Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 845-851 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940845

特集Special Review

マイクロエクソンの取捨選択による中枢シナプス形成の調節Synaptic target selection regulated by Ptprd microexons’ splicing

富山大学学術研究部医学系分子神経科学講座Department of Molecular Neuroscience, Faculty of Medicine, Academic Assembly, University of Toyama ◇ 〒930–0194 富山県富山市杉谷2630 ◇ Sugitani 2630, Toyama 930–0194, Japan

発行日:2022年12月25日Published: December 25, 2022
HTMLPDFEPUB3

近年,脊椎動物の神経細胞において選択的にスプライシング調節を受ける3~27ヌクレオチドのマイクロエクソンの存在が明らかになり,神経系で働くタンパク質の機能を修飾する新たな機構として注目されている.受容体チロシン脱リン酸化酵素PTPRDは神経細胞間シナプスの分化誘導を担う主要な細胞接着タンパク質(シナプスオーガナイザー)として知られる.Ptprd遺伝子の持つ三つのマイクロエクソンは脳部位や発達時期に応じた選択的スプライシング調節を受けており,それらにコードされるペプチドは,シナプス間隙を挟んで相互作用するさまざまなシナプス後部リガンドとの結合特異性,および,誘導するシナプスの種類と誘導量を調節する.すなわち,Ptprd遺伝子のマイクロエクソンの選択的スプライシングコードは脳神経回路構築の設計図として機能する.本稿ではシナプスオーガナイザー遺伝子のマイクロエクソンスプライシングを介した中枢シナプス形成の調節機構について紹介する.

1. はじめに~マイクロエクソンとは~

我々のゲノムDNA中にはマイクロエクソンと呼ばれる3~27ヌクレオチド(nt)程度のきわめて短いエクソンが散在する.ヒトの全遺伝子のうち,1.6%程度の遺伝子がこのようなマイクロエクソンを持つと見積もられている1).マイクロエクソンはその短さゆえに一般的な長さのエクソンを標的とした通常のエクソン認識機構では認識することができない.近年の高スループットなRNAシーケンス解析等から,マイクロエクソンの多くは進化的にきわめてよく保存された選択的スプライシング制御プログラムに従って,特に脊椎動物の神経系で発現する転写産物に選択的に取り込まれることが明らかになってきた2, 3).興味深いことに,大半のマイクロエクソンの長さは3の倍数であり,これは選択的スプライシングによって,読み枠を壊すことなくタンパク質の機能を効率よく調節することに寄与している.さらに,マイクロエクソンに由来するペプチドの多くはタンパク質–タンパク質間の相互作用面やその近傍に挿入されるため,わずか1~9アミノ酸ほどの短いペプチドであっても,その選択の有無がタンパク質の機能に与える影響は非常に大きい.このように,マイクロエクソンの選択的スプライシング制御は,神経系で働くタンパク質の機能を効率よく,劇的に修飾する新たな機構として注目されている.本稿では,中枢シナプス形成を担う細胞接着タンパク質(シナプスオーガナイザー)をコードするPtprd遺伝子のマイクロエクソンスプライシングを介した中枢シナプス形成の調節機構について,我々の最近の研究成果を中心に概説する.

2. マイクロエクソンと神経発達

ヒトやマウスの脳神経系において選択的スプライシング制御を受けるマイクロエクソンの数は250~300にのぼる.それらのマイクロエクソン含有遺伝子群には神経発生,神経軸索形成,および,シナプス形成とシナプス機能の調節に関わる遺伝子が特に多く含まれている2, 3).実際に,これらのマイクロエクソンの選択状態はマウス胚性幹細胞がグルタミン酸作動性の神経細胞へ分化誘導される過程で,非選択状態から選択状態へスイッチのように調節を受けることも報告されている2).興味深いことに,これらのマイクロエクソン含有遺伝子リストには神経発達障害の一つである自閉スペクトラム症やてんかんに関連する遺伝子群が高頻度で含まれている2, 4).死後脳サンプルを用いた解析から,自閉スペクトラム症患者由来の脳組織では,これらのマイクロエクソンのスキップが高頻度に起きていることが明らかになっている2, 5, 6).さらに,これらのマイクロエクソンのスプライシングに関わるスプライシング調節因子の一つとして知られるSRRM4/nSR100のヘテロ欠損マウスは,感覚の過敏や社会性発達の低下などの自閉スペクトラム症に関連する表現型を示すことが明らかになっている7).これらのことは,マイクロエクソンの選択的スプライシングプログラムが脳神経系の発生,分化,さらには社会性などの高次脳機能の調節にきわめて重要な役割を担うことを意味している.

3. マイクロエクソンによるシナプスオーガナイザー機能の調節

神経細胞は適切な相手と,適切な場所に,適切なタイミングでシナプスを形成することによって機能的な脳神経ネットワークを構築していく.シナプスは神経伝達物質を放出するシナプス前部と神経伝達物質の受容を担うシナプス後部より構成される細胞接着構造体である.これらのシナプス前部および後部の構造はシナプスオーガナイザーと呼ばれる細胞接着分子間の相互作用によって分化誘導される.シナプスオーガナイザーの定義は,非神経細胞(たとえば線維芽細胞など)に強制発現させ,その細胞を神経細胞と共培養した際に,神経細胞に対してシナプス前部,あるいはシナプス後部構造を分化誘導する活性を有する膜貫通タンパク質もしくは分泌タンパク質である(図1A).これまでに,およそ10種類ほどの細胞接着分子ファミリーや,受容体ファミリーがシナプスオーガナイザーとして機能することが報告されている8, 9)図1B).シナプス前部に発現する主要なシナプスオーガナイザーはニューレキシン(NRXN:哺乳類ではNRXN1, 2, 3の3種類)と2A型受容体チロシン脱リン酸化酵素(2A-RPTP:哺乳類ではPTPRD, PTPRF/LAR, PTPRSの3種類)の二つのファミリーである.一方,シナプス間隙を挟んでNRXNファミリー,2A-RPTPファミリーと結合する結合相手がシナプス後部オーガナイザーとして機能する.NRXNファミリー,2A-RPTPファミリーともに選択的スプライシングによる多様性を持ち,その多様性によってさまざまなシナプス後部オーガナイザーとの特異的な結合を可能にしている.NRXNファミリーは4番目のスプライスサイトに挿入されるエクソン20(マイクロエクソンではない)の有無が,シナプス後部リガンドとの結合特異性の決定および,興奮性・抑制性シナプスのバランスに重要な役割を担うことが知られている.このことについては本特集の飯島先生の稿の2節,3節に詳しく説明されている.2A-RPTPは細胞外領域に三つのイムノグロブリン様(Ig)ドメイン,四つあるいは八つの3型フィブロネクチン(FN)ドメイン,細胞内領域に二つのチロシン脱リン酸化酵素ドメインを持つ(図2A).シナプス形成が盛んな脳発達期には四つのFNドメインを持つスプライスバリアントが主に発現する10).2番目のIgドメイン内(Aサイト),および,2番目と3番目のIgドメインの間の境界部分(Bサイト)には選択的スプライシング調節を受けるマイクロエクソンに由来するマイクロエクソンペプチドが挿入され,多様性が生まれる11, 12).本稿で詳述するPTPRDの場合,Aサイトにはマイクロエクソン(me)A3およびmeA6にコードされる3アミノ酸ペプチド(ESI)および6アミノ酸ペプチド(GGTPIR)の挿入の有無による4種類の多様性(A9, A6, A3,およびA−)が存在する.さらに,BサイトにはmeBにコードされる4アミノ酸ペプチド(ELRE)の挿入の有無による2種類(B+およびB−)の多様性が存在するため,合計8種類のスプライスバリアントが作り出されることになる(図2B).実際,これらの三つのマイクロエクソンの選択的スプラシングによって作り出される8種類のスプライスバリアントはいずれも発達期のマウス脳内で発現している12)図4参照).一方,マウスPtprs遺伝子にもmeA3, meA6およびmeBが存在し,Ptprf遺伝子にはmeA6およびmeBが存在する.しかしながら,実際に発達期のマウス脳内で発現するPtprs遺伝子およびPtprf遺伝子のスプライスバリアントの種類はそれぞれ2種類と4種類であり,Ptprd遺伝子に比べると少ない12).さて,筆者らはマイクロエクソンの選択的スプライシングがPTPRDタンパク質の持つシナプス誘導能にどのような影響を与えるのかを解析した.リコンビナントPTPRDスプライスバリアントタンパク質を配置したビーズとマウス大脳皮質の初代培養神経細胞を共培養すると,ビーズに接する神経細胞の樹状突起にシナプス後部が分化誘導される(図2A).誘導されるシナプスが興奮性(グルタミン酸作動性)シナプスであるか抑制性(GABA作動性)シナプスであるか,さらに,どのくらいのシナプス数が誘導されるかは,それぞれのシナプス種特異的マーカー抗体を用いた染色によって評価することができる.図2Bに示すように,八つのPTPRDスプライスバリアントを配置したビーズはそれぞれ固有のシナプス誘導特性を持つことがわかる.meBペプチドを含むPTPRDスプライスバリアントをコートしたビーズは抗Shank2抗体で染色される興奮性シナプスのみ誘導するのに対して,meBペプチドを含まないPTPRDスプライスバリアントは興奮性および抗Gephyrin抗体で染色される抑制性シナプスの両方を誘導する.一方,抗Shank2抗体および抗Gephyrin抗体の染色量はAサイトに挿入されるペプチドの長さが長いほど大きくなる.すなわち,わずか4アミノ酸のmeBペプチドが興奮性,抑制性のいずれのシナプスを誘導するかを決定し,meAペプチドの長さはシナプス誘導量を決定している13).したがって,Ptprd遺伝子の三つのマイクロエクソンmeA3, meA6,およびmeBの選択的スプラシングプログラムによって,PTPRDタンパク質の持つシナプス誘導特性,すなわち「どのようなシナプスをどのくらい誘導するか」が決まることになる.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 845-851 (2022)

図1 シナプスオーガナイザーの機能と種類

(A)シナプスオーガナイザーの機能.シナプス誘導能を評価する神経細胞–線維芽細胞の共培養系の模式図(上).IL1RAPL1およびN-cadherinを強制発現させた線維芽細胞とマウス大脳皮質初代培養神経細胞を共培養し,シナプス前部(アクティブゾーン)マーカーのBassoonに対する抗体染色を用いて,シナプス前部誘導能を評価した.N-cadherinを発現させた線維芽細胞周囲にはシナプス前部は誘導されない.(B)シナプス前部および後部の主要なシナプスオーガナイザー.それぞれを結ぶ線は結合関係を示している.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 845-851 (2022)

図2 PTPRDタンパク質の構造とマイクロエクソンペプチドの機能

(A)マウスPtprd遺伝子の三つのマイクロエクソン(me)A3, A6, Bの塩基配列,および,脳発達期に発現するPTPRDタンパク質のドメイン構造(左).PTPRD A9B−を配置したビーズと神経細胞を共培養すると,ビーズの周囲にシナプス後部が誘導される(右).(B)マイクロエクソン由来ペプチドはPTPRDのIgドメインに挿入され,8種類のスプライスバリアントを作り出す(左).8種類のPTPRDスプライスバリアントのシナプス後部誘導因子との結合特性(右)およびシナプス誘導特性(中央).シナプス誘導量(数)はmeAペプチドの長さに比例する.meB選択型スプライスバリアントは興奮性シナプスのみを誘導するのに対してmeB非選択型スプライスバリアントは興奮性・抑制性シナプスの両方を誘導する.

4. マイクロエクソンペプチドの機能構造相関

なぜ,Ptprd遺伝子の三つのマイクロエクソンmeA3, meA6,およびmeBの選択的スプラシングプログラムによって,PTPRDタンパク質の持つシナプス誘導特性が変わるのか? その答えはマイクロエクソンペプチドの取捨選択がシナプス後部オーガナイザーとの結合特異性と結合親和性を調節することにある.上述のPTPRDビーズを用いて神経細胞の樹状突起にシナプス後部を分化誘導させた際に,PTPRDに結合しているシナプス後部リガンドを探索したところ,各PTPRDスプライスバリアントに応じて異なるシナプス後部リガンドが結合することが明らかになった13, 14).meB選択型のスプライスバリアントに対してはインターロイキン-1受容体ファミリーに属するinterleukin-1 receptor accessory protein(IL-1RAcP),interleukin-1 receptor accessory protein-like 1(IL1RAPL1),およびSALM/Lrfnファミリー,Slitrkファミリーが選択的に結合する11, 15–20)図2B).このうち,IL-1RAcPとIL1RAPL1は興奮性シナプス後部に存在し,長いmeAペプチドを持つPTPRDスプライスバリアント(A9B+やA6B+)に高い親和性を示す.これは,PTPRDのAサイトに挿入されるmeAペプチドが長いほど興奮性シナプス後部誘導能が大きくなることによく対応している.実際にIL1RAPL1やIL-1RAcPを欠失した神経細胞に対するPTPRD A9B+ビーズおよびA3B+ビーズのシナプス後部誘導能は野生型神経細胞に対するそれの半分以下に減少する13, 15, 21).一方,meB非選択型のスプライスバリアントに対してはニューロリジン(NLGN)3が選択的に結合する13).meB非選択型のスプライスバリアントによる興奮性および抑制性シナプス後部の誘導能はNLGN3欠失マウス由来の神経細胞に対しては完全に消失することから,機能的にもNLGN3がmeB非選択型PTPRDスプライスバリアントのリガンドであることが示されている.筆者らは,このようなPTPRDのマイクロエクソンペプチドによるシナプス後部リガンドに対する結合特異性と結合親和性調節の構造基盤を明らかにするために,PTPRDスプライスバリアントとシナプス後部リガンドとの複合体のX線結晶構造解析を行った(図3).IL-1受容体ファミリーに属するIL1RAPL1およびIL-1RAcPの細胞外領域は三つのIgドメインより構成され,その1番目のIgドメイン(Ig1)がPTPRDの2番目と3番目のIgドメイン(Ig2およびIg3)によって挟み込まれる形で結合する(図3A).このとき,PTPRD Ig2内のmeA9ペプチド(ESIGGTPIR)を含むループがIL1RAPL1/IL-1RAcPのIg1との結合面を構成する.特にmeA9ペプチド中の9番目のアルギニン残基(Arg196)はIL1RAPL1 Asp37側鎖と,1番目のグルタミン酸残基(Glu188)の主鎖の窒素原子はIL1RAPL1 Tyr59, Gly58,およびIL-1RAcP Phe53の主鎖の酸素原子と水素結合し,特異的な結合に大きく寄与している.一方,meBペプチドは結合面には存在せず,PTPRD Ig2およびIg3がIL1RAPL1/IL-1RAcPのIg1をうまく挟み込むためのスペーサーとして寄与している.実際,meBペプチド(ELRE)の配列をGSGSの4アミノ酸配列に置換してもIL1RAPL1/IL-1RAcPへの結合に大きな影響は認められなかったが,meBペプチドを三つタンデムにつないだPTPRD変異体はIL1RAPL1/IL-1RAcPとの結合能,および興奮性シナプス後部誘導能が半減した16).Slitrkファミリーの細胞外領域は二つのロイシンリッチリピートドメイン(LRR1とLRR2)から構成され,そのうちLRR1がPTPRDのIgドメインと結合する(図3B).SlitrkファミリーはmeBペプチドを含むPTPRDスプライスバリアントに選択的に結合するが,meAペプチドには依存しない19, 20).meBペプチド(ELRE)はまさにLRR1との結合面に存在し,3残基目のアルギニン(Arg236)がSlitrkファミリーでよく保存されたアスパラギン酸残基(Slitrk1ではAsp163, Slitrk2ではAsp167)と水素結合している.実際にSlitrk2 Asp167をアラニンに置換すると,PTPRDとの結合が障害され,シナプス誘導も起こらなくなる.NLGN3はmeBペプチドを持たず,meAペプチドを含むPRPRDスプライスバリアント(A9B−,A6B−,A3B−)に選択的に結合する13).PTPRDA3B−とNLGN3の複合体中では,NLGN3の細胞外領域を構成するコリンエステラーゼ(ChE)ドメインをPTPRDのIg2とIg3が挟み込むように結合している(図3C).meA3ペプチドを含むループはChEドメインのカルボキシ末端に位置するMet614およびPhe615と疎水的に結合しており,これらの残基をアラニンに置換したNLGN3変異体はPTPRDとの結合能が激減し,PTPRDを介するシナプス誘導能は消失する13).一方,PTPRDのIg2とIg3の間にmeBペプチドを含まないことにより,Ig2とIg3がNLGN3のChEドメインをうまく挟み込むことができるようになっている.このようにPTPRDのmeAおよびmeBペプチドはシナプス後部リガンドとの結合面で直接結合に関わるか,あるいは,Ig2とIg3の間の位置関係を調節して適切な相互作用を創り出すことで,さまざまなシナプス後部オーガナイザーとの特異的な結合を保証し,シナプス標的選別に寄与している.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 845-851 (2022)

図3 PTPRD Igドメインとシナプス後部オーガナイザーの複合体の構造

(A) PTPRD A9B+/IL1RAPL1複合体の構造.PTPRDのIgドメイン(Ig1–3)はIL1RAPL1のIgドメイン(Ig1–3)と結合する.meA9ペプチドはIL1RAPL1 Ig1ドメインとの結合面に挿入され,特異的な結合に寄与する.一方,meBペプチドはPTPRDのIg2ドメインとIg3ドメインがIL1RAPL1のIg1ドメインに同時に結合するためのリンカーとして機能する.(B) PTPRD A9B+/Slitrk2複合体の構造.PTPRDのIgドメイン(Ig1–3)はSlitrk2のLRR1ドメインと結合する.meBペプチドはSlitrk2のLRR1ドメインとの結合面の一部を構成し,特異的な結合に寄与する.(C) PTPRD A3B−/NLGN3複合体の構造.PTPRDのIgドメイン(Ig1–3)はNLGN3のコリンエステラーゼ(ChE)ドメインと結合する.NLGN3はmeBペプチドを含まないPTPRDスプライスバリアントに選択的に結合する.meBペプチドを含まない短いリンカーによってPTPRDのIg2およびIg3ドメインが同時にNLGN3のChEドメインに結合できるようになっている.一方,meA3ペプチドはChEドメインのC末端領域との直接結合に寄与している.

5. マイクロエクソンのスプライシング調節機構

上述のように,Ptprd遺伝子のmeA3, meA6およびmeBにコードされるマイクロエクソンペプチドはシナプス前部オーガナイザータンパク質PTPRDがどのシナプス後部オーガナイザーと結合するのか,すなわち,どの標的とシナプスを形成するのか,を決定するためのプロテインコードとして機能する.したがって,Ptprd遺伝子のmeA3, meA6およびmeBの選択的スプライシングの調節プログラムは脳神経回路構築の設計図といえる.我々の脳内に存在する1000億もの神経細胞が適切な相手とシナプスを形成して,機能的な神経ネットワークを形成するためには,Ptprd遺伝子のmeA3, meA6およびmeBの選択的スプライシングが脳内の部位,神経細胞の種類,発達時期に応じて厳密に調節を受ける必要がある.実際に,これら三つのマイクロエクソンの選択的スプライシングによって作り出される八つのPtprdスプライスバリアントの発現比率はマウス脳内の部位ごとに大きく異なる12, 22)図4).生後2週齢のマウスでは脳の前後軸に沿って,前方側(嗅球や大脳皮質)では三つのマイクロエクソンすべてを選択したA9B+が大半を占めるのに対して,後方側(小脳や延髄)では各マイクロエクソンの選択比率は減少する傾向にある(図4).このような脳部位ごとの各スプライスバリアントの発現パターンにはマウス個体間の差はほとんどない.この八つのPtprdスプライスバリアントの発現パターンは脳発達に伴っても変化していく.神経細胞で機能する多くのマイクロエクソンの選択的スプラシングは神経活動によって調節を受けることが報告されており7),脳発達に伴うPtprdスプライスバリアントの発現パターン変化の一端は神経活動に依存すると考えられる.Ptprd遺伝子の三つのマイクロエクソンの選択的スプライシングがどのようなRNA上のエレメントとスプライシング調節因子によって調節されているかはまだよくわかっていない.Gonatopoulos-Pournatzisらは神経細胞で選択的スプラシング調節を受けることが知られているMef2dおよびShank2遺伝子のマイクロエクソンを含むミニ遺伝子をレポーターとして,その調節に関わる一連のタンパク質(SRSF11, RNPS1, SRRM4等)をCRISPR-Cas9による遺伝子破壊スクリーニングによって同定した23)図5).これらのマイクロエクソン調節因子群はマイクロエクソンの上流イントロン中に存在するコンセンサス配列(UCUCUN0-50UGC)に結合し,スプライシングによるマイクロエクソンの選択効率を増加させる.このコンセンサス配列はイントロン性スプライスエンハンサー(ISE:intronic splicing enhancer)として機能する.一方,RNAのピリミジントラクトに結合するPTBP1(polypyrimidine tract binding protein 1)は一部のマイクロエクソンの選択を抑制する機能を持つことが知られている3, 24).このISEコンセンサス配列はPtprd遺伝子のmeA3およびmeA6の上流に二つずつ存在し,meB上流には三つ存在する.実際にマウス全脳サンプルにおけるmeBのスプライシングによる選択効率(96%)はmeA3, meA6のスプライシングによる選択効率(それぞれ58%と84%)よりも高いことから,このコンセンサス配列がPtprd遺伝子のマイクロエクソンのスプライシング調節に寄与する可能性がある.これを支持するように,SRRM4/nSR100のホモ欠損マウスではPtprd遺伝子のmeA3およびmeBの選択効率が有意に減少することが報告されている25).また,RBFOXファミリースプライシング因子はさまざまなマイクロエクソンの下流イントロンに存在するUGCAUG配列に結合して,スプライシングによるマイクロエクソンの選択を促進することが報告されている3, 26).この配列はmeA3の下流イントロンに一つ存在する.しかしながら,PTPRDタンパク質のシナプス誘導能および標的選別能はmeA3, meA6, meBペプチドの組合わせによって調節されるため,個々のマイクロエクソンの選択調節だけではなく,三つのマイクロエクソンのスプライシングを統合的に制御するような調節機構が必要と考えられる.この調節機構の理解こそが複雑な脳神経回路の構築機構をひも解く手がかりになると期待される.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 845-851 (2022)

図4 脳内各部位におけるPtprdスプライスバリアントの発現比率

マウスPtprd遺伝子の三つのマイクロエクソンの選択的スプライシングによって生じる八つのスプライスバリアント(転写産物)は,2週齢マウス脳内で部位ごとに固有の比率で発現する.

Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 845-851 (2022)

図5 マイクロエクソンのスプライシング制御機構

イントロン性スプライスエンハンサー(ISE)配列によるマイクロエクソンのスプライシング制御機構.Gonatopoulos-Pournatzisらによって提唱されたISEコンセンサス配列,およびそこに結合してスプライシングを制御するスプライシング因子.

6. おわりに

神経細胞で働くマイクロエクソンの選択的スプライシング調節プログラムは神経発生,神経ネットワーク形成,脳機能発現においてきわめて重要な役割を担うことが明らかになりつつある.また,その調節プログラムの破綻はコミュニケーション能力などヒト特有の高次脳機能の発達障害である自閉スペクトラム症の発病に深く関わることが示唆されている.ヒトと他の哺乳類の間ではゲノム構造や保有する遺伝子レパートリーが高度に保存されており,個々の遺伝子産物のアミノ酸配列もマウスとの間で平均80%以上,チンパンジーとの間で99%が同じである.このような遺伝子配列レベルでの高い保存性にもかかわらず,脳構造と機能の種差が生まれ,ヒトが固有の高次脳機能を獲得できた背景には,本稿で紹介したようなマイクロエクソンの選択調節プログラムの種差が関わるのではないかと考えられる.我々のヒトiPS細胞由来神経細胞を用いた予備実験では,神経活動によるマイクロエクソンの選択的スプライシング調節プログラムがヒトPTPRD遺伝子とマウスPtprd遺伝子の間で異なることなどが明らかになっている.今後,ヒトのマイクロエクソンの選択的スプライシング調節プログラムの単一神経細胞レベルでの研究や,他の動物種との比較研究が進むことにより,ヒトの高次脳機能発現を支える複雑な脳神経ネットワークの構築原理の理解が大きく進むと期待される.また,自閉スペクトラム症などの神経発達障害の治療を目的とした創薬研究において,マイクロエクソンの選択的スプライシング調節プログラムが有力な創薬標的となると期待される.

引用文献References

1) Volfovsky, N., Haas, B.J., & Salzberg, S.L. (2003) Computational discovery of internal micro-exons. Genome Res., 13(6A), 1216–1221.

2) Irimia, M., Weatheritt, R.J., Ellis, J.D., Parikshak, N.N., Gonatopoulos-Pournatzis, T., Babor, M., Quesnel-Vallières, M., Tapial, J., Raj, B., O’Hanlon, D., et al. (2014) A highly conserved program of neuronal microexons is misregulated in autistic brains. Cell, 159, 1511–1523.

3) Li, Y.I., Sanchez-Pulido, L., Haerty, W., & Ponting, C.P. (2015) RBFOX and PTBP1 proteins regulate the alternative splicing of micro-exons in human brain transcripts. Genome Res., 25, 1–13.

4) Gonatopoulos-Pournatzis, T. & Blencowe, B.J. (2020) Microexons: At the nexus of nervous system development, behaviour and autism spectrum disorder. Curr. Opin. Genet. Dev., 65, 22–33.

5) Parikshak, N.N., Swarup, V., Belgard, T.G., Irimia, M., Ramaswami, G., Gandal, M.J., Hartl, C., Leppa, V., Ubieta, L.T., Huang, J., et al. (2016) Genome-wide changes in lncRNA, splicing, and regional gene expression patterns in autism. Nature, 540, 423–427.

6) Gandal, M.J., Zhang, P., Hadjimichael, E., Walker, R.L., Chen, C., Liu, S., Won, H., van Bakel, H., Varghese, M., Wang, Y., et al.; PsychENCODE Consortium. (2018) Transcriptome-wide isoform-level dysregulation in ASD, schizophrenia, and bipolar disorder. Science, 362, eaat8127.

7) Quesnel-Vallières, M., Dargaei, Z., Irimia, M., Gonatopoulos-Pournatzis, T., Ip, J.Y., Wu, M., Sterne-Weiler, T., Nakagawa, S., Woodin, M.A., Blencowe, B.J., et al. (2016) Misregulation of an activity-dependent splicing network as a common mechanism underlying autism spectrum disorders. Mol. Cell, 64, 1023–1034.

8) Takahashi, H. & Craig, A.M. (2013) Protein tyrosine phosphatases PTPδ, PTPσ, and LAR: Presynaptic hubs for synapse organization. Trends Neurosci., 36, 522–534.

9) Südhof, T.C. (2017) Synaptic neurexin complexes: A molecular code for the logic of neural circuits. Cell, 171, 745–769.

10) Mizuno, K., Hasegawa, K., Ogimoto, M., Katagiri, T., & Yakura, H. (1994) Developmental regulation of gene expression for the MPTP isoforms in the central nervous system and the immune system. FEBS Lett., 355, 223–228.

11) Pulido, R., Krueger, N.X., Serra-Pagès, C., Saito, H., & Streuli, M. (1995) Molecular characterization of the human transmembrane protein-tyrosine phosphatase. J. Biol. Chem., 270, 6722–6728.

12) Yoshida, T., Yasumura, M., Uemura, T., Lee, S.J., Ra, M., Taguchi, R., Iwakura, Y., & Mishina, M. (2011) IL-1 receptor accessory protein-like 1 associated with mental retardation and autism mediates synapse formation by trans-synaptic interaction with protein tyrosine phosphatase δ. J. Neurosci., 31, 13485–13499.

13) Yoshida, T., Yamagata, A., Imai, A., Kim, J., Izumi, H., Nakashima, S., Shiroshima, T., Maeda, A., Iwasawa-Okamoto, S., Azechi, K., et al. (2021) Canonical versus non-canonical transsynaptic signaling of neuroligin 3 tunes development of sociality in mice. Nat. Commun., 12, 1848.

14) Uemura, T., Shiroshima, T., Maeda, A., Yasumura, M., Shimada, T., Fukata, Y., Fukata, M., & Yoshida, T. (2017) In situ screening for postsynaptic cell adhesion molecules during synapse formation. J. Biochem., 162, 295–302.

15) Yoshida, T., Shiroshima, T., Lee, S.J., Yasumura, M., Uemura, T., Chen, X., Iwakura, Y., & Mishina, M. (2012) Interleukin-1 receptor accessory protein organizes neuronal synaptogenesis as a cell adhesion molecule. J. Neurosci., 32, 2588–2600.

16) Yamagata, A., Yoshida, T., Sato, Y., Goto-Ito, S., Uemura, T., Maeda, A., Shiroshima, T., Iwasawa-Okamoto, S., Mori, H., Mishina, M., et al. (2015) Mechanisms of splicing-dependent trans-synaptic adhesion by PTPδ-IL1RAPL1/IL-1RAcP for synaptic differentiation. Nat. Commun., 6, 6926.

17) Goto-Ito, S., Yamagata, A., Sato, Y., Uemura, T., Shiroshima, T., Maeda, A., Imai, A., Mori, H., Yoshida, T., & Fukai, S. (2018) Structural basis of trans-synaptic interactions between PTPδ and SALMs for inducing synapse formation. Nat. Commun., 9, 269.

18) Lin, Z., Liu, J., Ding, H., Xu, F., & Liu, H. (2018) Structural basis of SALM5-induced PTPδ dimerization for synaptic differentiation. Nat. Commun., 9, 268.

19) Um, J.W., Kim, K.H., Park, B.S., Choi, Y., Kim, D., Kim, C.Y., Kim, S.J., Kim, M., Ko, J.S., Lee, S.G., et al. (2014) Structural basis for LAR-RPTP/Slitrk complex-mediated synaptic adhesion. Nat. Commun., 5, 5423.

20) Yamagata, A., Sato, Y., Goto-Ito, S., Uemura, T., Maeda, A., Shiroshima, T., Yoshida, T., & Fukai, S. (2015) Structure of Slitrk2-PTPδ complex reveals mechanisms for splicing-dependent trans-synaptic adhesion. Sci. Rep., 5, 9686.

21) Yasumura, M., Yoshida, T., Yamazaki, M., Abe, M., Natsume, R., Kanno, K., Uemura, T., Takao, K., Sakimura, K., Kikusui, T., et al. (2014) IL1RAPL1 knockout mice show spine density decrease, learning deficiency, hyperactivity and reduced anxiety-like behaviours. Sci. Rep., 4, 6613.

22) Munezane, H., Oizumi, H., Wakabayashi, T., Nishio, S., Hirasawa, T., Sato, T., Harada, A., Yoshida, T., Eguchi, T., Yamanashi, Y., et al. (2019) Roles of Collagen XXV and its putative receptors PTPσ/δ in intramuscular motor innervation and congenital cranial dysinnervation disorder. Cell Rep., 29, 4362–4376.

23) Gonatopoulos-Pournatzis, T., Wu, M., Braunschweig, U., Roth, J., Han, H., Best, A., Raj, B., Aregger, M., O′Hanlon, D., Ellis, J.D., et al. (2018) Genome-wide CRISPR-Cas9 interrogation of splicing networks reveals a mechanism for recognition of autism-misregulated neuronal microexons. Mol. Cell, 72, 510–524.

24) Xue, Y., Ouyang, K., Huang, J., Zhou, Y., Ouyang, H., Li, H., Wang, G., Wu, Q., Wei, C., Bi, Y., et al. (2013) Direct conversion of fibroblasts to neurons by reprogramming PTB-regulated microRNA circuits. Cell, 152, 82–96.

25) Quesnel-Vallières, M., Irimia, M., Cordes, S.P., & Blencowe, B.J. (2015) Essential roles for the splicing regulator nSR100/SRRM4 during nervous system development. Genes Dev., 29, 746–759.

26) Weyn-Vanhentenryck, S.M., Mele, A., Yan, Q., Sun, S., Farny, N., Zhang, Z., Xue, C., Herre, M., Silver, P.A., Zhang, M.Q., et al. (2014) HITS-CLIP and integrative modeling define the Rbfox splicing-regulatory network linked to brain development and autism. Cell Rep., 6, 1139–1152.

著者紹介Author Profile

吉田 知之(よしだ ともゆき)

富山大学学術研究部医学系 准教授.博士(医学).

略歴

1974年山口県に生る.97年東京大学理学部卒業.2003年同大学院医学系研究科博士課程修了.東京大学大学院医学系研究科助教,講師を経て13年より現職.11~15年さきがけ研究員.

研究テーマと抱負

神経細胞間シナプス形成・再編の分子機構,および,その破綻に起因する神経発達障害の発病機構をタンパク質構造解析からマウス行動解析までの多階層解析を通して解き明かすことを目指しています.

ウェブサイト

http://www.med.u-toyama.ac.jp/molneurosci/kousei/pg157.html

趣味

釣り,旅行.

This page was created on 2022-11-22T08:49:03.565+09:00
This page was last modified on 2022-12-14T11:30:45.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。