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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(2): 133-135 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950133

特集:緒言特集:緒言

細胞外微粒子に起因する生命現象の解明とその制御Elucidation of biological mechanism of extracellular fine particles and the control system

1名古屋大学未来社会創造機構ナノライフシステム研究所Institute of Nano-Life-Systems, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University ◇ 〒464–8603 愛知県名古屋市千種区不老町 ◇ Furo-cho, Nagoya, Aichi 464–8603, Chikusa-ku, Japan

2量子科学技術研究開発機構量子生命科学研究所Institute of Quantum Life Science, National Institutes for Quantum Science and Technology (QST) ◇ 〒263–8555千葉県千葉市稲毛区穴川4–9–1 ◇ 4–9–1 Anagawa, Inage-ku, Chiba 263–8555, Japan

3岐阜大学糖鎖生命コア研究所Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Gifu University, Tokai National Higher Education and Research System ◇ 〒501–1193 岐阜県岐阜市柳戸1–1 ◇ 1–1 Yanagido, Gifu 501–1193, Japan

発行日:2023年4月25日Published: April 25, 2023
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文部科学省は,2017年度の戦略目標として,「細胞外微粒子により惹起される生体応答の機序解明と制御」を以下のとおり設定した1)

『生物の細胞と細胞の間には,生体内で発生,若しくは外部から侵入するナノからマイクロサイズの「細胞外微粒子」が存在している.細胞外微粒子は,細胞外小胞であるマイクロベシクルやエクソソーム等の生体内由来のもの(内因性)と,PM2.5や花粉,ナノ粒子等の体外から生体内に取り込まれるもの(外因性)に分類される.近年,内因性微粒子が多くの疾患の発症や悪性化進展に影響することが報告されており,世界的にも注目度が高い研究分野となっている.一方の外因性微粒子は環境問題との関係でも国民の関心が高く,PM2.5等により引き起こされる生体への影響が徐々に明らかになりつつある.内因性微粒子の研究分野では生体内の組織/細胞レベルの応答解析研究が先行しているのに対し,外因性微粒子の研究分野では微粒子の物理化学的分析や計測技術の開発に強みを持つが,両者は研究コミュニティが異なることもあり,これまでは相互に接する機会に乏しかった.そこで,本戦略目標において,これらの研究分野間の連携を図ることで,細胞外微粒子と生体の相互作用のメカニズム解明に資する研究や,微粒子自体の検出・分離・解析の技術開発において相乗効果が期待できる.以上を踏まえ,本戦略目標では,細胞外微粒子に対する高精度・高効率な検出・分離・解析法の技術開発や,生体における細胞外微粒子の生理学的意義や生体応答機序の解明,さらには細胞外微粒子の体内動態を制御する技術への展開を目指す.これらの基盤的な研究成果は,将来における創薬・診断・治療技術等への医療応用や,食品・化粧品・素材等の微粒子と密接に関わる分野への産業応用,さらには環境対策など,社会への幅広い応用展開が期待できる.』

この戦略目標のもと,JST CREST「細胞外微粒子」領域(表1)およびJSTさきがけ「微粒子」領域が開始され,内因性微粒子や外因性微粒子の生体における認識機構,動作原理,生体応答などの研究が加速し,細胞外微粒子に起因する新たな生命現象の解明および細胞外微粒子の検出・分離・計測・解析等の基盤技術開発のみならず,その制御に向けた研究が大きく進展している.

表1 CREST「細胞外微粒子」領域 研究課題
研究代表者所属・役職(採択時)研究課題
秋田 英万千葉大学大学院薬学研究院・教授リンパシステム内ナノ粒子動態・コミュニケーションの包括的制御と創薬基盤開発
秋吉 一成京都大学大学院工学研究科・教授糖鎖を基軸とするエクソソームの多様性解析と生体応答・制御のための基盤研究
澤田 誠名古屋大学環境医学研究所・教授シグナルペプチド:細胞外微粒子機能の新規マーカー
福田 光則東北大学大学院生命科学研究科・教授細胞外小胞の形成・分泌とその異質性を生み出す分子機構の解明~人工細胞外小胞への展開
山下 潤京都大学iPS細胞研究所・教授分化再生と生体恒常性を制御するエクソソームの新しい細胞同調機能の解明とナノ粒子による生体機能制御への応用
吉森 保大阪大学大学院生命機能研究科・教授オートファジーによる細胞外微粒子応答と形成
石井 健東京大学医科学研究所・教授細胞外核酸の免疫学的評価法確立と生理学的意義の解明
鈴木 健一岐阜大学研究推進・社会連携機構生命の鎖統合研究センター・教授高精度1分子観察によるエクソソーム膜動態の解明
長谷川 成人東京都医学総合研究所認知症・高次脳機能研究分野・分野長神経変性の原因となるタンパク質微粒子の形成と伝播機構
華山 力成金沢大学ナノ生命科学研究所・教授微粒子による生体応答の相互作用の解明と制御
二木 史朗京都大学化学研究所・教授細胞外微粒子の細胞内運命の解析と制御
太田 禎生東京大学先端科学技術研究センター・准教授多次元・ネットワーク化計測による細胞外微粒子の多様性と動態の解明
小椋 俊彦産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門・上級主任研究員革新的液中ナノ顕微鏡開発と細胞外微粒子の包括的解明
高野 裕久京都大学大学院地球環境学堂・教授環境中微粒子の体内,細胞内動態,生体・免疫応答機序の解明と外因的,内因的健康影響決定要因,分子の同定
豊國 伸哉名古屋大学大学院医学系研究科・教授細胞外微粒子への生体応答と発がん・動脈硬化症との関連の解析
渡邉 力也理化学研究所 開拓研究本部・主任研究員細胞外微粒子の1粒子解析技術の開発を基盤とした高次生命科学の新展開

本企画においては,細胞外微粒子に起因する生命現象の解明とその制御に関する研究について,1)内因性微粒子の生体応答機序解明・体内動態制御,2)外因性微粒子の生体応答機序解明・体内動態制御,3)外因性微粒子と内因性微粒子の融合研究,4)細胞外微粒子の解析技術などの分野において,世界に先駆けた研究を行っている研究者らに執筆を依頼し,最先端の研究成果と医療応用および環境解析応用の可能性と展望について俯瞰する.本序論においては,これらの研究成果について概要を紹介する.

1)内因性微粒子の生体応答機序解明・体内動態制御

代表的な内因性微粒子であるエクソソームは,細胞が分泌する表面を細胞膜で覆われた直径100 nm程度の細胞外小胞であり,内部には,20塩基程度のサイズのマイクロRNA(miRNA),タンパク質等を含んでいる.エクソソーム内のmiRNAを解析することにより,がん発生,がん転移,認知症他の疾患の機構解明とがん等の超早期診断につながることから,エクソソーム中のmiRNA研究が世界の中心課題であった.

エクソソームの表層糖鎖は,生命現象に重要な役割を果たすことが予測されていたが,高感度高精度な糖鎖解析技術がなかったために,世界的に研究が大きく遅れていた.エクソソーム表層の糖鎖を非破壊で,高精度・高感度に網羅解析できる高密度レクチンアレイ解析技術が開発され,世界で初めてエクソソーム表層糖鎖の詳細な解析に成功した.さらに,表層糖鎖の網羅解析に基づいたエクソソームおよび産生細胞の品質管理・標準化を実現するとともに,エクソソームに基づくがん治療法の開発に結実している.

内因性微粒子は,エクソソームのように生体膜内に核酸やタンパク質を内包するものだけでなく,タンパク質や核酸の会合体なども含まれる.細胞外微粒子の一つであるタンパク質会合体による微粒子の研究において,世界を先導する研究を展開している.認知症などの神経変性疾患の原因となるタンパク質微粒子の研究を進め,難病であるALS患者脳に蓄積する線維化タンパク質微粒子の構造の解明に成功し,タンパク質微粒子の立体構造と疾患の関係を明確化するとともに,タンパク質が脳内で増幅・伝播する機構を提唱した.今後の研究の展開により.タンパク質微粒子の立体構造に基づく治療薬・治療法の開発に結実するものである.

2)外因性微粒子の生体応答機序解明・体内動態制御

代表的な外因性微粒子であるPM2.5等のエアロゾルについて,エアロゾル化のための噴霧乾燥装置を新たに開発し,これを荷電・分級・凝縮成長・細胞曝露装置と組み合わせた世界に数例しかないエアロゾル細胞曝露システムを構築した.さらに,このシステムを活用することにより,大気中微粒子による生体応答の解明が進んでいる.

細胞外微粒子の細胞内の取り込みの中心的経路の一つである,マクロピノサイトーシスを誘導し,微粒子や抗体の細胞内送達を促進するペプチドを創出する一方,さらなる効率化に向けた取り込み様式の解析系を樹立している.また,新規機序によるマクロピノサイトーシス阻害剤が,がん細胞増殖抑制効果を有することを世界に先駆けて見いだした.マクロピノサイトーシスによる細胞内送達ペプチドの高活性化を図り,研究開始時の1/20濃度で同等の送達能を発揮するペプチドの開発に成功している.また,細胞内送達ペプチドと抗体により形成される液滴を介して,抗体を細胞内に一気注入できることを見いだした.

細胞内で自発的に自己分解する新規脂質を開発し,医療応用が期待されるmRNAを用いた遺伝子導入技術に応用した.本技術の遺伝子導入効率は他法と比較して有意に高く,ラットにおける単回投与毒性は低いことが明らかとなった.さらに,これら外因性微粒子である脂質ナノ粒子によるリンパ機能の包括的な制御を目指した研究が発展している.

マウス肺の全体像から1細胞レベルの局在までを可視化することのできる広視野かつ高解像度な3D画像構築に成功し,細胞外微粒子により肺内細胞集塊の構成が異なることを示した.さらに,呼吸器やアレルギー疾患等を悪化させる環境中のPM2.5などの細胞外微粒子について,生体応答のメカニズム解明を目指した研究が進展している.

3)外因性微粒子と内因性微粒子の融合研究

アスベストなど繊維状ナノ材料は,過剰鉄を病態として発がん性を示すものがあることが知られている.この発がん性に関連して,外因性微粒子であるナノ微粒子を形成してFe(III)を貯蔵するタンパク質であるフェリチンの細胞外への分泌機構を世界で初めて明らかにした.さらに,フェリチンと内因性微粒子である細胞外小胞を介した詳細な分泌機構を明らかにしている.

シリカやアスベストなどの環境微粒子は,難治性の慢性炎症性疾患の発症に大きく関わっている.これらの細胞外微粒子が関わる疾患として,動脈硬化関連疾患,アルツハイマー病,痛風等が知られており,細胞外微粒子が原因として発症する疾患の要因となるマクロファージ受容体および炎症応答機構についての研究が進展している.

4)細胞外微粒子の解析技術

合成生物学的な手法により細胞を改変することで放出される細胞外小胞に異なる機能を付与することが可能である.この方法により,細胞外小胞の機能発現の機構解明と細胞外小胞のエンジニアリングが可能になる.さらに,細胞外小胞の多様性を理解するとともに,細胞外小胞の医療等への応用を進めることができる.

細胞外微粒子の高感度・高効率検出技術を創出するために,ナノワイヤデバイスが開発され,体液中から内因性微粒子であるエクソソームを超高効率で精製することに成功し,一度の解析で2000種類以上のmiRNAの解析とmiRNAのビッグデータ解析により,がん等の疾患の超早期診断が実現されている.さらに,ナノポアが開発され,外因性微粒子であるウイルス,細菌,PM2.5などを単一粒子レベルの高感度で,機械学習により高精度に識別することに成功している.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診断のために,SARS-CoV-2の変異株を含めたウイルスの高精度検出・識別が可能になった.

走査電子誘電率顕微鏡を開発し,環境中のPM2.5が細胞に及ぼす影響を解析した.PM2.5は,細胞内部に多く取り込まれ,生きたままの細胞内において,その凝集塊周囲に脂質が多く含まれる内膜が観察された.本走査電子誘電率顕微鏡は,外因性微粒子のみならず,内因性微粒子の解析にも応用可能であり,外因性・内因性の融合研究に大きく貢献するものである.

本企画では,表1に示すJST CREST「細胞外微粒子」領域およびJSTさきがけ「微粒子」領域の研究成果の一部を紹介した.ここで紹介できなかった研究成果については,参考文献2–14)に示す著書等に詳しく紹介されているので,是非,ご一読いただければ幸いである.

引用文献References

1) 文部科学省戦略目標(2016)細胞外微粒子により惹起される生体応答の機序解明と制御.https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/03/attach/1383134.htm

2) 吉岡祐亮,落谷孝広編(2020)がんバイオマーカーの探索.Pharma Medica, 38, 7–60.

3) 吉岡祐亮,落谷孝弘編(2020)決定版 エクソソーム実験ガイド.pp.1–199,羊土社.

4) 吉森保(2020)LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義,pp.1–352,日経BP.

5) Hanayama, R. & Bonifcino, J.S. (ed.) (2021) Medical chemistry of extracellular vesicles. J. Biochem., 169, 135–186.

6) 秋田英万編(2021)細胞外小胞が拓く創薬・診断技術の最前線.Drug Deliv. Syst., 36, 87–147.

7) 中野明彦,吉森保,華山力成編(2021)細胞外小胞の生物学.実験医学,39, 3120–3317.

8) 馬場嘉信,柳田剛,加地範匡監修(2021)AI・ナノ・量子による超高感度・迅速バイオセンシング—超早期パンデミック検査・超早期診断・POCTから健康長寿社会へ—,pp.1–245,シーエムシー.

9) 二木史朗(2021)ペプチドの細胞膜との相互作用と細胞内送達.生体分子と疾患—ヘルスサイエンスの切り札としての化学(日本化学会編),pp.145–149,化学同人.

10) 樽谷愛理,長谷川成人(2022)異常型タウの構造多型は多様なタウオパチー病理の形成に寄与する.Brain Nerve, 74, 919–925.

11) Okuda, A. & Futaki, S. (2022) Protein delivery to cytosol by cell-penetrating peptide bearing tandem repeat penetration-accelerating sequence cell-penetrating peptides. In Methods and Protocols, Third Edition (Ülo Langel, ed.), pp. 265–277, Humana Press, New York.

12) 吉森保(2022)生命を守るしくみ オートファジー 老化,寿命,病気を左右する精巧なメカニズム(ブルーバックス),pp.1–240,講談社.

13) 松井貴英,福田光則(2023)エクソソーム分泌を制御する細胞内分子基盤.生化学,95, 55–59.

14) 長谷川成人企画/編集(2022)特集 クライオ電顕が解き明かす神経変性疾患のメカニズム.医学のあゆみ,in press.

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