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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 94(6): 905-909 (2022)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2022.940905

みにれびゅうMini Review

転写活性の時間的制御を介した記憶のアップデート機構Limiting time for transcription controls memory updating

香港科学技術大学The Hong Kong University of Science and Technology ◇ Tower D, room 5E, HKUST, Clear Water Bay, Sai Kung, Hong Kong ◇ Tower D, room 5E, HKUST, Clear Water Bay, Sai Kung, Hong Kong

発行日:2022年12月25日Published: December 25, 2022
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1. はじめに

外界情報や自己の経験を脳に記憶として書き込み,適時活用することは,動物の適応戦略である.しかし動物を取り巻く環境は刻々と変化するため,常に最新情報をアップデートすることが必要になる(図1A).過去の研究から,記憶を長期的に保つための「記憶の固定化」に関して分子レベル,神経細胞レベル,神経ネットワークレベルでの理解が進んできた.では,どのように「記憶の固定化」を実行しつつも,記憶情報のアップデートするという「記憶の可変性」が可能なのだろうか? 本稿では,記憶の可変性の分子基盤の一端を明らかにした我々の研究を中心に紹介する1)

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図1 記憶の可塑性とショウジョウバエを用いた記憶テスト

(A)生存に有用な情報,たとえば餌の場所や危険な場所を動物はよく記憶する.しかしながら,刻々と変化する環境では確かな情報は少なく,状況を記憶したとしても記憶情報のアップデートが必要になる.(B)ショウジョウバエで行う古典的条件づけ学習.匂いと餌(スクロース)を連合させる報酬学習,および匂いと電気刺激を連合させる罰学習.ハエに報酬,罰といった概念があるか不明であるため,誘因学習と嫌悪学習といわれることが多い.約100匹のハエに学習させ,記憶テストでは連合させた匂いに対する誘因,あるいは忌避したハエの割合を記憶スコアとして評価する.

2. 動物の記憶

脳内の神経ネットワークは生得的に構築されるものの,獲得した情報を書き込むために可塑的に変化する.これを一般的に記憶機能と呼んでいる.我々の身近に感じられる記憶は,今日何を食べたか,どのように試験でいい点がとれるかといった類の記憶(エピソード記憶,意味記憶)だろう.他にも,報酬・罰と外界情報を結びつける古典的条件づけといった記憶の分類がある.このような記憶を可能にする神経機能として,シナプスレベルで物理的,生化学的変化が起きることでシナプス間の連絡が増強,あるいは減弱されるシナプス可塑性に加え,細胞レベルで変化する可塑性が知られている.後者の細胞レベルの可塑性を代表するのは,神経活動依存的な遺伝子発現誘導であり,長期的な記憶へ固定化させる役割を担うことが種を超えてよく知られている2)

上述の身近な記憶であるエピソード記憶や意味記憶について,動物は話したり書いたりすることができないので,厳密にいえばそのような我々に身近な記憶を動物で研究することは困難といわざるをえない.実際の動物研究ではパブロフの犬で代表されるように,報酬と罰を用いた古典的条件づけ学習が古くから重宝されてきた.モデル生物としてEric Kandel博士らがアメフラシ3),Seymour Benzer博士らがショウジョウバエでの実験系を確立した4).我々の今回紹介する研究でも,ショウジョウバエを用いた匂い嫌悪学習課題(匂いと電気刺激の連合学習課題)を行っている(図1B).マウスモデルでも,利根川進博士らが再燃させた記憶におけるエングラム理論は古典的条件づけ学習を基盤としている5).これまでの異なるモデル生物を通して明らかになってきた真理の一つが,遺伝子発現を介した記憶の固定化である6, 7)

3. 記憶の固定化に関わる遺伝子発現制御

記憶の固定化には新たな遺伝子発現が必要であることは1960年代から知られていた8).1990年代以降にその詳細が明らかになり始め,神経活動依存的に活性化するカルシウムシグナリング,cAMPシグナリング,MAPKシグナリングを介した遺伝子発現が重要であること,そして転写活性化因子CREBが記憶の固定化に重要であることが現在の定説となっている9).これはアメフラシ,ショウジョウバエ,マウスでほぼ同時期に明らかにされている3, 10, 11).2010年以降にさらに,遺伝子の発現状態を定義するヒストンタンパク質のアセチル化やメチル化等の翻訳後修飾,およびDNAのメチル化が記憶の固定化に重要な制御因子として同定されてきた12).発現誘導される遺伝子としてcfos, Arcをはじめとして数多くの遺伝子が知られており,これらの機能により記憶が固定化されると考えられている2).神経活動依存的遺伝子発現は一過的であり,発現するmRNAは1~2時間以内に減衰する.このような一過的な遺伝子発現は神経活動依存的なので当然のように感じられるものの,では実際どのように一過的に限定されるのだろうか?そのような一過性遺伝子発現の意義はどのようなものだろうか?一過性を一過性でなくした場合,何が起きるのだろうか?我々の研究成果は,この一過性の遺伝子発現が記憶の可変性を定義することを示唆するものだった.

4. HDAC2ホモログRpd3による一過的遺伝子発現制御

1)神経活動依存的にRpd3と結合,解離するCoRest

一過的な遺伝子発現制御を説明するためには,転写活性化因子が活性化とともに,転写抑制因子が直後に活性化することで,急性に遺伝子発現を終了させるのではないか,と我々は想定した.もしそうならば,転写抑制因子の活性状態の変化を追えば,一過性遺伝子発現の生物学的意義にたどり着くことができるかもしれない.転写抑制因子で記憶に関与する代表者として,ヒストン脱アセチル化酵素HDAC2が知られている.マウスの実験から,HDAC2ノックアウトマウスは記憶を亢進し,過剰発現マウスは逆に記憶を抑制する13).我々はショウジョウバエのHDAC2ホモログRpd3に焦点を当て,Rpd3の転写抑制活性の制御が一過的な遺伝子発現を説明できるのではないかと考え,次のような仮説を立てた.1)神経活動依存的にRpd3の機能が一時的に解除され,遺伝子発現の誘導が可能になる,2)時間経過とともにRpd3の機能が回復することにより,結果として遺伝子発現が抑制される.このようなRpd3の転写抑制活性の制御があるか,もしあるとしたらどのような制御かを明らかにするため,我々はRpd3タンパク質をショウジョウバエ記憶中枢のキノコ体神経から精製し,その結合タンパク質をLC-MS/MS解析で調べた.HDAC2タンパク質は複数の転写抑制因子と結合することがマウス研究から明らかになっており14),我々の解析でも同様の転写抑制因子が同定された.その中で顕著に神経活動依存的な結合変化を示したのは,CoRestタンパク質だった.しかしながらその結合変化は興味深く,アイソフォーム特異的に結合の変化が逆であった.N末端を含む全長CoRestタンパク質(CoRest-F)は活動依存的にRpd3から解離するのに対し,C末端ドメインのみを有するCoRestタンパク質(CoRest-C)は逆に結合することがわかった(図2).

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図2 Rpd3とCoRestのアイソフォーム特異的結合変化による一過的遺伝子発現誘導

Rpd3とCoRest全長アイソフォーム(CoRest-F)は,定常状態で結合している.神経活動依存的にCoRestのC末端アイソフォーム(CoRest-C)がCBP(アセチル化酵素)依存的にアセチル化されるとRpd3と結合するため,CoRest-FはRpd3から解離し,転写抑制が解除される.Rpd3によりCoRest-Cが脱アセチル化されると,遺伝子発現が抑制される.

2)CoRestのアイソフォーム特異的な転写調節機能

上記の結果から次のような三つの制御が想定された.1)定常状態ではCoRest-FはRpd3と結合し,転写を抑制する,2)神経活動依存的にCoRest-CがRpd3とCoRest-Fの結合を競合阻害し,遺伝子発現が開始される,3)CoRest-Cが不活性化されることにより,CoRest-FとRpd3が再結合し,転写抑制機能が回復し,転写が終了する.実際に我々は,Rpd3とCoRest-Fは神経活動依存的に解離し,30分以内にその結合はもとに戻ること,そしてこの結合の解離はCoRest-Cを必要とすることを明らかにした.CoRest-Fと異なり,CoRest-Cは神経活動依存的にRpd3と結合した.さらに,CoRest-Cは神経活動依存的な転写活性化に必要であること,結果として記憶の固定化に必要不可欠であることを突き止めた.一方CoRest-FとRpd3は神経活動依存的な転写の終了に必要であり,ともにノックダウンすることで神経活動依存的遺伝子cfosの発現が通常よりも延長することがわかった.以上の結果から,CoRestにはアイソフォーム特異的な機能があることが明らかになり,CoRest-FあるいはRpd3の阻害により,一過的遺伝子発現を延長させることができることがわかった(図2).

CoRest-Cはなぜ神経活動依存的にRpd3と結合し,Rpd3から解離するのだろうか? 我々は,この原因はCoRestのC末端アイソフォームの神経活動依存的なアセチル化修飾にあることを,LC-MS/MS解析を経て突き止めた.詳細には,CoRest-Cが神経活動依存的にアセチル化されること,アセチル化されたCoRest-CはRpd3と結合すること,しかしながら結合後はRpd3の脱アセチル化活性によりアセチル化が除去され,その結果,CoRest-CはRpd3から解離することを明らかにした.これらの結果はCoRest-Cのアセチル化の継続時間がRpd3不活性化の時間であり,その時間だけで神経活動依存的な遺伝子発現を許容していることを示唆している.続いてCoRest-Cのアセチル化部位を置換した変異体を作製したところ,この変異体ではCoRest-FがRpd3から神経活動依存的に解離せず,転写活性化が起きないために結果として記憶が固定化されないことがわかった.以上の結果から,CoRest-Cのアセチル化が転写活性化に重要であることが明らかになり,さらにはその継続時間が遺伝子発現の時間を定義していることが示唆された(図2).

3)一過的遺伝子発現による記憶の可変性の制御

上記の結果から,遺伝子発現を一過的に制限する機構として,CoRest-Cのアセチル化を介したRpd3/CoRest複合体の不活性化があると考えられるが,その意義は何であろうか? 遺伝子発現誘導は記憶の固定化で重要であるため,一過的な遺伝子発現を一過性でなくした場合,記憶の固定化そのものに影響が出るのかもしれない.しかし,Rpd3およびCoRestをノックダウンし,一過性をなくしたハエで記憶を調べてみると,見かけ上の記憶の変化はみられなかったため,記憶の固定化自体には関与しないことがわかった(図3).Rpd3/CoRest依存的な一過的遺伝子発現制御は,記憶の別の側面,たとえば記憶の可変性を制御するかもしれないと考え,続いて反転学習を試みた.反転学習では,前日に一つの匂いと電気刺激を連合学習させ,別の匂いでは電気刺激を与えない.翌日にこの連合を反転させ,電気刺激を与えなかった匂いのみを電気刺激と連合学習させる.反転学習の結果,Rpd3,あるいはCoRest-Fをノックアウトしたハエは野生型よりも,反転学習の課題によく追従すること,つまり前日に固定化された記憶の可変性が増強することがわかった(図3).Rpd3とCoRestは神経活動依存的な遺伝子発現誘導および記憶の固定化において重要な役割を担うことに加え,我々の結果は,それらは固定化された後の記憶の可変性をも制御することが示唆された.

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図3 反転学習からわかった,Rpd3とCoRestによる記憶の可変性制御

学習では匂いAに電気刺激を与え,反転学習では匂いBに電気刺激を与えた.学習後には野生型,CoRest全長アイソフォームのノックダウンともに同程度の匂いA忌避性を示すが,反転学習後はCoRest全長アイソフォームのノックダウンにより匂いB忌避性が増加した.記憶がより可変的であることを示唆している.

5. おわりに

動物は刻々と変化する外界に対応し,情報を常にアップデートする必要がある.記憶はそれ自体,固定化されなければその後の生において有効に活用できないわけだが,記憶が固定化されすぎてもすでに誤った情報に固執することになり,不利益をもたらす.我々の経験からもわかるように,このような記憶固定化と可変性はよく均衡がとれている.記憶の固定化と可変性の均衡は分子レベル,シナプスレベル,あるいは神経細胞レベルの制御があるはずである.今回の我々の発見から,転写抑制因子の時間的活性制御が記憶の固定化と可変性を共存させる機構をひも解く鍵となることが示唆された.今後は,Rpd3とCoRestの活性制御の結果,発現が変化する下流因子群を同定し,それら下流遺伝子群の神経生理機能を突き止めることにより,シナプスレベル,あるいは神経細胞レベルの記憶可変性の理解が深まるだろうと推測している.

謝辞Acknowledgments

本研究成果は京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンターSKプロジェクトで行ったものです.SKプロジェクトでは塩野義製薬の方々を含めたメンバーと非常に有意義なディスカッションをすることができ,実りのある研究活動ができました.ここにお礼を申し上げます.また本研究は新学術領域・記憶ダイナミズム,および脳情報動態領域,千里ライフサイエンスの支援を受けました.厚く御礼を申し上げます.

引用文献References

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14) Brunmeir, R., Lagger, S., & Seiser, C. (2009) Histone deacetylase HDAC1/HDAC2-controlled embryonic development and cell differentiation. Int. J. Dev. Biol., 53, 275–289.

著者紹介Author Profile

平野 恭敬(ひらの ゆきのり)

香港科学技術大学 助教.理学博士.

略歴

1979年愛知県に生まれる.2003年名古屋大学理学部卒業,08年同大学理学研究科にて博士号取得.09年から13年まで東京都医学総合研究所,斎藤実研究室でポスドク研究員,13年より20年まで京都大学医学研究科,特定准教授.21年より現職.

研究テーマと抱負

脳という神経の集合体からどのように心が形作られるのか,その形はどのように経験により左右され,どのように個人間で差が生じるのか,これらを私の生涯研究テーマとして考えている.

ウェブサイト

https://yukinori7676.wixsite.com/website

趣味

料理,釣り.

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