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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 50-54 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950050

みにれびゅうMini Review

間質細胞との異種細胞間接触によりがん細胞に高発現するストマチンの腫瘍抑制作用Tumor suppressive effect of stomain on cancer cells contacted to stromal cells

滋賀医科大学生化学・分子生物学講座分子病態生化学部門Division of Molecular Medical Biochemistry, Department of Biochemistry and Molecular Biology, Shiga University of Medical Science ◇ 〒520–2192 滋賀県大津市瀬田月輪町 ◇ Seta Tsukinowa-cho, Otsu, Shiga 520–2192, Japan

受付日:2022年9月26日Received: September 26, 2022
発行日:2023年2月25日Published: February 25, 2023
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1. はじめに

がんは,生体では単独では存在せず,がん周囲の間質との相互作用による影響を受けて,より悪性化したり抑制化されたりする1).がん発生の初期段階では,がん周囲の間質は主に正常細胞で構成され,腫瘍の増殖は一般的に抑制される.しかし,がん進行過程では,一部のがん細胞は周囲の間質細胞からの抑制作用にしばしば抵抗性を示す1, 2).この際,がん細胞内ではエピジェネティックな修飾やシグナル伝達の変化などが生じて細胞増殖能が亢進し,がんの浸潤・転移が促される3).増殖因子やサイトカインなどの可溶性因子が,がんの進展に正にも負にも寄与することは,これまでに多くの研究で報告されている2, 4).しかし,がん細胞と間質細胞との間の直接的な細胞–細胞間接触を介した相互作用が,がん細胞の振る舞いをどのように調節するのかに関しては,依然として不明な点が多い.

さまざまながんの中でも,前立腺がんはわが国の男性において罹患率第一位のがんであり,死亡率は肺や消化器系のがんに比べて低いものの,いったん悪性化し転移すると予後不良になりやすい5).筆者らは,この前立腺がんをモデルとして,がん細胞とその周囲の間質細胞との異種細胞間接触が,がん細胞の振る舞いをいかにして制御するのかという点を明らかにするために研究を行ってきた.この研究では,がん浸潤の初期段階を想定し,がん細胞が正常組織内の間質細胞に最初に接触した状況を再現するため,正常前立腺由来の間質細胞を用いた.

その結果,間質細胞との接触によりがん細胞で発現変動する遺伝子をいくつか同定し,その機能を明らかにした6–8).その一つにepithelial membrane protein 1(EMP1)と呼ばれる因子があり,EMP1ががん細胞の浸潤・転移を促進する分子機構を明らかにした6).また別の発現変動する遺伝子としてストマチン(Stomatin)を同定した.最近の分子機能解析結果により,ストマチンは抗腫瘍作用を有していることが明らかになった7).本稿では,前立腺がんにおけるストマチンの腫瘍抑制作用とそのメカニズムを解説する.

2. 間質細胞との細胞–細胞間接触によりがん細胞で発現増加する腫瘍抑制因子ストマチンの同定

がんの浸潤・転移の初期段階では,自己増殖能を獲得したがん細胞が基底膜を越えて周辺組織に入り込み,間質細胞と異種細胞間の接触が生じる.筆者らはこの異種細胞間接触が,がん細胞の振る舞いを制御する分子機序を解明したいと考え,間質細胞とがん細胞とを共培養する実験系を独自に開発した6).具体的には,ヒト前立腺がん細胞由来LNCaP細胞を緑色蛍光タンパク質で標識した後,前立腺間質細胞と2日間共培養した.一方,コントロールとして,緑色蛍光タンパク質標識したLNCaP細胞を単独で培養した.共培養で間質細胞から分泌される可溶性因子による影響をできるだけ排除するために,共培養の培養上清とコントロールの単独培養の培養上清とを一定時間ごとに混合した.培養終了後,共培養した細胞から緑色蛍光タンパク質標識されたLNCaP細胞をフローサイトメトリーで分離・回収した.

共培養したLNCaP細胞および単独培養のLNCaP細胞からRNAを抽出し,DNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現の差異を比較解析した.単独培養したコントロールのLNCaP細胞よりも,共培養したLNCaP細胞で発現が亢進する遺伝子の一つとしてストマチンを同定した.このスクリーニング結果は定量的PCRとウェスタンブロットでも確認し,単独培養のLNCaP細胞ではストマチンの発現レベルは非常に低いが,共培養したLNCaP細胞ではストマチンの発現は有意に増加していた.

ストマチンは,種間を超えて高度に保存されているSPFH(Stomatin, Prohibitin, Flotillin, HflK/C)スーパーファミリーに属する細胞膜裏打ちタンパク質である.赤血球の主要な膜タンパク質として知られ,遺伝性有口赤血球症の原因遺伝子の一つとして考えられたことから,ストマチン(Stomatin)と命名された9).しかし,ノックアウトマウスの解析では,赤血球を含めて異常がみられない10).ストマチンは,前述のSPFHドメインに加えて,パルミトイル化の脂質修飾を受ける二つのシステイン残基を有しており,コレステロールが豊富な細胞膜領域リピッドラフトに主として局在し,イオンチャンネルやトランスポーターなどの細胞膜分子と相互作用して,その活性制御に関与することが報告されている9).また,細胞皮質アクチンへの結合を介して上皮細胞の形態制御に関与することや,その高発現が細胞融合を促進することで破骨細胞の分化に関与することが報告されている11, 12).しかし,がんにおけるストマチンの作用および機能は不明であった.

そこで筆者らは,ストマチンをLNCaP細胞に過剰発現させ,その細胞増殖能を検討した.ストマチンの発現により,LNCaP細胞の増殖は有意に抑制された7).また,terminal deoxynucleotidyl transferase-mediated dUTP nick end labeling(TUNEL)アッセイによる検討から,ストマチンを発現したLNCaP細胞ではアポトーシスが有意に亢進していた.次に,薬剤(ドキシサイクリン:Dox)誘導性にストマチンを発現するLNCaP細胞株を作製した.この細胞株にDoxを添加しストマチンの発現を誘導すると,細胞はほとんど増加しなかった.in vivo実験でも,この細胞株を免疫不全(NOD/SCID)マウスの背側皮下に移植し,Dox添加水を飲水させると,腫瘍形成が抑制された.摘出した腫瘍を解析すると,腫瘍細胞内でストマチンの発現が増加し,さらに,Ki67陽性細胞が減少していることから細胞増殖が抑制されていること,切断型カスパーゼ-3が増加していることから高頻度にアポトーシスが生じていることを見いだした.ストマチンの腫瘍抑制効果は強力であり,がん細胞を増加させないだけでなく,一度増殖したがん細胞を減少させられることもin vitro実験で観察できた.このようなin vitroおよびin vivoでのストマチンの抗腫瘍作用は,別の前立腺がん細胞株PC3M細胞でも同様に認められた.すなわち,ストマチンは細胞増殖能抑制およびアポトーシス誘導を介した強い抗腫瘍作用を有することが明らかになった.

3. ストマチンが持つ抗腫瘍作用の分子機構

前立腺がん細胞において,ストマチンが細胞増殖を抑制し,アポトーシスを誘導して抗腫瘍作用を発揮する分子機構を検討することにした.細胞内で増殖やアポトーシスを制御する分子としてAktがあり,ストマチンはAktの活性化(リン酸化)を阻害した.Aktの異常は,前立腺がんのみならず,乳がん,肺がん,白血病など種々のがんで認められている13).活性化されたAktは,その標的転写因子Forkhead box class O(FOXO)をリン酸化することでFOXOが持つ増殖抑制能を解除すること,ならびに,細胞内アポトーシス関連因子に働きかけアポトーシスを抑制することが知られている.実際,ストマチンの発現によるAktの活性化の低下に伴い,FOXOのリン酸化が減弱されるとともに,アポトーシス誘導の指標となるpoly(ADP-ribose)polymeraseの切断化が誘導され,抗アポトーシス因子Bcl-2やBcl-xLの発現が減少していた.さらに,カスパーゼ阻害薬(Z-VAD)の添加により,ストマチンの発現によるアポトーシス誘導は抑制されて,細胞の増加速度が部分的に回復したことから,がん細胞がもつAktシグナルに依存した抗アポトーシス作用に対して,ストマチンが抑制的に作用していることが示唆された.次に,Akt上流因子に着目し,Aktを直接リン酸化する酵素phosphoinositide-dependent protein kinase 1(PDPK1)の動態を検討した.その結果,ストマチンの発現によりPDPK1のタンパク質量が減少していることがわかった.このとき,PDPK1 mRNA量の変化はなかったことから,ストマチンはPDPK1のタンパク質不安定化に関与していることが示唆された.PDPK1の安定性はシャペロンタンパク質HSP90との結合によって維持されていることが報告されているため14),PDPK1とHSP90との相互作用に対するストマチンの作用を検討した.ストマチンの発現によりHSP90のPDPK1への結合量は減弱した.免疫沈降法などの実験により,ストマチンはHSP90と競合してPDPK1に直接結合することが示された.

上述の実験系は,ストマチンを人為的に発現させることによる抗腫瘍作用を検討したものであったため,ストマチンを内在性に一定程度発現するがん細胞で,ストマチンの発現を抑制した場合の影響を検討した.肝がん由来HepG2細胞と前立腺がん由来22Rv1細胞は内在性にストマチンを発現していることがわかり,これらの細胞でストマチン発現をノックダウンした.ノックダウン後,細胞膜に局在していたストマチンは消失し,PDPK1とHSP90の結合量が増大してPDPK1の安定化が促進され,PDPK1のタンパク質量は増加した.Aktシグナルも増強された.in vivoの実験系でも,ストマチンを安定的にノックダウンした22Rv1細胞株をNOD/SCIDマウス皮下に移植した場合に,腫瘍形成速度は上昇し,PDPK1発現量の増加ならびにAkt活性化の増強が観察され,細胞増殖能の促進とアポトーシスの抑制が認められた.以上の結果から,ストマチンはPDPK1に結合して,PDPK1の安定化に重要なHSP90–PDPK1複合体形成を阻害することで,Aktシグナルを負に調節する腫瘍抑制作用を有することが明らかになった(図1).

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図1 間質細胞との接触によりがん細胞で発現するストマチンの抗腫瘍作用

HSP90–PDPK1複合体形成によりPDPK1の発現は安定化し,PDPK1はAktをリン酸化して活性化する.Aktの作用によって増殖したがん細胞は,基底膜を破って周囲の間質に浸潤する.浸潤したがん細胞のうち,間質細胞と異種細胞間接触した細胞では,ストマチンの発現が誘導される.発現したストマチンはPDPK1と相互作用することで,HSP90–PDPK1複合体形成を阻害し,PDPK1は不安定化して分解される.その結果,Aktの活性化が抑制されて,がんの増殖能が抑制されるとともに,アポトーシスが誘導される.

4. 前立腺がんにおけるストマチンの発現と予後

滋賀医科大学泌尿器科学講座との共同研究により,ヒト前立腺がん患者のがん切除標本を用いて,ストマチンの発現様式を検討した.悪性度の低い低グリーソンスコアの前立腺がんでは,悪性度の高い高グリーソンスコアの前立腺がんと比較して,ストマチンが有意に高発現していた.グリーソンスコアとは,前立腺がんの悪性度を診断する際に用いられる病理学上の分類方法であり,2~10点でスコアをつけ,8点以上の高スコアは悪性度が高いと診断される.組織免疫染色による解析では,前立腺がんでのストマチンの発現は,間質細胞に近接しているがん細胞に多く観察された(図2A).このことはストマチンが,間質細胞との異種細胞間接触でがん細胞に発現が誘導される遺伝子であることを裏づける内容である.さらに,前立腺がん患者をストマチン高発現群および低発現群に群分けして解析しところ,ストマチン高発現群では術後再発が少なくなるという知見が得られた(図2B).これはストマチンが,前立腺がんの予後を予測する新たな遺伝子マーカーとしても有用であることを示唆している.

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図2 ヒト前立腺がんにおけるストマチンの発現と術後無再発率との相関

(A)抗ストマチン抗体による前立腺がん標本の免疫組織染色.低グリーソンスコア前立腺がん標本で全体的にストマチンが強く発現していた.また,ストマチンを発現したがん細胞は,間質細胞と接する領域に多く存在していた.矢頭はストマチン陽性がん細胞を示す.スケールバーは100 µmを示す.(B)術後無再発率(%)と前立腺がんでのストマチン発現量との相関.前立腺がん患者のうちストマチン高発現群では,ストマチン低発現群と比較して術後無再発率が有意に高かった.Cancer Res., 81, 2318–2331(2021)より改変.

5. ストマチンの抗腫瘍作用を活用した新たながん治療法開発の可能性

がん細胞にアポトーシスを誘導するストマチンの作用は,がんの根本的治療につながるため有用である.アポトーシスを制御する最重要分子としてAktが知られており,Aktの活性化が種々のがんにおいて上昇していることが報告されている13).この観点から近年,Aktを標的としたさまざまな阻害薬の治験が行われているが,ほとんどは第III相試験まで到達していない.ストマチンはこれまでのAkt阻害分子と比較しても強力であり,Akt上流因子PDPK1の不安定化を導くことで,がん細胞でアポトーシスを促進するシグナル特異性がある.そのため,人為的にがん細胞にストマチンの発現を誘導できれば,Aktシグナルを標的とした有効ながん治療法の開発につながることが期待できる.別の方法として,細胞透過性ペプチドであるTATとストマチンのPDPK1結合領域の融合タンパク質をがん細胞内に導入することで,PDPK1の不安定化を惹起させ,PDPK1–Aktシグナルを標的とした腫瘍抑制効果を生み出せる可能性がある.また,間質細胞との細胞間接触によりがん細胞で発現が誘導されるストマチンの発現制御機構が明らかになれば,その発現制御に関わる細胞内シグナル経路を正に調節するシグナル因子や低分子化合物を見いだすことで,ストマチンの発現誘導を介した新規がん治療法の開発にもつながる.

6. おわりに

筆者らがストマチンの抗腫瘍作用を研究していた時期と同じくして,非小細胞肺がんにおいてストマチンが転移抑制因子であることが報告された15).このことは,前立腺がんや肝がんのみならず,他のがんにおいてもストマチンが腫瘍抑制因子として機能する可能性があることを示唆している.ストマチンノックアウトマウスは通常飼育だけでは有意な表現型を示さないが10),このノックアウトマウスを種々のがんモデルに導入することで,ストマチンの腫瘍抑制因子としてのさらなる役割が明らかになることが期待される.がんの進行を初期段階でいかにして阻止するのかを検討することは,その後のがん転移による病状の重篤化やがん死を防ぐために重要である.筆者らは現在,間質細胞との細胞間接触によって,がん細胞側でストマチンの発現を増加させる細胞内シグナル経路を検討している.人為的にがん細胞特異的にストマチンの発現を誘導できれば,がんの進行を予防する新たな治療法の開発の礎となる.そのため,ストマチンの発現制御機構の全容を明らかにすることが今後の研究課題である.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

佐藤 朗(さとう あきら)

滋賀医科大学生化学・分子生物学講座分子病態生化学部門准教授.博士(学術).

略歴

1972年神奈川県に生る.96年東京工業大学生命理工学部卒業.東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了.ニュージャージー州立医科歯科大学ポスドク,広島大学および大阪大学での助教を経て,2016年より現職.

研究テーマと抱負

がんと循環器疾患における病態の分子機構の解明を行い,新たな治療法開発の礎となるような研究を展開したい.

ウェブサイト

http://www.shiga-med.ac.jp/~hqbioch2/

趣味

料理,海でのスポーツ,スキー,居酒屋探訪.

扇田 久和(おうぎた ひさかず)

滋賀医科大学生化学・分子生物学講座分子病態生化学部門教授.博士(医学).

略歴

1970年奈良県に生る.95年大阪大学医学部卒業.2003年大阪大学大学院医学系研究科修了.博士(医学)取得.循環器専門医取得.03年から1年間ハーバード大学医学部へ海外留学の後,大阪大学助手(助教),神戸大学准教授.11年より現職.

研究テーマと抱負

がんと循環器疾患に関する基礎研究を行っている.がんでは浸潤・転移に関する分子機構の解明を,循環器疾患では生活習慣病と動脈硬化,心不全のメカニズム解明をそれぞれ目指し,新たな治療法開発を模索している.

ウェブサイト

http://www.shiga-med.ac.jp/~hqbioch2/

趣味

スキー,読書,ドライブ.

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