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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(3): 402-405 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940402

みにれびゅうMini Review

正常細胞と変異細胞の境界における細胞突起を介した相互認識メカニズムIntercellular recognition mediated by finger-like protrusions between normal and Ras-transformed cells

北海道大学医学研究院細胞生理学教室Department of Cell Physiology, Graduate School of Medicine, Hokkaido University ◇ 〒060–8638 北海道札幌市北区北15条西7丁目 ◇ North 15, West 7, Kita-ku, Sapporo, Hokkaido 060–8638, Japan

発行日:2022年6月25日Published: June 25, 2022
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1. 正常上皮細胞と変異細胞の境界で生じる細胞競合

がんは,正常上皮細胞層に1個ないし数個の変異細胞が生じることによって始まる.このとき,変異細胞は正常細胞に囲まれて存在することになる.そのような状況において,発がん性を示すRasV12タンパク質を発現誘導した細胞(RasV12細胞)と隣接する正常細胞の境界では,競合的相互作用が起きることによって,RasV12細胞が頭頂側に逸脱し,上皮細胞層から排除される1–3).一般に,適応度の高い細胞(正常細胞)が適応度の低い細胞(異常細胞)を組織から排除する現象は細胞競合と呼ばれ,ハエ,ゼブラフィッシュ,哺乳類において広く保存されている4–6).これまでに,正常細胞は隣接するRasV12細胞を細胞層から積極的に排除することが示唆されていることから,正常上皮組織は免疫系を介さない抗腫瘍作用(epithelial defense against cancer:EDAC)を持つと考えられている2).EDACにおいては,正常細胞とRasV12細胞の直接的な細胞間接着が必要であることから1),正常細胞とRasV12細胞の境界で細胞間認識および競合的相互作用が惹起されると推測されてきたが,その分子・形態的メカニズムはほとんど明らかにされていなかった.

本稿では,筆者らが詳細な電子顕微鏡解析を通して見いだした,正常細胞とRasV12細胞の細胞間接着部位における微細な細胞突起finger-like protrusionを介した細胞間相互認識による細胞競合制御7, 8)について紹介する.

2. RasV12細胞間および正常-RasV12細胞間におけるFBP17を介したfinger-like protrusionの形成

これまで細胞競合の研究においては,詳細な微細構造解析が行われてこなかった.そこで筆者らはまず,哺乳類正常上皮細胞MDCKとGFP-RasV12細胞の混合培養を電子顕微鏡(以下電顕)観察するための光顕-電顕相関観察法を確立した3).この手法を用いて,正常細胞とRasV12細胞の単独培養と混合培養における細胞間接着部位を比較することで,正常細胞とRasV12細胞が隣接することにより生じる細胞非自律的な影響を調べた.まず,単独培養における細胞自律的な特徴としては,正常細胞よりもRasV12細胞の方が,微細な細胞突起finger-like protrusionが豊富にみられた(図1A,上段,白矢頭).単独培養と,混合培養における正常細胞とRasV12細胞の境界を比較すると,RasV12細胞側に有意な違いがみられなかったが,正常細胞から細胞非自律的に伸長するfinger-like protrusionが増加していた(図1A,下段,黒矢頭).

Journal of Japanese Biochemical Society 94(3): 402-405 (2022)

図1 細胞間接着部位におけるcdc42-FBP17経路依存的なfinger-like protrusionの電子顕微鏡像

(A)正常MDCK細胞(M)およびRasV12細胞(R)の単独培養もしくは混合培養.白矢頭:細胞自律的に形成されたfinger-like protrusion.黒矢頭:細胞非自律的に形成されたfinger-like protrusion.(B)FBP17をノックダウンしたRasV12細胞(FBP17 KD R)の単独培養.(C)正常細胞とFBP17をノックダウンしたRasV12細胞の混合培養.黒矢頭:細胞非自律的に形成されたfinger-like protrusion.(D)FBP17をノックダウンしたRasV12細胞もしくは正常細胞を用いた混合培養におけるEDACの抑制.アスタリスク:RasV12細胞.Bars:10 µm.(E)cdc42阻害剤ML141処理した正常細胞とRasV12細胞の混合培養.黒矢頭:finger-like protrusion.(A~C, E)角括弧:細胞間接着部位.Bars:0.5 µm.(F)RasV12細胞の細胞間接着部位の拡大像.細胞境界は,二細胞の端の中点どうしを結んだ線として定義した.角括弧:細胞間接着構造の部位.Bar:0.2 µm.

次にfinger-like protrusionの形成を制御する因子を明らかにするため,脂質膜の変形に関与するBARファミリータンパク質9)について検討を行った.その結果,脂質膜の陥入構造を形成するFBP1710)の集積とfinger-like protrusionの形成に相関関係があることが明らかになった.単独培養においては,RasV12の発現に伴ってFBP17が細胞間接着部位に局在するようになったが,FBP17をノックダウンすると,finger-like protrusionが劇的に減少し,細胞間隙が非常に狭くなった(図1B).混合培養においても,細胞間接着部位の電顕解析によるfinger-like protrusionの出現部位の結果と一致して,RasV12細胞周囲の正常細胞にFBP17が集積していた.これらの結果から,FBP17はRasV12細胞の自律的なfinger-like protrusion形成と,RasV12細胞に隣接する正常細胞における細胞非自律的なfinger-like protrusion形成の両方を制御していることが示唆された.

3. RasV12細胞のfinger-like protrusionによって惹起される,隣接した正常細胞のfinger-like protrusion形成

正常細胞とRasV12細胞の境界における細胞間相互認識には,二つの過程があると考えられる.第一に,上皮細胞層にRasV12細胞が生じることにより自律的な変化が起きる.第二に,その変異細胞に隣接する正常細胞がその変化を受容し,そのシグナルが引き金となり,正常細胞がRasV12細胞を排除するための細胞非自律的反応が起きる.これを検証するため,細胞間接着部位の電顕解析により見いだされた,FBP17依存的なRasV12細胞のfinger-like protrusionによって,隣接する正常細胞で細胞非自律的な反応が惹起される可能性を調べた.FBP17をノックダウンしたRasV12細胞(図1B;finger-like protrusionが劇的に少ない)と正常細胞の境界を観察した結果,隣接する正常細胞側からのfinger-like protrusionが抑制されていた(図1C,黒矢頭).また,RasV12細胞におけるFBP17のノックダウンによって,RasV12細胞に隣接する正常細胞の境界におけるフィラミンの集積2)や,正常細胞に囲まれたRasV12細胞で生じるII型ミオシンのリン酸化11)といった細胞非自律的反応も減少した.次に,FBP17のノックダウンがRasV12細胞の正常上皮細胞層からの排除(EDAC)に及ぼす影響を調べたところ,RasV12細胞および正常細胞の両方において,FBP17はEDACに必要であることがわかった(図1D).以上の結果から,正常細胞とRasV12細胞の細胞間接着部位において,RasV12細胞自律的に伸長するFBP17を介したfinger-like protrusionが,隣接する正常細胞からのfinger-like protrusion形成をはじめとする細胞非自律的反応を誘起することによって,EDACが遂行されることが推察された.

4. FBP17の上流因子として機能する低分子量Gタンパク質cdc42

これまでの研究から,cdc42の活性化によってFBP17が細胞膜に局在し,細胞膜の変形活性が上昇することが報告されている10, 12).そこで筆者らは,正常細胞と変異細胞の混合培養におけるcdc42の活性化状態1)を解析した.その結果,混合培養における変異細胞に加えて,その周囲の正常細胞の両方で,cdc42の活性化状態の亢進が認められた.また,cdc42阻害剤であるML141処理により,正常細胞と変異細胞の細胞間接着部位におけるfinger-like protrusionが減少し(図1,黒矢頭),EDACも抑制された.以上から,正常細胞とRasV12細胞間で生じる細胞競合において,cdc42は細胞間接着部位のFBP17を介したfinger-like protrusionの制御に重要な役割を果たすことが明らかになった.

5. 正常-RasV12細胞境界における相互認識メカニズム‘protrusion to protrusion response’

筆者らの研究によって初めて,正常細胞と変異細胞の境界に関する詳細な電顕解析が行われ,細胞間接着部位の特徴的な微細構造として,cdc42-FBP17経路によるfinger-like protrusionが見いだされた.この構造がRasV12細胞において自律的に伸長することで,正常-変異細胞の境界における,正常細胞側からのfinger-like protrusion形成が惹起されることも明らかになった.以上の観察から,正常細胞と変異細胞の相互認識メカニズム‘protrusion to protrusion response’の存在が暗喩された(図2).これまでに,正常細胞と変異細胞間での競合的相互作用には,正常-RasV12細胞間のE-カドヘリンを介した直接的な細胞間接着が必要であることが示されてきた1).最近の電顕観察から,finger-like protrusionの形成された部位においても細胞間接着構造が維持もしくは形成されることがわかってきた8)図1F).この結果から,正常-RasV12細胞境界のfinger-like protrusion形成に伴う細胞間接着構造の配向の変化が,正常細胞とRasV12細胞間の相互認識における機械的シグナル伝達(Kuromiya et al. in revision)に影響をおよぼしている可能性が推測された.今後は,finger-like protrusionが正常細胞と変異細胞間の相互認識シグナルを授受するためのツールとして機能する可能性,およびその分子・形態メカニズムを追究したいと考えている.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(3): 402-405 (2022)

図2 正常細胞と変異細胞の境界における相互認識メカニズム‘protrusion to protrusion response’の模式図

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究は,北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野で主に行われました.研究室主宰者の藤田恭之教授(現 京都大学大学院医学研究科)には,研究の遂行および本稿の執筆にあたり,ご助言を賜りましたことを深く感謝申し上げます.神戸大学 伊藤俊樹教授,奈良先端大学院大学 末次志郎教授,生理学研究所 根本知己教授・堤元佐特任助教,北海道大学 上原亮太准教授をはじめとする共同研究者の皆様にも心から感謝申し上げます.

引用文献References

1) Hogan, C., Dupre-Crochet, S., Norman, M., Kajita, M., Zimmermann, C., Pelling, A.E., Piddini, E., Baena-Lopez, L.A., Vincent, J.P., Itoh, Y., et al. (2009) Characterization of the interface between normal and transformed epithelial cells. Nat. Cell Biol., 11, 460–467.

2) Kajita, M., Sugimura, K., Ohoka, A., Burden, J., Suganuma, H., Ikegawa, M., Shimada, T., Kitamura, T., Shindoh, M., Ishikawa, S., et al. (2014) Filamin acts as a key regulator in epithelial defence against transformed cells. Nat. Commun., 5, 4428.

3) Kon, S., Ishibashi, K., Katoh, H., Kitamoto, S., Shirai, T., Tanaka, S., Kajita, M., Ishikawa, S., Yamauchi, H., Yako, Y., et al. (2017) Cell competition with normal epithelial cells promotes apical extrusion of transformed cells through metabolic changes. Nat. Cell Biol., 19, 530–541.

4) Morata, G. & Calleja, M. (2020) Cell competition and tumorigenesis in the imaginal discs of Drosophila. Semin. Cancer Biol., 63, 19–26.

5) Merino, M.M., Levayer, R., & Moreno, E. (2016) Survival of the Fittest: Essential Roles of Cell Competition in Development, Aging, and Cancer. Trends Cell Biol., 26, 776–788.

6) Kon, S. & Fujita, Y. (2021) Cell competition-induced apical elimination of transformed cells, EDAC, orchestrates the cellular homeostasis. Dev. Biol., 476, 112–116.

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8) Kamasaki, T., Uehara, R., & Fujita, Y. (2022) Ultrastructural characteristics of finger-like membrane protrusions in cell competition. Microscopy (Oxf.), dfac017.

9) Suetsugu, S., Kurisu, S., & Takenawa, T. (2014) Dynamic shaping of cellular membranes by phospholipids and membrane-deforming proteins. Physiol. Rev., 94, 1219–1248.

10) Itoh, T., Erdmann, K.S., Roux, A., Habermann, B., Werner, H., & De Camilli, P. (2005) Dynamin and the actin cytoskeleton cooperatively regulate plasma membrane invagination by BAR and F-BAR proteins. Dev. Cell, 9, 791–804.

11) Kajita, M., Hogan, C., Harris, A.R., Dupre-Crochet, S., Itasaki, N., Kawakami, K., Charras, G., Tada, M., & Fujita, Y. (2010) Interaction with surrounding normal epithelial cells influences signalling pathways and behaviour of Src-transformed cells. J. Cell Sci., 123, 171–180.

12) Tsujita, K., Takenawa, T., & Itoh, T. (2015) Feedback regulation between plasma membrane tension and membrane-bending proteins organizes cell polarity during leading edge formation. Nat. Cell Biol., 17, 749–758.

著者紹介Author Profile

釜崎 とも子(かまさき ともこ)

北海道大学医学研究院細胞生理学教室特任助教.博士(理学).

略歴

2002年日本女子大学理学部卒業.08年同大学にて博士(理学)取得.名古屋大学大学院理学研究科学振PD, 北海道大学遺伝子病制御研究所特任助教,同大学先端生命科学研究院学振RPD. 22年4月より現職.

研究テーマと抱負

正常細胞と非自己の間に生じる相互作用に関する微細構造学的メカニズムの解明.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/tkamasaki

趣味

音楽鑑賞,名産品のお取り寄せ,散歩.

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