糖鎖遺伝子発現情報からの糖鎖構造推定ツールGlycoMapleの開発
1 創価大学糖鎖生命システム融合研究所 ◇ 〒192–8577 東京都八王子市丹木町1–236
2 岐阜大学糖鎖生命コア研究所 ◇ 〒501–1193 岐阜県岐阜市柳戸1–1
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糖鎖は,単糖がグリコシド結合により連なった分子であり,糖タンパク質,糖脂質などの複合糖質として細胞の表面上に多く存在する.糖タンパク質のフォールディング制御に関与し,タンパク質の品質管理システムとしての糖鎖の役割が知られている1).また,生体内における糖鎖を認識するタンパク質であるレクチンとの相互作用により,感染やシグナル伝達に関与するなど,糖鎖の生物学的機能の重要性が注目されており,バイオマーカーや創薬など医療分野への発展が期待されている2).
糖鎖合成は主に小胞体やゴルジ体で行われ,ドリコールリン酸などの脂質結合型糖や糖ヌクレオチドをドナー基質として糖をアクセプターへ転移させる糖転移酵素と,単糖間のグリコシド結合を加水分解する糖分解酵素により行われる.タンパク質の糖鎖修飾として,アスパラギン(Asp)残基のアミノ基に共有結合するN-グリコシル化型,セリン(Ser)やトレオニン(Thr)側鎖の水酸基に共有結合するO-グリコシル化型,α-マンノースがトリプトファン(Trp)残基のC2原子に結合するC-マンノシル化型,エタノールアミンリン酸を介してタンパク質のC末端に糖鎖付加するGPIアンカー型などがあげられる3).
糖鎖関連遺伝子の変異によるグリコシル化の変化は,神経障害,骨格異常,筋ジストロフィーなどを引き起こすとともに,感染症,腫瘍の進行・転移への関与も報告されている4–6)
.このようにさまざまな生体内現象に関わるグリコシル化の生物学的重要性が認知されているにもかかわらず,これまでは限定された経路の糖鎖研究しか行われていない.糖鎖修飾が与える影響やその解明には,糖鎖代謝経路のより包括的な理解が望まれる.そのため,グリコシル化を体系的に理解するためのとりかかりとして,糖鎖関連遺伝子の発現情報から糖鎖代謝経路をマッピングするためのWebツールであるGlycoMapleが開発された7).
GlycoMapleは,ヒトの遺伝子発現レベルに基づいて糖鎖合成経路を視覚化し,構造を推定することができるツールである.棒グラフにより経路図の遺伝子発現レベルが閲覧できる.現在,19種類の合成経路図を提供しており,約950の糖鎖関連遺伝子の発現プロファイルを可視化することができる.GlycoMapleでは,遺伝子発現データの入力は,Human Protein Atlas(HPA)の細胞や組織の遺伝子発現データが利用できる.また,ユーザーが用意した遺伝子発現データを指定のファイル形式にすることによりツールを利用することも可能である.
HPAは,ヒトの細胞や組織,臓器などのプロテオーム探索のためのデータベースである.タンパク質発現情報のRNA-seqデータや画像データなどが公開されており,入手可能なRNA-seqデータのうち細胞64種,組織37種をGlycoMapleに組み込んでいる.
GlycoMapleツールは,https://glycosmos.org/glycomaple/indexにて利用できる.ここでは,HPAデータの選択による使用方法とファイル入力による使用方法や,ツールの機能について紹介する.
GlycoMapleツールは,糖鎖関連遺伝子の発現量を糖鎖合成経路に可視化し糖鎖構造を推定できる.ツールへの入力は(1)のHPAの細胞や組織の選択,または(6)のユーザー独自のデータによる遺伝子の発現量のファイルから可能である.(2)の糖鎖合成経路に遺伝子の発現量が矢印の太さで反映される.(3)には,矢印の番号と対応する棒グラフが表示される.オプションとして,(4)では発現量に対する矢印の調整ができ,(5)では糖鎖合成に関与する遺伝子の複合体の発現レベル(Complex)や重複して同じ機能を持つ遺伝子の発現レベル(Overlap)について基準を設定できる.また,(8)では合成経路どうしの比較ができる機能が設置されている.(7)ではファイル入力のサンプルが入手できる.
GlycoMapleツールは,ユーザーが独自のRNA-seqデータを持っている場合,ファイル入力から利用できる.ここでは,ファイル入力および,二つの経路図を比較するCompare機能を紹介する.
(A)図1の(7)で入手できるサンプルデータ.ファイルのA列に「Gene ID」,次のB列以降に「transcripts per kilobase million (TPM) 」の値を入れる.サンプルでは,データセットが二つ入っており,B列に結腸の正常組織のTPM値,C列に結腸の腫瘍組織のTPM値が入力されている.1行目はラベルになっており,A1セルには“Gene”と入力し,B1, C1はツールの合成経路図に反映されるタブ名として表示される[図2B(1)].(B)(A)のファイル入力から“N-glycan processing and branching”経路をGlycoMapleで可視化した結果.(1)では入力したデータセット二つがタブで表示され,タブを切り替えるとそれぞれのデータの合成経路を閲覧できる.(2)では,タブで表示される全データについて,各遺伝子の発現量が棒グラフとして同時に表示される.
(A)図1(8)の「Compare」機能を設定する画面.(1)で比較するデータを選択し,(2)で“Complex”および“Overlap”の設定を行う.一つの合成経路図で二つの遺伝子の発現量を比較する際,表示する矢印の設定を(3)にて入力する.xは画面の2行目にある式を意味しており,初期設定では,緑の矢印はSample AがSample Bの半分より少ない発現量,ピンクの矢印はSample AがSample Bの2倍以上の発現量である場合,合成経路図にそれぞれの色が反映される(B).(B)図2Aのファイル入力の二つのデータセットに対して「Compare」機能を用いて可視化した合成経路図.「Compare」機能を実行すると(4)のように“Colon Normal Tissue vs Colon Primary Tumor”のタブが新しく追加される.(A)で設定した結果として緑とピンクの矢印が表示され,発現量の比較が可視化される.
GlycoMapleを利用すると,遺伝子発現プロファイルを介して糖鎖の代謝経路を視覚的に俯瞰することができる.画像による代謝経路の大局的な観察は,糖鎖構造の形成に関わる遺伝子が閲覧でき,経路全体で糖鎖合成の触媒反応に関わる経路が複数みられるなど,糖鎖形成の遺伝子の関わりが比較的わかりやすく,簡単に情報が得られる.また,ツールであらかじめ用意されている細胞や組織の糖鎖合成の特性を理解することに役立ち,糖鎖研究を始める糸口になると考えられる.
独自の実験データを用いたGlycoMapleの活用では,RNA-seqデータのTPM値に限らず,遺伝子名とその遺伝子に付与する数値を入力して糖鎖プロファイルを予測的に推定することもできる.そのため,糖鎖分析,特定の疾患に対するバイオマーカーの探索,バイオ医薬品タンパク質の研究などに貢献できると考えている7).
1) Roth, J., Zuber, C., Park, S., Jang, I., Lee, Y., Kysela, K.G., Le Fourn, V., Santimaria, R., Guhl, B., & Cho, J.W. (2010) Protein N-glycosylation, protein folding, and protein quality control. Mol. Cells, 30, 497–506.
2) Belický, Š., Katrlík, J., & Tkáč, J. (2016) Glycan and lectin biosensors. Essays Biochem., 60, 37–47.
3) Schjoldager, K.T., Narimatsu, Y., Joshi, H.J., & Clausen, H. (2020) Global view of human protein glycosylation pathways and functions. Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 21, 729–749.
4) Aoki, K., Perlman, M., Lim, J.M., Cantu, R., Wells, L., & Tiemeyer, M. (2007) Dynamic developmental elaboration of N-linked glycan complexity in the Drosophila melanogaster embryo. J. Biol. Chem., 282, 9127–9142.
5) Rodrigues, J.G., Balmaña, M., Macedo, J.A., Poças, J., Fernandes, Â., de-Freitas-Junior, J., Pinho, S.S., Gomes, J., Magalhães, A., Gomes, C., et al. (2018) Glycosylation in cancer: Selected roles in tumour progression, immune modulation and metastasis. Cell. Immunol., 333, 46–57.
6) Magalhães, A., Duarte, H.O., & Reis, C.A. (2021) The role of O-glycosylation in human disease. Mol. Aspects Med., 79, 100964.
7) Huang, Y.F., Aoki, K., Akase, S., Ishihara, M., Liu, Y.S., Yang, G., Kizuka, Y., Mizumoto, S., Tiemeyer, M., Gao, X.D., et al. (2021) Global mapping of glycosylation pathways in human-derived cells. Dev. Cell, 56, 1195–1209.e7.
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