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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(5): 720-724 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940720

みにれびゅうMini Review

自閉スペクトラム発症の臨界期における抑制回路発達機構の解明An early juvenile critical period for autism-associated inhibitory circuits

群馬大学大学院医学系研究科遺伝発達行動学講座Gunma University Graduate School of Medicine, Department of Developmental Genetics and Behavioral Neuroscience ◇ 〒371–8511 群馬県前橋市昭和町3丁目39番22号 臨床研究B棟7階 ◇ 3–39–22 Showa-machi, Maebashi, Gunma 371–8511, Japan

発行日:2022年10月25日Published: October 25, 2022
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1. 現在までの自閉スペクトラム症研究

自閉スペクトラム症(自閉症)は米国CDCの調査では50から100人に1人の子供にみられ,発症機構の解明は社会的にも急務である.自閉症の中には単一の原因遺伝子により発症する,いわゆる「症候群型」のX脆弱症候群(遺伝子:FMR1),フェラン・マクダーミド症候群(SHANK3),アンジェルマン症候群(UBE3A),レット症候群とMECP2重複症候群(いずれもMECP2)などがある1).ところが,これら原因遺伝子を持つものすべてを合わせても自閉スペクトラム全体の5%にも満たず1),ほとんどが明らかな遺伝子変異を持たない特発性であり,遺伝リスクと環境リスク両要因の複雑な相互作用により発症すると考えられている.特発性自閉スペクトラム症医療へと取り組むには病態発症機構を理解することが必須であり,発症に至る過程での中間表現型(エンドフェノタイプ)を探索する研究が盛んに実施されている.具体的には,自閉スペクトラム症に共通な脳回路機構や,遺伝子変異ではなく遺伝子発現の制御異常の同定などが試みられている.また侵襲的な実験系を用いた解析が有効であるため,バルプロ酸への胎内曝露などの薬物モデルや遺伝子変異マウスなどの動物モデルの作製が進められている.現状,成体モデル動物における分子–細胞–シナプス–回路–行動と多階層にまたがる解析が精力的に進められている一方,発達障害であるにもかかわらず発症に至るまでの過程である発達期の解析にはあまり焦点が当てられていない.すなわち,発症をつかさどる臨界期や,機能回路の発達に関わるシナプス・分子機構の多くは解明されておらず,発達期のどの時期に注目した医療を展開し,どのような介入を行うことで治療への道筋が開けるかの提案が待たれる.

2. 症候群型自閉症遺伝子に着目したモデル動物

症候群型自閉症はモノジェニックであり,したがって原因遺伝子を持つ.よって,要因となる遺伝子に着目し,遺伝子操作を実施したモデル動物の作製および解析が大変有効である.中でも,マウスは遺伝子操作のハードルの低さ,Creマウスなどの整備が比較的整っていることから多くの自閉症モデルが作製されてきた.モデルマウスの行動評価には,社会性および繰り返し行動が主に用いられる.社会性を評価するための3チャンバーアッセイでは,通路でつながった三つのチャンバーをテストマウスが自由に行き来できるようにしておく.テストマウスが端のチャンバーに固定した他マウスに対してみせる行動,または両端のチャンバーの新規マウスと既知マウスに対する行動を比較し,他マウスにどれだけ興味を示すのかを基に評価する.繰り返し行動は,反復的毛繕い行動や,ケージ内でのおはじき埋没行動,ケージ内旋回行動などの常同運動,Y型迷路を用い3方向の同一アームに入る傾向などで評価されることが多い.また,行動表現型以外としては,自閉スペクトラム症を含む発達障害では脳波に異常がみられることが多いことから,覚醒時マウス脳波を周波数ごとに解析し,そしてガンマ周波帯のパワーなどが評価される.局所脳回路機構の表現型としては,興奮/抑制バランス,いわゆるE/Iバランスの指標がよく用いられる.具体的にはマウス脳切片スライスを作製し,人工脳脊髄液に保存した状態で,皮質2/3層の興奮性錐体細胞をホールセルパッチする.テトロドトキシン(TTX)下,すなわちすべての神経活動が停止した状態で記録をとることで,シナプス小胞と膜の融合によりみられる自発的な変化である微小興奮性シナプス後電流(mEPSC)および抑制性シナプス後電流(mIPSC)を計測する.皮質回路の興奮と抑制がどのような比率で形成されるのかを理解する指標として用いられる.多くの自閉症モデルマウスで興奮/抑制バランスの増加傾向がみられる.一方,局所バランスの増加は必ずしも回路全体の活動が興奮状態にあることを反映しておらず,逆にシナプスレベルでのホメオスタティックな補正の結果であることが近年報告された2).最新のゲノム編集技術により,げっ歯類よりもよりヒトに近い動物モデルの開発が近年では進められており,TALEN編集を用いた転写制御因子MECP2変異レット症候群カニクイザル3),CRISPR-Cas9によるSHANK3変異マカクザルなどの成果もみられ4),マーモセットを用いたモデル研究も今後は期待される.

3. 自閉スペクトラム症と抑制回路機構の関連性

大脳皮質の抑制回路は社会性行動に重要な役割を持つことが知られており5),抑制回路の異常は統合失調症ならびに自閉スペクトラム症を含む発達障害に関与することが長らく示唆されてきた6).自閉スペクトラム症患者の死後脳に抑制ニューロンの減少や脱落がみられ,患者児童にはてんかんの併発が頻繁にみられることなどからも抑制系の異常がこれまで示唆されてきた.実際,症候群型モデルでは,特異的なCreマウスを用いて抑制ニューロンだけで目的の遺伝子を操作したマウスが作製されている.目的の遺伝子を全身で操作した場合と比較しても似たような自閉症様表現型がみられることから,抑制ニューロンにおける遺伝子機能が重要であることが上述のMECP2UBE3A遺伝子などの症候群型自閉症因子について報告されている7, 8)

4. 自閉スペクトラム症の中間表現型として提唱されたFOXG1因子の制御異常

症候群型自閉症の原因遺伝子に着目したモデル動物による実験解析系は大変有用であるものの,スペクトラムのほとんどを占める特発性患者へのアプローチがこれまで課題とされてきた.そこで筆者らは,大脳発生において重要な機能が知られている転写因子FOXG1に着目することとした(図1A).近年,自閉スペクトラム症の脳発達に関与する遺伝子発現を解析する目的で,特発性患者からiPS細胞を調製しin vitroにて脳オルガノイドを形成する実験解析が実施された.結果,患者には明らかな遺伝子変異が認められないにもかかわらず,遺伝子発現および発現ネットワークの解析によってFOXG1因子の発現増加が観察された9).ゲノムレベルでのFOXG1制御の異常は統合失調症に関与することも示されている10).FOXG1因子「量」の異常が疾患に関与するという知見は,筆者らの大脳発生期の解析結果とも一貫しており,FoxG1因子の発現量が細胞レベルで経時的に減少・増加することが皮質層の形成には必須である11)

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図1 自閉スペクトラム症の発症メカニズム解明および治療法開発を目指した本研究の概念図

5. 自閉症FOXG1症候群と患者家族を取り巻く環境

FOXG1遺伝子自身の変異では,遺伝子重複によるコピー数の増加,点変異や欠失ハプロ不全であるコピー数の減少,いずれのケースもFOXG1症候群を発症することが近年明らかにされた(図1A).FOXG1ハプロ不全の患者にはレット症候群と類似した症状が発達や知性,コミュニケーションや言語にみられることから,CDKL5遺伝子異常とともに非典型的レットとして扱われた(指定難病156:レット症候群).国際的には,レット症にみられる退行性や顕著な女児への偏りがみられないことなどから,FOXG1遺伝子重複とハプロ不全の両者をFOXG1症候群とし,自閉スペクトラム症に類別されている(米国NIH).2017年発足の国際FOXG1研究機構の尽力などにより(www.foxg1research.org),希少疾患ながら2022年現在1000家族以上が同定されている.近年の遺伝子解析技術の進歩により,これまで自閉スペクトラム症と診断されていた児童のFOXG1遺伝子に点変異が見つかるケースも報告されており,今後さらに患者数が増えることが予想される.国内FOXG1患者家族会の活動は(https://sites.google.com/view/foxg1),筆者も微力ながら立ち上げ時よりサポートさせていただいている.

6. FOXG1症候群モデルマウス群の樹立

発達期におけるFOXG1制御異常が特発性患者の発症に寄与することが提案され,またFOXG1遺伝子の重複およびハプロ不全のいずれもが自閉症FOXG1症候群の発症につながることを受けて(図1A),筆者らはまずはマウスにおいてもヒト同様の自閉症様表現型が現れるのかを検証することとした.以降の記述は主に,2021年に報告した研究成果である12).最初,ヒトFOXG1ハプロ不全のモデルであるFoxG1ヘテロマウスにおいて,社会性行動の顕著な低下,脳波の異常を同定し,マウスにおいても有用な実験解析が進められることを確認した(図1B).次に,自閉スペクトラム発症の抑制系仮説を検証するため,これまで知られている症候群型の遺伝子と同様,抑制ニューロンだけでFoxG1をハプロ不全(ヘテロ)にする実験系を組んだ.すなわち,1コピーのコンディショナルFoxG1欠損遺伝子座を持つマウスに抑制ニューロン特異的なCreマウス(Dlx-Cre)を掛け合わせることで,抑制ニューロンだけでFoxG1ヘテロとなるマウスを作製した.結果は予想に反して,社会性がコントロールマウスよりも向上するというものであった.そこで,興奮ニューロン特異的なCreマウス(Nex-Cre)も同時に組み合わせて実験を用い,大脳すべての興奮と抑制ニューロンでFoxG1ヘテロとしたところ,全身FoxG1ヘテロマウスと同程度の社会性低下がみられた.以上の結果から,FoxG1ヘテロマウスおよび大脳ニューロンでFoxG1ヘテロとしたマウスでは自閉症様の社会性行動低下がみられることを明らかにした.一方,興奮ニューロンのみ,抑制ニューロンのみでFoxG1をヘテロとしてもその限りではない.また,ニューロン特異的な組換え実験の結果から,グリア細胞においてFoxG1ヘテロとすることは自閉症様表現型に必須ではないことが明らかになった.

7. FoxG1増加による発症の臨界期を離乳前生後2週目に同定した

次に,特発性自閉スペクトラム患者では発達期のいずれかの時期にFOXG1増加が生じるという提案9),またFOXG1遺伝子重複が発症につながることを受けて(図1A),FoxG1増加モデルマウスを作製し解析した.興味深いことに,ハプロ不全モデルと同様,興奮ニューロン,抑制ニューロンの両者で同時にFoxG1増加を実施した場合にのみ,自閉症様の社会性行動低下がみられた.それでは,特発性患者では発達期のいずれのタイミングにおけるFOXG1増加が症状に寄与しているのか? その疑問に答えるため,生後発達期のさまざまな時期に,期間を区切ってFoxG1増加を実施する実験を行った.誘導性のアクティベーターであるTetシステムを用い,リガンドであるドキシサイクリンをエサに混入する時期を操作することで発現誘導を実施した.そこで明らかになったことは,離乳前の生後1~2週の期間にFoxG1増加を実施するだけで,成体マウスにおいて社会性行動が十分に低下することである.すなわち,FoxG1増加により発症が左右される臨界期を同定することができた.

8. 発症の臨界期に着目した回路機構の解明

3種類のFOXG1モデルマウス群(ヘテロ,大脳ニューロンでヘテロ,大脳ニューロンで増加)を樹立したことを受けて,発達期および成体において皮質回路機構を検証した.予想に反して,症候群型自閉症モデルで頻繁に観察されるような2),成体大脳皮質における興奮/抑制バランスの顕著な増加はみられなかった.一方,3種類のFOXG1モデルマウスのいずれにおいても発症の臨界期の終わりにあたる生後2週において,興奮/抑制バランスに異常が観察された.中でも,ヒトFOXG1ハプロ不全モデルであるFoxG1ヘテロマウスにおいて,発症の臨界期終了時に興奮/抑制バランスが増加している,つまり興奮側に傾いていることに着目をした(図1B).

9. 抑制回路の発達が社会性の形成に直接寄与することを明らかにした

成体において社会性行動の制御に抑制ニューロンが関与することは明らかにされている5).一方,抑制ニューロンの発達が社会性機能の獲得にどれほど重要であるのかは直接的には検証されていない.そこで筆者らは,抑制ニューロンにおいて神経伝達を中心的に担うGABAの合成酵素であるGad変異体マウスに着目をした.そして,発達期に抑制機能を弱めるだけで,自閉症様の社会性行動低下が現れることを明らかにした.次に,FoxG1ヘテロモデルの減弱した抑制系をGad変異によりさらに弱めると,社会性がさらに悪化することを明らかにした(図1C).これらの結果から,発症の臨界期における抑制系の減弱が,社会性形成不全を促すことが強く示唆された.

10. 発症臨界期の大脳皮質に未分化抑制細胞を移植すると,興奮/抑制バランスが平衡化し成体社会性行動が正常化する~治療モデルの樹立

逆に抑制系を強化するための手法として,胎仔由来未分化抑制細胞を大脳皮質に移植することで新規に抑制回路を形成する実験手法に着目した13).興味深いことに,未分化抑制細胞の移植ではマウス成体皮質に発達期同様の可塑性が生まれること,てんかんモデルでの治療効果,さらに驚くことに線条体や脊髄疾患モデルでの治療効果も確認されている13).そこでFoxG1ヘテロマウスにおいて,発症臨界期の開始時期にあたる生後1週に未分化抑制細胞移植を実施した.生後2週では興奮/抑制バランスの平衡化が観察され,成体では社会性が正常マウス近くまで回復する治療効果が確認された(図1D).発症の臨界期を過ぎた生後3週の操作では治療効果がみられないことから(図2),発症の臨界期における興奮/抑制バランスの補正が重要であることが示唆された12)

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図2 発症の臨界期を標的とした細胞移植治療法

11. 自閉スペクトラム症医療への今後の展望

筆者らの報告と時を同じくして,生後7~11日目に皮質興奮ニューロンを強制的に発火させると,成体の社会性行動に異常が現れることが報告された14).この結果は,筆者らが提案した発症の臨界期と一致し,生後2週目の興奮と抑制ニューロン間での活性の隔たりがその後の発症の鍵になると考えられる.樹立した自閉スペクトラム症モデルおよび治療モデルを活用し,発症の臨界期にみられる抑制回路の発達機構および分子制御メカニズムを解き明かしていくことによって,今後の自閉スペクトラム症研究と医療でのブレイクスルーが期待される.

謝辞Acknowledgments

群馬大学の皆様および研究室メンバーの日々の熱心な取り組みに心より感謝いたします.本研究内容は主に東京女子医科大学における成果です,関係者の皆様方に深く感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

三好 悟一(みよし ごいち)

群馬大学大学院医学系研究科遺伝発達行動学講座教授.博士(生命科学).

略歴

兵庫県西宮市出身.1999年京都大学工学部卒業,2004年生命科学研究科修了.2015年までニューヨーク大学神経科学研究所にてポスドク研究員,東京女子医科大学を経て2022年2月より現職.

研究テーマと抱負

不思議な魅力に満ちた脳の発達機構の研究に取り組んでいます.ラボでは科学研究の楽しさ,科学的思考力が人生をより豊かにしてくれることを共有し,未来の医療に繋がるような成果を目指しています.

ウェブサイト

https://www.med.gunma-u.ac.jp/graduate/med-organization/dgbn

趣味

テニス,サッカー,スキー,双子の息子達との日々の交流.各地を徒歩で巡り文化や歴史,人々の暮らしを体感すること.

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