膨張顕微鏡法と蛍光増幅抗体(Amplibody)を用いた一次繊毛の超解像イメージング
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一次繊毛は細胞表面から突出したアンテナ様のオルガネラであり,直径は0.2~0.3 µmで長さは数μmと非常に小さい1).そのため,通常の蛍光顕微鏡を使って観察しても,繊毛や繊毛基部にある基底小体(中心小体が変化した構造)はただの線や点にしかみえない(図2A参照).したがって,繊毛の微細構造の観察には従来は主に電子顕微鏡が用いられてきた2).近年では,光の回折限界以下の構造を可視化できるさまざまなタイプの超解像顕微鏡が開発されて,繊毛の研究にも応用されている3–6)
.ただし,市販の超解像顕微鏡は数千万円以上する高額機器であるため,大学等ではほとんどの場合に共通機器として運用されている.しかし,利用できる超解像顕微鏡が近くにはない研究者もいるであろう.筆者らも,数年前までは超解像顕微鏡を利用できずに不満を抱えていたことから,いくつかの市販試薬を用いるだけで超解像観察ができる膨張顕微鏡法を知ってすぐに飛びついた.
膨張顕微鏡法(expansion microscopy:ExM)は,2015年にMITのEdward Boydenらによって発明された画期的な超解像顕微鏡技術である7).この技術では,顕微鏡が特別なのではなく,観察する試料の方に秘密がある.そのコンセプトは,「小さすぎて見分けがつかないのならば,試料自体を大きくすればよい」という逆転の発想に基づいている.実際の膨張顕微鏡法では,分解能を向上させるために高吸水性ゲルによって試料を約4倍に膨張させる(図1A).ただし,オリジナルの膨張顕微鏡法では特殊なプローブが必要であったために,一般研究者にとってのハードルは高かった.しかし,約1年後にBoydenらは市販の蛍光標識抗体と蛍光タンパク質を用いることのできる改良型の膨張顕微鏡法(protein-retention expansion microscopy:ProExM)を開発した8, 9)
.この膨張顕微鏡法は五つのステップからなる(図1A).①一般的な手法によって抗体染色を行う.②タンパク質や抗体の一級アミンを架橋剤(AcX)によってacryloyl化し,③アクリル酸ナトリウムとともにアクリルアミドゲル中で共重合させる.④Proteinase Kによってタンパク質を部分的に分解する.⑤アクリル酸ナトリウムのポリマーは高吸水性であり,カルボキシ基どうしの静電的反発と浸透圧の発生によってゲルが膨張する.第二世代の膨張顕微鏡法は誰でも購入可能な試薬と一般的な生物系研究室にある道具だけで実施できることから,培養細胞だけでなく脳の組織切片などさまざまな生物試料の観察への適用例が報告されている10).
BoydenらのProExMプロトコールに従って膨張顕微鏡法を試してみると,それまではただの点にしかみえなかった中心体タンパク質が,視力検査に使うランドルト環のようなリングにみえて本当に驚いた(図2B).他の超解像顕微鏡では微細構造の超解像画像をコンピュータのモニタ上でしかみることができないのに対して,膨張顕微鏡法では通常の顕微鏡をのぞくと微細構造を肉眼で確認できるのである.しかし,試料を顕微鏡で観察していると,すぐにある問題に気づいた.すなわち,試料中の蛍光が非常に弱いのである.ゲルはXYZ方向にそれぞれ4倍に膨張するので,単位体積あたりの蛍光強度は1/43(1/64)に低下する.また,プロテアーゼ処理による蛍光標識抗体の分解・変性によっても蛍光強度が半減し,明るさはもとの1/100以下になってしまう.さらに,試料は退色防止剤を含まない水につかっている状態なので,励起光によって発生する活性酸素種が色素の退色を引き起こす.したがって,かなり明るく染色されていなければ,膨張後の染色試料が発する蛍光は弱くて観察がしづらいか,ほとんどみえない.
(A, B) hTERT-RPE1細胞をARL13B(繊毛マーカー)とFOP(中心小体マーカー)の抗体で染色した画像.(A)膨張処理を行っていない細胞の画像.(A′)Aの破線領域の拡大図.(B)膨張処理を行った細胞の画像.(B′)Bの破線領域の拡大図.(C)基底小体に局在するさまざまなタンパク質に対する抗体で免疫染色し,膨張顕微鏡法を適用後に超解像顕微鏡(Airyscan)を用いて撮影した画像(縦方向と横方向から撮影).(Katoh et al., Mol. Cell Biol., 202013)より一部改変).
膨張顕微鏡法をより実用的なものにするためは,染色試料が発する蛍光をもっと強める必要があると感じた.この問題の解決のために,筆者らが以前に独自開発していたタンパク質間相互作用解析法[visible immunoprecipitation(VIP)assay]11)の際に用いるNanobodyというラクダ科動物由来の単鎖抗体を利用することはできないかと考えた.Nanobodyは通常の抗体の1/10のサイズ(約15 kDa)であり,大腸菌で発現させて容易に精製することができる.さらに,他のタンパク質を融合させることによって,新たな機能を持ったNanobodyを作製することもできる.筆者らは,蛍光強度を増大させる目的で,マウスまたはウサギの抗体に結合するNanobody12)に蛍光タンパク質(mClover3またはmCherry)を融合させた発現プラスミドを作製した.この融合タンパク質を,蛍光を増幅(amplify)する抗体(antibody)という意味でAmplibodyと名づけた(図1B)13).
Amplibodyの使い方はシンプルである.まず,1次抗体とAmplibodyを混ぜて,通常の方法で試料を処理する.次に,蛍光タンパク質を認識する市販の抗体(筆者らはMBL社の抗体を主に利用している)をAmplibodyに結合させる.最後に蛍光標識された2次抗体を結合させれば,通常よりも多くの蛍光分子(蛍光タンパク質と蛍光標識抗体)が標的分子に結合するので,標的分子の存在部位が明るくみえる仕組みである(図1C).膨張後の試料の蛍光強度がAmplibodyを使うと2.5~3倍になり13),蛍光シグナルを実用的なレベルにまで増幅することができた.ただし,Amplibodyを使うことでバックグラウンドも上がる場合があるので,抗体とAmplibodyの濃度(希釈率)は抗体ごとに最適化する必要がある.
Amplibodyの作製も難しくはない.グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)タグつきのAmplibodyのプラスミドを導入した大腸菌にイソプロピルチオガラクトシド(IPTG)を加えてGST融合タンパク質の発現を誘導して,20°Cで一晩培養する.次に細胞を破砕して,グルタチオンセファロースビーズを用いてGST-Amplibodyを精製する.最後にPreScissionプロテアーゼで処理してGSTタグを切除し,ビーズを遠沈することによってAmplibodyを含む上清を回収できる.Amplibodyを発現する大腸菌は肉眼でもわかるほど発色しているので,発現や精製は比較的やりやすい.筆者らが作製したAmplibodyの発現プラスミド(ID #138128~138133)はaddgeneに寄託してあるので,興味を持たれた方は取り寄せて利用していただきたい.
ここからは筆者らが用いている膨張顕微鏡法(ProExM)とAmplibodyを組み合わせたプロトコールをステップバイステップで説明し,これまでの経験から得られたコツや注意点などを合わせて述べる.
一般的な免疫染色に用いる材料や試薬の他には,以下のものが必要である.
ここでは顕微鏡観察時の注意点などを述べる.培養細胞のような薄い試料に膨張顕微鏡法を適用した場合には観察の際に開口数の大きい油浸レンズを使用できるが,厚みのある試料の場合には作動距離の長い水浸レンズの方が適している.ゲルは透明なので,慣れないうちはフォーカスを合わせるのが難しい.そこでまず,Hoechstで染色した核を観察して試料がある場所とおおよそのフォーカス位置を合わせる.その後に蛍光抗体で染色したチャンネルを観察するとフォーカスを合わせやすい.蛍光の退色を防ぐために観察時の励起光はなるべく弱くすることを心掛ける.
膨張顕微鏡法で作製した試料の観察には,落射型蛍光顕微鏡,共焦点レーザー顕微鏡,各種超解像顕微鏡を利用できる.我々はZeiss社の超解像顕微鏡Airyscanを主に利用している.Airyscanを用いれば通常の蛍光顕微鏡の約2倍の分解能で観察できるので,ゲルの膨張率(約4倍)と合わせると,約8倍の分解能での試料の観察が可能である.Airyscanは他の方式の超解像顕微鏡と比べて使い方が簡単であり,蛍光色素や蛍光タンパク質の制限がなく,多色イメージングも可能なので膨張顕微鏡法との相性がよい.これまでに筆者らは膨張顕微鏡法とAiryscanを組み合わせることによって,基底小体に局在するさまざまなタンパク質の9回対称構造やリング状構造の超解像観察(図2C)に成功している13).
膨張顕微鏡法を用いると通常の顕微鏡で手軽に超解像観察が可能になる.超解像顕微鏡と組み合わせればさらに分解能を向上させることもできる.そのため,すでに超解像顕微鏡を利用している研究者にも膨張顕微鏡法は有益な技法であると思われる.また,今回紹介したプロトコールは一次繊毛の研究に限らず,さまざまな分野の研究に大いに役に立つと確信している.ただし,膨張顕微鏡法は発展途上の技術であるため,化学固定・ゲル化・タンパク質分解の過程におけるアーティファクトの発生,ゲル膨張時のゆがみや膨張率のばらつきなど,分子の局在や細胞構造の精密なイメージングをする上で解決すべき課題は多く残されている.しかし最近ではさまざまな改良を加えた次世代の膨張顕微鏡法が次々に発表されている14–20)
ことから,今後もより実用的でより信頼性の高い技術へと進化していくに違いない.
本誌の読者はアクリルアミドゲルを作製して電気泳動を行った経験のある方が多いと思われる.そのような研究者にとって高吸水性ゲルを作製すること自体はそれほど難しいことではないだろう.本稿をきっかけにして膨張顕微鏡法にトライしてみようという研究者が増えれば幸いである.
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