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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 87-90 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950087

みにれびゅうMini Review

リンパ腫における非血液細胞の単一細胞アトラスA single cell atlas of non-hematopoietic cells in lymphoma

筑波大学医学医療系血液内科Department of Hematology, Faculty of Medicine, University of Tsukuba ◇ 茨城県つくば市天王台1–1–1 ◇ 1–1–1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki

発行日:2023年2月25日Published: February 25, 2023
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1. 悪性リンパ腫の概論

悪性リンパ腫とは,腫瘍細胞(=がん細胞)の性質が成熟リンパ球に類似した血液がんを総称している.悪性リンパ腫の罹患率は,他のがんと同様,加齢とともに次第に増加することが知られている.悪性リンパ腫は約80種類の疾患群に分類される.昨今では,悪性リンパ腫の分類にはWHO classificationが最も広く用いられてきたが,2022年度にはWHO classification第5版1)およびInternational consensus criteria2)が発表され,今後はこれらの双方が使われていくと思われる.腫瘍細胞の表現型を元に,B細胞リンパ腫(腫瘍細胞がB細胞に類似したタイプ)とT/NK細胞リンパ腫(腫瘍細胞がT/NK細胞に類似したタイプ)に大別される.前者と後者の比率はおよそ10:1である.詳細にみていくと,前者においてはびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma:DLBCL),次いで,今回の研究で取り上げる濾胞性リンパ腫(follicular lymphoma:FL)の頻度が高い.後者では,本邦ではHTLV-1(human T-cell leukemia virus)キャリアの数が諸外国に比して多いことから,HTLV-1感染後,数十年の潜伏期を経て発症する成人T細胞性白血病リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma:ATL)の頻度が高い.次に末梢性T細胞リンパ腫分類不能型(peripheral T-cell lymphoma, not otherwise specified:PTCL, NOS),血管免疫芽球性T細胞リンパ腫(angioimmunoblastic T-cell lymphoma:AITL)およびこれの類縁疾患の頻度が高い.悪性リンパ腫はきわめて多数に分類されることから,専門的な病理医や血液内科医であっても診断に難渋する場合がある.主として病理学的特徴,臨床的特徴,特異的な検査マーカーを指標に診断される.一部の悪性リンパ腫では疾患特異的なゲノム異常が同定されている.これを診断や治療方針の決定に取り入れる「ゲノム医療」は実臨床にも一定程度取り入れられ,新たに見つかった体細胞変異についても診療に取り入れることが検討されている.

2. 悪性リンパ腫の微小環境

悪性リンパ腫は,正常な成熟リンパ球の居住場所をある程度は反映している.主要な発生部位に応じてリンパ節の病変,リンパ節外の病変(注:専門用語では,節性病変,節外性病変と称する)に分類される.いずれに発症しやすいかは,疾患によって一定程度の傾向がある.時には,これらの主病変の部位によって疾患名がついている場合もある.腫瘍細胞と発症する環境には一定の関係性があるようにみえる.たとえば,脳リンパ腫は再発する場合にも脳に発症することが多く,全身のその他の部位への再発頻度は10%以下とまれである3).さらには,これらの腫瘍組織には,腫瘍細胞以外に多様な細胞の浸潤がみられ,腫瘍微小環境を形成すると考えられてきた4).これらの細胞浸潤は,主として血液系の免疫・炎症細胞群,あるいは非血液系の細胞群に分類される.こうした細胞からの直接的なコンタクト,あるいはこれらの細胞が分泌するサイトカインやケモカインは,腫瘍細胞の生存や増殖を直接的に支持すると考えられる.あるいは,腫瘍細胞を排除する免疫反応の抑制,あるいは抗がん剤などの治療下では腫瘍細胞が治療抵抗性となることにより,腫瘍細胞に有利な環境を提供している.一方で,腫瘍微小環境を構成する非血液系の間質細胞についても,腫瘍細胞の支持に働くことを示唆する研究はされていた.しかしながら,これまでは間質細胞プロファイルの詳細が明らかではなかったことから,これらの研究には限界があった.

3. リンパ節の非血液細胞についての知見

リンパ節の内部は,解剖学的な区域(コンパートメント)に分けられており,それぞれの区域は特有の役割を担うと考えられてきた5)図1).皮質,傍皮質と髄質,濾胞,Tゾーンなどがその例である.これらの区域の境界は比較的明瞭に可視化されてきた.血管・リンパ管・間質細胞などの非血液細胞分画は,これらの区域を時にまたぎ,これによってリンパ球等の免疫細胞が各コンパートメント間を行き来し,特定のコンパートメントで活性化されるのに有用であると考えられてきた.上述のような悪性リンパ腫と臓器指向性の関係性からは,リンパ節病変を主座とするリンパ腫では,生理的なこれらの非血液細胞を時にそのまま利用する,あるいは腫瘍細胞から非血液細胞へと働きかけ,これらをリモデリングして利用することで,腫瘍微小環境を形成していると推察されたが,本態は明らかではなかった.

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図1 正常リンパ節の基本構造

4. 筆者らの研究についての紹介

筆者らは,悪性リンパ腫の一つであるFLを対象とし,非血液細胞について詳細に明らかにするために研究を行ってきた6)図2).FLは,上述のとおり,B細胞リンパ腫の一つである.比較的進行が遅い一方で,従来の化学療法や抗体療法の組合わせでは,根治が困難とされている.染色体相互転座であるt(14;18)(q32;q21)を約90%に認める.抗アポトーシス分子であるBCL2をコードする遺伝子が14番染色体上の免疫グロブリンのエンハンサーの近傍に転座して活性化することで高発現し,腫瘍細胞が「死ににくい」性質を獲得している.

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図2 悪性リンパ腫の非血液細胞分画の一細胞解析による病態理解(文献6より一部引用)

(A)非血液細胞の一細胞解析.悪性リンパ腫の非血液細胞分画をソート後,一細胞解析用ライブラリーを作製,シーケンス解析し,クラスタリングした結果を示す.BEC:blood endothelial cell(血管内皮細胞),LEC:lymphatic endothelial cell(リンパ管内皮細胞),NESC:nonendothelial stromal cell(非内皮間質細胞).(B)ストローマ細胞の「一細胞アトラス」の構築.一細胞解析データをもとに,アトラスを作製した.(C)腫瘍細胞-ストローマ細胞の相互作用理解.一細胞解析データを利用し,腫瘍細胞とストローマ細胞の間の相互作用分子を同定した.

非血液細胞分画の包括的な理解には,近年開発された単一細胞レベルでの遺伝子発現を解析する技術(single cell RNA-seq),および各サブタイプの空間的な局在の解析には免疫染色を用いることとした.リンパ節および悪性リンパ腫の非血液細胞の解析の問題点としては0.1%以下ときわめてまれな集団であること,またそもそも悪性リンパ腫の治療の基本は抗がん剤と抗体薬の組合わせであることから,初診時に小さなサンプルを診断用に切除する「生検」の際にしか生細胞を含むサンプルが得られないことにあった.この他の多くのがん腫では,病変が比較的限局している場合には,外科的な治療が第一選択となり,全病変を手術的に切除するのとは対照的である.筆者らは,診断および治療にあたる研究室に併設した研究室を運用しており,このためにこうした特殊なサンプルを得ることが可能であった.

本研究に際しては,筑波大学附属病院および協力病院の倫理委員会において承認を受け,同意を得た上で行った.ヒト「正常」リンパ節を解析することは,倫理的には困難である.そこで,既報でも用いられている代替的な手法としては,固形腫瘍が強く疑われる際に,診断あるいは治療目的でリンパ節郭清術が行われた患者検体の多数のリンパ節について,一つ一つのリンパ節のごく一部のみを用いることとした.さらには,これらに固形腫瘍の転移巣・転移細胞が含まれないことをフローサイトメトリー法等で確認した.

「正常」リンパ節,およびFLのリンパ節病変の検体について,機械的に細かく砕き,その後酵素処理を行った.非血液細胞分画をセルソーターで分取し,Chromiumシステム(10x Genomics社)を用いてライブラリー作製を行い,HiseqXによりシーケンスを行った.CellRanger(10x Genomics)を用いて遺伝子領域にマッピングした後,Seurat, Monocle3, CellphoneDBなどの各種パイプラインを用いてデータのクオリティーコントロール,クラスタリング,偽時間解析,細胞間相互作用データ解析を行った.

「正常」リンパ節およびFLリンパ節病変の非血液細胞のクラスタリングでは,いずれも,血管内皮細胞,リンパ管内皮細胞,間質細胞の三つのクラスタ(分画)に分かれた.さらには,各クラスタをin silico(データ上)にマーカー遺伝子の発現等を指標として取り出し,再クラスタリングを行った.血管内皮細胞,リンパ管内皮細胞,間質細胞はそれぞれ10種類,8種類,12種類のサブタイプに分かれた.これらのそれぞれのサブタイプについては,遺伝子発現プロファイルから機能を推定し,さらには各コンパートメントにおける局在部位を免疫染色により決定し,一細胞アトラスを作製した.血管内皮細胞および間質細胞の多くのサブタイプについては,本研究により新たに同定されたクラスタであった.さらに,「正常」リンパ節とFLリンパ節病変の非血液細胞クラスタを比較したところ,FLでは血管分画は増大し,リンパ管クラスタは縮小していた.2群について遺伝子発現差解析(differential gene expression:DEG)を行ったところ,FLに特徴的な遺伝子発現プロファイルが明らかとなった.特に,間質細胞のサブクラスタでは「正常」リンパ節とFLリンパ節病変では違いが顕著にみられた.FLの間質細胞に高発現する遺伝子では未知の発現変化も同定された.また,固形がんの間質細胞に高発現することが報告され,がんの進展を促すことが報告されている変化も含まれていた.細胞間相互作用の解析では,58種類の相互作用が検出された.間質細胞サブタイプの遺伝子発現プロファイルと初発FLと診断された初発180例の網羅的遺伝子発現のデータセットを組み合わせることにより,予後不良に関連する因子(LY6H, LOX, TDO2, REM1)を抽出した.前二者は血管の先端細胞に高発現し,TDO2は免疫抑制に関わる.一方で,REMIについては現在までの解析では明らかではなかった.

5. まとめ

一細胞解析を広く応用することで,多様なコンテクストにおいて細胞の多様性を明らかにできると期待されている.我々の研究ではこれを利用し,正常リンパ節の非血液細胞を包括的に明らかにするとともに,悪性リンパ腫におけるこれらの細胞の役割の解析基盤を明らかにした.一細胞アトラスはがん免疫などの多様な研究へと広く応用可能であることが期待される.

著者紹介Author Profile

坂田(柳元) 麻実子(さかた-やなぎもと まみこ)

筑波大学医学医療系血液内科 教授,トランスボーダー医学研究センター先端血液腫瘍学 教授兼任.博士(医学).

略歴

2000年東京大学医学部医学科卒業.00~02年内科および血液内科研修.07年東京大学大学院医学系研究科修了.08年より筑波大学血液内科に勤務.18~19年筑波大学学長補佐兼任.21年11月より現職.

研究テーマと抱負

血液がんを中心にがんゲノムや一細胞解析等を取り入れたデータサイエンス研究,実験動物学,さらには臨床研究・治験という形で臨床に還元する「トランスレーショナルリサーチ」まで一貫して取り組んでいます.

ウェブサイト

http://www.ketsunai.com/ https://www.md.tsukuba.ac.jp/tmrc/research_lab/advanced_hematooncology/

趣味

家族旅行.

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