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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(1): 100-103 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950100

みにれびゅうMini Review

ピロリ菌の持続感染メカニズムPersistent infection mechanism of Helicobacter pylori

大分大学グローカル感染症研究センターゲノムワイド感染症研究部門Division of Genome-wide Infectious Microbiology, Research Center for GLOBAL and LOCAL Infectious Diseases, Oita University ◇ 大分県由布市挾間町医大ヶ丘1–1 ◇ 1–1, Hasama machi, Yufu city, Oita, Japan

発行日:2023年2月25日Published: February 25, 2023
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1. はじめに

Helicobacter pyloriH. pylori,ピロリ菌)は,乳幼児期に経口的に体内に入ると,何十年にもわたり胃粘膜に付着性の持続感染を成立させ,萎縮性胃炎,胃潰瘍,胃がん等の消化器疾患を引き起こす.わが国の胃がん患者のほぼすべてがピロリ菌感染歴を有する1–3).しかし,人口の約半数がピロリ菌に感染するなかで,胃がんを発症する患者数は年に0.4%程度とごく一部であり,ほとんどの感染者は無症候性キャリアである.そこで,病態悪性度を決定する菌体病原因子に関する研究が活発に行われてきた.これまでの多くの研究から,病原因子タンパク質CagAを発現するピロリ菌が感染した患者では,胃がんのリスクが増大することが明らかにされている.しかし,cagA陽性株の感染でも胃がんを発症しないケースが多いことから,未知の病原性制御機構があるのではないかと考えられていた.

ピロリ菌は遺伝子変異を起こしやすいがために,ゲノム多様性に富む4, 5).胃内環境は,飲食物の流入とその消化のために,常にダイナミックに変動している.ピロリ菌のゲノム多様性は,そのような過酷な変動する環境に菌が適応して持続感染を維持するために,重要な役割を担うことが予想される.ゲノム変異に関するこれまでの多くの研究では,臨床分離株のゲノム配列解析をもとに多様性が議論されていた.しかし,それぞれの宿主背景が異なる臨床分離株において,各々の株間での遺伝子配列の多様性が,有意なものか偶発的な突然変異かどうかの判別は困難である.そこで我々は,ピロリ菌の遺伝的変異獲得解析を行うためには,宿主背景を同一とする実験動物を用いた経時的解析が適していると考え,実験動物を用いて,ピロリ菌が持続感染の過程で獲得する菌体遺伝子変異の網羅的解析を行い,ピロリ菌の持続感染成立機構の理解を目指した6, 7)

本稿では,この解析により明らかになった,ピロリ菌small RNA(sRNA)HPnc4160による持続感染メカニズムについて紹介する.

2. 持続感染による獲得変異で発現量が変動するsRNA HPnc4160の同定

ピロリ菌はヒトとサルのみを自然宿主とする病原細菌である.実験動物として頻用される齧歯類においては,スナネズミとC57BL/6マウスに多量に接種すると,胃内付着定着を成立させて胃炎を誘導する8).我々はピロリ菌野生株を経口接種してから8週間後のスナネズミやマウスの胃からピロリ菌を単離し,50株の全ゲノム解析を行った.その結果,未感染の元株と比べて,50株の単離株で高頻度に変異が導入された17領域を同定した.これらの領域の周辺にコードされる遺伝子のRNA発現量を,定量的PCRで定量した結果,単離株の多くでは,機能未知のnon-coding sRNA HPnc4160の発現が低下することを見いだした.単離株では,HPnc4160ゲノム領域の上流に存在する連続したチミジン配列(Tリピート)に遺伝子変異が導入され,Tリピートが伸長することによって,sRNA HPnc4160の発現が低下していることが明らかになった7)

3. sRNA HPnc4160による病原因子発現抑制機構

sRNAは一般的に,タンパク質をコードするmRNAの相補配列との結合によって,リボソームの結合を制御し,mRNAのタンパク質翻訳量を調節することが知られている.sRNA HPnc4160がどのようなmRNAやタンパク質の発現を制御しているかを調べるために,野生株とHPnc4160欠損株を用いて,網羅的RNA発現比較解析(RNA-seq)および網羅的タンパク質比較定量解析(iTRAQ)を行った.その結果,HPnc4160が発現制御する標的因子として,発がん因子CagAと,宿主細胞へのピロリ菌の付着に関与することが考えられる外膜タンパク質を主とする8因子を同定した.CagAタンパク質以外は,機能が明らかにされていない新規病原因子であった.HPnc4160欠損株と野生株でのmRNA発現量を定量的RT-PCRで比較したところ,HPnc4160欠損株で8因子すべての発現量が増加していたことから,これら8因子の発現量は,HPnc4160によって抑制されることが明らかになった7)

多くの場合,sRNAが結合するmRNA相補配列は,5′非翻訳領域(5′ UTR)に存在する.HPnc4160がそれぞれの標的mRNAの5′ UTRの配列と直接結合するかどうかを調べるために,ゲルシフトアッセイを行った結果,cagA以外の七つの標的遺伝子の5′ UTRは,HPnc4160と直接結合することを確認した.唯一5′ UTRとHPnc4160との直接結合がみられなかったcagAについて,コーディング領域(CDS)内の配列をバイオインフォマティクスで検索したところ,複数のHPnc4160結合配列が予測された.cagAのCDSとsRNA HPnc4160の直接結合は,ゲルシフトアッセイにより確認できた.さらに,small RNA HPnc4160とcagA mRNAが結合した二本鎖RNAに,ピロリ菌由来RNase IIIを添加すると,二本鎖RNAが分解されて消失することを確認した.したがってHPnc4160は,cagA mRNAに結合することでcagA mRNAの分解を誘導し,CagAタンパク質発現を抑制することが明らかになった7)

4. sRNA HPnc4160のゆらぎ発現とピロリ菌の持続感染機構

ピロリ菌野生株をマウスに感染させて,胃内に定着した菌のTリピート長を感染経時的に調べた.胃内定着菌のゲノム配列を解析したところ,感染3日目の時点ではTリピート長に変化は認められなかった.そこで,HPnc4160欠損株とピロリ菌野生株をマウスに感染させて3日目の胃内定着菌数を比較したところ,HPnc4160欠損株の方が野生株よりも有意に増大していたことから,HPnc4160が発現を抑制する因子が,ピロリ菌の胃内定着を増大させることが示唆された.感染4日目以降では,野生株を感染させたマウスの胃内から単離した菌体のTリピート長は経時的に伸長し,感染8週の胃内定着菌数は,野生株感染よりもHPnc4160欠損株感染の方が有意に低下していた.したがってHPnc4160は,ピロリ菌の感染初期には必須ではないものの,ピロリ菌の胃内持続感染には重要であることが明らかになった7)

Tリピート長とHPnc4160発現の関係を調べるために,Tリピートが0から20までの変異株を作製して,それぞれの株でのHPnc4160発現量を定量的PCRにより精査した.その結果,Tリピート長の伸長に伴いHPnc4160発現量が直線的に減少するというわけではなく,Tリピート長が短くとも発現量が多い場合もあれば,Tリピート長が長くとも発現量が少ない場合もあるという,遺伝子発現のオシレーション(ゆらぎ)が認められた.これは,DNA複製に伴う変異によって特定の遺伝子発現を可変的にオン/オフ制御する機構である「相変異」の一つであると考えられた9).細菌の相変異は,抗原性の高い細菌表層の外膜タンパク質の発現パターンを変化させることで,抗原性を変化させ,細菌が感染した宿主の免疫応答から逃れるための機構であると考えられている10).外膜タンパク質遺伝子の変異は,モノヌクレオチドリピート(Tリピートなど)やジヌクレオチドリピート(CTリピートなど)などの単純な反復配列に生じることが多いことが知られている.これらの単純反復配列の伸長や縮小によって遺伝子発現がオンまたはオフに制御され,遺伝的に異なる細菌集団が生じる4, 11–13).しかしピロリ菌では,sRNA HPnc4160の相変異発現機構によって,多数の遺伝子が同時に制御されること,さらにその制御がオンまたはオフという単純な二極性制御ではなく,ゆらぎを示す連続的な発現調節が可能であることが明らかになった7)図1).

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図1 small RNA HPnc4160による病原性因子発現調節

ピロリ菌は胃内に感染すると,生体内の選択圧により,ゲノムに変異が導入される.ピロリ菌のゲノムにコードされているsRNA HPnc4160の上流域に存在するチミジン繰り返し配列(Tリピート)に変異が導入され,チミジン塩基繰り返し数が変化すると,sRNA HPnc4160の発現量が,オシレーション変動する.するとHPnc4160が発現を抑制する多数の標的病原因子群のmRNA発現が,HPnc4160の発現変動と逆相関してオシレーション変動する.これにより,ピロリ菌は生体内で,多様な病原因子発現パターンを示す亜集団を形成することができる.

Tリピートが長くHPnc4160発現量が高いものと低いもの,リピートが短くHPnc4160発現量が高いものと低いものの4種の菌株をマウスに感染させると,感染8週後の胃内定着菌数は,感染前のHPnc4160発現量にかかわらず,Tリピートが長いほうが多かった.すなわち,Tリピートが長いほど持続感染しやすいピロリ菌であることが明らかになった7).臨床分離株のTリピート長と各種RNA発現を調べたところ,胃がん患者由来株では非胃がん患者由来株よりも,Tリピートは有意に長く,HPnc4160発現は低く,標的因子発現は高かった.これらの結果から,sRNA HPnc4160のオシレーション発現による病原因子発現調節は,ピロリ菌が宿主生体内環境に適応するために必要な機構である可能性が考えられた7)

5. まとめ

Tリピートはコアプロモーターと上流のプロモーター要素の間の軸方向距離を変化させることで,RNAポリメラーゼ結合に重要な局所的DNA構造に影響を与えることが報告されている13, 14).したがって,プロモーターとHPnc4160転写開始部位の間の立体距離がTリピート長の増減により変化することで,HPnc4160発現が調節されることが考えられる.感染中の菌体分裂増殖の過程で,HPnc4160上流域のTリピートが長い菌株は,繰り返し配列中に変異が挿入されやすいため,多様なTリピート長と病原因子発現パターンを示す,多様な菌体亜集団を構築しうる.常に環境がダイナミックに変化する胃内においても,そのときそのときの胃内環境に適した発現パターンを示す菌体亜集団が生き延びることができ,持続感染が可能となることが考えられる.これが,ピロリ菌が環境にしなやかに適応して胃がんを誘導する重要なメカニズムであると考えられた(図2).

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図2 ピロリ菌亜集団による持続感染成立と疾患発症の概念図

HPnc4160上流域のTリピートが長いピロリ菌は,胃内に感染すると,菌体分裂増殖の過程で,繰り返し配列中に変異が挿入されやすい.そのため,感染の過程で多様なTリピート長と病原因子発現パターンを示す,多様な菌体亜集団を構築しうる.胃内は常に環境がダイナミックに変化するが,変異しやすいピロリ菌では,そのときそのときの胃内環境に適した発現パターンを示す菌体亜集団が生き延びることができ,持続感染が可能となることで,胃がんなどの胃疾患が発症する.一方,変異しないピロリ菌は,宿主環境に適応できないために,持続感染できず,疾患発症に至らない.

本研究により,ピロリ菌の長期間感染と胃がんの発症は,sRNA HPnc4160が制御していることが示唆された.ピロリ菌は人口の半数が感染することから,ピロリ菌感染の有無のみでは疾患増悪化につながるか否かの判別はできない.本研究の結果を利用して,ピロリ菌のsmall RNA発現やゲノム配列解析によってきめ細やかな診断を行い,疾患増悪化につながる高病原性ピロリ菌感染患者を判別できるようになれば,疾患増悪化の可能性の高い感染患者に効率的に治療を行うことで,胃がん発がんを抑制することが可能となる.さらに,small RNAを標的とした,抗生物質に頼らないピロリ菌特異的治療法開発の発展への寄与も期待される.今後はHPnc4160の標的因子の作用を解析することで,ピロリ菌の多様性と病原性の本質をさらに見きわめていきたい.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究成果は,主に著者前職の大阪大学微生物病研究所感染微生物分野で実施したものである.発表論文の第一著者である木下遼博士(現名古屋大学)をはじめとする三室研究室メンバー,ならびに共同研究者の皆様に,この場をお借りして深く感謝申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

三室 仁美(みむろ ひとみ)

大分大学グローカル感染症研究センター 教授.博士(医学,東京大学).

略歴

2004年博士(医学)(東京大学)取得.05年東京大学医科学研究所助手,助教,講師.11年東京大学医科学研究所感染症国際研究センター准教授(PI).17年大阪大学微生物病病研究所准教授(PI).21年より現職.

研究テーマと抱負

ピロリ菌を中心とした粘膜感染病原細菌が,どのように感染を成立させて,疾患を発症させるのかについて,分子・細胞・個体レベルで,時間軸に即して全容を解明することを目指しています.

ウェブサイト

https://www.rcglid.oita-u.ac.jp/mimuro-lab/

趣味

楽器演奏.

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