発行日:2022年6月25日Published: June 25, 2022
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1. はじめに

天然変性タンパク質(intrinsically disordered proteins:以下IDPと略す)は部分的に,あるいは,分子全体にわたり秩序ある二次構造を持たずに生物学的機能を発揮する.IDPは最初,結晶化しない,あるいは,結晶構造の中に電子密度の低い大きな領域を持つタンパク質として一つずつ見つかった.その後IDPはタンパク質世界の約半分を占めるらしいことが予測され,1998年ごろに米国のA. K. DunkerやP. WrightらによりIDPの概念が提唱された1, 2).この概念は,「タンパク質の機能はアミノ酸配列で決まる特異的な三次構造により生ずる」という従来の構造–機能パラダイムを大きく修正することとなった.酵素機能を持つIDPも存在するが,IDPに含まれる天然変性領域(intrinsically disordered regions:以下IDRと略す)単独ではおそらく酵素の活性中心を形成することはない.IDPは主に細胞シグナル伝達や,転写,翻訳,細胞周期の調節のハブとして機能する1).また,IDPは非膜性オルガネラの形成にも関わっていることが近年注目されている3).IDRはフレキシブルで動的に揺らぐため,そこに含まれるターゲットと結合するアミノ酸残基,あるいは,弱い分子内相互作用を担う残基は絶えず空間,時間的に広く分布している.この特性は,1対多の相互作用を可能にする柔軟な構造適合性とそれに伴う多機能性といった,構造タンパク質とはまったく異なる機能や調節の様式をIDPに与える4).それゆえ,IDPの動的構造を捉えることは,IDPの機能や調節のメカニズムを理解するのに必須である.しかし,構造タンパク質の構造解析に適用されてきた技術はIDPにほとんど使えない.実際,X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡はまったく使えない.NMRはIDP中の秩序構造部位の構造とIDRの配列位置を明らかにするのに有効だが,分子全体の空間的な広がりを調べることはできず,また,IDRの完全に解けた状態と緩くフォールドした状態を区別できない.NMRやX線小角散乱(SAXS)といったアンサンブル平均手法は,構造やアンサンブルのモデル化なしには,個々のコンホマーやそれらの分布を調べることはできない.単一分子蛍光エネルギー移動法は,IDP構造の不均一性と動特性の一部を調べることはできるものの,与える情報は10 nm以下離れている分子内2残基間の距離に限られる.一方,非秩序構造のアンサンブルを分子動力学シミュレーションにより導出する試みが行われているが,実際の動的構造情報が限られる状況では,シミュレーション結果の妥当性判断は困難である.動的構造情報の不足は,IDPが関与するさまざまな生物学的機能の発現メカニズム解明を難しくし,それゆえ,IDPの研究は構造タンパク質の研究に比べ非常に遅れている.このような状況にあって,IDPの動的構造を直接可視化できる高速原子間力顕微鏡(高速AFM)の存在は貴重である.AFMは,試料ステージをXY方向に走査しつつ,かつ,柔らかいレバーの自由端についた先鋭探針と試料との接触力が一定になるようにZ方向にも走査しつつ,試料表面の形状を捉える顕微鏡で,液中試料も観察できる(図1a).高速AFMはAFMのイメージング速度を飛躍的に向上させたもので,すでにさまざまなタンパク質の研究に利用されている5).IDRのように背の低い試料では50フレーム/秒(fps)の速度で撮影可能である.Z方向の空間分解能は約0.1 nm, XY方向では2~3 nmである.現在に比べ高速AFMの性能は低かったものの,IDRが高速AFM観察可能であることは2008年にfacilitates chromatin transcription(FACT)タンパク質で初めて実証された.本稿では,最近我々が論文発表したIDPの動的構造の高速AFMによる定量解析6)を紹介する.

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図1 高速AFMによるIDPの観察

(a) AFM観察の模式図.(b)高速AFM観察から得られた完全にほどけた状態のIDRの両端距離の平均値〈R2D〉とIDRに含まれるアミノ酸数Naaとの間にみられるべき乗則(青色),および,SAXSで計測した〈Rg〉値(二次構造がほとんどないタウタンパク質のコンストラクト10種類とPQBP-1の欠失変異体4種類)と高速AFMで求めた2次元の〈R2D〉から〈Rg〉を算出したものを合わせたデータをべき乗則でフィットした結果(赤色).

2. 完全に解けたIDRの空間的広がりとアミノ酸数との間の関係

化学的に変性させたタンパク質では,SAXSで測定された分子の広がりを表す慣性半径Rgとアミノ酸数Naaとの間に〈Rg〉=0.1927 nm×Naa0.598というべき乗則が存在することが知られている7).この関係はごく少数の例外を除いてアミノ酸配列とは無関係に成り立つ.つまり,化学的に変性したペプチド鎖の硬さ(あるいは,柔軟性)はアミノ酸配列にかかわらず一定である.このべき乗則の指数(Flory指数)0.598は,自己排除体積効果を持つ均一な理想鎖(あるいは,ランダムコイル)に対して理論的に導かれている値0.59,あるいは,0.6に近い.一方,PONDRなどのプログラムによるIDR予測から,生理的溶液環境下で安定した二次構造を持たないと判断される72種類のIDPの場合には,一つのべき乗則に従わないことが報告されている.だが,これらのIDPのいくつかを詳細に調べると,βシートやαヘリックスなどの構造をとる傾向にあるIDRの存在が実験的に明らかになった.この残余構造が一つのべき乗則を与えない原因と考えられる.そこで,NMRなどの手法でIDRと構造部位の位置が既知の9種類のIDP(野生型PQBP-1とそのIDRの一部を欠失させた4種の変異体,長いIDRを有するオートファジータンパク質Atg1とAtg13,そして,非リン酸化FACTと麻疹ウイルス核タンパク質のC末端ドメインNTAIL)をマイカ基板に載せて10~50 fpsで高速AFM観察を行った.構造部位をほとんど含まないIDPでは,マイカとの相互作用が弱いIDRは激しくブラウン運動するため,高速AFM観察は難しい.このような場合には,マイカへのアンカーとして,IDPのC末端,あるいは,N末端にGFP,あるいは,チオレドキシンを融合させたものを利用した.高速AFM像の解析から,IDRが常に解けているもの(PQBP-1とその欠失変異体,および,非リン酸化FACT)と,時折構造化するもの(Atg1, Atg13, NTAIL)があることが判明した.前者では,IDRの平均直径は常に約0.5 nmで,両端距離(R2D)は単一のガウス分布を示した.後者では,構造化部位は高さが0.8 nm以上のグロビュールとして現れ,R2Dの分布はダブルガウシアン型となった.IDRが完全に解けたときのR2Dの平均値が2番目のピークに対応すると考えられる.ただし,完全に解けたIDRは非常にフレキシブルであるため,R2Dは広く分布する.NTAILのようにαヘリックスになる傾向を持つ二つのα-MoRE領域(Box1とBox2)が小さく,かつ,それらがほぼ解けた状態とαヘリックス状態のどちらかを優先的にとる場合には,R2Dは単一のガウス分布を示す.このような場合でも,構造化部位の高さ分布から二状態間遷移を検出できる.完全に解けた状態にあるIDRの〈R2D〉の値とNaaとの関係を調べると,〈R2D〉=(1.16±0.057 nm)×Naa0.52±0.009のべき乗則が成り立つことが示された(図1b,青色).このFlory指数は自己排除体積効果を持たないランダムコイルの場合の指数0.5に近い.ここで強調すべきは,アンサンブル平均手法とは異なり,高速AFMでは個々のIDRについて非構造化状態と構造化状態を識別でき,それがこのべき乗則の発見を可能にしたという点である.ところで,高分子鎖の硬さを表す維持長(溶液中ではP3D,基板上ではP2D)よりもずっと長い高分子鎖(長さL; LP3DP2D)では,以下の関係が成り立つ:〈R2D2〉≈ 2〈R3D2〉,〈R3D2〉≈6〈Rg2〉,したがって,〈Rg2〉≈〈R2D2〉/12.しかし,PQBP-1のIDRだけを持つ4種の欠失変異体のSAXSで計測した〈Rg〉値と高速AFMで求めた〈R2D〉値はこの関係から外れていた.この不一致は,柔らかい高分子鎖が基板上で速くブラウン運動するときに基板から局所的に作用する摩擦が分子広がり効果を持つという理論的結果と一致する.そこで,この広がり効果をuで表し,上記9種類のIDRについて〈Rg〉=〈R2D〉/ ( 2 3 u ) とし,残余二次構造がない,あるいは,ほとんど無視できることが知られているタウタンパク質のコンストラクト10種類のRg値と我々の上記のRg値を合わせ,計23個のデータをべき乗則にフィッティングすることにより,〈Rg〉= 0.26±0.02 nm×Naa0.52± 0.015の関係,および,u=1.24が得られた(図1b,赤色).すでに報告されているIDPの〈Rg〉値を調べると,このべき乗則に従うものが多くあることを確認した.もちろん,これらのIDPに含まれるIDRが常に解けているかは不明である.詳細は省くが,上記の〈R2D〉のべき乗則からP2D=1.18 nm(基板の摩擦効果を含む),および,P3D=0.78 nmが求められた.

3. べき乗則を利用した動的に変化するIDRの位置決定

高速AFM観察から得られた〈R2D〉のべき乗則を使うと,〈R2D〉の計測値からIDRに含まれるNaaの値を見積もることができる.IDR予測が不完全な現状においてこの方法の有効性を示し,また,高速AFMが動的構造遷移の解析にも有効であることを実証するために,IDRの位置や構造特性がほとんどわかっていない2種類のIDP,酵母菌の細胞周期調節因子Sic1と麻疹ウイルスのリンタンパク質のN末端領域(PNT)を高速AFM観察した(図2).両者ともマイカ上で激しくブラウン運動するため,アンカーとしてC末端にGFPを融合させた.両者とも,N末端に大きさの変化するグロビュールが現れ(Sic1では高さも明瞭に変化),GFPとグロビュールをつなぐひも(IDR)の長さが変化するようすが観察された.両者のIDRのR2D分布は二つのピークを示し,その第一ピークを与える〈R2D〉値からN末端領域がフォールドして短くなったIDRに含まれるアミノ酸数を,また,第二のピークを与える〈R2D〉値からN末端領域が部分的にアンフォールドして長くなったIDRに含まれるアミノ酸数を見積もった(図2).この研究中にPNTのNMR解析結果が発表され,αヘリックスになりやすい領域4か所が特定された(N末端からα1/2, α3, α4の順)8).高速AFMで計測されたPNTのN末端の高さ1.1 nmはαヘリックスの高さと一致し,NMRが示すα1/2の存在と合致する.一方,PNTのN末端22~99領域はタンパク質分解酵素で分解されにくいことが知られているが,NMR解析ではそれを反映する情報はまったく得られていない.それに対し,高速AFMによる構造解析は,N末端100残基は常にフォールドしていることを明らかにした.このN末端領域に組み込まれたり,離れたりするIDR領域(101~175)には負電荷を多く含む領域(124~168)があり,この負電荷がN末端領域への結合に寄与しているのかもしれない.Sic1については,C末端95残基は常に解けているのに対し,そこから上流162残基が完全に解けたり緩くフォールドする領域であると特定された.N末端30残基は常にフォールドしている.高速AFM解析が与えたこのようなSic1の構造特性は,他の方法による構造解析は試みられているものの解明されておらず,その真否を今のところ検証できない.

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図2 高速AFM観察とべき乗則の利用により得られたIDPの動的構造モデル

Sic1(a)とPNT(b)の場合.挿絵は,各状態の分子形状を捉えた典型的な高速AFM像を表す.緑の矢尻は,C末端に融合したGFPを表し,白抜きと白塗りの矢尻は,それぞれアンフォールド状態とフォールド状態のN末端を表す.右下のPNTのAFM画像内にみえる赤色の矢尻は,α4と考えられるグロビュールを指している.AFM画像中に分子形状のスケッチが描かれており,緑と赤の球形は,IDPのC末端に融合させたGFPとN末端にみられたグロビュールを表す.動的構造モデル図内の赤字は,緩やかにフォールドしたグロビュールに含まれるアミノ酸数を表す.赤矢印はN末端のグロビュールの高さ変化の起こりやすさを,青矢印は〈R2D〉の変化の起こりやすさを表す.kUkRは,自己相関関数を利用して求めたアンフォールド速度定数とリフォールド速度定数を表す.Keは,Sic1のN末端の高さ分布や,Sic1やPNTのR2Dの分布がダブルガウシアン型であることを利用して見積もったIDRのフォールドのしやすさを表す.PNT内のA-IDRは,酸性アミノ酸を多く含んだIDRを表す.図は文献6から改変.

4. IDRの定量的ダイナミクス解析

IDRがフォールドする傾向Keは,IDRの長さやグロビュールの高さのダブルガウシアン分布の面積比から求められる.PNT, NTAIL,Sic1では,PNT>Box2(NTAIL)>Sic1≫Box1(NTAIL)の順でKeは大きい.この傾向はおそらくターゲット分子に対する親和性と関係している.実際,PQBP-1の常に完全に解けているIDRのターゲットであるスプライソソームタンパク質U5-15kDの親和性は56 μMと非常に低い9).一方,NTAILが持つプレ構造α-MoRE(Box1とBox2)はウイルスのリンタンパク質のXドメインに対し比較的高い親和性(3 μM)を持つ10).ターゲット結合サイトを持つIDRはターゲットと結合するとしばしばフォールドする.Fly-castingモデルが提唱するようにターゲットと結合する前は完全に解けているのではなく,結合前に部分的に構造化してターゲットによるIDR中の結合部位の認識を高めている可能性が高い.

さて,IDRの長さ変化やグルビュールの高さ変化の時系列データからIDRのアンフォールド・リフォールドの遷移速度を求められそうではあるが,それらの量のダブルガウシアン分布は部分的に重なっているため,その量の値だけからどちらの構造にあるかを決定できない.この問題は,時系列データの自己相関関数G(τ)を利用する方法で解決された6).PQBP-1のようにIDRが常に解けている場合には,G(τ)はτ=0を除いてゼロになる.二状態間遷移の場合,アンフォールド速度定数をkU,リフォールド速度定数をkRとすると,G(τ)の減衰緩和速度定数λはλ=kU+kRで与えられる.この関係とKe=kR/kUから,kU=λ/(1+Ke),kRKe/(1+Ke)となる.図2に示す速度定数はこの方法で見積もった.Sic1の場合,構造間遷移はIDRの長さにもN末端のグロビュールの高さにも反映するが,両者から見積もった遷移速度はほぼ一致した.Naaの見積もりも含めこのような高い精度でのIDPの動的構造解析が可能になったことは,高速AFM技術の最近の改良によるところが大きい.

5. おわりに

ミオシンVの歩行運動11)や回転軸のないF1-ATPaseの構造変化の回転伝搬12)を捉えた高速AFM映像に比べ,IDPの高速AFM映像はひもと玉の位置,および,それらの長さや高さの変化を示すだけで面白味に欠ける印象がある.だが,図2に示すようなIDPの動的構造の現実的な描写は他の技術では得られないことを強調したい.もちろん,NMRによって得られる局所構造と組み合わせることにより,PNTの場合のようにより詳細な描写が可能になる.本稿では省いたが,IDP分子内の過渡的相互作用によるIDRの長時間にわたる構造化が高速AFMにより捉えられている13).IDPの機能解析についても,IDRのリン酸化による機能のオンオフ制御の基盤となる構造変化や14),弱い分子間相互作用を介したオートファジータンパク質の始動構造体の液–液相分離による形成3),酵母菌のプリオンタンパク質Sup35によるアミロイド線維形成15)などの現象も高速AFM撮影され,他の手法では得がたい情報を与えている.構造・機能解析が難しいIDPの研究に高速AFMが今後も活用されることを期待したい.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

古寺 哲幸(こでら のりゆき)

金沢大学ナノ生命科学研究所教授.博士(理学).

略歴

1978年新潟県に生る.2005年金沢大学博士(理学).05~10年金沢大学ポスドク.10年から金沢大学助教,准教授を経て,18年から現職.

研究テーマと抱負

高速原子間力顕微鏡(高速AFM)の性能や機能の向上に向けた研究開発.より広範な生命現象の観察に高速AFMを役立てたい.

趣味

魚釣り.

安藤 敏夫(あんどう としお)

金沢大学ナノ生命科学研究所主任研究員,特任教授.理学博士.

略歴

1951年東京に生る.80年早稲田大学理学博士.80~86年カリフォルニア大学サンフランシスコ校ポスドク,助手.86年から現在まで金沢大学.2017年から現職.

研究テーマと抱負

高速走査型プローブ顕微鏡の開発とバイオ応用研究.

ウェブサイト

http://biophys.w3.kanazawa-u.ac.jp/index_J.htm

趣味

研究.

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