Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 795-796 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940795

特集:緒言Special Review

mRNAスプライシング制御の最前線と創薬への応用The frontiers in mRNA splicing research and its applications in drug development

1富山大学学術研究部医学系遺伝子発現制御学講座Laboratory of Gene Expression and Regulation, Faculty of Medicine, Academic Assembly, University of Toyama ◇ 〒930–0194 富山県富山市杉谷2630 ◇ Sugitani 2630, Toyama 930–0194, Japan

2富山大学学術研究部医学系分子神経科学講座Department of Molecular Neuroscience, Faculty of Medicine, Academic Assembly, University of Toyama ◇ 〒930–0194 富山県富山市杉谷2630 ◇ Sugitani 2630, Toyama 930–0194, Japan

発行日:2022年12月25日Published: December 25, 2022
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真核生物はその遺伝子中にエクソンと呼ばれる配列と,イントロンと呼ばれる配列を有している.DNA上の遺伝子領域がmRNA前駆体へと転写されたのち,pre-mRNAスプライシング(以下スプライシング)によりイントロン部分が取り除かれ,エクソンどうしがつなぎ合わされることで成熟型のmRNAとなる.スプライシングを受けた成熟型mRNAが細胞質で翻訳の鋳型となるため,スプライシングは真核生物の正常な遺伝子発現にとって必須の機構である.したがって,スプライシングによるイントロンの除去は1塩基のずれも許されない非常に厳密に制御されたメカニズムであり,その異常や破綻により多くの疾患が引き起こされることが知られている.

スプライシングは,1977年に発見され,1993年には発見者のフィリップ・シャープとリチャード・ロバーツがノーベル生理学・医学賞を受賞している.すなわち,すでに45年という非常に長い歴史を持つ研究分野である.その後も,主に生化学的な手法を用いたスプライシングに関する研究が精力的に進められ,スプライソソームがスプライシング反応を担うことや,スプライソソームは五つのsnRNPと呼ばれる構成因子から形成されていることなどが明らかとなった.また,それらのsnRNPはsnRNAと呼ばれる短いRNA分子に複数のタンパク質が結合して形成されていることや,snRNAがイントロンとエクソンの境界付近にある共通配列を認識しスプライシングを行うことなど,非常の多くの発見がなされた.それらに加え,SRタンパク質やhnRNPなどといった多くのスプライシング調節因子の発見や,全体のイントロンのうち1%以下しか存在しないマイナーイントロンと呼ばれる特殊なイントロン(対して,通常のイントロンを区別してメジャーイントロンとも呼ぶ)と,それらを取り除くマイナースプライソソームの発見など,筆者がスプライシング研究を始めた2003年当時には,すでに非常に多くのことが明らかとなっていた.実際に,そのころスプライシング研究を始めたばかりの筆者に,「スプライシングって,まだ研究すること残ってるんですか?」などと尋ねてきた後輩もいた.その後輩の発言は半分正しく,半分間違っている.確かに,その当時でも上述のような基本的なメカニズムに対する理解はかなり進んでいたものの,さまざまな疑問は手つかずのまま残されており,その後のスプライシング調節化合物の発見や,選択的スプライシングのさらなる理解,次世代シークエンス技術の発展などにより,スプライシング機構やその生理的意義などに関する多くの発見がなされてきた.すなわち,スプライシング研究は,基礎的なメカニズムを明らかにするという第一のフェーズから,スプライシングが基盤となるさまざまな生命現象の謎を解くという第二のフェーズに移ったとも言えるのではないだろうか.一方,何かが明らかになれば,それ以上の数の新たな疑問が生まれるというのは,研究の世界では常であり,このようなサイクルによりスプライシング研究は現在もさらなる拡大を続けているのである.

それでは,現在も残るスプライシングに関する疑問というのはどのようなものがあるだろうか? そのうちの一つが,スプライソソームの構成因子の異常がなぜ組織特異的な疾患の原因となるのか?というものだ.たとえば,脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)の原因遺伝子は,SMN1である.SMN1は,上述のスプライソソームの構成因子であるsnRNPの生合成に欠かせない遺伝子である.したがって,SMN1遺伝子の変異はsnRNPの量を一様に減少させ,すべての遺伝子のスプライシングを同様に阻害すると予想された.しかしながら,SMN1変異により起こるsnRNPの量の変化は各snRNPで異なっており,また,その変化はマウスの組織ごとにも異なっていた.当然,スプライシングパターンの変化も各遺伝子間,各組織間で異なっており,まったく予想どおりの結果は得られなかった.おそらく,各snRNAの転写量や,安定性,snRNAに結合しsnRNPを形作るタンパク質の発現量が組織によって異なることなどが,スプライシングパターンの違い,さらには組織特異的な疾患を生み出していると予想されるが,まだはっきりとはわかっていない.

加えて,スプライソソームが認識する共通配列のあいまいさもこの違いを生み出していると考えられる.たとえば,そのあいまいさがゆえに,長いイントロン中には共通配列のような配列が複数存在し,そのような配列には実際にsnRNPの一つであるU1 snRNPが結合する.しかしながら,これらのU1 snRNPはスプライシングには用いられず,pre-mRNAを異常なポリA化から保護するという別の役割を担っているのである.現在のところ,それぞれのU1 snRNPがどのように使い分けられているのかに関する明確なルールは明らかになっておらず,今後のさらなる研究が待ち望まれる.

このように,スプライシングの調節は,シス配列,トランス因子,その他細胞内のさまざまな条件が複雑に絡み合ってコントロールされており,統一のルールというものを見いだすのはなかなかに難しい.しかしながら,何らかのルールは必ず存在しているはずなので,それらを一つ一つ明らかにし,一つでも多くのスプライシングに関する生命現象の謎を解いていくことが,私たちスプライシング研究者に与えられた使命なのだろう.

このように現在も拡大を続けるスプライシング研究の世界を俯瞰し,スプライシングが特にヒトのような高等生物の生命活動を維持するためにどれだけ重要であるかということを再認識し,これまでの知見をいかに創薬に向けて応用するかということを考える機会として本特集が企画された.本特集では,比較的クラシカルな生化学的な実験からゲノムワイドな解析やゲノム編集などの比較的新しい技術までさまざまな手法を用い,また培養細胞から植物やマウスなどの個体など幅広い実験対象を用いて研究を行っている研究者の方々に執筆をお願いした.願わくは,多くの方に本特集を通し,スプライシング機構の深淵さ,その制御の緻密さにふれてもらえれば幸いである.特に,今後の研究を担う学部生や大学院生,ポスドクなどの若手研究者の方々に,スプライシング研究の魅力に気づいてもらえることを期待している.最後に,本特集にご協力いただいた執筆者の先生方にこの場を借りて感謝いたします.

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