魔法の言葉:What did you do? What are you doing? What will you do?
筑波大学生存ダイナミクス研究センター教授(センター長),第94回(2021年)日本生化学会大会会頭
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海外で開催される学会の懇親会で見かける風景ですが,日本人の参加者達は,日本人同士で,または研究室のメンバーが固まってテーブルを囲んでいるケースが多いように思います.当然日本語での会話になっていますので,海外の研究者がそのテーブルに参加する機会は少なくなるでしょう.あるいは,独りでポツンと座って食事をしている場合もあり,そこに新しい交流も生まれ難いことになります.
私は29歳の時に,SALK生物学研究所,UCSFの研究者に会うため,アメリカ西海岸に向かいました.その後BethesdaのNIH研究所を経由して,Harvard大学で研究の説明をし,Rockefeller大学でポスドクのjob talkの機会に恵まれ,その足でCold Spring Harbor研究所で開催される学会に参加しました.この時に初めて,前段の懇親会の状況に遭遇しました.私の場合は「独りでポツンと」のケースでしたが,幸運だったことに,初老の研究者が私のテーブルに座ってくださり,三つの質問を投げかけてくれました.
論文を幾つか出したくらいの駆け出しの私には,ほとんど「What did you do?」などはありません.そこで,卒業研究で南極産オキアミ(Euphausia superba)の筋肉プロテアーゼの部分精製の研究に参画して生化学を勉強したこと,修士1年生では植物遺伝子のクローニングに携わったこと,そして修士2年生からは血圧調節因子として高血圧治療薬の標的の一つであるレニン-アンジオテンシン系の遺伝子(レニンとアンジオテンシノーゲン)解析に取り組んだことを伝えました.
二つ目の質問は,現在進行形の研究についての質問です.その頃私は,ヒトレニン遺伝子とヒトアンジオテンシノーゲン遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの研究に取り組んでおり,高血圧マウスを作製し,生理・病理・分子生物学的な解析をしていることをお話ししました.そこでは,当然「なぜ」その研究を行っているのかの質問へと展開していきます.特に,2つの遺伝子を利用した高血圧マウスを作る理由など,重要な点を引き出すように聞き入ってくださいました.
そして,一番困ったのが,この三つ目の質問です.目の前の研究で手一杯な上に,将来どうなるのかなど考えたこともなかったからです.結局,留学して研究を続けていきたいくらいの返答だったように思います.今ならもう少し上手に答えられるかも知れませんが,ランチタイムがあっという間に終わり,親切な研究者の方は「Good luck」といって会場に戻って行きました.
その方がどなたであったかは記憶にありませんが,魔法の言葉のような三つの質問をいただけたことによって,留学先でも,その後に参加した国際学会でも,事前に答えを用意して懇親会に臨むようになりました.しばらくは同じ答えで英語もだんだん上手になっていくのですが,そのうちに変化をつけるようになり,新しい答え方を工夫するようになりました.
最近では,私は若い研究者が独りポツンと座っている席にいき,三つの質問をすることにしています.もちろん,この魔法の言葉は,日本の学会でも効果があるように感じます.素晴らしいことに,若い研究者の皆さんはもちろんですが,大学院生の方々も,特に三つ目の質問に生き生きとした答えを持っていて,それを聞いているだけで楽しくなります.
「Before Corona(BC)」から「After Disease(AD)」と生命科学の新世紀となりつつある現在,海外での学会も,対面で再開されています.大学院生の皆さん,研究成果を国内学会で発表するだけでなく,国際学会で披露することを目指し,三つの質問に対する答えを携えて懇親会に積極的に参加してみてはいかがでしょう? 将来の掛け替えのない友人となる同世代や,思いがけない先生との出会いが待っていることを期待しつつ.Good luck!
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