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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 506-513 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940506

特集Special Review

液–液相分離の制御を介した力学刺激依存的細胞間接着の調節機構胚はどのように力にあらがい組織の統合性を維持するのか?Regulatory mechanism of cell–cell adhesion through the control of LLPS: How do embryos maintain their tissue integrity against forces?

1自然科学研究機構・基礎生物学研究所・初期発生研究部門Division of Embryology, National Institute for Basic Biology ◇ 〒444–8787 愛知県岡崎市明大寺町字東山5–1 ◇ 5–1 Higashi­yama, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8787, Japan

2自然科学研究機構・基礎生物学研究所・超階層生物学センターTrans-Scale Biology Center, National Institute for Basic Biology ◇ 〒444–8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38 ◇ 38 Nishigonaka, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8585, Japan

3名古屋市立大学大学院・医学研究科・細胞生化学分野Department of Cell Biology, Graduate School of Medical Sciences, Nagoya City University ◇ 〒467–8601 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1 ◇ 1 Kawasumi, Mizuho-cho, Mizuho-ku, Nagoya, Aichi 467–8601, Japan

4自然科学研究機構・国際連携研究センターInternational Research Collaboration Center, National Institutes of Natural Sciences ◇ 〒105–0001 東京都港区虎ノ門4–3–13 ◇ 4–3–13 Toranomon, Minato-ku, Tokyo 105–0001, Japan

発行日:2022年8月25日Published: August 25, 2022
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胚の形態形成の過程で生ずるさまざまな力は発生に大きな影響を与えていると考えられているが,力は具体的にどのように細胞内の化学応答シグナルに変換されるのか,その分子・細胞メカニズムについては不明な点が多く,また個体レベルでの研究はわずかである.我々はアフリカツメガエル胚を用いて力学刺激に応答するリン酸化反応を網羅的に解析し,細胞–細胞間接着に関わるタンパク質群,なかでも細胞間接着に寄与する密着斑(タイトジャンクション)構成因子ZO-1に着目した.胚への力学刺激で,間充織–上皮転換(MET)様の細胞表現型がみられること,また培養細胞を用いた実験結果から,ZO-1は細胞質に存在する液–液相分離による凝集体を形成すること,加えて同凝集体は力学刺激によって崩壊することを見いだしたので,マウス胚も用いて同現象の生理的意義について検証している.

1. はじめに

胚発生における形態形成の過程では,細胞増殖・分化と同時に多数の細胞(組織)が,変形,移動を繰り返すことによって高次に組織化される.その過程ではさまざまな力が生じ,それらが細胞に対する機械刺激となり,多様な細胞応答を引き出すものと考えられる.物理的な刺激は細胞内の化学応答シグナルに変換され,細胞骨格の再編成,遺伝子発現の制御に結びつくものと考えられるが,その分子・細胞メカニズムについては不明な点が多く,また個体レベルでの研究はわずかである.本稿では機械刺激に応答する細胞–細胞間接着に着目し,その仕組みが細胞間接着に寄与する密着斑(タイトジャンクション)構成因子ZO-1の細胞内液–液相分離の制御を介したものであること,またこの応答は胚組織が力による摂動にあらがい,その統合性を維持し正常に発生するために獲得した仕組みであるという我々の仮説について紹介したい.

2. 胚の力学刺激への応答を探る

細胞伸展,液流によるずり応力などの機械刺激がErkを含むMAPキナーゼ(mitogen activated protein kinase)を活性化することは心筋細胞1),骨芽細胞2)など培養細胞を用いた研究からすでに知られていた.我々は初期発生過程,特に原腸形成と呼ばれるダイナミックな細胞運動による細胞・組織伸展を伴う形態形成における細胞応答について探るために,アフリカツメガエル初期胚を用いた実験を構想した3).外胚葉が胚体を包むように起こる覆いかぶせ運動(エピボリー)が始まる初期原腸胚に対し,弱い遠心あるいは圧縮による力学負荷を与え,同試料抽出液からリン酸化ペプチド,タンパク質を精製し,ショットガン質量分析を行った.大規模なリン酸化プロテオーム解析から力学負荷後のリン酸化プロフィールを網羅的に解析した.このリン酸化プロテオーム解析でわかったことは,多くの細胞–細胞間接着あるいは細胞–基質間接着に関わるタンパク質が力学刺激後10分程度でリン酸化されていることであった.それらのリン酸化状態は高いままで維持されるわけではなく60分後には検出不能となるものも多い.すなわち,リン酸化後におそらく脱リン酸化酵素の働きによって,リン酸化状態が積極的に消去されているものと考えられる.

詳細なバイオインフォマティクスによる解析で我々が注目したリン酸化タンパク質は,間充織–上皮転換(mesenchymal-epithelial transition:MET)に関わると予想され(図1),がん研究や発生生物学でよく知られる上皮–間充織転換(epithelial-mesenchymal transition:EMT)4)と逆の現象をつかさどるタンパク質群であることがわかった.また,大まかにみるとMET関連タンパク質と,EMT関連タンパク質群のリン酸化応答に逆相関がみられることは大変興味深い.また,リン酸化されたタンパク質の中には,我々が着目したZO-1タンパク質があった.

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図1 オントジェニーによって分類されたEMTおよびMET関連タンパク質のリン酸化プロフィール

色はツメガエル胚遠心刺激後の各時間におけるリン酸化レベルの変化.高い状態(赤色)から低い状態(青色)を示す.文献3(Hashimoto et al., 2019)より改変.

ZO-1(zonula occludens-1)はタイトジャンクションの構成因子の一つで,同ジャンクションを構成するクローディン(claudin),オクルーディン(occludin)と細胞膜直下で結合し,細胞骨格アクチン(F-actin)とそれら膜タンパク質を架橋する役割を担っている5, 6).遠心による力学刺激前後でツメガエル胚の外胚葉細胞におけるZO-1の局在を,抗ZO-1抗体を用いた免疫染色で比較したところ,刺激後に細胞膜に強く集積することが確認された.同時に遠心刺激前の細胞質内に多数存在したZO-1凝集体が消失していることもわかった(図2).遠心によって細胞質の凝集体が消失した結果,細胞膜にZO-1やC-カドへリン(cadherin)が集積した(図3)ことは,運動性の高い間充織様細胞が細胞間接着の顕著な上皮様細胞へと転換するMETの表現型と一致している.また,実際の初期胚の発生過程を免疫染色で観察しても,原腸形成が起こる前の外胚葉細胞の細胞質に多くのZO-1凝集体が確認されるが,細胞伸展が起こる原腸形成過程でその数は著しく減少する.一方,細胞伸展の影響を排除するために外胚葉領域(アニマルキャップ)だけを切除し原腸形成過程まで培養してZO-1を観察すると,細胞質からZO-1凝集体の減少はみられない.これらの観察結果から,ZO-1凝集体は動的な性質を持っており,細胞環境,力学環境によって形成・消失を繰り返す可能性が示唆された7)

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図2 ZO-1タンパク質の細胞内局在変化

免疫染色により,ZO-1タンパク質の細胞質凝集体が膜へと局在を変えていることがわかった.下段はそれぞれ上段の破線領域を拡大.スケールバーは25 µm.文献3(Hashimoto et al.)より改変.

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図3 遠心刺激によるMET表現型の誘導

免疫染色により,C-cadherinやZO-1など細胞接着に関わる分子が細胞膜に集積していることがわかる.

3. ZO-1の細胞内液–液相分離

これらの興味深い性質から,ZO-1が細胞質で液–液相分離を起こし,いわゆる「非膜オルガネラ」8, 9)を形成する可能性を探ることとした.また,ZO-1がMDCK細胞において細胞膜近傍のタイトジャンクション周辺で相分離を起こすことが報告されたが10, 11),我々は胚細胞でみられた細胞質に存在するZO-1凝集体の生物学的意義について研究を進めた12).まず,細胞質に存在するZO-1凝集体が実際に液–液相分離の産物であるか否か,同凝集体の形成・消失の制御について培養細胞を用いて検証した.ツメガエル腎管由来の培養細胞A6細胞とイヌ腎管上皮由来のMDCK細胞を用いることとした.A6細胞は間充織細胞と上皮細胞両方の性質を併せ持った挙動をとり,他方,MDCK細胞は典型的な上皮細胞様の性質を持ち,細胞数が密(コンフルエント)になると敷石状の細胞シートを形成する.A6細胞では培養をとおして明瞭なZO-1凝集体を観察することはできない.しかしながら,同分子のアクチン結合ドメイン(actin-binding domain:ABD)13)を欠失させると,細胞質に大きな凝集体が形成され,液滴様のダイナミックな形態変化もみてとることができた.同様に全長ZO-1であっても,Lifeact, Utrophin,あるいはMoesinのABDなどアクチン結合ペプチド/タンパク質を同時に発現させると凝集体を誘導した(図4).これは通常A6細胞内ではZO-1とF-アクチンが相互作用することによって凝集体形成が抑制されていることを示唆するものである.他方,MDCK細胞では培養中の細胞密度が低い場合,多くの細胞はZO-1凝集体を形成するが,細胞密度が高くなり敷石状の細胞シートを形成すると,もはや凝集体は観察されない.

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図4 アクチンとの結合阻害による細胞質ZO-1凝集体の誘導

アクチン結合能を持つLifeact, Utrophin, Moesin(アクチン結合ドメイン)をそれぞれ細胞に発現させると,本来凝集体を形成しないA6細胞で液滴様の明瞭な凝集体が観察される.

これらのことから,ZO-1の凝集体形成は細胞種に依存しており,少なくともA6細胞では細胞骨格アクチンのネットワークとの相互作用が凝集体形成・崩壊の鍵になっていること,細胞密度の違いによって生まれる細胞–細胞間接着がその制御に関わることがわかる.この両者を考え合わせると,細胞–細胞間接着が強固に確立した際に細胞膜を裏打ちするように観察されるアクチン環形成がZO-1凝集体崩壊の引き金となっている可能性が示唆される.

これらの観察に加えて,これら凝集体が液–液相分離によって形成されたものであることをこれら培養細胞で確認するために,①ジギトニン(digitonin)処理,②蛍光退色後回復(FRAP)実験を行った.相分離による凝集体は凝集体内と細胞質のタンパク質(ここではZO-1)濃度が平衡状態にあるが,ジギトニン処理により細胞膜の透過性を高め,細胞質濃度を低下させることにより動的平衡が崩される14).また,膜オルガネラであれば同処理によっても蛍光シグナルは安定的に維持されるはずである.予想したとおりジギトニン処理によって,ZO-1凝集体は速やかに消失した(図5,上2段).また,FRAP法で蛍光を退色させても,凝集体の蛍光は数分で50%程度にまで回復した(図5,下2段).おそらく細胞質からのGFP-ZO-1の供給によるものであると考えられる.これらの結果から,細胞質中のZO-1凝集体は液–液相分離によるものであると考えられた.

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図5 ZO-1凝集体が液–液相分離によるものであることを確認する実験

上2段はジギトニン処理,下2段はFRAP解析.ジギトニン処理においては300秒後,600秒後の凝集体の面積変化を示し(右上2段),FRAP解析においては青色光照射直後(bleached),300秒後の蛍光輝度の回復率(1が100%)を示す(左下2段).

4. 細胞環境とZO-1凝集体制御

これらの研究結果から,ZO-1の凝集体形成・消失はさまざまな細胞環境に応じて変化することがわかった.MDCK細胞の集団(アイランド)を観察すると,集団内部に位置し多角形の安定した形態を維持して細胞周囲で細胞接着を確立した細胞では細胞質に凝集体が観察されず,集団の辺縁部に位置し他の細胞と直接接触しない細胞膜領域で活発なラメリポディアを伸ばして変形する細胞では凝集体が観察される.さらに細胞環境の影響を検証するために,MDCK細胞を用いた創傷治癒過程におけるZO-1凝集体の挙動を調べることとした.シート状に培養したMDCK細胞集団の中央をピペットマンチップで線状に剥離し,両側から細胞移動によって創傷部位を埋める過程をGFP-ZO-1のライブイメージングによって観察した.創傷治癒過程ではシート内部の多角形の細胞から細胞が次々に脱離し,ラメリポディアを伸ばした紡錘形の細胞へと変化する.同時に,それらは創傷部位へ向かって遊走(移動)を始めることがみてとれ,まさに,がんの浸潤でみられるEMTが起こっているのがわかる.こういった細胞の細胞質にはZO-1凝集体が形成され始めているのが確認される(図6).こうしたEMTに相当する細胞挙動の転換においてはF-アクチンの再編成が顕著に認められ,細胞膜に沿って形成されるアクチン環から活発な運動のためのストレスファイバーへと作り替えられている.また前者の細胞はレーザー焼灼法による細胞膜の破壊にも耐性があり,安定的な細胞形態を保つことができるが,後者はレーザー照射の直後に消滅する.この創傷治癒実験からも,F-アクチンの高度のネットワーク化によって安定的な細胞接着を形成した細胞ではZO-1は細胞質に凝集体として存在せず,代わりに細胞膜での細胞間接着に寄与しているものと推測される.ひるがえって,細胞質に存在するZO-1と細胞膜近傍のZO-1には細胞環境に応じて双方向に輸送を可能にする,膜オルガネラにみられる「膜交通」ならぬ,「非膜交通」が存在する可能性もあるだろう.

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図6 創傷治癒アッセイにおける細胞の挙動とZO-1凝集体およびアクチンの動態変化

創傷部位から離れた細胞(非遊走細胞)は多角形の形態を保っており,ZO-1凝集体を形成しない(上段左).また細胞膜では環状のアクチンネットワークが形成されている(上段右).一方,創傷部位に向かって遊走を始めた細胞は紡錘形になり,ZO-1凝集体が形成され始める(下段左).遊走細胞はストレスファイバー(下段右)を形成している.

5. 動物種で保存されたメカニズム

これらZO-1の機械刺激への応答は両生類であるツメガエル以外の動物でも保存されたメカニズムなのだろうか? ZO-1は多細胞生物で獲得された分子であり,力学依存的な液–液相分離の制御機構も進化の過程で保存されたメカニズムであることが十分に予想される.そこで,我々はマウス胚を用いてメカニズムの種を超えた普遍性について検証することとした.マウス胚の発生過程では,ステージE3.5からE4.5にかけて体液(水)が流入し体積が増えることによって胞胚腔(blastocoel cavity)が拡大する(図7A15).それに伴って胞胚腔の内圧が上昇し,その結果,栄養外胚葉(trophectoderm:TE)細胞は伸展することになる.特にmural(壁)側では顕著であり,胚体となるpolar(極)側に位置する内部細胞塊(inner cell mass:ICM)やICMに接するTE細胞ではそれほどの伸展がみられない.この胞胚腔の内圧上昇による細胞伸展はZO-1凝集体と機械刺激の関係を明らかにするのに適した実験系であるといえる.ZO-1凝集体を免疫染色で確認したところ,E3.5では細胞質に多くの凝集体が観察されるが,E4.5胚では特にmural側の細胞で凝集体が消失しているのがわかる(図7B).一方,polar側のTE細胞やICM細胞では顕著な消失はみられない.これは,胞胚腔の内圧上昇による細胞伸展とZO-1凝集体消失に相関があることを示しており,ツメガエル胚での実験結果を支持するものである.また,E3.5胚ではおそらく細胞接着が十分に確立していないために細胞のアクチン環は明瞭ではなく,E4.5胚で初めて明瞭に観察されるようになることから,内圧上昇はアクチンネットワーク形成にも影響を及ぼしているものと考えられる.そこで,E4.5胚にガラス針で穴を開けて胞胚腔液を漏出させて,内圧を意図的に下げZO-1凝集体を観察した.同操作により,本来E4.5胚のmural側で消失するZO-1凝集体の多くが細胞質に残存することが確認された.同時に,胚の修復後次第に胞胚腔が拡大し始めると凝集体の消失がみられた.もう一つの内圧調整実験として,胚をNa/K ATPase阻害剤であるouabainで処理した.水の流入が阻害されることにより胞胚腔の拡大は制限され,その結果,やはりE4.5胚での凝集体は消失することなく細胞質に多く観察された.GFP-ZO-1の蛍光シグナルでも同様の結果が得られたことから,マウス胚においても力学依存的なZO-1の液–液相分離の制御機構は保存されているものと考えられる.

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図7 マウス胚発生におけるZO-1凝集体のダイナミクス

(A) E3.5胚からE4.5胚にかけて胞胚腔は急速に成長し,その容量が増加する.その結果,mural側で栄養外胚葉細胞が大きく伸展する.(B) polar側ではZO-1凝集体はE4.5日胚においても観察されるが,mural側ではほぼ細胞質から消失する.そのような細胞では環状のアクチン形成が確認される.上段の模式図はWhite, S.M., Avantaggiati, M.L., Nemazanyy, I., Di Poto. C., Yang, Y., Pende, M., Gibney, G.T., Ressom, H.W., Field, J., Atkins, M.B., et al. (2019) Dev. Cell, 49, 425–443を改変.

6. 組織の統合性を維持するメカノケミカルフィードバック

力学刺激による細胞伸展などの物理的変化が引き金となり,細胞内シグナルの化学的変化,細胞骨格アクチンのリモデリングを介してZO-1の液–液相分離を制御しているということを紹介してきた.ここではその細胞応答の生物学的意義について考察してみたい.すでに述べたように,初期発生の形態形成過程では組織は大きく変形し,移動することによって器官や個体の三次元構造を構築する.その過程で生じる力による摂動は少なからず細胞集団(組織)を不安定化するものと想像できる.特に細胞間接着が十分に確立していない発生初期の細胞ではその影響は大きいだろう.ツメガエルやゼブラフィッシュの原腸形成においては胚体や卵黄を覆い隠すように伸展する外胚葉には大きな力がかかっており,それは細胞変形(縦横比が1.5倍程度に変形する)やレーザーで細胞膜を切断した際の反跳(recoiling)をみると明らかであるし,また,マウス胚のmural側の細胞や核の変形からもその力の大きさがわかる.組織がこうした大きな変形に対してあらがうために力学依存的にMETを誘導し細胞間接着を強化する仕組みが生まれたとしても不思議ではない.また,細胞間接着がいったん強化されると力はさらに伝播しやすくなり,局所的に生まれた力であっても結果として広い組織において統合性を維持することに成功する.そこには細胞質に液–液相分離によって形成されたZO-1が凝集体をいったん崩壊させ,細胞膜へ移行させることによってタイトジャンクション形成,ひいては細胞間接着に寄与するというポジティブフィードバック機構が存在するものと予想している.つまり,細胞質のZO-1凝集体は細胞膜ZO-1の供給源,あるいは貯蔵場所であるという可能性が考えられる(図8).こうした仕組みはZO-1あるいは相同タンパク質を持つ多細胞生物に共通に存在し,力にあらがって発生を正常に進行させる生物にとって必須の仕組みであると提唱したい.ではその凝集体形成・崩壊機構にタンパク質リン酸化修飾はどのように関わっているのだろうか? 我々がすでに報告したようにErk2を活性化する7)ことが,直接的あるいは間接的にF-アクチンのリモデリングを引き起こすことは想像できるが,ZO-1分子内に多数存在するリン酸化部位はこの制御にどのように関わっているのだろうか? この点を明らかにするためにはZO-1凝集体の物理化学的性質を詳細に明らかにする必要があるだろう.

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図8 力に応答するZO-1凝集体のリモデリング(仮説)

細胞にかかる力が弱いとき,ZO-1(オレンジ色で示す)は細胞質で凝集体を形成するが,力刺激を受けた際,FGFRやERK2シグナルが活性化され,その結果凝集体は崩壊する.同時にZO-1は細胞膜へと局在を変化させ,凝集体を形成し,クローディン,オクルーディン,F-アクチンなどと相互作用することによって細胞間接着に寄与する.

7. 形態形成における意義

組織の統合性の維持に加えて形態形成における意義はないのだろうか? 我々は最近,集団的細胞移動とZO-1の細胞内相分離に興味を持って研究を進めている.多くの細胞は硬い基質を好み,硬い基質上を移動するデュロタキシス(durotaxis)という性質を持っている.最近では,細胞集団,すなわち組織として同性質を示す集団的デュロタキシスが形態形成に重要ではないかと考えられている16, 17).MDCK細胞を硬さの異なる基質(ポリアクリルアミドゲル)上で培養すると,ガラス基盤や濃度15%のゲルでは細胞質にZO-1凝集体はほとんど観察されない.ゲル濃度が10%以下になると凝集体が多数観察されるようになる(図9).これは,密着斑(focal adhesion:FA)18, 19)を介して基質の硬さを感知した細胞がF-アクチンの再編成を介して,ZO-1の相分離を制御している可能性を示唆している.また,移動の際の基質の硬さに勾配があるとすれば,個々の細胞における細胞質ZO-1凝集体の総容量に負の勾配が存在するはずである.すなわち,硬い基質上の細胞ではZO-1は細胞間接着により大きく寄与していることになる.今後,発生過程での細胞質ZO-1の挙動を定量的に明らかにすることによって,集団的細胞移動や形態形成への直接的役割が明らかになるであろう.

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図9 基質ゲルの硬さとZO-1凝集体形成

(A)ポリアクリルアミド15%,10%,5%の異なる硬さのゲル上でMDCK細胞を培養した.(B)基質弾性が低いほど凝集体は多数観察される(縦軸は凝集体の面積からの定量).(C)基質の硬さとZO-1凝集体の形成は逆相関にあることがわかる.

8. おわりに

細胞質のZO-1凝集体は単なる貯蔵場所(リザーバ)として機能しているだけなのだろうか? 現在のところ,我々の観察は力学依存的に起こるZO-1タンパク質の細胞質と細胞膜の量的バランスの変化に限られているため,生理機能に関してそれ以上の推測をすることは不可能である.今後,凝集体内でZO-1と会合するタンパク質やRNAの同定などが進めば,細胞質内凝集体の新しい生理的意義の発見につながる可能性もあるものと期待している.しかしながら,相分離による凝集体実体解明への生化学的アプローチを大きく阻んでいるのは,凝集体が細胞内にのみ動的平衡を保って区画化されている液滴であることから,膜オルガネラのように単離して組成や物性を分析することができないことである.近接依存的標識法(proximity labeling)20)などを用いたZO-1会合分子の同定,凝集体の物性を非侵襲でかつリアルタイムで測定する方法の開発など,今後相分離による凝集体の性状を探るための技術的な進歩も必要とされるだろう.

謝辞Acknowledgments

本研究のリン酸化プロテームおよびその解析は米国プリンストン大学Ileana Cristea教授,マウス胚を用いた実験は基礎生物学研究所藤森俊彦教授との共同研究として行われました.また,研究に協力いただいた形態形成研究部門の皆様,国際共同研究を支援くださった自然科学研究機構,国際連携研究センター(IRCC)に感謝いたします.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

上野 直人(うえの なおと)

自然科学研究機構国際連携研究センター定量・イメージング生物学研究部門および基礎生物学研究所超階層生物学センター特任教授.農学博士.

略歴

1957年東京生まれ,84年筑波大学農学研究科修了,84~88年米国ソーク研究所研究員,88~93筑波大学講師,93~97年北海道大学薬学部教授.97~2022年3月まで基礎生物学研究所教授.22年4月より現職.

研究テーマと抱負

発生の基本的問題について研究してきたが,現在は液–液相分離の調節と発生制御に興味をもっている.とくにデュロタキシス(細胞が硬い基質を好んで遊走する現象)におけるZO-1の相分離調節について研究している.

趣味

ドライブ.

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