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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 96-99 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950096

みにれびゅうMini Review

感染宿主因子としてのチロシンキナーゼAblの新しい役割Novel roles of tyrosine kinase Abl as a host factor for microbial infection.

1福井大学学術研究院医学系部門Department of Genome Science and Microbiology, Faculty of Medical Sciences, University of Fukui ◇ 〒910–1193 福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23–3 ◇ 23–3 Matsuoka-Shimoaizuki, Eiheiji, Yoshida-gun, Fukui 910–1193, Japan

2福井大学ライフサイエンスイノベーション推進機構Organization for Life Science Advancement Programs, University of Fukui ◇ 〒910–1193 福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23–3 ◇ 23–3 Matsuoka-Shimoaizuki, Eiheiji, Yoshida-gun, Fukui 910–1193, Japan

発行日:2023年2月25日Published: February 25, 2023
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1. はじめに

Ablは,哺乳類ではAbl(c-AblまたはAbl1)とArg(Abl2)からなる非受容体型チロシンキナーゼファミリーである.Ablは,Abelson murine lymphosarcoma virusのがんタンパク質であるv-Ablの細胞内ホモログとして発見され,細胞増殖,分化,接着,形態形成,極性,移動,浸潤を制御するユビキタスに発現するシグナル伝達分子であり,がんにも関与していることが知られている.慢性骨髄性白血病患者と,急性リンパ性白血病患者の一部は,フィラデルフィア染色体と呼ばれる染色体異常を持っている.この体細胞転座t(9;22)は,制御不能な融合チロシンキナーゼBCR-Abl(p210Bcr-Abl)を生じ,イマチニブによる白血病治療の分子標的となっている.

我々は,病原微生物の感染に対する宿主因子の研究を行っており,「ウイルスと宿主との相互作用」として,C型肝炎ウイルス(hepatitis C virus:HCV)の増殖に影響する宿主因子の研究を推進している.最近我々は,チロシンキナーゼAblがHCVの生活環,特にウイルス粒子形成の過程に関与することを,ゲノム編集により作製したAbl欠損培養肝細胞を用いて解明した1).また,「病原菌と宿主との相互作用」の研究も推進しており,真菌や結核菌の受容体として知られるC型レクチン受容体(C-type lectin receptor:CLR)であるデクチン-1を介するシグナル経路,特に樹状細胞の転写因子NF-κBの活性化に,Abl結合タンパク質の一つであるアダプタータンパク質3BP2(Abl-SH3 domain-binding protein-2)が関与することを,3BP2遺伝子改変マウス(3BP2DL/DL,3BP2KI/KI)を用いて解明した2).本稿では感染宿主因子としてのAblと3BP2の役割について,我々の最新の研究成果を中心に紹介したい.

2. HCVの感染宿主因子:Abl

ウイルスはゲノムとタンパク質からなる単純な粒子であり,宿主細胞に寄生しゲノムの複製系やタンパク質の合成系,さらに材料となる物質を拝借して増殖する.ウイルスは細胞表面の受容体を介して内部に侵入し,脱殻を経て,ウイルスゲノムの複製や,ウイルスタンパク質など素材の合成を行う.ウイルスが持ち込むタンパク質には,レトロウイルスの逆転写酵素のように,宿主から借りることのできない特殊な機能を有するものもある.その後,ウイルス粒子形成がなされ(細胞内ウイルス),エンベロープを有するウイルスでは宿主細胞由来の脂質二重膜とウイルスタンパク質からなるエンベロープを被る.形成されたウイルス粒子は出芽,あるいは細胞の破壊により放出される(細胞外ウイルス).ウイルスが細胞に感染し,子ウイルスを産生する過程を生活環(ライフサイクル)という.

HCVのゲノムにコードされたタンパク質は,さまざまなヒト宿主因子と相互作用し,一部はHCVの生活環を制御し,病原性の発現に関与する3).我々は以前,Ablの分子標的阻害薬であるイマチニブ投与や,shRNA(short hairpin RNA)によるAblの阻害は,培養肝細胞を用いたウイルス感染実験系[米国ロックフェラー大学のC. Rice教授(2020年ノーベル生理学・医学賞受賞)より提供]において,HCV粒子形成を抑制することを報告したが,詳細な機序は不明であった.またAblはHCVの非構造タンパク質NS5Aの一つのチロシン残基をリン酸化することを明らかにし,リン酸化部位の組換えウイルスは,同様に細胞外・細胞内のウイルス感染力価が優位に抑制されることを見いだした4)

最近我々は,ゲノム編集法によりAbl欠損細胞を作製し,HCVの生活環におけるAblの宿主因子としての役割について,HCVの感染実験系を用いて検討を行った1).CRISPR/Cas9法により作製した2種類のAbl欠損細胞では,abl遺伝子にフレームシフト変異と,新たな終止コドンが生じていた.そのうちの一つのAbl欠損細胞(KO#1)に野生型またはキナーゼ活性欠失型Abl(いずれもゲノム編集耐性同義変異を導入)を安定発現させたadd-back細胞を2種類ずつ樹立し,感染実験を行った.その結果,HCVの肝細胞内への侵入,タンパク質の発現とプロセシング,ゲノムRNAの複製には,各細胞間で有意差がなかった.一方,細胞内,細胞外からHCV粒子を回収し感染力価を比較した結果,Abl欠損細胞では細胞内でのHCVの粒子形成が抑制され,その効果は野生型Ablのadd-back細胞では有意に回復したが,キナーゼ活性欠失型Ablでは回復しなかった.よってHCVの粒子形成にはAblのキナーゼ活性が必要であることが明らかとなった.

続いて,AblとNS5Aとの相互作用を解析するために,HEK293T細胞を用いた再構成実験を行った.Ablのキナーゼドメインの活性化ループのチロシンリン酸化は活性化指標であり,AblがNS5Aと共発現することにより促進された.この現象は,AblによるNS5Aリン酸化部位を他のアミノ酸に置換すると観察されないことから,NS5AはAblの基質活性化因子として機能することが示唆された.またAblとNS5Aとの複合体形成は,NS5Aのリン酸化部位の変異や,Ablのキナーゼ活性欠失により顕著に減弱していた.一方,NS5Aの二量体化に必要なシステイン残基を別のアミノ酸に置換した単量体型NS5AはAblの野生型,キナーゼ活性欠失型と同等の複合体形成がみられた.以上より,NS5AはAblの活性化因子として作用し,チロシンリン酸化イベントを介してAblと複合体を形成すること,単量体型のNS5Aはチロシンリン酸化の有無にかかわらずAblと複合体を形成しうることが明らかとなり,両者の相互作用と分子機序が明らかとなった(図1).

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図1 感染宿主因子としてのAblの新しい役割

ヒト培養肝細胞を用いてゲノム編集法によりAbl欠損細胞を作製し,さらに野生型またはキナーゼ活性欠失型Ablを安定発現させることによりadd-back細胞を樹立した.これらの細胞を用いて感染実験を行い,HCVの生活環の各ステップを比較した.細胞内と細胞外からHCV粒子を回収し,各細胞間で感染力価を比較した結果,AblはHCVの粒子形成に関与することが明らかとなった.

3. 真菌の感染宿主因子:3BP2

3BP2は,AblのSH3ドメインに会合する分子の一つとして単離され,そのアミノ酸変異はタンキラーゼ耐性となり,骨免疫系の異常を介してヒト遺伝疾患であるケルビズム(cherubism)の原因となることが知られている5, 6).我々は,3BP2はチロシンキナーゼSykによりリン酸化されるアダプタータンパク質であり,ヒトB細胞株を用いた解析より,3BP2の過剰発現はB細胞受容体(B cell receptor:BCR)刺激によるNFAT(nuclear factor of activated T-cells)の活性化を誘導することや,CD19, BLNK, Vav1, PLC-γ2等のシグナル伝達分子と会合することを明らかにした7).また,ニワトリB細胞であるDT40細胞を用いた解析からは,AblではなくSykがBCRを介した3BP2のチロシンリン酸化に必要であることが解明された.Sykによるリン酸化部位の一つであるTyr426(哺乳類ではTyr446に相当)のリン酸化はVav3のSH2ドメインとの相互作用に必要であり,Tyr426をPheに置換した3BP2変異体の発現は,野生型と比較してBCRによるRac1活性化を抑制することが示された.これらのデータから,3BP2がBCR刺激後のSyk依存的なTyr426のリン酸化によるVav3の制御を介してRac1の活性化に関与していることが示唆された8).またマスト細胞株を用いて3BP2に会合する分子をプロテオーム解析した結果,非受容体型チロシンホスファターゼSHP-1が同定され,TNF-αの発現誘導を調節することが明らかとなった9)

C型レクチン受容体(CLR)にはデクチン-1,デクチン-2,ミンクル(マクロファージ誘導性C型レクチン)の3種類が知られている.デクチン-1は真菌細胞壁のβ-グルカンを認識し,樹状細胞やマクロファージにおいてSykの活性化を通じて抗真菌免疫に関与する.我々は,DNAマイクロアレイおよびリアルタイムPCR解析により,マスト細胞のデクチン-1の刺激による細胞応答,転写因子NF-κBおよびMCP-1, IL-3, IL-4, IL-13, TNF-α等の炎症性サイトカインの遺伝子発現を新たに見いだした10).一方ミンクルは,Fc受容体γサブユニットと相互作用し,その特異的リガンドである結核菌が産生する糖脂質トレハロース-6,6′-ジミコール酸を認識してSykを活性化させる.デクチン-1同様にマスト細胞に発現し,デクチン-1とは異なる遺伝子の発現や脱顆粒を誘導することを明らかにした11)

最近我々は,ゲノム編集により3BP2機能欠損マウス(3BP2DL/DLマウス)と,Sykによる主要なリン酸化部位であるTyr183をPheに置換した3BP2変異体を発現するノックインマウス(3BP2KI/KIマウス)を作製し,免疫担当細胞の分化と機能について解析を行った2).その結果,3BP2DL/DLマウスではGM-CSF刺激因子によって誘導される骨髄由来樹状細胞(BMDC)の細胞表面マーカーの解析により,CD11bとMHCII画分に相違が認められた.また,3BP2DL/DLマウス由来の細胞ではミンクルの発現が減弱していた.

続いて,デクチン-1のリガンドであるカードランに対する細胞応答を解析すると,3BP2DL/DLマウス由来のBMDCでは,デクチン-1が誘導するサイトカイン産生とNF-κBの活性化に減弱がみられた.これらの細胞機能の低下は,レンチウイルスを用いて野生型3BP2を強制発現させことにより回復した.3BP2の機能欠損によるデクチン-1シグナル経路への影響は,IKKα/β, NF-κB p65, JNK, p38 MAPKの活性化に影響がみられたのに対し,PKCδ, ERKには影響がみられなかった.さらにHEK293T細胞を用いた一過性発現系を用いてルシフェラーゼアッセイを行った結果,CARD9と3BP2を共発現させるとNF-κBの転写活性の亢進がみられた.以上より我々は,BMDCのデクチン-1により誘導される種々のサイトカインの発現に3BP2が重要であることを明らかにした(図2).

Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 96-99 (2023)

図2 3BP2はCLRを介する樹状細胞機能を調節する

ニワトリB細胞を用いた解析により,B細胞受容体を介する3BP2のリン酸化にはSykが必要であることが明らかとなった.ゲノム編集により作製した3BP2遺伝子改変マウスの解析より,BMDCの分化と,CLRを介するシグナル伝達,特にNF-κBの活性化とサイトカイン産生には3BP2が関与することが明らかとなった.CARD9との共役のメカニズムや,深在性真菌症の病因と病態との因果関係が今後の課題である.

4. 今後の展望

HCVの研究で得られた我々の知見は,Abl阻害薬を用いた新しいC型肝炎の治療戦略基盤を提供するものと考えられる.現在のHCV感染症治療は,直接作用型抗ウイルス薬(direct-acting antiviral agent:DAA)の登場により飛躍的に改善されているが,DAA耐性ウイルスの出現による難治例など,新たな課題も生じており,チロシンキナーゼ阻害薬は作用機序の違いから今後の研究開発の基盤となることが期待される.また,HCVの粒子形成機序の詳細やオルガネラとの相互作用は不明であり,今後の研究により明らかにされる必要がある.さらにAblがHCV感染初期のインターフェロン応答や,C型肝炎に併発する肝細胞がんの発がんシグナルにどのような役割を有するのかを,オミックス解析を含むさまざまな解析手法を駆使し多角的に解析する必要がある.HCV感染実験系によりAbl阻害薬による抗ウイルス・抗がん作用を検証し,Ablを介するHCVの病原性の新たな制御機構の解明が期待される.

一方3BP2については,3BP2から転写因子NF-κBへの新しい活性化経路を解明し,深在性真菌症の病因と病態の解明を目指して,3BP2の遺伝子改変マウス由来のマスト細胞と好酸球を用いた真菌感染に対する細胞応答・シグナル伝達機構への影響について解析を進める予定である.CLRを介する新たな自然免疫シグナルの解明に向けた展開が期待される.

謝辞Acknowledgments

本稿の執筆にあたり,当研究室に所属した教職員と大学院生,さらに共同研究者各位に深謝申し上げます.

引用文献References

1) Miyamoto, D., Takeuchi, K., Chihara, K., Fujieda, S., & Sada, K. (2022) Protein tyrosine kinase Abl promotes hepatitis C virus particle assembly via interaction with viral substrate activator NS5A. J. Biol. Chem., 298, 101804.

2) Chihara, K., Chihara, Y., Takeuchi, K., & Sada, K. (2022) Adaptor protein 3BP2 regulates dectin-1-mediated cellular signalling to induce cytokine expression and NF-κB activation. Biochem. J., 479, 503–523.

3) Lindenbach, B.D. & Rice, C.M. (2013) The ins and outs of hepatitis C virus entry and assembly. Nat. Rev. Microbiol., 11, 688–700.

4) Yamauchi, S., Takeuchi, K., Chihara, K., Sun, X., Honjoh, C., Yoshiki, H., Hotta, H., & Sada, K. (2015) Hepatitis C virus particle assembly involves phosphorylation of NS5A by the c-Abl tyrosine kinase. J. Biol. Chem., 290, 21857–21864.

5) Ueki, Y., Lin, C.Y., Senoo, M., Ebihara, T., Agata, N., Onji, M., Saheki, Y., Kawai, T., Mukherjee, P.M., Reichenberger, E., et al. (2007) Increased myeloid cell responses to M-CSF and RANKL cause bone loss and inflammation in SH3BP2 “cherubism” mice. Cell, 128, 71–83.

6) Levaot, N., Voytyuk, O., Dimitriou, I., Sircoulomb, F., Chandrakumar, A., Deckert, M., Krzyzanowski, P.M., Scotter, A., Gu, S., Janmohamed, S., et al. (2011) Loss of Tankyrase-mediated destruction of 3BP2 is the underlying pathogenic mechanism of cherubism. Cell, 147, 1324–1339.

7) Shukla, U., Hatani, T., Nakashima, K., Ogi, K., & Sada, K. (2009) Tyrosine phosphorylation of 3BP2 regulates BCR-mediated activation of NFAT. J. Biol. Chem., 284, 33719–33728.

8) Chihara, K., Kimura, Y., Honjoh, C., Yamauchi, S., Takeuchi, K., & Sada, K. (2014) Tyrosine phosphorylation of 3BP2 is indispensable for the interaction with Vav3 in chicken DT40 cells. Exp. Cell Res., 322, 99–107.

9) Chihara, K., Nakashima, K., Takeuchi, K., & Sada, K. (2011) Association of 3BP2 with SHP-1 regulates SHP-1-mediated production of TNF-α in RBL-2H3 cells. Genes Cells, 16, 1133–1145.

10) Kimura, Y., Chihara, K., Honjoh, C., Takeuchi, K., Yamauchi, S., Yoshiki, H., Fujieda, S., & Sada, K. (2014) Dectin-1-mediated signaling leads to characteristic gene expressions and cytokine secretion via Syk in rat mast cells. J. Biol. Chem., 289, 31565–31575.

11) Honjoh, C., Chihara, K., Yoshiki, H., Yamauchi, S., Takeuchi, K., Kato, Y., Hida, Y., Ishizuka, T., & Sada, K. (2017) Association of C-type lectin Mincle with FcεRIβγ subunits leads to functional activation of rat mast cells through Syk protein tyrosine kinase. Sci. Rep., 7, 46064.

著者紹介Author Profile

定 清直(さだ きよなお)

福井大学医学部 教授.博士(医学,神戸大学).

略歴

1991年福井医科大学卒,同年6月より福井医科大学附属病院研修医.95年神戸大学医学部助手,97年米国国立衛生研究所客員研究員,2001年神戸大学大学院医学系研究科講師,04年同助教授,06年より現職.16年より福井大学学長補佐.

研究テーマと抱負

病原微生物の感染に対する生体応答メカニズムの解明.特に病原体と相互作用する宿主因子の役割と調節機構の解明に取り組んで行きたい.

ウェブサイト

https://www.med.u-fukui.ac.jp/laboratory/genome/

趣味

ウォーキング.

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