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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 60-65 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950060

みにれびゅうMini Review

チロシン残基修飾法の開発と抗体の部位選択的修飾Development of tyrosine modification and site-selective functionalization of antibodies

東北大学学際科学フロンティア研究所Frontier Research Institute for Interdisciplinary Sciences, Tohoku University ◇ 〒980–8577 宮城県仙台市青葉区片平2–1–1 ◇ 2–1–1 Katahira, Aoba-ku, Sendai-shi, Miyagi 980–8577, Japan

発行日:2023年2月25日Published: February 25, 2023
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1. はじめに

タンパク質の化学修飾は近年注目されている抗体薬物複合体の創出や,タンパク質の加工を基盤としたバイオマテリアル創出に必要不可欠な技術である.非天然のアミノ酸残基をタンパク質の作製過程で導入し,部位特異的なタンパク質の化学修飾に応用するという試みも盛んに行われているが,本稿では天然型のタンパク質のチロシン残基(Tyr)を選択的に機能化する技術に注目する.特に抗体の部位選択的修飾について,これまで筆者らが開発してきた手法を紹介したい.

20種類ある天然のアミノ酸残基の中でも,信頼性高く修飾できるアミノ酸残基は,リシン残基(Lys)とシステイン残基(Cys)の2種類に限られていた.これらの求核性残基は求電子的な試薬を用いることによって,安定な結合で機能化が可能である.一例として,N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステルやマレイミドといった求電子剤はそれぞれ,Lys修飾,Cys修飾に汎用されている.これらのLys修飾,Cys修飾なしには,タンパク質の機能化研究,酸化ストレス研究などの分野の発展はなかったであろう.しかし,他の18種類のアミノ酸残基の修飾に関してはどうだろうか? 信頼性の高い選択的修飾法が確立されていないのが現状である.新しい残基選択的修飾が開発できれば,新たな生命科学が発展することが容易に想像できるが,天然のアミノ酸残基に対する化学的な手法を開発する上でクリアすべき障壁は多く,(1)安定な結合の形成,(2)高い反応効率,(3)有機溶媒ではなく,水中,バッファー中で進行する化学反応,(4)タンパク質を変性させない,中性付近,低温条件での反応,(5)残基選択的反応,などの条件を満たす化学反応を開発する必要がある.

チロシン残基(Tyr)は,(a)多くの翻訳後修飾(リン酸化,硫酸化,ニトロ化,酸化,ハロゲン化,二量化など)を受ける,(b)タンパク質間相互作用の界面に濃縮されている,(c)ラジカル化され生体内の一電子移動反応を媒介する,といった多くの特長を有した残基である.Tyrは疎水性アミノ酸残基であるが,親水性のフェノール性ヒドロキシ基を有しており,タンパク質表面にも適度な割合で存在している.そのため,タンパク質表面に露出するTyrを標的にした化学修飾法の開発は部位選択的なタンパク質機能化を可能にする概念としても注目されている.今日では,Lys, Cys残基に次いで3番目に化学修飾法の報告が多いアミノ酸残基である.近年では,求電子剤を使った手法1),光触媒を用いた手法2, 3),電気化学的な手法4),安定ラジカルを用いた手法5)などが開発されている.筆者らにとっても,Tyr修飾法の拡充は,魅力的な研究対象であったため,これまでに実用的なTyr修飾法の開発を目指してきた.以下に,生化学的な着想より開発した酵素を用いたTyr修飾法と抗体修飾の応用例を紹介したい.

2. peroxidaseを触媒として活用するTyr修飾

Tyrはレドックス応答性を示すアミノ酸残基である.生体では一電子移動反応により生じたTyr由来のチロシルラジカルは別のTyrと反応し,ジチロシンを形成することがよく知られている.また,Tyrの模倣体であるtyramide(図1)はperoxidaseによってtyramideラジカルを生じ,これがチロシン残基を含む電子豊富なアミノ酸残基と反応することによって,タンパク質を修飾する.このtyramideラジカルの寿命は短く6),二次抗体上のhorseradish peroxidase(HRP)周辺の局所環境で選択的に修飾反応を起こす.この局所的反応は免疫染色のシグナル増幅法であるtyramide signal amplification(TSA)に応用されている.また,最近になって,細胞表面上の環境でのtyramideの修飾反応はperoxidase周辺200~300 nmであると見積もられている7).細胞内環境でも機能する改変peroxidaseとその近傍での選択的修飾を利用するAPEX法はタンパク質の会合状態を解析する新手法として注目されている6)

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図1 peroxidase活性を利用したチロシン残基修飾

(上段)hemin, horseradish peroxidase(HRP)による一電子酸化とそれによって生じるラジカル種を用いたチロシン残基の化学修飾,(下段)peroxidase活性によって一電子酸化される各種低分子化合物(上からtyramide, N-メチルルミノール誘導体N-Me Lumi, ルミノール).

反応空間の特異性からtyramideはperoxidase触媒を用いた修飾法として汎用されている一方で,タンパク質を基質とした場合の反応効率は低い.そこで,Tyrを効率的に修飾する修飾剤の開発を目指した.一電子酸化条件における反応として,heminと過酸化水素を用いた反応条件を使った検討を行った.ルミノール反応は犯罪捜査の血液痕判定にも使われる化学反応であり,血液中のhemin構造に由来する酸化力を利用している.ここから着想を得て,さまざまなルミノール誘導体を検証したところ,N-メチルルミノール誘導体(N-Me Lumi)が効率的にTyrを修飾することを発見した8).N-Me Lumiはルミノールとは異なり,発光反応は示さないが,その代わりに,一電子酸化条件において,Tyrと効率的な結合形成能を示した.反応はperoxidase活性に依存しており,HRPを触媒にした場合,高いTyr残基選択性を示しつつ,tyramideよりもはるかに高い効率で基質タンパク質のTyrを修飾することに成功した9)図1).その後の検討により,N-Me Lumiは一電子酸化されて生じるラジカル種がTyrと共有結合するというメカニズムが示唆されており,電気化学を使った手法によってもTyr選択的修飾に使用できることがわかっている10, 11)

3. 抗体部位選択的修飾への応用

HRPの活性中心で生じるN-Me Lumiのラジカル種もまた短寿命性の活性種である.よって,本手法で修飾されるTyrはタンパク質の表面に露出したTyrであり,アクセスしづらいタンパク質内部に位置するTyrと反応する前に失活するため,タンパク質表面のTyrを選択的に機能化できる.タンパク質表面への露出度の指標である各アミノ酸残基の溶媒接触表面積はX線構造結晶解析から算出でき,最近では構造が解かれていないタンパク質もAlphaFold Protein Structure Database(https://alphafold.ebi.ac.uk/)を参照することで,どのTyrが修飾されやすいかは比較的簡単に予想できようになってきた.

我々はIgG抗体の構造に着目した.ヒトIgGの定常領域には露出したTryがなく,本手法で修飾されづらいことが実験的にわかっている.おそらく,酸化ストレスに敏感なTyrをタンパク質表面に出さないことで長い血中半減期(約20日)を獲得するように構造が進化した結果だと考えられる.なお,HRPの構造も同様に自身の酸化力で失活しないようにTryが表面露出しておらず,本修飾法で修飾されない.

一方で,IgG抗体の抗原認識に関わる相補性決定領域(complementarity determining region:CDR)の構造は抗体種間でさまざまであり,CDRには露出したTyrが存在する.Tryはタンパク質構造中に約3.2%の存在量で存在すると見積もられているが,タンパク質間相互作用の界面に濃縮されている12).よって,抗体の構造においてはCDRにのみ露出したTyrが存在している.CDRのTyrを修飾することによって,修飾構造が邪魔になり,本来の抗原認識能が損なわれることも予想されるが,Tyrの修飾後も相互作用に重要だと思われるフェノール性ヒドロキシ基や芳香族の構造は保持されているため,基質とする抗体種によっては抗原への高い親和性を保持したままの標識が可能になると期待した.

具体的な基質の一つとして,抗HER2抗体の医薬抗体trastuzumabを選定した.溶媒露出度の見積もりでは,CDR領域にある重鎖Tyr57が最も露出したTyrであることが示唆されている(図2A).実際にtrastuzumabをHRPとアジド基を共役したN-Me Lumiを使った反応条件で修飾し,クリック反応によって修飾部位に蛍光分子を導入し,修飾部位を質量分析によって解析した.その結果,trastuzumabの構造中で最も露出した重鎖Tyr57を高い選択性で機能化することに成功した(図2B).抗原HER2との結合性はN-Me Lumiや蛍光分子の導入により減少したが,依然として強い抗原結合能を保持していることを確認した(図2A).本修飾法ではクリック反応の相手を変えることで種々の機能性分子を導入することが可能である.HER2陽性の担がんマウスモデルにおいて,Cy5標識したtrastuzumabは腫瘍選択的な集積を示した(図2C).また,チューブリン重合阻害による抗腫瘍活性を示すエムタンシン(DM1)をcleavable linkerで結合したtrastuzumabは,市販の抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate:ADC)であるKadcyla(trastuzumabのLysにDM1が結合したADC)に匹敵する抗腫瘍効果を示すことを明らかにした10)

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図2 trastuzumabの部位特異的修飾

(A) trastuzumabの構造において,重鎖Tyr57が最もタンパク質表面に露出している.HRP, N-Me Lumiによる修飾を行うと重鎖Tyr57が選択的に修飾される.修飾後にも抗原HER2への結合性を示す.(B) Cy3により重鎖Tyr57を消化したtrastuzumab重鎖をトリプシンで消化し,LC-MSによってCy3標識部位を特定した.Tyr57が選択的に標識されている.(C) Cy5標識後のtrastuzumabのHER2陽性腫瘍への選択的な集積.

また,同様に本手法で抗CD20抗体の医薬抗体rituximabの抗原結合能を保持したまま修飾できること,CDRの4か所のTyrが修飾されることがわかった.しかし,当然この手法はあらゆる抗体に使えるわけではなく,修飾されるCDRのTyrが抗原結合に重要な抗体では抗原結合能が失活してしまい機能化できない.たとえば,抗EGFR抗体のcetuximabでは修飾による失活が確認された.

4. 蛍光免疫センサー分子の作製法への活用

東工大の上田らは,抗原結合部位の近傍に部位選択的に蛍光色素分子を結合させた蛍光免疫センター分子Q-bodyを開発している13, 14).これらの分子は,抗原非存在下においては,色素分子が抗原結合部位の抗体Fab領域に保存されたトリプトファン残基(Trp)に近接しており,Trpと色素分子間の光誘起電子移動(photoinduced electron transfer:PET)により蛍光が消光(クエンチ)されている.一方で,抗原存在下では,抗体と抗原の結合により色素分子がFab領域のTrp近傍から追い出され,PETが解消されることで蛍光性が回復する.すなわち,抗原の存在量に応答して蛍光の輝度が上昇するセンサー分子として機能する.

筆者らは上記の手法でCDRのTyrを修飾することで,traszumab, rituximabをQ-body化することに成功した(図315).この結果は,1時間で完結するTry修飾反応と続くクリック反応により,医薬抗体を蛍光免疫センサー分子に変換することが可能であることを意味している.種々の色素分子を検討した結果,疎水性の高いBODIPY誘導体を用いた場合は特に,クエンチ効果が大きく,抗原添加時にはクエンチが解除されるため,抗原に対して高い応答性を示すことが示唆された.

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図3 抗体CDR選択的な化学修飾により作製した蛍光免疫センサー

タンパク質表面に露出したTyrの選択的修飾により抗体CDRを選択的に標識することが可能であり,修飾後も抗原結合性を保持する場合,抗原に応答して,蛍光の輝度が向上するセンサー分子として活用することができる.CDR周辺に存在する保存されたトリプトファン残基と修飾された蛍光色素分子の間での光誘起電子移動により色素分子の蛍光がクエンチされる.一方で,抗原の存在下では色素分子がCDR周辺から追い出され,クエンチが解除されるため,抗原の濃度に依存して蛍光の輝度が向上する.右図:テトラメチルローダミンを蛍光色素として用いたときの抗原添加による蛍光輝度向上.

5. おわりに

上記のように筆者らは,生化学的な着想から,peroxidaseを使ったTyr選択的修飾法を開発した.本稿では機能性タンパク質の化学修飾,特に抗体への応用について紹介した.特に最後に紹介した抗体分子の機能化によるセンター分子作製法への応用においては,これまで部位選択的修飾を可能にする非天然アミノ酸残基の部位選択的導入と発現・精製を必要とする手法が採用されてきたが,それらの従来法に比べて,本稿で紹介した化学修飾法は,簡便かつ,迅速なセンサー分子作製法であるといえる.前述のように,CDRのTyrを修飾した場合に抗原結合能が失活する抗体に適用できない等,適用との相性があるものの,すでに大量生産法が確立された医薬抗体を化学的な手法により簡便な実験操作でセンサー分子化できる方法として有用であると筆者は考えている.Tyr修飾はこのような機能性タンパク質の修飾にとどまらず,生体内のタンパク質を対象としたTyrリン酸化の解析や,タンパク質間相互作用の解析にも有用な手法である.今後のTyr修飾法のさらなる発展により新たな生命科学研究の道が開くことを期待する.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した著者の研究結果に関して,多くの実験は,東京工業大学科学技術創成研究院 中村浩之教授のもとで行われたものであります.また,蛍光免疫センサーの作製法に関して,東京工業大学科学技術創成研究院 上田宏教授から多くのご助言をいただきました.両先生と,松村雅喜修士,中根啓太修士をはじめとする実験に携わってくれた学生諸君に深く感謝いたします.また,当該研究の一部は,科学技術振興機構,日本学術振興会,文部科学省の支援を受けて行われたものであり,関係諸機関に深く感謝いたします.

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著者紹介Author Profile

佐藤 伸一(さとう しんいち)

東北大学学際科学フロンティア研究所助教.博士(薬学).

略歴

1983年東京都出身.2006年明治薬科大学薬学部卒業.11年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了.同年Scripps研究所博士研究員.12年学習院大学理学部助教.14年東京工業大学助教.20年より現職.

研究テーマと抱負

タンパク質の化学修飾.特にチロシン残基/ヒスチジン残基などの従来法では選択的な修飾が困難であったアミノ酸残基に対する選択的機能化法の開発.高反応性化学種による触媒分子の近接環境選択的な修飾を利用したタンパク質相互作用解明.

ウェブサイト

http:/ www2.fris.tohoku.ac.jp/~sato/

趣味

日本酒.

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