リボソームの触手による翻訳因子の収集機構Recruitment of translation factors by the tentacles of ribosomes
琉球大学大学院・医学研究科Graduate school of medicine, University of the Ryukyus ◇ 〒903–0215 沖縄県中頭郡西原町字上原207 ◇ 207 Uehara, Okinawa 903–0215, Japan
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リボソームはmRNAの塩基配列を基にタンパク質を合成する翻訳装置である.これまで,好熱性細菌からヒトに至るさまざまな生物のリボソームの立体構造が報告され,ペプチド結合の形成やmRNA塩基配列の解読といったリボソームの基本的な作用機序はほぼ解明されつつある.一方,リボソームは翻訳の各段階で“翻訳因子”と呼ばれるさまざまなリボソーム結合タンパク質との動的な結合と解離を繰り返す.リボソームと翻訳因子の結合・解離サイクルが破綻すると,タンパク質の合成速度と正確性が低下し,場合によっては細胞死や疾患の原因となる.筆者らはリボソームと翻訳因子の結合・解離サイクルの分子機序を解明するため,古典的な生化学解析および一分子観察による研究を行ってきた.本稿では,高速原子間力顕微鏡(高速AFM)により明らかとなったリボソームの触手タンパク質(Pストーク)による翻訳因子の収集機構を紹介する.
遺伝情報の翻訳は開始,伸長,終結,リサイクルの四段階からなる.このうち,mRNAの塩基配列を基にペプチド鎖が伸長する翻訳伸長は,2種類のGTPase型翻訳因子EF1AとEF2が,リボソームの翻訳因子結合部位(factor-binding center)に交互に結合しながら進行する(図1).翻訳伸長では,まず翻訳因子EF1AがGTP,アミノアシルtRNA(aa-tRNA)と三者複合体を形成してリボソームに結合する.mRNAとaa-tRNAのコドン-アンチコドン対合が安定な場合のみ,GTP加水分解を経てEF1Aのみがリボソームから解離しペプチド鎖が伸長するが,そうでない場合は三者複合体の形でリボソームから解離し,別のEF1A-GTP-aa-tRNA三者複合体が結合する.ペプチド鎖が伸長すると,翻訳因子EF2がリボソームに結合する.EF2のGTP加水分解によりmRNAとtRNAの転座反応が促進され,リボソームは再びEF1A-GTP-aa-tRNA三者複合体を受け入れる状態となる.リボソームが終止コドンに到達するまでEF1A, EF2との結合・解離サイクルは繰り返され,真核生物では5~10アミノ酸/秒,原核生物では10~20アミノ酸/秒の速度でペプチド伸長が起きる.
EF1A-GTP-aa-tRNA三者複合体とEF2-GTPはリボソームのfactor-binding centerに交互に結合し,翻訳伸長を進行させる.
EF1AとEF2は,リボソームのfactor-binding center近傍に存在するリボソームタンパク質複合体“ストーク”に依存して,自由拡散よりも速く効率的にリボソームと結合する1, 2).ストークはすべての生物のリボソームに存在する構造体であり,生化学的にストークを特異的に除去したリボソームの試験管内翻訳伸長活性は著しく低下する3).ストークを構成するリボソームタンパク質の種類は生物種によって異なり,ヒトの場合,リボソームタンパク質P0にリボソームタンパク質P1とP2のヘテロ二量体が二つ結合したP0-(P1-P2)2五量体を,古細菌の場合,リボソームタンパク質aP0(archaeal P0)にリボソームタンパク質aP1(archaeal P1)のホモ二量体が三つ結合したaP0-(aP1-aP1)3七量体をとる.真核生物と古細菌では,ストークを構成するリボソームタンパク質がリン酸化修飾を受けることから,Pストークとも呼ばれる.なお,リボソームE部位近傍にはリボソームタンパク質uL1を中心に構成されるL1ストークが存在するが,Pストークとは機能が異なる別の構造体である.
Pストークを構成する各タンパク質のC末端側には約60残基の天然変性領域が存在し,また,それらのアミノ酸配列はよく似ている4).そのため,たとえば古細菌では,リボソームはaP0(1分子)とaP1(6分子)を合わせた7本の相同な天然変性領域を持つこととなる.リボソームに触手が生えているようであることから,本稿ではPストークを構成するリボソームタンパク質を触手タンパク質と呼ぶ.触手タンパク質は構造的な揺らぎが大きく,これまで報告されたリボソーム構造のほとんどにおいて全長モデルが構築されていない.そのため,触手タンパク質の中でも比較的揺らぎが小さいベースドメインの結晶構造や,核磁気共鳴法により決定された揺らぎの大きい天然変性領域など,各部分の構造モデルを重ね合わせることで,全長の触手タンパク質を含んだリボソーム全体の構造モデルが得られる2, 5, 6)(図2).
これまで,翻訳伸長における触手タンパク質の機能は古典的な生化学により解析されてきた.一般に,遺伝子改変により触手タンパク質に変異を導入すると細胞の生育速度が低下し培養が困難となる場合が多い.そのため触手タンパク質の機能解析には,大腸菌発現系などを用いて精製した触手タンパク質(野生型または変異型)を,あらかじめ触手タンパク質を除去したリボソームに再構成して得られる“再構成リボソーム”を用いて,試験管内の翻訳伸長活性を測定する方法が用いられてきた3, 7).再構成リボソームを用いた解析により,触手タンパク質の天然変性領域がEF1AやEF2と直接結合しそれぞれのGTPase活性を促進することや,GTPase型翻訳因子とrRNAの相互作用を安定化させることなどが示され,翻訳伸長における触手タンパク質の重要性が明らかとなっている.現在のところ,触手タンパク質の作用機構モデルとして(1)複数の天然変性領域を介してリボソーム周囲のGTPase型翻訳因子濃度を上昇させる翻訳因子プールモデルと,(2)GTPase型翻訳因子とその結合部位となるrRNA領域(sarcn/ricin loopやGTPase-associated domain)の相互作用を安定化させGTP加水分解速度を上昇させるGTPase安定化モデルが提案されている8).
触手タンパク質の作用機構として提案されていた二つのモデルについて,その直接的な証拠は得られていなかった.そこで筆者らは,生体高分子の形状とその動きを周囲の環境まで含めて観察できる高速AFMを用いて触手タンパク質の働きを直接“視る”ことを試みた9, 10).まず,結晶構造解析や電子顕微鏡では捉えにくい触手タンパク質を高速AFMにより観察できるのかどうかを検討した.古細菌Pyrococcus furiosusの50Sリボソームサブユニットを静電相互作用で観察基板に固定し高速AFM観察すると,50Sリボソームサブユニットの特徴である中央突起(central protuberance:CP),L1ストーク,そして触手タンパク質複合体であるPストークが観察された.触手タンパク質の天然変性領域を十分に解像できる条件は見いだせなかったものの,ベースドメインの周囲には“靄(もや)”のようなものが観察された.これは天然変性領域が十分に基板に固定されておらず,ある程度自由に運動しているためであると考えられる.意外なことに,触手タンパク質のベースドメインもリボソーム上で左右に運動しており,これまでの構造解析で触手タンパク質を捉えることができなかった原因が天然変性領域の揺らぎだけでなく,ベースドメイン自体の揺らぎにもあることが示唆された.
次に,触手タンパク質と翻訳因子の相互作用のようすをみるため,50Sリボソームサブユニットを基板にある程度強く固定しておき,一方で翻訳因子は基板上である程度拡散する条件で高速AFM観察を行った.この条件でも触手タンパク質のベースドメイン周囲に靄のようなものがみえたことから,天然変性領域はある程度自由に運動していると考えられる.観察中,サンプル溶液にEF1AまたはEF2を添加すると,それぞれの大きさに等しい4~7 nmの球状の分子が現れ,触手タンパク質近傍に集合していくようすがみられた.さらに反応が進むと,触手タンパク質の周囲に翻訳因子が最大7分子まで結合できることが判明し,複数個の翻訳因子が触手タンパク質上に同時に滞在できることが明らかとなった.触手タンパク質周囲における翻訳因子の局所濃度は,リボソームの反対側(E部位)と比べ約6倍に上昇しており,翻訳因子がリボソームに効率よく結合するための反応場(翻訳因子プール)が形成されていた.この反応場は触手タンパク質を除去した50Sリボソームサブユニットの周囲では観察されず,触手タンパク質が翻訳因子プールの形成に重要であることが明らかとなった(図3).
古細菌の場合,触手タンパク質の天然変性領域に保存されたL/GXXLFGモチーフがEF1AやEF2との結合に重要である.EF1A, EF2以外にもL/GXXLFGモチーフを介して結合する翻訳因子が報告されており,これまで,触手タンパク質と結合する4種類の翻訳因子とL/GXXLFGモチーフの結合様式がX線結晶構造解析により調べられている11–14).これらの研究結果から,触手タンパク質のL/GXXLFGモチーフがα-ヘリックス,310-ヘリックス,β-ターン,変性状態といった多様なコンホメーションをとりながら,立体構造が異なる複数の翻訳因子とそれぞれ結合することが明らかとなった.結合するタンパク質に応じて立体構造を柔軟に変化させることができる天然変性タンパク質としての性質が,さまざまな翻訳因子を収集する触手タンパク質にとって重要なのだろう.
本研究では,試験管内でリボソームの触手タンパク質が翻訳因子を収集し翻訳因子プールが形成される過程を高速AFMにより可視化した.一分子蛍光観察により,大腸菌細胞内ではリボソーム1分子に対して平均3.5分子のEF-Tu(EF1Aオーソログ)が同時に結合していることが示唆されており,翻訳因子プールは細胞中でも形成されていると予想される15).触手タンパク質が翻訳因子プールを形成する意義は何だろうか? 試験管内翻訳では,触手タンパク質の数を低下させることで翻訳伸長の速度が低下する.また,触手タンパク質は翻訳伸長の正確性にも寄与する.出芽酵母においてリボソーム中の触手タンパク質の数が減少すると,翻訳伸長でaa-tRNAの誤った取り込みが起きやすくなる16).リボソームA部位周辺のEF1A-GTP-aa-tRNA三者複合体濃度を高めることにより,正しいコドン-アンチコドン対合を作れるペアの出現確率を上げているのだろう.
EF1A, EF2以外にも,翻訳開始因子,リボソーム解離因子,aa-tRNA合成酵素,ストレス応答キナーゼ,リボソーム不活性化酵素など,触手タンパク質に結合するタンパク質が次々と報告されている.触手タンパク質とこれらのタンパク質の相互作用は,解離定数がµM程度の弱い相互作用である場合が多い.特定の翻訳因子が触手タンパク質上に強く結合し長時間滞在し続けると,他の翻訳因子が触手タンパク質と結合できずリボソームへのアクセスに不利になるためと考えられる.最近,EF1Aのグアニンヌクレオチド交換因子であるEF1Bが,aa-tRNAを運搬し終えたEF1A-GDPを触手タンパク質から解離させることで翻訳伸長の効率を上げる機能を持つことが明らかとなった17).EF1A-GDPにより占有されていた触手タンパク質がフリーとなることで,他のGTPase型翻訳因子が触手タンパク質,リボソームに結合しやすくなるのだろう.EF1A以外の翻訳因子に関しても,触手タンパク質との相互作用が何らかの仕組みで調節されることで,より複雑な翻訳の制御が行われているのかもしれない.
本研究は,新潟大学内海利男名誉教授,金沢大学古寺哲幸教授と共同で行われました.本研究の実施にあたり,新潟大学伊東孝祐准教授,金沢大学安藤敏夫教授,Steven J. McArthur博士,槙野愛実さん,中山隆宏准教授,名古屋大学内橋貴之教授,九州大学石野良純教授,石野園子准教授から多くのサポートをいただきました.本研究はJSPS, JST-CREST, 金沢大学Nano-LSI Bio-SPM共同研究事業の助成を受けました.深く御礼を申し上げます.
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