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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 789 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940789

アトモスフィアAtmosphere

潜在能力

一般財団法人阪大微生物病研究会理事,大阪大学名誉教授,第87回(2014年)日本生化学会大会会頭

発行日:2022年12月25日Published: December 25, 2022
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「潜在能力」ということを考えてみたことがあるだろうか.これは決して霊感といった類の話ではない.人に限らず,生物は,誕生後に自らがどのような環境やストレスに晒されるかわからずに生まれてくる.さらに,晒される環境やストレスは,個々人で全く異なり,予期せぬ状況に陥ることも少なからず経験する.にも拘らず,それぞれの人は,その環境に順応し,その状況を乗り越えて生きていくことができる.これは,それぞれの人が,(おそらく)無限の潜在能力を持って生まれているからではないかと思う.ただ,それぞれの人が,どのような潜在能力を持っているかは,誰もわからないし,現時点では,科学も答えを持っていない.

今,日本の研究力が低下していることが,危機感を持って,いろいろなところで指摘されている.研究力を高めるためには,もちろん,十分な研究費が必要であり,研究のために費やす十分な時間も必要である.しかし,やはり,研究力の源泉は,研究者である.人口が減り,研究者人口も減っていくという現実の中で,日本の研究力をどうやって維持,発展させていくことができるのか.がんばって研究者数を増やす努力をすればそれでよいかというと,そんな単純な話ではないと思われる.同じような発想の研究者が10人いても,それは1人しかいないのと同じであろう.多彩な能力を持ち,多様な発想を持った人材を育てる必要があると思われる.

その場合,個々人が持つ「潜在能力」が鍵になると考える.つまり,個々人が持つ多様な潜在能力を引き出していく努力をし続けることが重要だと,私は,考える.人間は,おそらく限りない潜在能力を持っているはずだが,普段はそれに気づかず,活かされていないだけではないかと思う.個々の研究者が自身の潜在能力を引き出す努力を続けることが非常に重要である.さらに,個々の研究者だけではなく,研究者の集まりである,個々の大学や研究所といった研究組織が,自らが持つ潜在能力をどうやって引き出すかということを常に考えることも必要である.この研究者とこの研究者を連携させてチームを作れば,研究力が向上し,これまでにない革新的な研究が生まれるはずであるといった発想で,研究組織の持つ潜在能力を最大限に発揮する努力を継続的に行うことが重要である.この「潜在能力」こそ,「多様性」や「個性」の源ではないかと思う.そして,その努力の先に,常識を覆すような研究が生まれるはずである.

例えば,アメリカ大リーグで活躍する大谷翔平選手を見て欲しい.プロ野球,ましてや,世界最高峰のアメリカ大リーグで,大谷選手が,これほどまでに活躍するとは,誰も予想していなかったのではないか.「投げて,打って,走って」というのは,野球の基本中の基本で,野球の好きな子供は,小さいころから,走攻守の練習を積む.高校野球の世界では,「エースで4番」という選手がたくさんいるにも拘らず,プロに入る時には,どちらかに専念することを要求され,あるいは,指導され,本人も,「それが常識」と考えて,ピッチャーとして生きていくか,バッターとして生きていくかを決めているのだと思う.大谷選手は,おそらく想像を超える努力によって,自身の持つ潜在能力を引き出すことに見事に成功し,野球界の「常識」を打ち破って,二刀流の野球選手として,野球界に新しい世界を作ったと言える.これには,豊富な練習量に裏付けられた勇気と覚悟が必要だったであろう.

研究者の世界も同じで,今後,研究者数が減少していくことが予想される日本で,常識を覆すような研究を可能にするためには,大谷翔平選手のような「二刀流」の研究者を育てるという勇気と覚悟が必要であろう.どうすれば現状が維持できるかという考えではなく,個々の研究者が持つ潜在能力を見出し,育てるという発想に立ち,多彩な能力を持った,多様な研究者を育てることが,今後の日本の研究力を発展させる最良の道ではないかと思う.

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