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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 91-95 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950091

みにれびゅうMini Review

がんに起因する宿主の病態生理に関わる代謝メカニズムMetabolism basis of host pathophysiology in cancers

1東北大学 加齢医学研究所Institute of Development, Aging and Cancer (IDAC), Tohoku University ◇ 〒980–8575 宮城県仙台市青葉区星陵町4–1 ◇ 4–1 Seiryo-machi, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980–8575, Japan

2京都大学 医生物学研究所Institute for Life and Medical Sciences ◇ 〒606–8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53 ◇ 53 Shogoin-kawaharacho, Sakyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 606–8507, Japan

発行日:2023年2月25日Published: February 25, 2023
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1. がんに起因する宿主の病態生理

厚生労働省の人口動態統計によると,わが国におけるがんを原因とする2021年の死者数は38万人以上であった(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei21/dl/10_h6.pdf).全死者数の25%を超える数である.少なくとも38万人以上が根治不能ながんを抱えたままの生活を余儀なくされていたということだ.がん医療の目覚ましい発展をもってしてもがんが主要な死因であり続けていることを示すデータといえる.

がんによって全身に不調が生じ,最終的に命を落とすのはなぜだろうか.それは,がんが,身体にさまざまな悪影響を与え,個体の恒常性を破綻させるからだと考えられる1, 2).おそらくそのメカニズムは単一ではなく,死の原因は複合的であるはずだ.がんの種類や転移の場所によっても差異がありそうだ.このように考えてみると,上記の質問に答えることがとても難しいことに気がつく.

がん悪液質という症候群がある1–3).カヘキシアあるいはカヘキシーともいう.がんに起因する食欲の減退,体重や筋肉の減少,代謝障害,そして全身性の炎症を伴う症候群のことを指す.栄養の補充では回復しない栄養障害とも定義されている.Fearonらが2011年にまとめたレビューによれば,がん悪液質は以下の三つのステージに分けられる.(1)前悪液質:過去6か月間で5%以上の体重減少および食欲不振・代謝障害.(2)悪液質:経口摂取の不良や全身性の炎症に加え,(i)過去6か月間で>5%の体重減少,(ii)BMIが20未満かつ>2%の体重減少,(iii)サルコペニアかつ>2%の体重減少,以上(i)から(iii)のいずれか.(3)不可逆的悪液質:(2)に加えて異化の亢進や抗がん剤などへの治療感受性の低下,パフォーマンスステータスの不良,そして,3か月未満の予測生存期間.現時点ではその定義は広すぎるようにも感じられる.なお,悪液質はがんに特異的な現象ではないが,悪液質の多くががんに由来するとされる.

筆者は,がん悪液質という言葉のかわりに,がんに起因する全身の不調,宿主の病態生理,がんによる個体への悪影響,という言葉を使うことが多い.がん悪液質の定義はいまだ幅広く,その言葉の意味することが聞き手によって異なることが珍しくないからだ.そこで,2014年の半ばごろに,次の方針を採用することにした.まずはがんが個体に与える影響を宿主の病態生理として俯瞰的に記載し,各々の影響・変容が個体の恒常性にどのように影響しているのかを調べていくという方針である.

2. がんによる宿主臓器への遠隔作用

前述の考え方に基づく研究の結果,がんが宿主臓器にさまざまな変容をもたらしていることがわかってきた.たとえば,2017年に発表した論文では,乳がんを移植したマウスの肝臓で概日リズムが撹乱されていることを発見した4).肝臓に発現する遺伝子のうち数百以上の遺伝子が,概日リズムによる支配を受けている.すなわち,時計転写因子群により,おおむね一日の単位で,発現リズムをもって発現している.筆者らは,がんの移植によってさまざまな遺伝子の日内変動が乱れることを明らかにした.筆者らが論文を発表する少し前に,別のグループが別のマウスがんモデルを用いて同様の発見を報告しており,おそらく,がんに起因する概日リズム撹乱は一般的な現象なのではないかと考えている5).また,ゼブラフィッシュの腸に遺伝学的に腫瘍を発生させる実験を行ったところ,肝臓に好中球が浸潤すること,その少なくとも一部がコレステロール代謝の異常に端を発していることが明らかとなった6).がんが,離れた位置にある宿主臓器に作用して,さまざまな異常を引き起こしていることを端的に示す結果であった.

3. 遠隔にあるがんは肝臓のニコチンアミドメチル基転移酵素経路を活性化する

ごく最近になって,宿主のニコチンアミドメチル基転移酵素(NNMT)が,がんに起因する肝臓の代謝異常に関わる因子であることを見いだした7).NNMTはS-アデノシルメチオニン(SAM)とニコチンアミド(NAM)からS-アデノシルホモシステイン(SAH)とメチルニコチンアミド(MNAM)を生成する酵素である(図1).肝臓と脂肪に強く発現しており,肝臓の代謝や肥満に関わる因子であることが報告されてはいたものの,がんに起因する病態生理との関係性を直接的に示す報告はなかった8, 9)

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図1 ニコチンアミドメチル基転移酵素の生化学的特性

肝臓や脂肪に強く発現し,S-アデノシルメチオニンのメチル基をニコチンアミドへと転移させ,S-アノデシルホモシステインとメチルニコチンアミドを生成する.肝臓と脂肪組織の図は実験医学「マルチオミクスを使って得られた最新知見」(羊土社)における「マルチオミクスを利用したがん悪液質の理解(北條,水野,河岡,2020)」より改変・転載.

着想のきっかけになったのは2017年に発表したがんによる概日リズムの撹乱に関する論文である4).NNMTは明瞭なリズムをもって発現する遺伝子であり,がんの移植によって,リズムを保ったまま発現量が亢進するという特徴を持っていた.この発現変動ががんの移植から比較的初期に起こっていたこと,また,NNMTとがんによる不調の関係がまったくといっていいほどわかっていなかったことから,NNMT欠失マウスを作ってみることにした.

NNMT欠失マウスを作ってからの実験は手探りであった.NNMTが強く発現するのは脂肪および肝臓である.もし何か起きるとすればこれらの二つの臓器であろうとは考えたものの,どのようなことが起きるのか想像がつかず,マウスや臓器のようすを観察することに終始していた.繰り返しになるが,NNMTは酵素である.NNMTの活性を追うためには,関連代謝物,つまり,SAM・NAM・SAH・MNAMを測定する必要がある.しかし当時は筆者の研究グループには質量分析計がなく,関連代謝物の測定はできなかった.

一つの転機は,東京大学の三浦正幸先生と樫尾宗志朗先生との出会いであった.三浦先生と樫尾先生はキイロショウジョウバエを対象とした高度な代謝研究を推進されており,NNMTの基質でもあるSAMの研究を展開されていた.2017年冬に開催されたあるミーティングで共同研究をお願いしたところ,NNMT関連代謝物の測定を実施いただけることになった.まもなく,がんの移植によって肝臓においてMNAMが増加すること,また,NNMTの欠失によってMNAMが検出されなくなることがわかった.このことにより,がんによって起こるNNMTの変化に何らかの機能的な意義がありそうだという手応えが得られた.

4. マルチオミクスを用いたアプローチ

もう一つの転機は,2018年4月から,東京大学の黒田真也先生が代表を務められている新学術領域「代謝統合オミクス」に公募研究で参加させていただけたことだ.複数の階層からなるオミクスネットワークが研究の対象となっており,計画班には,オミクス計測を専門とされている先生方が多く参加されていた.しかも,「代謝統合オミクス」全体として班員を支援する体制ができ上がっていた.筆者の研究チームのようにチームの規模が小さい場合,このような体制は非常にありがたかった.

「代謝統合オミクス」において,九州大学の馬場健史先生,和泉自泰先生という,メタボロミクスの専門家に出会い,共同研究関係を築くことができた.ここで,がんを持つ野生型・NNMT欠失マウスの肝臓のメタボロミクスのデータを得られたことが大きかった.親水性のカチオン代謝物や糖リン酸などのアニオン代謝物を幅広く測定できたことによって,がんが肝臓の代謝物にどのような影響を与えるのか,その全貌が明らかになり,次いで,がんによる影響のどの部分がNNMTに依存しているのか,ということを調べられるようになった.かねてより共同研究させていただいていた東京大学の鈴木穣先生(「代謝統合オミクス」計画班)に実施いただいたトランスクリプトーム解析と合わせて,多階層レベルでがんの影響を調べることが可能になったのだ.

マルチオミクス解析により,MNAMが蓄積するしくみの一端が明らかになった.MNAMはアルデヒドオキシダーゼ(Aox)により分解されるのだが,がんの移植によってAoxの発現量が低下することがわかった.NNMTの発現亢進によるMNAMの増加に加えて,Aoxの減少によるMNAMの分解抑制が起こっている可能性を示唆する結果であった.以上により,がん個体の肝臓において,複数の遺伝子発現変化によって「MNAMを蓄積させる方向の変化」が起こっていると結論づけた.さらに,肝臓におけるメチルドナーバランスにニコチン酸とトリゴネリン(N-メチルニコチン酸)が関わっている可能性も示唆された.これらの考察は網羅的測定によって初めて得られたものであり,本研究のアプローチの有効性を示すものであると考えている.

5. NNMTはがんに起因する尿素回路の異常に関わる

NNMTが直接制御する代謝物に近い経路に関する議論と比べて,NNMT経路との関連が示唆されてこなかった経路に関する議論は難しい.実際,オミクス解析を経験されたことのある方の中には,「データは得られたが何をいえるのか見当もつかない」という経験をされた方がいらっしゃるのではないだろうか.たとえば,がんによって肝臓におけるシトルリンやオルニチンの量が増えていることがわかり,かつ,この変化は,NNMTの欠失により緩和されていた.しかし,これが何を意味しているのかがわからなかった.筆者はオミクス解析には慣れているつもりであったが,メタボロミクスデータを解析したことはなく,まずはKEGGデータベースなどをながめながら代謝物の名前を勉強するところから始めた10)

このデータの解釈を助けたのは,たまたま見つけた一つの論文であった11).ヒトがん組織の中で尿素回路が抑制されていることを報告する論文で,代謝物の名前で論文を検索する過程で見つけた論文であったと記憶している(尿素回路とは有毒なアンモニアを無毒な尿素に変換する重要な代謝回路である).何気なく図をながめていると,登場する代謝物群の名前が,どれも見覚えのあるものだと気がついた.つまり,がんとNNMT欠失の影響を受ける代謝物群(シトルリン,アルギニン,オルニチンなど)が並べて記載されていたのである.そこで初めて,自身が尿素回路全体のことを観察していたことを認識した.また,本論文では,尿素回路の異常がピリミジン合成の促進につながることが指摘されており,この点でも,筆者らのデータと整合性があった(図2).なお,本論文では,尿素回路やピリミジン合成の変容を血液や尿でも検出できることを示している.筆者らの研究は,これらの異常が,がん組織というよりもむしろ,がん個体の宿主臓器(この場合は肝臓)の変容に起因する可能性を示唆するものである.既知の代謝異常の中にも,実はがん以外の宿主臓器の異常に起因するものがあるのかもしれない.

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図2 NNMTはがんに起因する肝臓尿素回路の抑制にかかわる

尿素回路はアミノ酸代謝などで生じた有毒なアンモニアを無毒な尿素へと変換して体外に排出するための重要な代謝回路である.がんは遠隔にある肝臓に作用し,尿素回路を抑制する.この抑制にNNMTが関与していることがわかった.また,本文では割愛したが,この尿素回路の抑制はピリミジン合成の亢進と連動している.窒素を体外に捨てるのではなくピリミジン合成に使うという変容が起きていると考えている.

上記のことに気がついてからは,研究が加速した.当該論文の筆頭著者である水野林さんによって,がんの移植によって血漿中の尿素の量が減少すること,この減少をNNMTの欠失が緩和することが明らかになったのだ.肝臓のメタボロミクスデータが「尿素回路の抑制」を意味することを示唆するデータであった(図2;代謝物の増減のみで,その代謝経路が含まれる経路が活性化している・抑制されていると結論することは難しい).その後,NNMTの欠失ががんに依存的な体重の減少や行動量の低下を緩和することもわかった.体重の減少や活動量の低下はがん悪液質の典型的な症状の一つである.これらの症状と肝臓の代謝異常の間に直接的な因果関係があるのかどうかは現時点では定かではないが,NNMT依存的な代謝の異常が全身レベルの表現型の原因になっている可能性はある.がんに起因する宿主のさまざまな異常をNNMTという視点で整理できたことが本研究の意義の一つであると考えている.

6. これからの研究について

今後は,NNMTががんに起因する尿素回路の抑制に関わるメカニズムや,肝臓以外の臓器での役割などを明らかにしていく予定である.その一方で,NNMTの欠失によってまったく緩和されなかった異常にも着目したい.たとえば,糖代謝の抑制や全身性の炎症がそうである.筆者の究極の目標として,がんに起因する不調をできる限り広範囲に緩和し,がんによる不調を抑え込むということがある.がんが根治不能であったとしても,Quality of Life(QOL)を保ったままよく生きていけるような基盤作りに貢献したいからだ(図3).その観点から,NNMTに過度にこだわることなく,むしろ,NNMTに依存しない異常を調べたいというモチベーションがある.

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図3 本研究の概念図

根治不能ながんは個体の恒常性を破綻させ,個体をやがて死に至らしめる.この破綻はゆっくりと,複合的な要因によって起きると考えられる.要因を突き止め,不調を先制的に制御することができれば,根治不能ながんを抱えたままであってもQOLを保ったまま生きていけるのではないかと考えている.

がんに起因する不調を調べる系としてマウスモデルが適切なのか,ということも真剣に考えなければならない.移植モデルの場合,ある日突然大量のがん細胞が体に入ってくるのであるから,これは「自然」ではない.一方で,がんが大量にあってどうしようもないという場合の極端な終末像を観察していると考えることもできる.前述のとおり,ゼブラフィッシュに遺伝学的に腫瘍を発生させる系を作ったことがある6).イメージングが可能で,かつ,移植モデルよりは「自然」かもしれないが,ある領域がいきなり広範囲にがん化するということは現実には考えにくいので,この系にも弱点はある.完全なシステムはないが,まったく役に立たないシステムもまたないので,長所短所を認識しておくことが重要だ.何をどこまで議論できてどこからは議論が難しいのかということを認識した上で,なるべく多くの情報を抽出しながら,究極の解決策として,ヒト検体に関する解析を推進していきたいと考えている.

7. おわりに

がんに起因する宿主の病態生理は,複数の問題が絡み合って起こる複雑な現象であると考えられる.一方,適切な測定と解析,解釈を行えば,この複雑な現象を丁寧に切り分けていけるのではないかという手応えも得られつつある.筆者は,大学院時代は東京大学の泊幸秀先生の研究室で,生化学の研究に取り組んでいた12).複雑な現象を丁寧にコツコツ切り分けるという考え方は,そこで学んだ.生化学のような解像度で個体の現象を切り分けるのは難しいかもしれない.それでも,過去の経験と新しいオミクス技術,遺伝学などのさまざまな技術をうまく融合させることで,この個体レベルの複雑な課題を解決していきたい.

引用文献References

1) Petruzzelli, M. & Wagner, E.F. (2016) Mechanisms of metabolic dysfunction in cancer-associated cachexia. Genes Dev., 30, 489–501.

2) Biswas, A.K. & Acharyya, S. (2020) Understanding cachexia in the context of metastatic progression. Nat. Rev. Cancer, 20, 274–284.

3) Fearon, K., Strasser, F., Anker, S.D., Bosaeus, I., Bruera, E., Fainsinger, R.L., Jatoi, A., Loprinzi, C., MacDonald, N., Mantovani, G., et al. (2011) Definition and classification of cancer cachexia: an international consensus. Lancet Oncol., 12, 489–495.

4) Hojo, H., Enya, S., Arai, M., Suzuki, Y., Nojiri, T., Kangawa, K., Koyama, S., & Kawaoka, S. (2017) Remote reprogramming of hepatic circadian transcriptome by breast cancer. Oncotarget, 8, 34128–34140.

5) Masri, S., Papagiannakopoulos, T., Kinouchi, K., Liu, Y., Cervantes, M., Baldi, P., Jacks, T., & Sassone-Corsi, P. (2016) Lung adenocarcinoma distally rewires hepatic circadian homeostasis. Cell, 165, 896–909.

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10) Kanehisa, M., Furumichi, M., Sato, Y., Ishiguro-Watanabe, M., & Tanabe, M. (2021) KEGG: integrating viruses and cellular organisms. Nucleic Acids Res., 49(D1), D545–D551.

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12) Kawaoka, S., Izumi, N., Katsuma, S., & Tomari, Y. (2011) 3′ end formation of PIWI-interacting RNAs in vitro. Mol. Cell, 43, 1015–1022.

著者紹介Author Profile

河岡 慎平(かわおか しんぺい)

東北大学加齢医学研究所生体情報解析分野 准教授.京都大学医生物学研究所臓器連関研究チーム 特定准教授.農学博士.

略歴

2007年東京大学農学部卒業,12年同大学院農学生命科学研究科博士課程修了,コールドスプリングハーバー研究所,国際電気通信基礎技術研究所を経て,18年より現職(京都大学),21年より現職(東北大学).

研究テーマと抱負

オミクス解析を駆使して複雑な生命現象を理解することを信条とし,がんに起因する宿主の病態生理,概日リズム撹乱と疾患,エンハンサー遺伝学,ヒューマン・ロボットインタラクションの研究等に取り組んでいる.

ウェブサイト

https://www.charlie-bioanalytics.com/

趣味

漫画.

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