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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 483-484 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940483

特集Special Review

今,解き明かされつつある液–液相分離による生体機能制御Expanding evidence of fundamental regulation for biological processes by liquid–liquid phase separation

1自然科学研究機構基礎生物学研究所,自然科学研究機構生命創成探究センター,総合研究大学院大学National Institute for Basic Biology (NIBB), National Institutes of Natural Sciences (NINS), Exploratory Research Center on Life and Living Systems (ExCELLS), NINS, The Graduate University for Advanced Studies (SOKENDAI) ◇ 〒444–8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38 ◇ 38 Nishigonaka, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8585, Japan

2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科Graduate School of Medical and Dental Sciences, Kagoshima University ◇ 〒890–8544 鹿児島市桜ケ丘8–35–1 ◇ 8–35–1 Sakuragaoka, Kagoshima 890–8544, Japan

発行日:2022年8月25日Published: August 25, 2022
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液–液相分離(liquid–liquid phase separation:LLPS)は,濃度の異なる2種類の水溶液が水と油のように分離する現象である.物理化学の分野では古くから知られていた現象であるが,これが細胞内でも起こることが報告されたのは近年のことである.細胞内でLLPSにより形成された液滴(liquid droplet)は,膜で覆われていないことから最近では「膜のないオルガネラ(membraneless organelle)」と呼ばれたり,液滴内には特定の分子が凝縮することから「凝縮体(condensate,コンデンセート)」と呼ばれたりするようになり,その種類は数十種類と急速に報告数が増加している.一例をあげると,古典的な生物学の教科書にも登場する核小体は,膜で覆われていない構造体としてよく知られていたが,これもLLPSによって形成されることがわかってきたのである.この例一つをとっても,LLPSが生物学にとって従来なかった新たな視点やコンセプトをもたらすことは直感できるであろう.実際,文献データベースPubMedで“liquid–liquid phase separation(LLPS)”をキーワードとして検索すると2012年以前にはほとんどヒットしないが,2015年以降に指数関数的に増加している(図1).しかしながら,LLPSがどのようなものであり,具体的にどのような細胞内機構に関わっているのか,ということについては,まだまだ一般の理解は限定的であるように思われる.そこで本特集では,分子生物学・細胞生物学の具体的な研究事例を紹介することにより,本誌の読者にLLPSによる細胞・生体機能制御についての理解を深めていただくことを目的とした.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 483-484 (2022)

図1 PubMedにおけるLLPS論文の増加

細胞内でLLPSが起こることが最初に報告されたのは,今から13年前の2009年である1).その論文でBrangwynneらは,線虫の受精卵に出現するP顆粒の構成タンパク質にGFPを融合して発現し,これを指標にP顆粒が受精卵内で液体状の挙動を示すことを明らかにした.さらに,P顆粒の形成過程は,古典的な相転移の理論で説明できる,いわゆるLLPSであることを示した.この論文では,今日LLPSの指標として用いられている「fusion(融合),wetting(ぬれ),viscosity(粘度),surface tension(表面張力),dissolve and condense(溶解と凝縮)」といった液体の物性を明解に実証した.

では,細胞内で起こるLLPSはどのようなメカニズムによるのか? その解明に大きな手がかりを与えたのが,Katoらによる2012年の論文である2).この論文では,RNA顆粒の構成要素であるRNA結合タンパク質の多くが,限られた種類のアミノ酸で構成される「低複雑度領域(low complexityドメイン:LCドメイン)」を持ち,LCドメインどうしの分子間相互作用がRNA顆粒構成タンパク質のハイドロゲル化を引き起こすことを発見したのである.さらにこの論文ではFUS(fused in sarcoma)タンパク質について詳細に解析し,そのLCドメイン内のチロシン残基がハイドロゲル化に必要であることを突き止めた.この知見は後に,「チロシン残基のπ電子とアルギニン残基のカチオンのような弱い相互作用をするアミノ酸が,LCドメイン内に点在して複数配置されることが,LLPSの駆動力になる」という,LLPSを起こす原理「sticker–spacerモデル」の解明につながっている3)

LCドメインは一般的に,三次元構造を持たないタンパク質領域である天然変性領域(intrinsically disordered region:IDR)でもある.IDRの研究はLLPSの研究よりも歴史が古く,やはり相互作用様式に注目した研究が展開されてきた.その中で明らかにされた相互作用様式の一つは,IDRが標的分子と結合する際に生じる,標的分子の結合部位構造にフィットするようにIDRが折りたたまれるという「coupled folding and binding」という現象である.しかし,LLPSにおけるIDRの相互作用はそれとは異なり,三次元構造をとらないまま弱い相互作用をすると考えられている.その弱い相互作用部位が1分子内に複数存在する「多価性(multivalency)」が,LLPSには必要である.この多価性は,IDR内にチロシンのようなstickerアミノ酸が複数配置されることにより実現されるが,さらにIDRを持つ分子が構造ドメインを介して多量体化することによって多価性が増加し,LLPSが促進される.

LLPSによって形成された液滴への親和性の強弱により,液滴内に濃縮する分子が存在する一方で液滴から排除される分子も存在する.たとえば,ある生化学反応に必要なすべての分子が液滴への親和性が高い場合,その反応に関わる分子は液滴内に濃縮されるため,生化学反応は促進される.逆に,一部の必要分子の液滴への親和性が低い場合には,その分子は液滴外へ排除されてしまい,生化学反応は抑制されることになる.また,別のシナリオとしては,ある反応に必須である分子が液滴内に取り込まれ,その液滴が反応場所から離れている場合には,反応場所から分子が隔離されることにより反応は開始されない,ということも考えられる.このように,LLPSは分子濃縮の場としても分子排除の場としても働くことによって化学反応の制御が可能であるため,LLPS形成ダイナミクスの制御によって従来想定できなかった高いレベルでの時間・空間的に特異性のある生化学反応制御が可能となる.

さらに,液滴の物性が変化するケースもある.すなわち,IDRを介した弱い分子間相互作用が強い相互作用へ転換する場合がある.この引き金となるのは,分子の翻訳後修飾の変化やIDRのβシート化等の構造変化などさまざまである.それに伴い,液滴内での分子の流動性が低下し,これが生化学反応の低下を引き起こす.つまり,液相からゲル・固相への相転移も,液滴内における生化学反応の制御機構として働くのである.さらにそのような固相への相転移が不可逆的に起こった場合,それは液滴が関与する細胞機能を不可逆的に低下させるリスクとなることは容易に想像がつく.さまざまな神経変性疾患で細胞内に蓄積する不溶性の凝集体は,そのような相転移によって形成されることが次第に明らかにされてきた.一方で,そのようなIDRのゲル化・凝集化(線維化)を巧みに利用する生物たちも明らかにされてきた.

以上のようなIDRおよびLLPSの特性をもって初めて可能となる細胞・生体機能制御について,本特集では,バイオインフォマティクス,転写,発生,植物応答,生物材料,神経科学,がん,疾患などの幅広い分野から第一線の研究者にご自身の研究や関連分野の動向について概説いただく.具体的には,核内構造,特に核小体におけるリボソーム生合成(井手・前島の稿)や転写制御(川崎・深谷の稿)からLLPSによる転写機能制御に関する最新の知見をご紹介いただく.一方,細胞質や細胞膜における制御として,多細胞動物の細胞間接着制御(木下・橋下・上野の稿),植物における環境応答(濱田の稿),神経細胞の情報の場であるシナプスの制御(細川の稿),学習・記憶の基盤となる局所的翻訳制御(大橋・椎名の稿)に関して,それぞれ対応した液滴による分子濃縮・排除・隔離や流動性の制御が働いている可能性について,概説・考察していただく.また,IDRのゲル化や線維化を特殊な用途に活用する生物,クマムシやクモについても紹介していただき(荒川の稿),IDRに関する複数のデータベースの比較と整理を通して,LLPS研究に有用なデータベースについてご紹介いただく(福地・小澤・太田の稿).最後に,正常な細胞・生物機能以外に,液滴による分子隔離とがんとの関連(佐藤・杉浦の稿)や線維状の凝集化・脱凝集化と神経疾患との関連(野村・田中の稿)といった,IDRおよびLLPSのリスク面についても紹介していただく.本特集を通して読者の皆様には,LLPSによる細胞機能制御について理解を深めていただくとともに,ご自身の研究がもしかするとIDRやLLPSと関連している可能性について思いを馳せていただければ幸いである.最後に,本特集にご執筆をいただいた先生方に深く感謝を申し上げます.

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