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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 837-844 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940837

特集Special Review

RNAスプライシング制御を標的とした創薬Drug development targeting aberrant RNA splicing

1京都大学大学院医学研究科創薬医学講座Department of Drug Discovery Medicine, Kyoto University Graduate School of Medicine ◇ 〒606–8501 京都府京都市左京区吉田近衛町 医学部C棟3階 ◇ Building C, 3rd Floor, Yoshida Konoe Cho, Sakyo-ku, Kyoto 606–8501, Japan

2京都大学大学院医学研究科形態形成機構学教室Department of Anatomy and Developmental Biology, Kyoto University Graduate School of Medicine ◇ 〒606–8501 京都府京都市左京区吉田近衛町 医学部C棟3階 ◇ Building C, 3rd Floor, Yoshida Konoe Cho, Sakyo-ku, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2022年12月25日Published: December 25, 2022
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筆者らは薬剤でRNAの発現量や発現パターンを変化させることにより先天性の難病を治すことが可能ではないかと考え,遺伝子発現を生体内で可視化する独自の技術を開発してきた1–3).さらにこの技術を化合物スクリーニングに応用することで,先天性疾患の原因遺伝子の異常なRNAスプライシングを正常化させるスプライシング制御薬を見いだし,従来は薬物治療の対象とされてこなかった先天性疾患について薬物治療が可能であることを世界で初めて示した4, 5).遺伝性疾患関連変異として報告されているおよそ30万種類の一塩基変異のうち約35%がRNAスプライシングに影響を及ぼすことが近年推計されており6),筆者らが創始した創薬戦略によって数多くの遺伝病患者を治療できる可能性がある.スプライシング制御を標的とした創薬開発の動きは世界的に加速しており,本稿ではスプライシング制御を標的とした創薬研究の進展について概説する.

1. スプライシング変異と疾患

RNAスプライシングは,U1 snRNPにより認識を受けるスプライシング・ドナー部位,U2 snRNPにより認識を受けるブランチポイント,U2AF35, U2AF65により認識されるポリピリミジントラクトとスプライシング・アクセプター部位を基本構造として制御される(図1A).これらはヒト遺伝子においても各エクソンで保存性が高いモチーフをとり,それらの必須モチーフを変化させる変異はスプライシング変異として最もよく知られるタイプである.また,これらの構成的モチーフの他,それぞれのエクソンは周辺のスプライシング・エンハンサーおよびサイレンサー配列により調節を受けて選択的なRNAスプライシング制御を受ける場合も多い.これらスプライシング調節に関わるシス配列は非常に多様であり,塩基配列から予測することは困難な場合が多く実験的な検証が必要になる.さらに,最近では深部イントロン配列におけるスプライシング変異の理解も進み,未診断症例の全ゲノム,トランスクリプトーム解析から深部イントロン領域のスプライシング変異が同定されるケースが次々と明らかになってきた.これらスプライシングの異常はアミノ酸配列の挿入・欠失によるドミナント・ネガティブ体の生成や,フレームシフトに伴う翻訳阻害やnonsense-mediated mRNA decay(NMD)を介したmRNA分解を介して病原性を呈する(図1B).

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図1 スプライシング変異と遺伝子発現異常

(A)スプライシング制御における基本的なシス制御配列とトランス制御因子.イントロン配列5′末端のGU周辺配列がU1 snRNPにより認識されスプライシング・ドナー部位として機能する.スプライシング・アクセプター部位の認識は,U2 snRNPによるブランチポイントの認識を起点として,その下流のポリピリミジントラクトと最初のAG配列がそれぞれU2AF35とU2AF65により認識されスプライシング・アクセプター部位として機能する.一部の選択的RNAスプライシングではスプライシング・エンハンサー,サイレンサーとして機能する多様なシス制御配列が存在し,RNAスプライシング制御の調整を担う種々のRNA結合タンパク質群がトランス制御因子として働く.(B)スプライシング変異と,それによる遺伝子発現異常の模式図として,エクソンA,B,Cによるスプライシングを示す.通常は各エクソン配列がつなぎ合わされ,正常な機能を持つタンパク質が発現する(エクソンA+B+C).しかし,スプライス認識部位における変異や,イントロン領域においてスプライス部位を作り出す変異が生じ,エクソンの脱落(エクソンA+C)や,通常は存在しないエクソン配列が取り込まれる(A+X+B+C).このようなエクソンの脱落や発生により,アミノ酸配列の欠失や挿入,フレームシフトが生じ,遺伝子機能の異常が生じる.

2. スプライシング異常を標的とした研究開発

各種疾患におけるスプライシング異常の重要性が認知されるに伴い,治療標的としての研究開発が展開されるようになった.これらスプライシング変異を対象とした治療薬開発が臨床段階にまで進展しているのは,脊髄性筋萎縮症およびデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するアンチセンス核酸薬である.アンチセンス核酸薬の研究開発は現在世界的に行われているが,一方でアンチセンス核酸薬の幅広い疾患への応用には課題がある.血中半減期が一般的に短時間であるなどの代謝面での課題に加え,20塩基前後の核酸薬を目的組織,目的細胞の核内に到達させることは一般的には容易ではなく,薬物送達面でもコントロールが難しい場合が多い.そのようなアンチセンス核酸薬の欠点を回避する方法として,低分子化合物がスプライシング標的薬の新たなモダリティとして注目を集めている.低分子化合物によるスプライシング標的薬には,核酸配列に直接作用する型とスプライシング調節因子に作用する型に大きく分けられ,前者の例として脊髄性筋萎縮症の治療薬として2020年に米国で,2021年に本邦で承認されたリスジプラムが,後者の例として当グループが報告したCDC様キナーゼ(CDC-like kinase:CLK)阻害剤等がある.現在研究開発が先行する,代表的なスプライシング制御手法について以下に詳述する.

3. 脊髄性筋萎縮症に対するスプライシング制御による創薬開発

脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)はSMN1遺伝子の変異に起因する常染色体劣性遺伝病であり,本邦では10万人あたり1~2人の割合で発症する.SMN1はRNAスプライシングの基本因子であるsnRNPの生合成等に関わっており,その機能喪失は特に運動ニューロンの細胞死と運動神経機能の低下,そしてそれに伴う筋萎縮を引き起こす.ヒトゲノムにはSMN1遺伝子の重複遺伝子であるSMN2遺伝子が存在するが,SMN2遺伝子はSMN1遺伝子とは異なり,そのexon 7にhnRNPA1依存的exonic splicing silencer(ESS)を有しており,exon 7を保持した機能型SMN2の産生は10%以下に抑制されている.また,exon 7下流にhnRNP A1依存的intronic splicing silencer(ISS)が存在し,アンチセンスオリゴによる同部位の機能阻害によってexon 7の取り込みが促進されることが,米国コールドスプリングハーバー研究所のKrainerらにより発見された(図2A7, 8).同ISSに対する20塩基のアンチセンス修飾核酸は,ヌシネルセン(スピンラザ)として開発が進み,2016年にFDAにファストトラック・オーファン薬指定を受け承認された.

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図2 脊髄性筋萎縮症に対するSMN2遺伝子,およびデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するDystrophin遺伝子を標的としたスプライシング制御の模式図

(A)脊髄性筋萎縮症の責任遺伝子であるSMN1遺伝子のオーソログであるSMN2遺伝子は,intronic splicing silencer(ISS)に結合するhnRNP A1の機能により,エクソン7の取り込みが阻害されている.ヌシネルセンは同ISS配列に対するアンチセンス核酸薬であり,hnRNP A1の結合を阻害することによりSMN2遺伝子のエクソン7の取り込みを促進する8).エクソン7を取り込んだSMN2遺伝子はSMN1遺伝子の機能を補完し,病態が改善される.(B) Dystrophin遺伝子を標的としたアンチセンス核酸薬ビルトラルセンの例.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの症例の一部では,Dystrophin遺伝子エクソン52の欠失変異によりmRNAに取り込まれず,エクソン52にフレームシフトに伴う未成熟終止コドンが発生することで機能阻害が生じる.ビルトラルセンはエクソン53のスプライシングによる取り込みを阻害することでフレームシフトを修正し,その結果生じるDystrophin分子は本来の機能を保持することから治療効果を示す10)

また,ヌシネルセンと同じくSMN2のexon 7取り込みを標的としたSMA治療薬として,ロシュ・ダイアグノスティクス社と米国PTC Therapeutics社により経口低分子薬リスジプラム(エブリスディ)が開発された.リスジプラムはその類縁化合物の解析から,SMN2 exon 7のESE上の配列に親和性を示しRNA立体構造の影響を介してexon 7の認識を促進すると考えられている(図2A9).リスジプラムは2020年に米国で,2021年に日本でもSMAに対する経口治療薬として承認された.

4. デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するスプライシング制御治療

SMAに次ぐアンチセンス核酸薬の適用疾患となったのが,デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)である.DMDはDystrophin遺伝子の変異によるX連鎖伴性遺伝病であり,Dystrophin遺伝子の発現・機能の消失に起因した筋細胞膜の脆弱化と壊死による進行性筋萎縮を呈する遺伝病である.Dystrophin遺伝子は79のエクソンからなる構造をとるが,一部のエクソンはスキッピングにより機能を保持した部分欠失型タンパク質を産生する.そのため,特定エクソンのスキッピングにより,機能喪失変異を回避して活性を持つタンパク質発現を回復させるためのアンチセンス核酸薬が開発されている(図2B).米国Sarepta Therapeutics社はDystrophin遺伝子のexon 51を標的としたアンチセンス核酸薬エテプリルセン(EXONDYS 51)を開発し,2016年にFDAにより承認された.エテプリルセンは30塩基のアンチセンス修飾核酸であり,exon 51の変異に起因する約13%のDMD症例が適用候補となる.また,国立精神・神経医療研究センターと日本新薬によりDystrophin遺伝子exon 53のスキッピングを誘導するアンチセンス核酸薬,ビルトラルセン(ビルテプソ)が開発され,医師主導においてDystrophin遺伝子exon 53のスキッピング誘導作用が確認された10).ビルトラルセンは2020年に条件付き早期承認制度により承認されている.また,第一三共社によるENA(2′-O,4′-ethylene-bridged nucleic acids)修飾アンチセンス核酸薬の治験が進められており,標的とするmRNA産生誘導が確認されている(ClinicalTrials.gov:NCT02667483).同様に,exon 45, 53を標的とした同様のアンチセンス核酸薬が米国Sarepta Therapeutics社により開発されている(SRP-4045/4053, ClinicalTrials.gov:NCT02500381).また,筆者らは低分子化合物を使用したDystrophin遺伝子のスプライシング制御について解析を実施している.Dystrophin遺伝子exon 31の点変異(c.4303G>T)により終止コドンが導入される場合,CDC様キナーゼ(CLK)の阻害剤TG003を作用させることでexon 31のスキッピングを誘導し機能を保持したインフレーム欠失型Dystrophinの誘導が可能であることを示した4).このように,低分子化合物による創薬もDMDの変異型の一部には適用可能性が示されつつある.

5. 偽エクソン型変異を標的とした治療介入:NEMO異常症,嚢胞性線維症への適用

スプライシング変異の一部は深部イントロン領域,すなわちエクソンから一般的には50塩基程度以上離れたイントロン領域に位置する場合がある.これらの深部イントロン変異は,特定のイントロン領域をエクソンとして認識させることでアミノ酸配列の挿入やフレームシフトを誘導し(図1B),そのようなエクソンは特に「偽エクソン(pseudoexon)」として知られる.しかし,偽エクソン生成を誘導する深部イントロン変異は,ヒト遺伝子変異データベース(Human Gene Mutation Database)に登録された疾患原因変異の総数が2022年現在およそ30万種類であるのに対し,深部イントロン変異の登録数は400種類に満たず,割合がきわめて少ない.これは,現在でもExomeによる変異解析が主流であり,多くの場合で深部イントロン領域が解析の対象とならないため見落とされてきた変異の型であると推測される.事実,近年の全ゲノム解析,トランスクリプトーム解析の普及により,疾患原因変異としての深部イントロン変異の報告が相次いでいる.当グループでは,近年偽エクソン型疾患を対象とした低分子化合物の検討を進め,その有効性をNEMO異常症,嚢胞性線維症等の遺伝病モデルにおいて示した.これら2疾患を例として,低分子化合物による偽エクソン型疾患の研究について以下に紹介する.

NF-κB経路のメディエーターであるNEMOIKBKG)遺伝子の機能減弱型の変異は免疫不全を伴う無汗性外胚葉形成異常症(EDA-ID)と関連するが,我々のグループは米国Rockefeller大学Casanovaのグループと共同で患者の全ゲノム解析からNEMO遺伝子の深部イントロン性変異IVS4+866C>Tが日本およびフランスの変異未同定EDA-ID症例から共通して認められ,同遺伝子の第4イントロン配列の一部が偽エクソンとして認識されることでNEMO遺伝子の発現低下が惹起されることを見いだした(図3A, 3B11).さらにNEMO遺伝子偽エクソンについてスプライシング評価リポーターを設計し化合物評価を行ったところ,CLK阻害剤TG003処理によりスプライシング制御因子SRSF6の機能が阻害され,NEMO遺伝子偽エクソン取り込みの抑制効果が見いだされた11).また,NEMO遺伝子IVS4+866C>T変異を有する国内のEDA-ID患者からiPS細胞を樹立し,マクロファージに分化誘導してその機能を解析したところCLK阻害剤処理によってNF-κB活性に依存したサイトカイン応答機能が回復することが確かめられた(図3C).

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図3 原発性免疫不全症候群NEMO異常症における偽エクソン型スプライシング異常を標的とした低分子化合物の作用

(A) NEMO/IKBKG遺伝子における深部イントロン変異IVS4+866C>TによってU1 snRNAとの間に塩基対合が生じる結果(+6部位),U1 snRNPによる認識を受けるようになりスプライシング・ドナー部位として機能を獲得する.また,同時に上流のAG配列がスプライシング・アクセプター部位として認識される結果,偽エクソン(ΨExon)が生成する.当偽エクソンはSRSF6の作用により認識が促進されており,その活性化キナーゼCLKの阻害剤TG003によりスキッピングが誘導される11).(B)健常者,およびNEMO/IKBKG遺伝子IVS4+866C>T変異を有するNEMO異常症患者由来の末梢血RNAに対するRT-PCR. 患者末梢血においては偽エクソンの取り込み(ΨExon)が認められる11).(C)同患者末梢リンパ球より樹立したiPS細胞由来のマクロファージに対して,リポ多糖(LPS)とインターフェロンγ(IFN-γ)の共処理を行い,TNF-αの産生量を定量した.TG003処理によりTNF-α産生能の回復が認められる11)

嚢胞性線維症は塩化物イオンチャネルであるcystic fibrosis transmembrane conductance regulatorCFTR)遺伝子の変異によって引き起こされる難治疾患であり,全世界での罹患者は7万人を超え,特に欧州圏では出生約3000人に1人と頻度が高い遺伝病である.遺伝子変異によりCFTRの機能が障害されることで,患者体内では細胞分泌物の組成を正常に調節することができなくなる結果,分泌液粘性の亢進とそれによる細菌などの排除困難から感染症リスクの上昇や組織機能が低下する.CFTRの機能を補助する薬剤の開発も進められているが,タンパク質レベルの欠失を伴うナンセンス変異やスプライシング変異型には有効ではない.嚢胞性線維症症例全体の2%未満では深部イントロン領域のスプライシング変異,c.3849+10kbC>T変異が認められ,第22イントロン領域の一部が偽エクソン化しフレームシフトを誘導することが疾患原因となる.我々は,c.3849+10kbC>T変異によるスプライシング異常のメカニズムを解析し,複数のSRSFファミリー分子が周辺領域に直接結合することが偽エクソン認識に必須であることを明らかにした(図4A12).また,CLK阻害剤であるTG003類縁体に対するフォーカスド・ライブラリーのスクリーニングから,c.3849+10kbC>T変異によるスプライシング変異に対し高い抑制活性を示すCLK阻害剤CaNDYを同定した.CaNDYはTG003と比較してCLKファミリー全般に高い阻害活性を示し,特にCLK3に対する阻害活性が顕著に向上している.そしてCaNDYは,SRSFの阻害を介してc.3849+10kbC>T変異に起因する偽エクソンの認識を抑制することが確認された(図4B).さらに,CFTRのチャネルアッセイ評価実験では,CaNDY処理によりc.3849+10kbC>T変異の配列においても正常型と同等活性が確認された(図4C12).これらの結果から,CLK阻害剤CaNDYはc.3849+10kbC>T変異型の嚢胞性線維症に対する新しい治療戦略として期待される.

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図4 嚢胞性線維症における偽エクソン型スプライシング異常を標的とした低分子化合物の作用

(A)嚢胞性線維症責任遺伝子であるCFTR遺伝子の第22イントロンの深部イントロン変異c.3849+10kb C>Tはスプライシング・ドナー部位の必須塩基であるGU配列を生成する.その結果,上流のAG配列をスプライシング・アクセプター部位とする偽エクソン(ΨExon)が生成する.当該偽エクソン配列はSRSFによる認識促進を受けるため,その活性化キナーゼCLKの阻害剤CaNDYによりスキッピングが誘導される12).(B) Calu-3にCFTR遺伝子のミニジーンをトランスフェクションし,CaNDYに対する偽エクソン取り込みの応答をRT-PCRにより解析,濃度依存的な偽エクソンのスキッピング活性を認めた12).(C) YFP発現ベクター,および第22イントロン配列を挿入したCFTRコーディング配列(GFP融合タンパク質として発現)ベクターをHEK293細胞に共導入し,ヨウ化物イオン(I)インフラックスアッセイを指標としてCFTRイオンチャネルの活性を評価した.同アッセイでは細胞外Iイオンの作用により細胞内で発現するYFPの蛍光強度が減弱するが,CaNDY処理により陰イオンチャネルの活性が正常型と同程度まで回復することが示された[CFTR (−):CFTRベクター非導入細胞,CFTRWT:健常型第22イントロン配列を含むCFTRベクター導入細胞,CFTRC>T:c.3849+10kb C>T変異型第22イントロン配列を含むCFTRベクター導入細胞]12)

6. 家族性自律神経失調症に対するスプライシング治療戦略

家族性自律神経失調症(familial dysautonomia:FD)は遺伝性感覚・自律神経系ニューロパチーIII型(HSAN III型)またはRiley–Day症候群としても知られ,自律神経・感覚神経の発達異常と進行性の変性・衰退により流涙の欠損,口腔運動失調,消化器の運動障害,進行性の筋萎縮等,種々の感覚障害・自律神経機能障害が生じる常染色体劣性遺伝病である.1949年にRiley, Dayにより報告され13),2001年にinhibitor of kappa light polypeptide gene enhancer in B-cells, kinase complex-associated proteinIKBKAP)遺伝子のスプライシング変異であるIVS20+6T>CがFDの原因変異として同定された14, 15).同変異は99.5%以上のFD症例で原因変異となっており,欧米の主要なユダヤ人種であるアシュケナージ系人種ではヘテロ保因者が約30人に1人と高頻度である.IVS20+6T>C変異が存在することで,IKBKAP遺伝子exon 20のスプライシング・ドナー部位とU1 snRNA間の塩基対合による親和性が低下し,その結果同エクソンはスプライソソームに認識されにくくなる(図5A).それによりexon 20スキッピングが生じ,翻訳の読み枠が変化することで未成熟な終止コドンが発生し正常なタンパク質の発現が妨げられる.IKBKAP遺伝子はトランスファーRNA(tRNA)修飾と翻訳制御に関わるelongator protein 1(ELP1)タンパク質をコードしており,FD患者細胞ではtRNA修飾の程度について正常細胞と比較し低下が認められ,そのような翻訳調節制御機構の破綻は疾患原因の一つと考えられる5).このように原因変異と発症機構の理解が近年進む一方,FDに対する有効な治療法はいまだ確立していない.我々はFDの原因となるスプライシング異常を抑制する新たな治療法の探索に向けて,IKBKAP遺伝子exon 20の制御メカニズムの解析とそのスプライシング異常を抑制する低分子化合物の解析を進めた.IKBKAP遺伝子のスプライシング評価リポーターを構築し化合物スクリーニングを実施したところ,低分子化合物RECTASが有効化合物として同定された5, 16)IKBKAP遺伝子のスプライシング異常についてさらに解析を進めたところ,スプライシング制御因子であるSRSF6がIVS20+6T>C変異の周辺RNA領域に直接結合することがわかった.そして,SRSF6の結合がIKBKAP遺伝子の正常なスプライシング制御に必要であり,RECTASによるexon 20の認識誘導がSRSF6とその上流キナーゼであるCLKに依存性を示した.また,RECTASはSRSF6の活性化に働くリン酸化酵素であるCLKと相互作用し活性化制御に寄与することが推測された.さらに,感覚神経系・自律神経系が障害を受けるFDの病態を反映させた評価のため患者細胞から樹立したiPS細胞由来末梢神経細胞に対して薬効評価を行ったところ,RECTAS処理によりexon 20のスキッピングが消失しIKBKAP遺伝子の発現が正常化した(図5B16).また,変異型ヒトIKBKAP遺伝子配列を導入した遺伝子組換えマウスを用いた薬効解析を行ったところ,RECTASの経口投与により脊髄後根神経節における感覚神経細胞においてIKBKAP遺伝子のexon 20スキッピングが抑制された16).これらの結果から,RECTASによりIKBKAP遺伝子のスプライシング異常を抑制する治療戦略の有効性が示された.

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図5 家族性自律神経失調症に対するIKBKAP遺伝子のスプライシング制御

(A) IKBKAP遺伝子スプライシングの模式図.IVS20+6T>C変異により,exon 20の+6位置におけるU1 snRNAとの塩基対合が失われ,U1 snRNPによるスプライシング・ドナー部位の認識が弱まる結果,exon 20のスキッピングが生じる.exon 20は下流のスプライシング・エンハンサーの制御を受けており,SRSF6がトランス制御因子として機能している16).(B)健常者および家族性自律神経失調症患者の線維芽細胞からiPS細胞を樹立し,末梢神経細胞に分化させた細胞におけるRT-PCR結果.患者iPS細胞由来末梢神経細胞ではIKBKAP遺伝子exon 20のスキッピングが生じる.スプライシング制御化合物RECTASの処理(10 µM)によりexon 20のスキッピングは消失する.一方,低活性の類縁体であるkinetin処理(10 µM)では部分的な効果にとどまる16).図中で,DMSOは0.1%DMSO処理,kinetinは10 µM kinetin処理,RECTASは10 µM RECTAS 24時間処理,をそれぞれ示す.

7. おわりに

本稿で取り上げたアンチセンス核酸医薬・スプライシング制御治療薬は新たな創薬モダリティであり,今後の発展が期待される領域である.特にスプライシング制御化合物は配列の特徴が共通するスプライシング変異に幅広く応用が期待され,実際に複数の変異に共通した化合物応答が認められる例を筆者らは確認している.今後スプライシング変異の配列特徴に応じた遺伝病に対する横断的な治療法が得られることが期待され,スプライシング疾患に対する個別化医療として発展することも見込まれる.スプライシング制御はさまざまな制御因子が関連する複雑系でもあり,今後は深層学習などの解析手法の重要性も増してくると考えられる.例として,2019年に米国イルミナ社が公開したSpliceAIは深層学習の適用によりこれまでの解析手法では困難なスプライス部位の検出が可能であることを示し大きく注目された17).また,スプライシング制御低分子化合物の標的疾患予測についても,スプライシング変動応答を深層学習により予測する試みがなされている18).さらに,スプライシング変化が重要である疾患は遺伝性疾患に限らず,がん免疫誘導などにおいてもスプライシング制御低分子化合物の応用が見込まれる19, 20).このように,今後医学・生命科学の幅広い分野において,スプライシング介入技術が応用されていくと考えられる.

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17) Jaganathan, K., Kyriazopoulou Panagiotopoulou, S., McRae, J.F., Darbandi, S.F., Knowles, D., Li, Y.I., Kosmicki, J.A., Arbelaez, J., Cui, W., Schwartz, G.B., et al. (2019) Predicting splicing from primary sequence with deep learning. Cell, 176, 535–548.e24.

18) Gao, D., Morini, E., Salani, M., Krauson, A.J., Chekuri, A., Sharma, N., Ragavendran, A., Erdin, S., Logan, E.M., Li, W., et al. (2021) A deep learning approach to identify gene targets of a therapeutic for human splicing disorders. Nat. Commun., 12, 3332.

19) Lu, S.X., De Neef, E., Thomas, J.D., Sabio, E., Rousseau, B., Gigoux, M., Knorr, D.A., Greenbaum, B., Elhanati, Y., Hogg, S.J., et al. (2021) Pharmacologic modulation of RNA splicing enhances anti-tumor immunity. Cell, 184, 4032–4047.e31.

20) Matsushima S., Ajiro M., Iida K., Chamoto K., Honjo T., & Hagiwara M. Chemical induction of splice-neoantigens attenuates tumor growth in a preclinical model of colorectal cancer. Science Translational Medicine, in press (DOI: 10.1126/scitranslmed.abn6056)

著者紹介Author Profile

網代 将彦(あじろ まさひこ)

京都大学大学院医学研究科 特定講師.博士(生命科学).

略歴

東北大学工学部化学・バイオ系学科卒業後,同大学院生命科学研究科博士前期課程,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士後期課程修了.その後米国立がん研究所(NIH)博士研究員,2016年より京都大学大学院医学研究科所属.

研究テーマと抱負

RNAスプライシング制御という観点から,がん免疫や遺伝病など,幅広い生命現象や疾患について解析しています.本物の科学をともに探求し,新たな発見や感動を分かち合えるグループを目指しています.

ウェブサイト

http://www.mic.med.kyoto-u.ac.jp/dddm/members/ajiro.html

趣味

読書,音楽鑑賞.

萩原 正敏(はぎわら まさとし)

京都大学大学院医学研究科 教授.医学博士.

略歴

1958年三重県に生る.84年三重大学医学部卒業.91年ソーク研究所ポスドク.93年名古屋大学医学部講師.95年同助教授.97年東京医科歯科大学教授.2010年より現職.

研究テーマと抱負

転写やRNAスプライシングのリン酸化依存的制御機構の研究に従事.未知の遺伝子発現制御機構の解明と,自らが創製した阻害剤を武器に難治の病に苦しむ患者を治すことが,人生の夢.

ウェブサイト

https://www.anat1dadb.med.kyoto-u.ac.jp/member/HAGIWARA_Masatoshi/

趣味

乗馬,映画鑑賞,濫読.

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