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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(5): 759-763 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940759

みにれびゅうMini Review

CD44/COL17A1経路はがん原性変異により引き起こされる多層上皮構造の形成を促進させるThe CD44/COL17A1 pathway promotes the formation of multilayered, transformed epithelia

京都大学大学院医学研究科分子生体統御学講座分子腫瘍学Department of Molecular Oncology, Kyoto University Graduate School of Medicine ◇ 〒606–8501 京都市左京区吉田近衛町 ◇ Sakyo-ku, Yoshida-Konoe-Cho, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2022年10月25日Published: October 25, 2022
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1. はじめに

我々の生体内で生じるがんの約80%は膵臓・乳腺・肺・腸などの上皮組織から起こる.多くの場合,がんが発生する初期の段階では,正常な単層上皮層内に一つのがん原性の遺伝子変異が生じることで接触阻害機構が破綻し,変異を持った多層上皮構造を形成することが知られている.このがん化の初期過程に生じる多層化現象は,培養細胞系においてもがん原性変異細胞を用いたフォーサイアッセイ(foci assay)として古くから知られており,多くの研究がなされてきた1).以来,がん原性の変異がどのようにがん化に関わるかについて研究が進展してきたが,それら多くの研究では,がん原性の変異がさらに蓄積し,すでに多層変異上皮層を形成した段階を解析したものが多く,どのように正常の単層上皮細胞層からがん原性変異によって多層化現象が生じるかは多くが謎であり,がん研究におけるブラックボックスであった.本稿では,前がん病変部に対するバイオマーカーの候補分子としてCOL17A1およびCD44を同定し,がん初期において生じる多層化現象に機能的に関与することを見いだした筆者らの知見2)を紹介し,がん化における多層上皮構造形成に関して概説する.

2. さまざまながん原性変異細胞においてCOL17A1, CD44の膜集積が亢進する

筆者らは,現在の臨床診断および治療の対象外である発がんの超初期段階において,すなわち超早期がん細胞が正常上皮層に出現した際に,検出し病変を診断する方法の確立を目指した.発がんの超初期段階とは,一つのがん原性遺伝子変異が正常単層上皮に生じた状況であり,多段階発がんモデルにおける最初の段階を指している.本研究では,正常上皮細胞であるイヌ腎尿細管上皮由来のMadin-Darby canine kidney(MDCK)細胞と,活性化型変異タンパク質RasV12を過剰発現するMDCK細胞(RasV12変異細胞)を混合して培養することで,上述の発がんの超初期段階を培養細胞系で再現した.この混合培養条件下で,変異細胞に集積し特異的に機能する分子を同定するためにファージ抗体ディスプレイ法によって網羅的にスクリーニングを行った.特に,バイオマーカーや抗体試薬への応用を考慮し,細胞膜上へ局在を示す分子に対する抗体の単離を行った.まず,正常のMDCK細胞とファージライブラリを反応させ,正常細胞に結合するファージを除いた.次にライブラリの上清を正常細胞とRasV12変異細胞の1:1混合培養に反応させ,混合培養条件下で特異的に結合するファージ候補を6000~7000クローン得た.次にファージ候補クローンから得た抗体を用いて蛍光免疫染色法によるスクリーニングを行った.1)正常細胞のみ,2)正常細胞とRasV12変異細胞の混合培養,3)RasV12変異細胞のみ,の三つの条件で細胞を培養し,RasV12変異細胞の細胞膜特異的に染色を示す二つの候補クローン抗体を得た.そこで,これらの抗体のエピトープを同定するために,免疫沈降実験を行い結合する分子の質量分析を行ったところ,二つの抗体は同じ膜貫通型II型コラーゲンタンパク質Collagen XVII(COL17A1)を認識することがわかった.このRasV12発現によるCOL17A1の発現上昇は,MDCK細胞のみならずHPDE(human pancreatic duct epithelial)細胞でも観察された.COL17A1は,膜貫通ドメインを一つ持つ膜タンパク質であり,皮膚などにおける表皮接着因子としての役割などは知られているが,発がんにおける意義については研究が十分には進んでおらず,その役割はいまだ明らかにされていない.COL17A1に加えて,別のスクリーニングCell Surface Marker Screening Panel(BD Biosciences)による結果から,RasV12発現によって形質膜への集積が亢進する膜タンパク質としてCD44を同定した.CD44が発がんの超初期段階においてどのような役割を果たすかについてもいまだ多くが明らかとなっていない.そこで,変異細胞におけるCOL17A1およびCD44のがん化における役割について明らかにするために,まずRasV12変異以外のがん遺伝子の変異を持つ細胞での発現を検討した.すると,がん遺伝子として知られているSrcもしくはErbB2を過剰発現する変異細胞においてもCOL17A1やCD44の細胞膜上への集積が亢進することが示された.これらRas, Src, ErbB2がん原性遺伝子変異は接触阻害機構の破綻を引き起こすことが知られている3–5).単層上皮恒常性維持機構である接触阻害(contact inhibition of proliferation)とは,細胞が増殖し,細胞と細胞が密に接触するようになると増殖が抑制される現象である.この接触阻害機構により上皮は単層を維持する.一方,細胞ががん化すると,この接触阻害制御を消失し多層上皮構造を形成することが知られている.そこで,COL17A1およびCD44の発現を制御する条件を探索したところ,正常細胞においては,細胞密度が低い条件ではCOL17A1の発現は中程度を示し,細胞密度が高くなると,発現量が激減した.一方,RasV12変異細胞においても細胞密度依存的な発現制御が緩やかにみられたが,その発現は総じて正常細胞より高いことがわかった.さらに,細胞密度が高く緊密な単層からRasV12変異細胞が頂端側へ逸脱した際に,COL17A1の膜局在が亢進することがわかった.またCD44もCOL17A1と同様の発現パターンを示した.これらの結果からCOL17A1とCD44の発現は細胞密度依存的に変化し,変異細胞が単層上皮内の緊密な状況から解放され,頂端側に逸脱した際にCOL17A1, CD44の膜局在が亢進することが示唆された.

3. COL17A1, CD44はがん原性変異による多層上皮構造の形成を促進する

変異細胞内で亢進したCOL17A1とCD44の発現が与える影響・機能的意義を明らかにするために,Ras, Src, ErbB2がん原性変異によって引き起こされる多層上皮構造への関与を調べた.培養細胞系において,細胞を通常よりも長期間培養した条件では,正常のMDCK細胞では細胞密度は高くなるものの,単層構造を維持し,COL17A1とCD44の発現は低下していた.一方,RasV12変異細胞は長期間培養すると多層上皮構造を形成するが,その上層部において非常に強いCOL17A1とCD44の集積が観察された(図1).COL17A1の強い膜局在は,SrcもしくはErbB2変異による多層上皮構造においても認められた.さらに多層化現象に機能的に関与しているかを調べるために,COL17A1やCD44のノックダウンあるいはノックアウトが変異細胞の多層構造形成へどのような影響を与えるかを評価した.するとCOL17A1またはCD44の発現低下によって,RasV12変異細胞による多層化が強く抑制されることがわかった.これらの結果は,COL17A1とCD44ががん化の初期に生じる単層上皮の多層化現象を正に制御する重要な因子であることを示唆している.さらに,CD44ノックダウンによってCOL17A1の集積が抑制されることから,CD44がCOL17A1の集積を上流で制御していることも明らかになった.

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図1 多層化したRasV12変異上皮細胞層の上層の細胞間接着に集積するCOL17A1

CD44も同様の集積を示す(スケールバー: 20 µm).

では,どのようにCOL17A1とCD44は多層構造の形成を制御しているのだろうか.単層上皮から多層上皮が形成される原因としては主に,1)細胞増殖の脱制御,2)細胞極性の崩壊,3)細胞分裂軸の方向異常,4)単層上皮からの頂端側への逸脱現象の促進,5)逸脱後に生じる細胞死の回避,などが考えられる.そこで,COL17A1ノックアウト,あるいはCD44ノックダウンの影響を評価することによって五つのプロセスのうちどの異常が生じているかを調べたところ,RasV12変異細胞内でCOL17A1もしくはCD44が発現低下した際に,単層細胞層から頂端側へ逸脱した変異細胞の細胞死が亢進することがわかった.さらに,多層上皮を形成した際における細胞死についても評価をしたところ,多層上皮の上層部分での細胞死がCOL17A1のノックアウトにより増加することが明らかとなった.すなわちRasV12変異細胞内においてCOL17A1/CD44は,細胞層からの逸脱後に生じる細胞死を抑制することによって,多層構造の形成を促進していることが示唆された.細胞外基質との接着を失った細胞が,アポトーシスやフェロトーシスなどの細胞死を引き起こすという報告があることから6, 7),本研究でもCOL17A1ノックアウトRasV12変異細胞の多層構造における細胞死と,アポトーシスやフェロトーシスとの関係を検討した.その結果,アポトーシス阻害剤で処理した際にはCOL17A1ノックアウトによる細胞死への抑制効果は軽度であったが,フェロトーシス阻害剤処理によってその細胞死は強く抑制された.このフェロトーシスは脂質過酸化および活性酸素種(ROS)の増大に起因する細胞死として知られている.そこで抗酸化物質でCOL17A1ノックアウトRasV12変異細胞を処理したところ,細胞死の強い抑制が観察された.すなわち,COL17A1は主にROSを介したフェロトーシスを抑制することで,RasV12変異による多層化を促進することが示唆された.

4. マウス発がんモデルにて多層化した前がん病変においてもCOL17A1, CD44の発現は上昇する

がん原性遺伝子変異による多層上皮構造の形成は,生体内では前がん病変部として観察され,膵臓がんのPanIN(pancreatic intraepithelial neoplasia,膵上皮内腫瘍性病変)をはじめとし,さまざまな上皮のがん化の初期段階において生じることが知られている.そこで多層化した前がん病変でのCOL17A1およびCD44の発現を検討するために,遺伝子改変マウスを用いた解析を行った.K-Rasおよびp53に変異を持つKPCマウス(LSL-KrasG12D/+; LSL-Trp53R172H/+; Pdx-1-Cre)では,若齢の段階で膵臓がんの前がん病変であるPanINを形成することが知られている.まず正常のマウスの膵管上皮におけるCOL17A1とCD44発現を検討したところ,非常に弱い発現を示した.一方KPCマウスの膵管上皮では,PanIN部位において多層構造を形成し,その多層病変部でCOL17A1とCD44の発現が認められた(図2).このように,培養細胞系のみならず実際にマウスにおいても多層化した前がん病変部でCOL17A1とCD44の集積が生じることが示された.

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図2 KPCマウスに生じたPanIN様の多層化した前がん病変におけるCD44の免疫染色像

星印:正常膵管上皮,矢印:PanIN様病変部位(スケールバー: WT 50 µm, KPC 100 µm).

がん原性変異による単層上皮からの多層化現象は,浸潤能獲得など悪性化よりも前に起こるがんの初期過程でのプロセスである.がんの進化を考えた際に変異細胞は自身のクローンを拡大する必要があるが,単層上皮内では領域が限られることから,変異細胞は単層上皮より管腔側へ逸脱し多層構造を形成する必要がある.しかしながら単層上皮より逸脱した細胞はそれまでとは異なった物理的および化学的なストレスにさらされる.たとえば,通常であれば得られるインテグリンを介した基底層からの生存シグナルを,単層から逸脱した細胞は失うために細胞死を起こしやすくなる.このように新たなストレス下に置かれた際に,逸脱した変異細胞はどのようにしてストレスに抵抗性を示すかについて多くはわかっていなかった.今回,COL17A1とCD44が単層上皮から逸脱後の細胞の運命に重要な影響を与える因子であることがわかり,さらに多層構造の形成や維持に機能的に関与していることが示唆された.単層上皮から逸脱した後の生存が,変異を持った多層構造の形成において,重要なプロセスであることは非常に興味深い点である.一方これまでの研究から,変異細胞の逸脱現象は,正常上皮細胞と変異細胞が隣接する際にも観察されていた.すなわち正常細胞が変異細胞を,逸脱現象を介して管腔側へ積極的に排除する.これは上皮が持つ,免疫細胞を介さない抗腫瘍機構EDAC(epithelial defense against cancer)として知られている8–11).したがって,変異細胞を正常上皮層より積極的に排除するEDACとしての逸脱現象と,今回の前がん病変の形成を促進する働きを持つ変異細胞の逸脱現象は,発がんの初期段階において異なる影響を与える.このことは上皮の恒常性維持において細胞の逸脱というプロセスが多様な役割を持つことを示唆している.今後,これらの分子メカニズム・関与する因子の違いや共通性を明らかにすることで,上皮恒常性維持における逸脱現象の重要性と,がんの初期段階での多層化現象の全貌がより明らかにみえてくることであろう.

5. まとめ

Ras, Src, ErbB2などのがん原性変異を持つ上皮細胞において細胞膜上で発現が集積するCOL17A1とCD44を同定した.COL17A1とCD44が,がん原性変異により引き起こされる多層構造の形成を促進させることがわかった.また実際に膵臓がんのモデルマウスであるKPCマウスにおいて,COL17A1とCD44の発現が多層化した前がん病変部で集積することがわかった.本研究によって,これまで未解明であったCOL17A1およびCD44の発がんの初期段階における役割の一端が明らかとなり,前がん病変部に対するバイオマーカーの候補分子としての可能性が示唆された(図3).

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図3 がん化の初期段階において単層上皮が多層化を形成するメカニズムのモデル

正常上皮層では逸脱した正常細胞は細胞死を起こす.一方で,変異上皮細胞層から逸脱した細胞はCOL17A1/CD44を介して活性酸素種を低下させ,細胞死へ抵抗性を示す.この結果,変異細胞は上皮の多層化を促進する.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究は,京都大学大学院医学研究科分子生体統合学講座分子腫瘍学分野の藤田恭之教授,藤田医科大学総合医科学研究所貝淵弘三所長をはじめ,共同研究を行ってくださった先生方,藤田研究室の皆様の多大なるサポートにより行われたものです.この場をお借りして深く感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

小澤 慶(こざわ けい)

京都大学大学院医学研究科分子腫瘍学分野助教.医学博士.

略歴

1989年生まれ.2015年名古屋大学卒業.17年大垣市民病院初期研修医修了.21年名古屋大学大学院医学研究科満期退学.同年より現職.

研究テーマと抱負

現在は上皮恒常性について研究.オリジナルなサイエンスを展開し,人の役に立ちたい.

ウェブサイト

https://molonc.researcherinfo.net/

趣味

ラボと育児以外に自由な時間があれば,小三治,十五代目仁左衛門を見聴きしながらビールを飲みたい.

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