生物が自己増殖できるものであると定義した場合,ウイルス自身は自己増殖できないことから,生物学上は生物に分類されない.ウイルスは宿主細胞に感染することで,宿主細胞の本来持つ生物学的機能を巧みに利用して自身を複製し,その種の保存を維持している.ウイルスの遺伝情報としてRNAを持つインフルエンザウイルスも例外ではない.インフルエンザウイルスは,エンベロープウイルスと呼ばれ細胞膜由来の脂質二重膜で覆われており,表面はスパイク糖タンパク質のヘマグルチニン(HA)で覆われている.ウイルス粒子はHAを使って肺上皮細胞の細胞表面に存在するシアル酸を認識し細胞に付着する.シアル酸の存在する糖タンパク質をレセプター(受容体)として活用し,細胞が外部から物質を取り込む反応であるエンドサイトーシスや,細胞膜が大きく隆起して細胞外液や物質を包み込むマクロピノサイトーシス(macropinocytosis)によって,エンドソームやマクロピノソームといった小胞(ベシクル)内に取り込まれる.これらのベシクルの成熟とともにベシクル内部が酸性化することで,ウイルスそのものに構造変化が生じる.たとえば,HAはジスルフィド結合が切断されることによってHA1(受容体結合部位)およびHA2(膜融合ペプチド部位)に分かれているが,pH 5.0~5.3の酸性化によりHA2がさらに構造変化を起こしてウイルスとエンドソームの脂質二重膜を膜-膜融合させる.その後,ウイルス殻の崩壊とゲノムを構成するリボヌクレオタンパク質複合体vRNPs(viral ribonucleoproteins)の細胞質への放出が起こる[この反応を脱殻(uncoating)という]1).インフルエンザウイルスゲノムを構成するvRNPsは8本の分節からなり,importin α/β(IMP α/β)によって宿主細胞の核内へ移行し2, 3)- 2) Melen, K., Fagerlund, R., Franke, J., Kohler, M., Kinnunen, L., & Julkunen, I. (2003) Importin alpha nuclear localization signal binding sites for STAT1, STAT2, and influenza A virus nucleoprotein. J. Biol. Chem., 278, 28193–28200.
- 3) Wang, P., Palese, P., & O’Neill, R.E. (1997) The NPI-1/NPI-3 (karyopherin alpha) binding site on the influenza a virus nucleoprotein NP is a nonconventional nuclear localization signal. J. Virol., 71, 1850–1856.
,核内でRNAの複製,転写および新規vRNPsの合成を行う.最近,我々のグループはエンドソームからのウイルスゲノムの脱殻とそれに続くウイルスゲノムの解離の分子メカニズムを生化学的に明らかにしてきた4, 5)- 4) Banerjee, I., Miyake, Y., Nobs, S.P., Schneider, C., Horvath, P., Kopf, M., Matthias, P., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2014) Influenza A virus uses the aggresome processing machinery for host cell entry. Science, 346, 473–477.
- 5) Miyake, Y., Keusch, J.J., Decamps, L., Ho-Xuan, H., Iketani, S., Gut, H., Kutay, U., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2019) Influenza virus uses transportin 1 for vRNP debundling during cell entry. Nat. Microbiol., 4, 578–586.
.本稿ではその詳細を紹介する.
2. エンドソームからの脱殻(M1アンコーティング)にはウイルス由来のユビキチンと宿主ヒストン脱アセチル化酵素HDAC6が必要である
多くのウイルスはエンドサイトーシスによって宿主細胞内のエンドソームに取り込まれる(エンドサイトーシスについての詳細は他の文献を参照されたい6)).エンドソームが成熟するに従って,エンドソーム内はvacuolar-ATPaseの働きにより水素イオンの導入が生じ,内部が酸性化する.エンドソーム内の酸性化に伴い,A型インフルエンザウイルス表面のM2イオンチャネルが開通されてウイルス粒子内にプロトンが流入し,ウイルス内部が徐々に酸性化する.ウイルスが酸性化条件にさらされることでHA糖タンパク質の構造変化が起こり,エンドソーム膜とウイルスの脂質二重膜が融合を起こす7, 8)- 7) Daniels, R.S., Downie, J.C., Hay, A.J., Knossow, M., Skehel, J.J., Wang, M.L., & Wiley, D.C. (1985) Fusion mutants of the influenza virus hemagglutinin glycoprotein. Cell, 40, 431–439.
- 8) Ruigrok, R.W., Wrigley, N.G., Calder, L.J., Cusack, S., Wharton, S.A., Brown, E.B., & Skehel, J.J. (1986) Electron microscopy of the low pH structure of influenza virus haemagglutinin. EMBO J., 5, 41–49.
.また,ウイルスの殻を構成するM1マトリクスタンパク質にも構造変化が生じることが知られている9)- 9) Shtykova, E.V., Dadinova, L.A., Fedorova, N.V., Golanikov, A.E., Bogacheva, E.N., Ksenofontov, A.L., Baratova, L.A., Shilova, L.A., Tashkin, V.Y., Galimzyanov, T.R., et al. (2017) Influenza virus Matrix Protein M1 preserves its conformation with pH, changing multimerization state at the priming stage due to electrostatics. Sci. Rep., 7, 16793.
.筆者らは,ウイルス–エンドソーム膜融合を起こしたウイルスのゲノムを細胞質に放出させる分子機構に,ウイルス粒子内に存在するユビキチン鎖と宿主脱アセチル化酵素であるHDAC6が関与していることを明らかにした.HDAC6は二つの酵素触媒ドメインを持つが,その機能は微小管の脱アセチル化や標的タンパク質の液相分離の制御に関与することが報告されている10, 11)- 10) Miyake, Y., Keusch, J.J., Wang, L., Saito, M., Hess, D., Wang, X., Melancon, B.J., Helquist, P., Gut, H., & Matthias, P. (2016) Structural insights into HDAC6 tubulin deacetylation and its selective inhibition. Nat. Chem. Biol., 12, 748–754.
- 11) Saito, M., Hess, D., Eglinger, J., Fritsch, A.W., Kreysing, M., Weinert, B.T., Choudhary, C., & Matthias, P. (2019) Acetylation of intrinsically disordered regions regulates phase separation. Nat. Chem. Biol., 15, 51–61.
.一方,C末端に存在するZnFドメインはユビキチン鎖C末端の-LRGG配列を認識し,強く結合する12)- 12) Boyault, C., Gilquin, B., Zhang, Y., Rybin, V., Garman, E., Meyer-Klaucke, W., Matthias, P., Muller, C.W., & Khochbin, S. (2006) HDAC6-p97/VCP controlled polyubiquitin chain turnover. EMBO J., 25, 3357–3366.
.この活性がインフルエンザウイルスの脱殻に重要であることを示した4)- 4) Banerjee, I., Miyake, Y., Nobs, S.P., Schneider, C., Horvath, P., Kopf, M., Matthias, P., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2014) Influenza A virus uses the aggresome processing machinery for host cell entry. Science, 346, 473–477.
(図1A).HDAC6をノックアウトしたマウス胎仔由来線維芽細胞(MEFs)ではインフルエンザウイルスの脱殻のステップにおいて,ウイルス粒子がエンドソーム内から脱殻できずに感染効率が低下した.この感染効率の低下はHDAC6の酵素活性ドメインの不活性型変異に依存せず,ユビキチン結合活性が必要であることを見いだした4)- 4) Banerjee, I., Miyake, Y., Nobs, S.P., Schneider, C., Horvath, P., Kopf, M., Matthias, P., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2014) Influenza A virus uses the aggresome processing machinery for host cell entry. Science, 346, 473–477.
.さらにユビキチン鎖の由来を生化学的,細胞生物学的に調べた結果,インフルエンザウイルス粒子の内部にユビキチン鎖が含まれることを明らかにした(図1B, C).ユビキチン分子がウイルス表面に存在するならば,界面活性剤(Triton)非存在下でin vitroで添加したプロテアーゼ(proteinase K)により分解されるはずであるが,分解されなかった.一方,脂質二重膜に包まれたウイルス粒子は界面活性剤存在下で膜が壊れ,粒子内部に存在するユビキチンはプロテアーゼにより分解された(図1B).このことはユビキチン分子がウイルス粒子の内部に存在していることを示唆している.さらに超解像顕微鏡による観察で,ユビキチン分子がウイルス粒子表面に存在するHAの標識の範囲内に存在することを示した(図1C).そしてA型インフルエンザウイルスに含まれるユビキチンは精製したHDAC6タンパク質のZnFドメイン依存的に結合することを見いだした(図1D).HDAC6は本来,細胞がさまざまなストレスを受けたときに応答する因子であり,翻訳を停止したmRNAの凝集によるストレス顆粒(stress granules:SGs)やミスフォールドしユビキチン化されたタンパク質を微小管に沿って微小管形成中心(MTOC)に輸送し,アグリソームと呼ばれる非膜型オルガネラに相当する凝集体を形成することが知られている.HDAC6は微小管上を一方向的に移動するダイニンモータータンパク質と相互作用することが報告されており,ダイニン結合部位を欠失した変異体もウイルス感染効率が低下することを明らかにした.また,細胞骨格を形成しているアクチン,ミオシン系タンパク質との相互作用もウイルス感染を効率的に成立させていることから,HDAC6と微小管,アクチン,ウイルス骨格を形成しているM1タンパク質との相互作用がウイルスゲノムを細胞質に放出するのに必要であると考えられる.このことはインフルエンザウイルスがアグリソームの形成,消失に関わる分子制御経路を巧みに利用して,感染を成立させていると考えられる(図3A参照).さらに最近,蚊が媒介するジカ熱の原因となるジカウイルスの感染にも同様のアンコーティングメカニズムが利用されている可能性が示唆されている13)- 13) Wang, L., Moreira, E.A., Kempf, G., Miyake, Y., Esteves, B.I.O., Fahmi, A., Schaefer, J.V., Dreier, B., Yamauchi, Y., Alves, M.P., et al. (2022) Disrupting the HDAC6-ubiquitin interaction impairs infection by influenza and Zika virus and cellular stress pathways. Cell Rep., 39, 110736.
.現在,脱殻に必要な新たな因子を見つけ,その機能解析を進めている.
3. 脱殻したインフルエンザウイルスゲノムは宿主核輸送因子TNPO1によって個々の分節に分けられる
宿主HDAC6とウイルス粒子内に存在するユビキチンとの相互作用で引き起こされた脱殻反応によりインフルエンザウイルスゲノムは宿主細胞質内へ放出され,その後核内へ移行し,転写,複製を行うことが知られている.インフルエンザウイルスのゲノムは8本の分節に分かれてvRNPsを形成し,ウイルスの粒子産生に必須な10の遺伝子をコードしている.この8本の分節ゲノムは互いにRNA-RNA間で結合,もしくはタンパク質を介した相互作用で連結していると考えられている14).細胞質に放出された8本のvRNPsは束になった状態では相当の大きさがあるため,物理的に核膜孔をそのまま通過できないと考えられる.そこで我々は,約70種類の核輸送因子のsiRNAによるノックダウンで,ウイルス感染に必要な因子のスクリーニングを行った.その結果,トランスポーチン1(TNPO1)が感染効率に大きく影響を与えていることを発見した5)- 5) Miyake, Y., Keusch, J.J., Decamps, L., Ho-Xuan, H., Iketani, S., Gut, H., Kutay, U., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2019) Influenza virus uses transportin 1 for vRNP debundling during cell entry. Nat. Microbiol., 4, 578–586.
.TNPO1をノックダウンするとウイルス粒子の構成成分であるNPやM1タンパク質のシグナルが細胞質内で強いシグナルとして存在し,vRNPsを構成するNPタンパク質は核に移行できずに細胞質にとどまることが明らかとなった5)- 5) Miyake, Y., Keusch, J.J., Decamps, L., Ho-Xuan, H., Iketani, S., Gut, H., Kutay, U., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2019) Influenza virus uses transportin 1 for vRNP debundling during cell entry. Nat. Microbiol., 4, 578–586.
.この現象はエンドソームから脱殻した8本のvRNPsが束になって存在しており,その分子量の大きさから核膜孔を通過できないと考えられる.M1タンパク質のN末端のアミノ酸配列をよくみてみると,TNPO1が相互作用することが報告されているPY-NLSと呼ばれる配列に類似するものが存在することに気がついた.プロリン,チロシンとグリシンを含む疎水性に富むアミノ酸配列およびその近傍に存在する塩基性配列が,TNPO1と相互作用するタンパク質の配列内に広く保存されていることが示唆された(図2A).このTNPO1結合配列はHIV-1のカプシドタンパク質CAにも保存されていて,TNPO1がHIV-1の脱殻に作用する因子であることが報告された15)- 15) Fernandez, J., Machado, A.K., Lyonnais, S., Chamontin, C., Gartner, K., Leger, T., Henriquet, C., Garcia, C., Portilho, D.M., Pugniere, M., et al. (2019) Transportin-1 binds to the HIV-1 capsid via a nuclear localization signal and triggers uncoating. Nat. Microbiol., 4, 1840–1850.
.インフルエンザウイルスは後期エンドソーム内で酸性条件にさらされ,その後中性条件の細胞質内に脱殻する.この条件を模倣したカリウム塩を含むpH 5.6の緩衝液中でウイルスを処理したのちに抽出液を作製し,精製TNPO1タンパク質と免疫沈降を試みた.その結果,pH 7.0の中性条件ではTNPO1とM1タンパク質の相互作用はみられず,酸性条件にさらしたM1タンパク質にTNPO1が相互作用することが明らかとなった(図2B).現在,この宿主因子TNPO1とウイルスM1タンパク質の複合体の構造を明らかにすべく,両者のタンパク質を昆虫細胞内で共発現し,複合体の精製を行っている.ヒスチジンタグのついたTNPO1をNiNTA agaroseビーズにより精製すると,M1タンパク質も一緒に結合していることが確認された(図2C).興味深いことに抗M1抗体で検出したブロットに着目すると,SDS存在下にもかかわらず巨大分子量の領域にシグナルが検出された.この結果はTNPO1にカプシド様のM1タンパク質が結合している可能性を示唆している.一方でTNPO1タンパク質の結合配列の中で,最もよく保存されたM1タンパク質の18番目のグリシンをアラニンに置換した変異体(G18A)ウイルスではTNPO1との相互作用が消失し5)- 5) Miyake, Y., Keusch, J.J., Decamps, L., Ho-Xuan, H., Iketani, S., Gut, H., Kutay, U., Helenius, A., & Yamauchi, Y. (2019) Influenza virus uses transportin 1 for vRNP debundling during cell entry. Nat. Microbiol., 4, 578–586.
,さらにウイルスの感染力が大きく低下することが明らかとなった(図2D).このグリシン18番の変異M1タンパク質のX線結晶構造解析では変異アミノ酸周辺の構造が大きく変化していることが明らかとなった(図2E).この構造変化がTNPO1との相互作用に大きな影響を与えていると予想されるがその詳細は解析中である.以上の結果よりTNPO1はインフルエンザウイルスの8本の束になったvRNPs複合体に作用し,M1タンパク質と結合することで,個々のvRNPsに解離させる機能(vRNPアンコーティング)があると考えている(図3B).