大気中微粒子による生体応答の解明
1 金沢大学大学院自然科学研究科自然システム学専攻 ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町
2 金沢大学ナノ生命科学研究所 ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町
3 金沢大学環日本海域環境研究センター ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町
4 金沢大学理工研究域フロンティア工学系 ◇ 〒920–1192 石川県金沢市角間町
粒子径2.5 µm以下の大気中微粒子であるPM2.5は世界各国で深刻な大気汚染を引き起こし,呼吸器疾患など人体への影響が懸念される.PM2.5は粒子径,化学組成が異なる複雑な粒子群であり,環境中での化学反応性や物理特性,生体内での呼吸器深部への移行性や生体応答は多様である.そのため,PM2.5の調査研究では粒子径ごとの粒子分級と高精度の化学組成解析が研究の基盤であり,そのうえで生体応答の解明に取り組むことが重要である.PM2.5の分級捕集は,ナノサンプラーを用いた捕集技術の進展により高精度なサイズ分級が実現し,粒子径ごとの化学組成解析のデータが蓄積され始めている.今後は,サイズ分級したPM2.5の生体応答の解明へと進展すると予想されるが,微粒子工学と細胞生物学を組み合わせることで生体に近い条件で生体応答を解析することが重要となってくる.
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大気中微粒子のうち特に粒子径2.5 µm以下の粒子をPM2.5と呼ぶ.PM2.5は粒子径の小ささから,呼吸によって肺の奥深くまで到達することに加え,表面にはさまざまな成分が付着しているため,人の健康に悪影響を与えると考えられている.実際,欧米で行われた追跡調査などの結果では,大気中の粒子濃度と呼吸器系の疾患による死亡率には有意な関係が認められる1).
近年,急激な成長を遂げている東アジア諸国による大気汚染問題を背景に,排気ガス規制や対策が進んでいる日本においてもPM2.5が人体にもたらす健康被害は依然として重要な問題となっている.PM2.5の大気汚染問題や人体への影響を調査研究する上で,PM2.5を構成する粒子の多様性に気をつける必要がある.PM2.5は数十nm~2.5 µmと幅広い粒子径と発生起源により大きく異なる化学組成を持つ粒子であり,大気中での物理的性質や化学的な変化,生体内での呼吸器深部への移行性,毒性,排出は一様ではない.このためPM2.5の調査研究では,粒子径ごとに粒子を分級捕集,PM2.5の濃度分布と高精度な成分解析,健康被害の追跡調査,そして培養細胞や実験動物における毒性評価と疾患機序の解明が必要である.これらについて,さまざまな研究者によってこれまでに得られた知見と我々の最近の取り組みについて紹介する.
大気中微粒子の化学組成は,主に無機水溶性成分,炭素成分(無機炭素,有機炭素,炭酸塩炭素),金属成分,土壌成分,多環芳香族炭化水素(PAH)等からなる2).無機水溶性成分は新粒子生成において重要な要素である.金属成分やPAHの中には発がん性を有する成分もあり,ヒトへの健康の面から,影響が大きいものと考えられている.環境省がモニタリングしている2011年から2016年までの観測データ3)
を集計し,それらの平均値を日本における代表的なPM2.5の組成として詳細を示す(表1).
水溶性イオンには,主に硫酸イオン(SO42−),硝酸イオン(NO3−),塩化物イオン(Cl−),ナトリウムイオン(Na+),アンモニウムイオン(NH4+),カリウムイオン(K+),マグネシウムイオン(Mg2+),カルシウムイオン(Ca2+)がある.特に,SO42−とNH4+は人為起源の二次生成粒子であることが多いため微小粒子領域に多く,海塩起源のNa+やCl−,土壌起源のCa2+は自然起源の一次粒子であることが多いため粗大粒子領域に多く存在している.NO3−は全粒子径に広く存在している.
大気エアロゾルに含まれる金属成分には,Fe, Al, Pb, Mn, Cu, Ba, V, Ni, Cr, As, Co, Si, Zn, Ti, Ta, Sb, Sm, W, Se, Mo, Ce, La, Cs, Rb, Sc, Hf, Th3)
などがあり,これらの中でFe, Al, Si, Znなどが比較的多く含まれる(表1).PM2.5全体に占める金属成分の重量割合は低いが,人体に影響を及ぼすリスクは大きい.Fe, Al, Pb, Mn, Cu, Ba, V, Ni, Cr, As, Cd, Coは国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer:IARC)から有害性物質に指定されており,特にPb, Ni, Cr, As, Cd, Coは発がん性物質に指定されている4)
.他にもAlの摂取および曝露はアルツハイマー病を引き起こすという研究や,その他金属成分がアレルギー炎症反応を引き起こすという研究が進められているが詳細なメカニズムはまだ明らかとなっていない.
金属成分は発生起源を推察するための指標としても注目される.大陸からの長距離越境輸送は日本の大気環境に大きな影響を及ぼすと考えられるが,発生起源と発生源地域に関する研究は十分ではなく長距離越境輸送の影響は完全には理解されていない.大気エアロゾルは長距離を移動する中で他のエアロゾルや土壌粒子との化学反応により変質を起こすことで発生起源の情報を失っていくのに対し,エアロゾル中の金属成分は輸送中で変化することがないため,発生起源の情報を運ぶトレーサーとして用いられる5).具体的には,表2に示される金属成分の組合わせをもとに大気エアロゾルの発生起源を推察することができる.
このように金属成分はヒトの健康への影響,さらに大気環境学的な視点からも重要かつ注目すべき成分ではあるが,大気エアロゾルの粒子径ごとの金属成分含有量に関する研究報告例は少なく,それに付随するヒトへの健康影響および疫学的な研究もほとんどなされてないのが現状である.
大気エアロゾルは数十nm~数mmの非常に幅広いサイズの微粒子で構成される.これらは呼吸器に取り込まれると,小さな粒子ほど肺のより深部に到達し沈着する.また,同じ質量の粒子でも小さな粒子ほど表面積が増大し,生体への影響は増加する.これらのことから,大気エアロゾルの疫学調査では粒子径ごとに分離し化学組成を特徴づけることが重要である.微粒子はフィルター繊維あるいはインパクタを通過する過程でさまざまな力が加わり,特定のサイズの微粒子が繊維あるいはインパクタに沈着捕集される.ここでは微粒子が捕集される機構と捕集装置ナノサンプラーについて概説する.
エアロゾル粒子がフィルター繊維に沈着する機構としては,慣性,拡散,さえぎり,重力沈降,静電引力の五つの機構がある.ただし,微小粒子では終末沈降速度は小さいため重力の影響はほとんど無視でき,また,粒子や繊維が帯電していない場合では静電引力も無視できる.そのため,粒子は主に慣性,拡散,さえぎりの影響を受けながらフィルター装置内を移動する(図1).粒子のサイズと繊維径の大きさによりこれらの機構の影響は異なる.
慣性捕集とは,粒子がその慣性のために,繊維の近傍で急に変化する流線に瞬時に対応することができず,流線を横切って繊維に衝突し捕集されることである(図2).慣性の尺度は式(1)で示すStokes数である6)
. Stk=CCρpdp2u9μdf
.また,ろ過速度を速くすることで,慣性捕集は促進する.
繊維とインパクタステージにより形成された変化の急な流線での粒子の動きを示す.小さな粒子は慣性が弱く流線に沿って通過するが,大きな粒子は慣性が強く働き流線を外れインパクタステージに衝突し捕集される(文献10より転載).
拡散は粒子がブラウン運動により繊維に衝突し捕集されることであり,拡散パラメーターNDは式(4),拡散係数Dは式(5)で与えられる.kはボルツマン定数である.粒子径dpが小さいほどブラウン拡散による捕集効果は増大するが,ろ過速度を早くすることで捕集効果を減少させることも可能である7)
. ND=Dudf
さえぎりは,粒子が気流と同じ運動をしていても粒子の中心が繊維表面から粒子半径よりも小さい位置に近づくと繊維に接触して捕集される捕集機構で,さえぎりパラメーターRは式(6)で定義される. R=dpdf
繊維層フィルターを用いて微粒子を粒子径ごとに分級するには,図3赤線のように,ある粒子径以上で捕集効率を増大させるのが理想的である.しかし実際には,粒子には前述の三つの機構が複合的に働くため,下に凸の青い曲線となる.つまり,粒子径の大きな粒子と小さな粒子はそれぞれ慣性あるいはブラウン拡散の効果を強く受け捕集され,中間の大きさの粒子はどちらの効果も弱くフィルターを通過する.これでは,粒子径の大きな粒子と小さな粒子が混在して捕集され,きれいな分級を実現できない.もし,ろ過速度を大きくすることが可能なら,低粒子径で優位なブラウン拡散による捕集は抑制され,高粒子径で優位な慣性による捕集効果は増大し破線のような曲線となり,理想曲線に近づかせることが可能である.つまり,フィルターを用いて粒子をきれいに分級するにはろ過速度を大きくすることが重要である.
粒子径とフィルターの捕集効率の関係を示す.一般的な捕集効率曲線を青線,理想的な捕集効率曲線を赤線で示す.ろ過速度を増加させるとブラウン拡散による捕集は抑制,慣性による捕集は増大し,捕集効率曲線は破曲線を経て赤線に近づく(文献10より転載).
我々は,大気エアロゾルの粒子径別の化学組成をみるために,上述した捕集原理を応用したナノサンプラーを使用した(図4).ナノサンプラーは粒子の慣性力を利用して,その大きさごとに粒子を分級,捕集する装置である8).図4に示すように,ナノサンプラーは4段のインパクタステージとステンレス製金属繊維(SUS繊維)で作られたPM0.1分級用慣性フィルター,およびバックアップフィルターで構成されている9)
.図2のインパクタでの粒子の捕集の概念図に示すように,一定流量40 L/minで空気を供給すると,ノズルから高速にエアロゾルが捕集板に吹きつけられ,大きい粒子は慣性力が大きく流線からはずれ捕集板に捕集される.一方,小さな粒子は慣性力が小さく流線にのるため捕集板に付着せず通過する.上段のインパクタステージから順に10 µm以上,2.5 µm以上,1 µm以上,0.5 µm以上の粒子が分級捕集され,0.1~0.5 µmの粒子は,SUS繊維で作られた慣性フィルターで分級捕集される.また,慣性フィルターで捕集されなかった粒子径0.1 µm以下のナノ粒子は,一番下のバックアップフィルターに捕集される(図4).ナノサンプラーを用いて実大気中の微粒子を分級すると,各インパクタステージとフィルターに標的のサイズの粒子が効率よく正確に分級されていることがわかる(図5).我々はナノサンプラーを用いて日本各地で実大気を分級捕集し,粒子径ごとの化学組成をイオンクロマトグラフィー(IC)を用いて分析している.清水ら10)
は,都市と遠隔地における大気の成分比較を目的として大阪府大東市と石川県珠洲市で観測を実施した.大東市では,遠隔地である珠洲市と比較して全粒子径でイオン濃度の増加がみられ,特に人為起源と思われる0.1 µm以下の粒子で顕著な汚染が観測された.また珠洲市と比較して大東市は0.1 µm以下のステージでNO3−が観測される.NO3−については,前駆体の窒素酸化物が空気中で酸化してHNO3となり,空気中のNH3によって中和されることでNH4NO3として存在するが,輸送過程中NH4NO3の熱分解によって再分離したガス状のHNO3が,海塩粒子などと反応し硝酸塩を形成するため,粗大粒子側のステージでNO3−濃度が高くなる.つまり大東市ではローカルに発生した窒素酸化物を起源とした粒子生成により0.1 µm以下のステージでNO3−が観測されたと考えられ,人為起源による汚染の発生源となっていることを明らかとした.
実際のナノサンプラーの写真(左図)とナノサンプラーの断面図(右図)を示す.上部から吸引した大気は,4種類のポアサイズの異なるメンブレンフィルターを用いた捕集板とSUS繊維製のフィルターを通過する過程で,粒子径の大きな粒子から順に分級される(KANOMAX, ナノサンプラーII Model 3182のカタログより許可を得て転載).
実大気中の微粒子をナノサンプラーを用いて分級し,各ステージに捕集される粒子の捕集効率を示した(KANOMAX, ナノサンプラーII Model 3182のカタログより許可を得て転載).
ナノサンプラーのさらなる改良も行われている.一般的に,PM0.1の分級サンプリングには,LPI(low pressure impactor)が用いられているが,LPIでは装置内を真空近くまで減圧しなければならず,捕集時に粒子径や組成の変化が懸念される.そこでOtaniら11)はSUS繊維で作られた慣性フィルターを開発した.これにより,ナノサンプラーのPM0.1のステージでは減圧することなく流量を保ったまま低圧力損失での捕集を可能とした.ナノサンプラーの捕集量改善の試みについても紹介する.ナノサンプラーによる捕集では粒子の分級は可能だが,そのサンプリング流量の低さから,サンプリング時間によってはエアロゾル中の微量成分の測定は難しい場合がある.また遠隔地からの長距離越境輸送を調査する場合にも,ナノサンプラーの流量では不十分な場合がある.そこで我々は,ハイボリュームエアサンプラー(HV-RW, SHIBATA社製)と兼保らにより開発されたインパクタHVI2.5,東京ダイレック社製)12)を組み合わせた装置(図6)を開発し,高流量でのPM2.5捕集を可能にした.円形の衝突捕集板(アルミ製)は,中心軸上の円柱により天板から吊り下げられる形で装着されている.衝突捕集板上に設置するフィルターは中心部に5 mm径の穴をあけた130 mm径の円形シートであり,その下に20 cm×25 cmの長方形のろ紙を設置している.アルミ製の天板はインパクタノズルを兼ねており,同心円状に6列に設けられた円形ノズルを中心部に配する.これにより740 L/minの高流量を実現し,ノズルから勢いよく供給された粒子のうち2.5 µm以上の粒子が円形のシートで,2.5 µm以下の粒子は長方形ろ紙に捕集される.
ハイボリュームエアサンプラーの外観写真(左図),捕集部の概略図(右上図),および捕集後の実際のフィルター写真(右下図)を示す.大気はナノサンプラー上部から流量740 L/minで吸引する.2.5 µm以上の粒子は円形のシートで捕集され,シートを通過した2.5 µm以下の粒子は長方形ろ紙に捕集される(文献12を参考に作成).
近年の世界規模での産業発展のなかで,中国やインドをはじめとした途上国では都市部や工業地域において自動車排気ガスや工場排ガス等の人為起源による深刻な大気汚染が続いており,人々の健康が脅かされている13)
.先進国では大気汚染対策の法律や規制を整備することで健康被害は改善されてきたが,周辺国からの長距離越境輸送により依然として健康被害の問題は残っている.
大気汚染物質の中でも粒子径が2.5 µm以上の粒子の場合,咳や痰によって体外に排出されやすい.一方,2.5 µm以下の粒子PM2.5の場合,気管支や肺の奥深くまで運ばれやすく,肺水腫,喘息などの呼吸器疾患を引き起こす.また,呼吸器での炎症が悪化あるいは長期化することにより循環器疾患,精子数の減少などを引き起こす場合や,PM2.5が鼻腔から脳へ移行することにより脳疾患を引き起こす場合もある.これらの疾患メカニズムの解明は治療法を開発する上で非常に重要である.しかしながら,前述のPM2.5の捕集の難しさ,成分の多様性に加え,PM2.5の呼吸器内での状態を再現する難しさから疾患メカニズムの解明はあまり進展していない.従来のPM2.5の細胞毒性評価では,乾燥したPM2.5を培養液で懸濁して細胞に曝露してきた.我々は呼吸器内での湿度,体温によるPM2.5の凝縮成長を再現するために,エアロゾル化したPM2.5を加湿・加温条件下で肺胞上皮細胞やマクロファージに曝露する実験系を構築している.凝縮成長したPM2.5は液中の物性や細胞への取り込み効率が異なる可能性があり,実際の生体に近い条件での生理応答の解明につながると期待している.
これまでに当研究室で大気中微粒子の解析に関わってきた先輩方と現在関わっている皆様に感謝申し上げます.
1) 内山巖雄(2001)V. 健康とエアロゾル.エアロゾル研究,16, 36–39.
2) 兼保直樹,佐藤圭,高見昭憲,秀森丈寛,松見豊,山本重一(2014)PM2.5およびおよび健康影響が懸念される粒子状物質のわが国風上域での動態.エアロゾル研究,29, S82–S94.
3) 環境省(2016)微小粒子状物質(PM2.5)測定データ,https://www.env.go.jp/air/osen/pm/monitoring/data/h26.html
4) USEPA. Risk assessment guidance for superfund volume I Human health evaluation manual (part F) United States Environmental Protection Agency, Washington, D.C. http://www.epa.gov/sites/production/files/2015-09/documents/partf_200901_final.pdf
5) 鈴木亮太,吉野彩子,兼保直樹,高見昭憲,林政彦,原圭一郎,渡邉泉,畠山史郎(2014)長崎県福江島・福岡県福岡市におけるエアロゾル金属成分の特徴と発生源推定.大気環境学会誌,49, 15–25.
6) W.C. ハインズ(1985)エアロゾル・テクノロジー(早川一也監訳),井上書院.
7) 高橋幹二編著(1984)応用エアロゾル学,養賢堂.
8) 桜井健治,関口和彦,王青躍,古内正美,畑光彦(2014)慣性フィルターサンプラーを用いた大気中微小粒子捕集時における有機ガス吸着量の評価.エアロゾル研究,29, 119–123.
9) KANOMAX, ナノサンプラーII Model 3182, https://www.kanomax.co.jp/product/detail1101/
10) 清水郁人(2020)細胞曝露実験のための大気エアロゾルの分級捕集とその化学組成解析.金沢大学大学院自然科学研究科修士論文.
11) Otani, Y., Eryu, K., Furuuchi, M., Tajima, N., & Tekasakul, P. (2007) Inertial classification of nanoparticles with fibrous filters. Aerosol Air Qual. Res., 7, 343–352.
12) 兼保直樹(2010)ハイボリューム・エアサンプラー用PM2.5インパクター(HVI2.5)の開発.大気環境学会誌,45, 171–174.
13) 佐藤啓市,古田直紀(2006)大気粉塵–粒子の観察と分析.学術月報,53, 187–190.
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