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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 875-881 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940875

特集Special Review

選択的スプライシングと,がんのワールブルグ効果Alternative splicing and the Warburg effect in cancer

1宮城県立がんセンター研究所がん薬物療法研究部Division of Cancer Chemotherapy, Miyagi Cancer Center Research Institute ◇ 〒981–1293 宮城県名取市愛島塩手字47–1 ◇ 47–1 Noda-yama, Medeshima-Shiode, Natori 981–1293, Japan

2東北大学大学院医学系研究科腫瘍生化学分野Biochemical Oncology, Tohoku University School of, Miyagi Medicine ◇ 〒980–8575 宮城県仙台市青葉区星陵町2–1 ◇ 2–1 Seiryo-machi, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980–8575, Japan

発行日:2022年12月25日Published: December 25, 2022
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解糖系酵素ピルビン酸キナーゼM(PKM)には構成的活性型のPKM1, 条件的活性化型のPKM2という二つのスプライシングアイソフォームが存在し,大半のがんがPKM2を選択的に発現する.かつて,PKM2はワールブルグ効果の形成を通じて腫瘍細胞に代謝上の有利をもたらすとされたが,PKM2欠損マウスの表現型は“がん促進”だった.筆者らは,Pkmの選択的スプライシング制御を固定化した新たな遺伝子改変マウス群を作製し,がんや代謝制御におけるPKM1・PKM2の役割を再訪した.マウス発がん試験や細胞移植実験などによって,真に腫瘍促進的なのは,PKM2ではなく,むしろPKM1の方であることがわかった.実際にPKM1を高発現し,その生存・増殖をPKM1に依存する高悪性がんの存在も明らかになってきた.

1. はじめに

活発に増殖を繰り返す腫瘍細胞は,自身を形作る細胞成分等を合成し続ける必要がある.また,それを可能にするため,高エネルギー状態を維持することも重要となる.そのような需要に合わせ,がんは特徴的な代謝形質を持つことが知られる1).がんの代謝特性として最もよく知られるものの一つが,ワールブルグ効果だろう.知名度が非常に高いせいか,逆に,人によって定義がまちまちだったりする問題があって悩ましい.本稿では,発見者であるO. Warburg自身の観察結果に即し,「グルコース取り込みの著しい亢進,乳酸産生・分泌の亢進」をワールブルグ効果とする2)

わざわざ断りを入れたのには理由がある.たとえばワールブルグ効果を「(好気的)解糖系の亢進」と表現する人もいる.その言い回しは間違いではないが,ややあいまいで誤解を招きかねないので筆者は避けている.理由はいくつかあるが,最大のものは,がんと好気呼吸にまつわる問題との兼ね合いである.事実として,がんでは解糖系・ミトコンドリア好気呼吸の両方が亢進している.かつては,「がんでは好気呼吸が抑制されている」と誤解されていたと聞く.ワールブルグ自身も「想像」として,そのように語ったことがあったようだが3),実は,もともとのワールブルグ効果の定義に「好気呼吸の抑制」は入っていない.

むしろ,近年,がんにおけるミトコンドリア好気呼吸の亢進およびその意義が,疑いなく示された4–8).これは,当該研究分野における,この10~15年で最大の成果の一つといっていいほどのものだ.しかるに見わたすと,「がんではTCA/酸化的リン酸化が“抑制”されている」というストーリーを信奉する人が,少数ながら,いまだいるように見受けられる.早く誤解が解けることを願っている.またそのような人は「乳酸産生=解糖系活性」と考えてしまう傾向があるように感じられるが,事はそう簡単ではないとお伝えしたい.解糖系を経由するグルコースの代謝先は,乳酸だけではない.また,反対に,乳酸のソースはグルコースだけではないということもある(アミノ酸等からも乳酸が作られている).

ともかく2010年代の前半ごろにワールブルグ効果の一大ブームが起きたとき,今振り返ると,がん代謝の研究分野は非常に偏ったコンセプトに満ちていた.たとえば,“細胞増殖にはワールブルグ効果が必須”,“ミトコンドリア好気呼吸は細胞増殖にネガティブ”といった類のものである.それらミスリードの起点となったのが,解糖系酵素ピルビン酸キナーゼM(PKM)に関する誤解だった,と筆者は考えている.本稿では,筆者らの研究を中心に,関連分野の歴史も含めて概説する.

2. PKMのスプライシングアイソフォーム

PKM(pyruvate kinase M)は解糖系の後半部にて,ホスホエノールピルビン酸をピルビン酸へと変換する.この反応は,生理的条件下では不可逆反応といってよく,ゆえに解糖系にいくつか存在する不可逆ステップの一つとなっている.PKMにはPKM1, PKM2という二つのスプライシングアイソフォームが存在する(図1A).両者はエクソン9,エクソン10という特異的で相互排他的なエクソンのどちらがmRNA上に残されるかが異なっている.そのような選択的スプライシングの結果,活性制御が異なるタンパク質が生じるという点がとてもユニークである.PKM1は自発的に活性型の四量体を形成することができる.いわば構成的活性化型である.これに対し,PKM2が四量体化するためにはアロステリック因子が必要で,条件的活性化型といえる.アロステリック因子がない場合,PKM2のKm値(PEPに対する)は10倍以上高く,Vmaxも半分程度で,その活性は非常に低い9).PKM2のアロステリック活性化因子は複数同定されているが10),最も代表的なのはFBPで,これは解糖系上流の中間産物である(図1B).結果的に,PKM2は,解糖系上流の代謝物レベルが一定以上になったときだけ活性化する状況になっている.したがい,構成的活性化型のPKM1と比べた場合,PKM2にはグルコースからピルビン酸へのフラックスを低く保つ作用がある.

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図1 PKMのスプライシングアイソフォーム

(A)選択的スプライシングの模式図.ボックス内の数字はエクソン番号.(B) PKM2特異的なアロステリック制御機構.FBP:fructose 1,6-bisphosphate, PEP:phosphoenolpyruvate, Pyr:pyruvate, Lac:lactate.

PKMの選択的スプライシング制御は,基本的に相互排他的になっている.それに関し,かつて,「PKM1は成人型,PKM2は胎児型」と呼ばれた時代もあったが,それらは実態を反映したものではないことが現在はわかっている.また,細胞周期も含め,細胞の増殖状態とことさらに関連しているわけではない.「正常細胞はPKM1を,腫瘍細胞はPKM2を発現」などの捉え方は,暴論の極みだ.

むしろ,筆者らのものを含むいくつかの報告から考えると,PKMのスプライシング制御は,おそらく,細胞分化との関連性が最も高い8, 11, 12).具体的には,成人であっても,PKM1発現は,ごく一部の細胞タイプに限定されていて,筋分化や神経分化との相関をうかがわせる(図2).それは胎児期であっても同様である(未発表).一方,それ以外の広範なタイプの細胞は,PKM2発現型であることが多い(肝細胞のように,どちらも発現しないタイプも存在する).大半の上皮細胞,神経幹細胞,グリア,線維芽細胞等がPKM2型に該当する.ヒトで発生するがんの多くが,それらもともとPKM2型の細胞を起源としていることに注意してほしい.よくいわれるように,ほぼすべてのがんがPKM2を発現しているのは事実だ.しかしそれは,一般論で言って,別に細胞のがん化に伴って獲得される性質ではない.起源細胞の段階から,PKM1を発現していないことに注意しなければならない.

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図2 各種正常細胞におけるPKMの発現アイソフォーム

3. PKM2/ワールブルグ効果と,がん

ほぼすべてのがんがPKM2を発現することは古くから知られていたが,その現象の注目度を一気に高めたのが,腫瘍細胞のPKM2発現とワールブルグ効果を関連づけたVander Heidenらのグループの研究である.彼らは,肺がん細胞株H1299に外来性PKM1またはPKM2を発現させた上で内在性PKM(主にPKM2)をノックダウンし,PKM1またはPKM2のどちらか一方のみを発現する細胞を作製した(図3A13).表現型解析の結果,低酸素条件での増殖やマウス移植モデルでの腫瘍形成に,PKM2発現型の方が有利という結果が報告されている.代謝面では,PKM1発現細胞よりも,PKM2発現細胞の方が乳酸産生が高かった.一連の結果から,「ワールブルグ効果様の代謝にはPKM2発現が重要(PKM1はその作用に拮抗)で,それによって低酸素下での増殖や腫瘍形成が促進される」というモデルが提唱された.ワールブルグ効果の意義を実験的に初めて示した(ようにみえる)研究で,きわめて大きなインパクトがあった.冒頭付近で述べた,ワールブルグ効果フィーバーは,おそらくこの報告を起点としている.

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図3 「PKM2/ワールブルグ効果はがんに有利」仮説の始まりと,終わりの始まり

(A)外来性Pkm過剰発現と内在性PKMノックダウンを組み合わせた,PKM1/PKM2片方のみを発現する細胞株の作製13).仮説の始まり.(B) Pkm2ノックアウトマウスにおける遺伝子改変.仮説の終わりの始まり.

ところが数年後,同グループにて作製されたPkm2欠損マウス(Cre-loxP系を用いたコンディショナルKO,図3B)が,まったく想定外の表現型を示した14).“がんを促進するはずのPkm2をノックアウト”したところ,複数実験系にて,“発がんやがん進展が促進”されてしまったのである14–16).この段階で前述の「PKM2/ワールブルグ効果は,がんに有利」モデルは,少なくとも,一般性を失ったようにみえた.詳細は省くが,上記表現型の説明として,「PKM活性が高いと(PKM1の発現はこれに該当する)細胞増殖が止まってしまう」という代替説が披見された14, 17).しかし,自らの先行研究における実験結果との矛盾,また,かなりアクロバティックな理屈によるモデル構築に疑問の声(表には出にくいが)もあった.

このころから,「ワールブルグ効果はがんに有利」仮説を否定するような重要反証が,少数派ながら,いくつかあがるようになっていた4, 5).一方で,上記仮説を無条件の前提として開始された多くの研究・論文(あまり質が高いとはいえない)の量産は,むしろ全盛期に差し掛かろうとしていた.振り返ると,筆者が直接に見聞きした範囲で,がん代謝の分野が近年で最も混沌としたのがこのころだったように思える.ちなみに上記マウス系統をもとに全身性の恒常的Pkm2-KOマウス(ストレートKOマウス)も作製され,正常細胞の増殖や発生にもPKM2が必須でないことが確認されている18)

4. ノックインモデルによる,PKM1がん促進的機能の発見

通常,ノックアウトのような遺伝子改変マウスでの実験結果は,手法がシンプルなだけに,関連分野の混乱を収める決定打になることが多い.しかし,PKM2の場合にはそうならなかった.その理由は,PKMにスプライシングアイソフォームが存在するからかもしれない.Pkm2ノックアウトマウスでは,本当にシンプルに,PKM2特異的エクソンのみがゲノムから削られた.しかし,そのような遺伝子改変の結果起きることは,むしろ複雑である.まず,crypticスプライシングが起きたようだが,生じるmRNAがコードするのは酵素活性を持たないタンパク質なのであまり問題にはならない.一方で,一部にPKM1型エクソンをピックしたmRNAが作られ,PKM2消失の代わりにPKM1が作られるようになった.一番の問題は,このPKM1へのスイッチが,中途半端かつコントロール不能に起きたことにある.ここに,さらに,Cre-loxPによる組換え効率は100%ではないことが加わって状況がいっそう複雑化した14)

それら問題を解決し,PKMスプライシングアイソフォームそれぞれの機能を評価しようと,筆者らは新たな遺伝子改変マウスを開発した9).選択的スプライシングの切り替えを不能化することを主コンセプトに,Pkmノックインマウスを作製した.これらマウスでは,内在性Pkm遺伝子のエクソン8途中に,PKM1またはPKM2のcDNA後半部分(と,ポリA付加シグナル)をシームレスに挿入してある(図4).その結果,PkmM1アリルからはPKM1のみが,PkmM2アリルからはPKM2のみが作られる.その結果,ホモ変異マウスでは,発現量はほぼ等しいが,アイソフォームはPKM1まはたPKM2のどちらかのみ,という状況を作ることができた.転写自体は内在性プロモーターによっているため,発現量や発現細胞の特異性も,野生型のそれをほぼ完全に再現している9).これまでのところ,PKM1またはPKM2どちらのホモノックインマウスも,発生,生育,繁殖等にきわだった異常は出ていない.したがい,どちらかのアイソフォームが発現していれば,マウスはほぼ正常を保てると考えられる.一方で,PKM1およびPKM2の両方を欠損させたマウスは胚性致死である(未発表).

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図4 Pkmノックインマウスにおける遺伝子改変の模式図

エクソン8内の↓位置に,PKM1またはPKM2 cDNA後半部分を,ポリA付加シグナルとともにシームレスに挿入(ノックイン)してある.

我々は,Pkmノックインマウスを用い,活性変異型Kras誘導性の肺発がん実験(肺腺がんを誘導),発がんイニシエーターであるDMBAを用いた化学発がん実験(皮膚がん,肝臓がん,肺がん,リンパ腫,等を誘導)を行った.それら実験の結果から,PKM1に,PKM2よりも強い発がんプロモーター活性があることがわかった9).一般的には,真にがん促進的なのは,PKM2よりも,むしろPKM1であることが強く示唆された.また,それらマウス由来の細胞を用いた形質転換実験・腫瘍形成実験等の結果から,PKM1によるがん促進作用は,細胞自律的な機序によることがわかった.前述Pkm2ノックアウトマウスがみせた“がん促進”の表現型は,代償的に発現したPKM1の作用によって説明できると考察された.

5. “PKM1 vs PKM2”によるグルコースおよびグルタミン代謝の制御

PKM1による“がん促進”の機序を明らかにするため,ノックインマウス由来細胞を用いた代謝解析を行った.PKM1は構成的活性化型である一方,PKM2の活性はアロステリック制御の下にある.ゆえに大雑把には,PKM1は超高活性型,PKM2は低活性型といって構わないだろうことはすでに述べた.

まず,安定同位体標識グルコースを用いたトレーサー解析の結果から,PKM1が,PKM2と比べ,グルコース代謝を亢進させることがわかった.グルコースに由来する乳酸産生,グルコースからTCA回路への代謝フラックス,そのいずれもがPKM1によって亢進していた.従前の仮説として,PKM1の高活性によってグルコースからTCA回路へのフラックスが高まると,同じくグルコースを栄養源とするペントースリン酸経路(核酸合成やNADPH産生に寄与),プリン合成,セリン合成に支障が出るのでは?と想像されてきた14).しかし,実際には,少なくともそれら代謝経路に問題は出ないことが,トレーサー解析,メタボローム解析の結果から明らかになった.すなわち,PKM1はグルコース代謝を同化,異化の両面で亢進させ,それが腫瘍に種々の代謝メリットをもたらすことが強く示唆された.

一方で非常に興味深かったのが,“総”乳酸産生の問題である.すでに述べたとおり,PKM1は,PKM2と比べ,グルコースから乳酸への変換を亢進させる.また,短期的には,総乳酸産生も,PKM1細胞の方が高い.しかし,やや長期の観察期間でみた場合,PKM2細胞の方が,PKM1細胞よりも多くの乳酸を産生していた.この現象は,Cristofkらが観察した結果とよく似ている13).一連の結果は,PKM2発現下における乳酸産生に,グルコース以外のものが含まれていることを示唆していた.

種々の状況証拠や先行研究から,グルタミン(増殖細胞にとって,グルコースと並ぶ重要な炭素源)代謝の関与が考えられた.そこで,安定同位体グルタミンを用いたトレーサー解析を行ったところ,PKM2細胞では(PKM1細胞と比べ),グルコースからTCA回路へのフラックスが低下している代わりに,グルタミンからTCA回路へのフラックスが高いことがわかった9).TCA回路に入ったグルタミンは,おそらくリンゴ酸酵素ME1/2の働き等によって,最終的に乳酸へと変換されていた(図5).これら結果から,PKM2発現細胞でみられる高い乳酸産生は,グルタミン由来乳酸の増加によるものだろうと考えられた.個人的教訓として,中心炭素代謝全体が非常に柔軟なネットワーク構造として存在していることを再認識させられた.

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図5 グルタミンを栄養源とするTCAサイクルの回転と乳酸産生

TCA:TCAサイクル,PPP:pentose-phosphate pathway.

6. 小細胞肺がん,PKM1依存の発見

ここまでの我々の結果から,超高活性型であるPKM1は,もし発現すればPKM2以上の代謝メリットを腫瘍にもたらすと予測された.しかし,PKM1を発現するがんはヒト,動物含めてまったく知られていなかった.筆者らは,その理由を,がん起源細胞の問題に結びつけて考察した.

そして,肺・気管支に存在する神経内分泌細胞に注目した.この細胞は,小細胞肺がんという肺がんサブタイプの起源細胞と想定されている.小細胞肺がんは,肺がんの中でも予後が悪く,他がんと比べて治療標的の開拓が遅れている難治がんである.ノックインマウスにおけるPKM1, PKM2発現の組織特異性を注意深く調べる過程で,筆者らは,肺(正確には気管支・細気管支)の神経内分泌細胞が,PKM1陽性かつPKM2陰性(ほぼ検出できないレベル)であることに気づいていた9).この細胞を起源とする小細胞肺がんは,PKM1を発現している可能性が高いと考えた.

予想は正しく,細胞株パネル・臨床検体を使った解析によって,他がん種とは明らかにレベルの違う高PKM1発現を小細胞肺がんにみとめた.ただし,PKM1が優勢というところまではいっておらず,質量分析によるタンパク質レベル絶対定量の結果からは,PKM2が全PKMの60~70%程度を占めていることがわかった.正常神経内分泌細胞と比べてPKM2レベルが高いのは,おそらく,小細胞肺がんではMYCファミリー転写因子の活性が非常に強いためと思われる19)(後述).しかし,この程度までPKM1の割合が高まると,マニアックで面白いことが起きる.あまり知られていないが,PKM1は,アロステリック因子なしにPKM2とのヘテロ四量体を形成する(正確なサブユニット比は不明)(図69).すなわち,PKM1には,PKM2を強制的に活性化する能力がある.実際,Blue-Native PAGE等の生化学的解析によって,小細胞肺がん細胞株で発現するPKM2が(おそらくPKM1の作用によって)アロステリック因子なしに四量体形成していることが確認された9).まとめると,小細胞肺がんはPKM1とPKM2とが混在する珍しい状態にあるがんだが,そのPKM活性制御は,ほぼPKM1型になっている.

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図6 活性型PKM1–PKM2ヘテロ四量体の形成

通常のPKM2四量体形成にはアロステリック因子が必要だが(上),PKM1–PKM2ヘテロ四量体形成には不要(下).M1:PKM1, M2:PKM2.

小細胞肺がんにおけるPKM1発現の意義を調べるため,ヒト小細胞肺がん細胞株に外来性PKM1またはPKM2を発現させた上で,内在性PKM(PKM1, PKM2の両方)をRNAiによってノックダウンして表現型を観察した.その結果,小細胞肺がん細胞の生存や増殖にはPKM1が必須であり,PKM2によっては代替できないことがわかった9).PKM1がもたらす高グルコース代謝が,このがんにとって不可欠な要素となっていることが示唆された.

7. 神経内分泌がんとPKM1発現

PKM1を発現する小細胞肺がんが示す特徴の一つとして,神経内分泌分化の形質がある.正常な神経内分泌細胞がPKM1型だったことと合わせ,PKM1発現と神経内分泌分化がリンクする可能性が高いと考えた.この仮説の妥当性を計るため,筆者らは次に,前立腺がんに着目した.前立腺小細胞がんは,神経内分泌分化の点を含め,小細胞肺がんとの類似性が非常に高いがんとされる20)de novoで発生する前立腺小細胞がんはそれほど多くないが,近年,去勢抵抗性前立腺がん(男性ホルモンであるアンドロゲンをターゲットとする内分泌治療の過程で耐性化した再発がん)の多くが神経内分泌系列にlineage転換していることが明らかになっている20, 21).前立腺がん細胞株パネルで検討すると,神経内分泌分化形質を示す株は,腺がんタイプのものと比べてPKM1/PKM2 mRNA比が高いことがわかった(図7A).

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図7 神経内分泌がんとPKM1

(A)前立腺がん細胞株パネルでの解析.AdPC:前立腺腺がん,CRPC:去勢抵抗性前立腺がん,SCPC:前立腺小細胞がん,SCLC:小細胞肺がん,AR:アンドロゲン受容体,NE:神経内分泌分化.(B)神経内分泌分化を誘導できるヒトオルガノイド.DOX:ドキシサイクリン.

PKM1と神経内分泌分化の関係をより直接的に調べるため,Tet-Onシステムによって神経内分泌分化を誘導できるヒトオルガノイド株TR-6TF22)を用いて検討を行った(図7B).このオルガノイドはヒト正常大腸由来で,ゲノム編集によってTP53およびRB1遺伝子(それぞれp53, pRBをコード)を不活化した(両遺伝子の同時機能喪失が神経内分泌分化がんの特徴のため)のち,神経内分泌分化に関連すると予想される六つの転写因子(ASCL1, SOX2, NKX2.5, TP73, NEURODO1, POU3F2)を遺伝子導入(Tet-ONによる誘導発現)してある.ドキシサイクリン添加の前後で遺伝子発現解析を行ったところ,分化後のPKM1/PKM2 mRNA比上昇がみとめられた(未発表).

一連の結果から,肺がんに限らず,神経内分泌分化がん一般が広くPKM1を発現している可能性が高まっており,現在はさらに,種々の消化器臓器に由来するがんで検討を行っている.

8. PKMの選択的スプライシング制御機構

これまでに,PTBファミリーに属する複数のスプライシング因子が,PKMの選択的スプライシング制御因子として同定されている.具体的には,PTBP1(PTB),HNRNPA1, HNRNPA2等である23).これらスプライシング因子の発現は,MYCファミリー転写因子の制御下にあって,PKM1型スプライシングの抑制に寄与している.MYCファミリーの下流ということで,細胞の増殖状態とPKMのスプライシング制御に関連性があるようにも思える.しかし,筆者らの成績では,細胞を静止期に導入(血清飢餓または接触阻害にて)してもPKM1/PKM2比はほとんど影響を受けないということもあり(未発表),それほど単純な話ではないのだろうと思われる.一方で,細胞老化を誘導した場合には,明らかにPKM1/PKM2比が上昇する(図8).また,別のスプライシング因子であるSRSF3が,PKM2型スプライシングを促進する因子として同定されている24).PKM1型スプライシングを積極的に促進するスプライシング因子として報告されたものはいまだないが,存在する可能性は高いと考えている.その場合,おそらくその因子は,神経・筋・神経内分泌分化等に関連するものだろうと予想している.

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図8 細胞老化に伴うPKM2からPKM1へのスイッチ

(A)初代培養MEFの「継代による老化・不死化」過程の解析.(B)がん遺伝子誘導性細胞老化(OIS:oncogene-induced cellular senescence)での解析.正常細胞(この場合は初代培養MEF)に,p53不活化等による不死化を経ないまま,活性化型Rasを発現させると細胞老化が誘導される.(C)治療誘導性細胞老化での解析.Kras形質転換MEFをDNA障害性抗がん剤であるシスプラチンで処理すると,治療誘導性の細胞老化が誘導される.

9. おわりに

本稿ではPKMスプライシングアイソフォームについて,現時点までの研究の変遷を含めて概説した.本酵素は特に,ワールブルグ効果との間の因縁が深いため,その点から起稿した.がん代謝の分野を一時席巻した「ワールブルグ効果=がんに有利」仮説について,少なくともPKM2研究の結果にもとづく部分については,ほぼ振り出しに戻ったような状況と捉えている.それ以外の研究の成果も含め,現在,ワールブルグ効果の意義を問われれば「よくわかっていない」と答えるのが正しい,というのが世界的主流のように思える2).その文脈では,最近,乳酸について,がんにとって排出物というよりもむしろ栄養源である可能性25, 26)や,腫瘍免役との相互作用も指摘されており27, 28),興味深い.

ちなみに筆者らは,腫瘍にとって多くの代謝メリットを得られるのは,一般的にはPKM1の方だと考えているが9),確かに,まれにPKM2の方を好む株が存在することも経験している(未発表).おそらくH1299細胞13)もそのような株の一つだったのではないかと想像している.PKM1とPKM2,どちらを好むか? その規定因子のようなものが明らかになれば,一連の齟齬は完全に解消されるだろう.

PKM1/PKM2の問題は,単一遺伝子の選択的スプライシングが,エネルギー代謝のフレームワークや細胞(小細胞肺がん等)によってはその生死を決定しうる珍しい例かもしれない.同時に,発がん実験等を行わない限りノックインマウスに目立った表現型異常が出ていないことから,生理的条件下における代謝ネットワークの高い柔軟性をうかがうことができる.筆者らは現在,主に,PKM1がもたらす代謝メリットをより詳細に調べ,神経内分泌がんの新規治療標的として開拓する試みを行っている29).一方,もしPKM1型スプライシングを促進するRNA結合タンパク等がわかれば,同様に新規治療標的になる可能性がある.以前はスプライシング因子に対する阻害剤開発というと相当なハードルの高さを感じたが,PROTAC(proteolysis targeting chimera)等の新技術を活用して実現する途を探ろうとしている.

謝辞Acknowledgments

本研究は,国内外含む多くの皆さまとの共同研究であり,ここに厚く御礼申し上げます.

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著者紹介Author Profile

田沼 延公(たぬま のぶひろ)

宮城県立がんセンター研究所がん薬物療法研究部 部長.東北大学大学院医学系研究科がん医科学講座腫瘍生化学分野 客員教授.博士(理学).

略歴

1974年埼玉県に生る.96年北海道大学理学部卒業.2001年同大学院理学研究科修了.同年北海道大学遺伝子病制御研究所助教.06年より現所属.22年より現職.

研究テーマと抱負

がん代謝や関連する全身性代謝を中心に研究しています.スタッフ・大学院生(東北大学大学院医学系研究科腫瘍生化学分野)募集中ですので,興味ある方はぜひ御連絡ください.

ウェブサイト

https://www.miyagi-pho.jp/mcc/kenkyu/katsudou/yakubutsu/

趣味

挿し芽.

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