1)成分組成
大気中微粒子の化学組成は,主に無機水溶性成分,炭素成分(無機炭素,有機炭素,炭酸塩炭素),金属成分,土壌成分,多環芳香族炭化水素(PAH)等からなる2).無機水溶性成分は新粒子生成において重要な要素である.金属成分やPAHの中には発がん性を有する成分もあり,ヒトへの健康の面から,影響が大きいものと考えられている.環境省がモニタリングしている2011年から2016年までの観測データ3)を集計し,それらの平均値を日本における代表的なPM2.5の組成として詳細を示す(表1).
表1 日本におけるPM2.5の平均組成(文献3のデータをもとに作成)PM2.5 [µg/m3] | イオン | 7.25 | 金属 | 0.63 | EC | 1.00 | OC | 2.62 |
---|
不明 | 3.37 |
---|
イオン[µg/m3] | Cl− | 0.158 | SO42− | 3.99 | NH4+ | 1.72 | Mg2+ | 0.0203 |
NO3− | 1.04 | Na+ | 0.135 | K+ | 0.125 | Ca2+ | 0.0667 |
金属[ng/m3] | Fe | 110.80 | Si | 185.50 | Mo | 0.96 | Sm | 1.18 |
Al | 81.21 | Na | 132.20 | Ce | 0.82 | W | 1.17 |
Pb | 8.56 | K | 125.50 | La | 0.80 | Se | 1.00 |
Mn | 6.84 | Ca | 60.42 | Cs | 0.51 | Cr | 2.11 |
Cu | 4.96 | Zn | 35.06 | Rb | 0.40 | As | 1.19 |
Ba | 3.88 | Ti | 6.85 | Sc | 0.35 | Co | 0.24 |
V | 3.57 | Ta | 1.95 | Hf | 0.34 | | |
Ni | 2.53 | Sb | 1.53 | Th | 0.29 | | |
EC:元素状炭素,OC:有機炭素. |
a.水溶性イオン
水溶性イオンには,主に硫酸イオン(SO42−),硝酸イオン(NO3−),塩化物イオン(Cl−),ナトリウムイオン(Na+),アンモニウムイオン(NH4+),カリウムイオン(K+),マグネシウムイオン(Mg2+),カルシウムイオン(Ca2+)がある.特に,SO42−とNH4+は人為起源の二次生成粒子であることが多いため微小粒子領域に多く,海塩起源のNa+やCl−,土壌起源のCa2+は自然起源の一次粒子であることが多いため粗大粒子領域に多く存在している.NO3−は全粒子径に広く存在している.
b.金属成分
大気エアロゾルに含まれる金属成分には,Fe, Al, Pb, Mn, Cu, Ba, V, Ni, Cr, As, Co, Si, Zn, Ti, Ta, Sb, Sm, W, Se, Mo, Ce, La, Cs, Rb, Sc, Hf, Th3)などがあり,これらの中でFe, Al, Si, Znなどが比較的多く含まれる(表1).PM2.5全体に占める金属成分の重量割合は低いが,人体に影響を及ぼすリスクは大きい.Fe, Al, Pb, Mn, Cu, Ba, V, Ni, Cr, As, Cd, Coは国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer:IARC)から有害性物質に指定されており,特にPb, Ni, Cr, As, Cd, Coは発がん性物質に指定されている4).他にもAlの摂取および曝露はアルツハイマー病を引き起こすという研究や,その他金属成分がアレルギー炎症反応を引き起こすという研究が進められているが詳細なメカニズムはまだ明らかとなっていない.
金属成分は発生起源を推察するための指標としても注目される.大陸からの長距離越境輸送は日本の大気環境に大きな影響を及ぼすと考えられるが,発生起源と発生源地域に関する研究は十分ではなく長距離越境輸送の影響は完全には理解されていない.大気エアロゾルは長距離を移動する中で他のエアロゾルや土壌粒子との化学反応により変質を起こすことで発生起源の情報を失っていくのに対し,エアロゾル中の金属成分は輸送中で変化することがないため,発生起源の情報を運ぶトレーサーとして用いられる5).具体的には,表2に示される金属成分の組合わせをもとに大気エアロゾルの発生起源を推察することができる.
このように金属成分はヒトの健康への影響,さらに大気環境学的な視点からも重要かつ注目すべき成分ではあるが,大気エアロゾルの粒子径ごとの金属成分含有量に関する研究報告例は少なく,それに付随するヒトへの健康影響および疫学的な研究もほとんどなされてないのが現状である.
表2 大気エアロゾル中の金属成分の発生源発生源 | 金属主成分 | 参考文献 |
---|
地殻起源土壌 | Fe, Al, Si, Ca, K,Mg, Mn, Sc | Morawska and Zhang (2002);Reff et al. (2009) |
海塩 | Na, Cl, Mg | Schaap et al. (2010) |
バイオマス燃焼 | K, Cl | Reff et al. (2009) |
ディーゼル燃焼 | Al, Ca, Cu, Fe, Mg, Mn, V,Zn | Dai er al. (2015);Reff et al. (2009);Sanderson et al. (2014) |
ガソリン燃焼 | Pb, Sr, Cu, Mn | Pacyna and Pacyna (2001); Sanderson et al. (2014) |
オイル燃焼 | As, Cd, Cu, Cr, Zn, V | Dai et al. (2015);Nielsen et al. (2013);Pacyna and Pacyna (2001) |
石炭燃焼 | Al, As, Cd, Cr, Cu, Co, Mn, S,Se, Sr, Pb, Zn | Dai et al. (2015);Morawska and Zhang (2002);Nielsen et al. (2013) |
廃棄物処理 | As, Cd, Cr, Pb, Sn, Zn | Pacyna and Pacyna (2001) |
タイヤダスト | Ca, Cd, Co, Cr, Cu, Fe, K,S, Si, Mo, Mn, Pb, Ti, Zn | Adamiec et al. (2016);Dai et al. (2015);Sanderson et al. (2014) |
ブレーキダスト | Al, Ba, Ca, Cd, Cr, Cu, Fe, Ga, Mg, Ti, S,Sb, Si, Sn, Sr, Mo, Pb, Zn, Zr | Adamiec et al. (2016);Pant and Harrison (2013); Reff et al. (2009) |
ロードダスト | Al, As, Ca, Cu, Fe, Na, Mn, Mg, Ti, K,Si, Sr, Rb, V, Zn | Pant and Harrison (2013);Sanderson et al. (2014);Thorpe and Harrison (2008) |
農薬使用 | As | Morawaka and Zhang (2002) |
鉄鋼生産 | Cd, Cr, Fe, Mn, Mo, Ni, Pb, Se, Sn, Zn | Dai (2015);Lim et al. (2011);Mohiuddin et al. (2014);Pacyna and Pacyna (2001);Querol et al. (2007); Wang et al. (2014) |
ねずみ鋳鉄 | As, Cr, Pb, Zn | Nielsen et al. (2013) |
非鉄金属の生産 | As, Cd, Cr, Cu, In, Mn, Zn | Pacyna and Pacyna (2001) |
セメント生産 | As, Cd, Cr, Cu | Nielsen et al. (2013) |
釉とセラミックタイルの製造 | As, Co, Cs, Li, Pb, Se, Tl, Zn, Zr | Querol et al. (2007) |
石油化学プラント | Ni, V | Querol et al. (2007) |
セメント産業 | As, Cr, Ni, Pb, Zn | Han et al. (2015) |
銅冶金 | As, Bi, Cu, Ga | Querol et al. (2007) |
亜鉛冶金 | Cd, Zn | Querol et al. (2007) |
乾式製錬 | Cd, Mn, Ni, Zn | Lim et al. (2011) |
造船業 | Cd, Cr, Fe, Mn, Ni, Zn | Ny (2011) |
2)大気中微粒子の捕集
大気エアロゾルは数十nm~数mmの非常に幅広いサイズの微粒子で構成される.これらは呼吸器に取り込まれると,小さな粒子ほど肺のより深部に到達し沈着する.また,同じ質量の粒子でも小さな粒子ほど表面積が増大し,生体への影響は増加する.これらのことから,大気エアロゾルの疫学調査では粒子径ごとに分離し化学組成を特徴づけることが重要である.微粒子はフィルター繊維あるいはインパクタを通過する過程でさまざまな力が加わり,特定のサイズの微粒子が繊維あるいはインパクタに沈着捕集される.ここでは微粒子が捕集される機構と捕集装置ナノサンプラーについて概説する.
a.捕集原理
エアロゾル粒子がフィルター繊維に沈着する機構としては,慣性,拡散,さえぎり,重力沈降,静電引力の五つの機構がある.ただし,微小粒子では終末沈降速度は小さいため重力の影響はほとんど無視でき,また,粒子や繊維が帯電していない場合では静電引力も無視できる.そのため,粒子は主に慣性,拡散,さえぎりの影響を受けながらフィルター装置内を移動する(図1).粒子のサイズと繊維径の大きさによりこれらの機構の影響は異なる.
慣性捕集とは,粒子がその慣性のために,繊維の近傍で急に変化する流線に瞬時に対応することができず,流線を横切って繊維に衝突し捕集されることである(図2).慣性の尺度は式(1)で示すStokes数である6). ここでCCはカニンガムの補正係数[式(2)],ρpは流体密度,dpは粒子径,uはろ過速度,μは流体粘度,dfは繊維径,λは気体分子の平均自由行程[式(3)],Tは温度,Pは圧力である.大きな粒子径を持つ粒子ほどStokes数が大きく慣性捕集されやすい6).また,ろ過速度を速くすることで,慣性捕集は促進する.
拡散は粒子がブラウン運動により繊維に衝突し捕集されることであり,拡散パラメーターNDは式(4),拡散係数Dは式(5)で与えられる.kはボルツマン定数である.粒子径dpが小さいほどブラウン拡散による捕集効果は増大するが,ろ過速度を早くすることで捕集効果を減少させることも可能である7).
さえぎりは,粒子が気流と同じ運動をしていても粒子の中心が繊維表面から粒子半径よりも小さい位置に近づくと繊維に接触して捕集される捕集機構で,さえぎりパラメーターRは式(6)で定義される. この式から,さえぎりは粒子径が大きく繊維径が小さいほど効果が大きくなる.さえぎりが単独で捕集機構として作用することはなく,他の捕集機構と同時に作用する.
繊維層フィルターを用いて微粒子を粒子径ごとに分級するには,図3赤線のように,ある粒子径以上で捕集効率を増大させるのが理想的である.しかし実際には,粒子には前述の三つの機構が複合的に働くため,下に凸の青い曲線となる.つまり,粒子径の大きな粒子と小さな粒子はそれぞれ慣性あるいはブラウン拡散の効果を強く受け捕集され,中間の大きさの粒子はどちらの効果も弱くフィルターを通過する.これでは,粒子径の大きな粒子と小さな粒子が混在して捕集され,きれいな分級を実現できない.もし,ろ過速度を大きくすることが可能なら,低粒子径で優位なブラウン拡散による捕集は抑制され,高粒子径で優位な慣性による捕集効果は増大し破線のような曲線となり,理想曲線に近づかせることが可能である.つまり,フィルターを用いて粒子をきれいに分級するにはろ過速度を大きくすることが重要である.
b.捕集装置
我々は,大気エアロゾルの粒子径別の化学組成をみるために,上述した捕集原理を応用したナノサンプラーを使用した(図4).ナノサンプラーは粒子の慣性力を利用して,その大きさごとに粒子を分級,捕集する装置である8).図4に示すように,ナノサンプラーは4段のインパクタステージとステンレス製金属繊維(SUS繊維)で作られたPM0.1分級用慣性フィルター,およびバックアップフィルターで構成されている9).図2のインパクタでの粒子の捕集の概念図に示すように,一定流量40 L/minで空気を供給すると,ノズルから高速にエアロゾルが捕集板に吹きつけられ,大きい粒子は慣性力が大きく流線からはずれ捕集板に捕集される.一方,小さな粒子は慣性力が小さく流線にのるため捕集板に付着せず通過する.上段のインパクタステージから順に10 µm以上,2.5 µm以上,1 µm以上,0.5 µm以上の粒子が分級捕集され,0.1~0.5 µmの粒子は,SUS繊維で作られた慣性フィルターで分級捕集される.また,慣性フィルターで捕集されなかった粒子径0.1 µm以下のナノ粒子は,一番下のバックアップフィルターに捕集される(図4).ナノサンプラーを用いて実大気中の微粒子を分級すると,各インパクタステージとフィルターに標的のサイズの粒子が効率よく正確に分級されていることがわかる(図5).我々はナノサンプラーを用いて日本各地で実大気を分級捕集し,粒子径ごとの化学組成をイオンクロマトグラフィー(IC)を用いて分析している.清水ら10)は,都市と遠隔地における大気の成分比較を目的として大阪府大東市と石川県珠洲市で観測を実施した.大東市では,遠隔地である珠洲市と比較して全粒子径でイオン濃度の増加がみられ,特に人為起源と思われる0.1 µm以下の粒子で顕著な汚染が観測された.また珠洲市と比較して大東市は0.1 µm以下のステージでNO3−が観測される.NO3−については,前駆体の窒素酸化物が空気中で酸化してHNO3となり,空気中のNH3によって中和されることでNH4NO3として存在するが,輸送過程中NH4NO3の熱分解によって再分離したガス状のHNO3が,海塩粒子などと反応し硝酸塩を形成するため,粗大粒子側のステージでNO3−濃度が高くなる.つまり大東市ではローカルに発生した窒素酸化物を起源とした粒子生成により0.1 µm以下のステージでNO3−が観測されたと考えられ,人為起源による汚染の発生源となっていることを明らかとした.
ナノサンプラーのさらなる改良も行われている.一般的に,PM0.1の分級サンプリングには,LPI(low pressure impactor)が用いられているが,LPIでは装置内を真空近くまで減圧しなければならず,捕集時に粒子径や組成の変化が懸念される.そこでOtaniら11)はSUS繊維で作られた慣性フィルターを開発した.これにより,ナノサンプラーのPM0.1のステージでは減圧することなく流量を保ったまま低圧力損失での捕集を可能とした.ナノサンプラーの捕集量改善の試みについても紹介する.ナノサンプラーによる捕集では粒子の分級は可能だが,そのサンプリング流量の低さから,サンプリング時間によってはエアロゾル中の微量成分の測定は難しい場合がある.また遠隔地からの長距離越境輸送を調査する場合にも,ナノサンプラーの流量では不十分な場合がある.そこで我々は,ハイボリュームエアサンプラー(HV-RW, SHIBATA社製)と兼保らにより開発されたインパクタHVI2.5,東京ダイレック社製)12)を組み合わせた装置(図6)を開発し,高流量でのPM2.5捕集を可能にした.円形の衝突捕集板(アルミ製)は,中心軸上の円柱により天板から吊り下げられる形で装着されている.衝突捕集板上に設置するフィルターは中心部に5 mm径の穴をあけた130 mm径の円形シートであり,その下に20 cm×25 cmの長方形のろ紙を設置している.アルミ製の天板はインパクタノズルを兼ねており,同心円状に6列に設けられた円形ノズルを中心部に配する.これにより740 L/minの高流量を実現し,ノズルから勢いよく供給された粒子のうち2.5 µm以上の粒子が円形のシートで,2.5 µm以下の粒子は長方形ろ紙に捕集される.
3)大気中微粒子の人体への影響
近年の世界規模での産業発展のなかで,中国やインドをはじめとした途上国では都市部や工業地域において自動車排気ガスや工場排ガス等の人為起源による深刻な大気汚染が続いており,人々の健康が脅かされている13).先進国では大気汚染対策の法律や規制を整備することで健康被害は改善されてきたが,周辺国からの長距離越境輸送により依然として健康被害の問題は残っている.
大気汚染物質の中でも粒子径が2.5 µm以上の粒子の場合,咳や痰によって体外に排出されやすい.一方,2.5 µm以下の粒子PM2.5の場合,気管支や肺の奥深くまで運ばれやすく,肺水腫,喘息などの呼吸器疾患を引き起こす.また,呼吸器での炎症が悪化あるいは長期化することにより循環器疾患,精子数の減少などを引き起こす場合や,PM2.5が鼻腔から脳へ移行することにより脳疾患を引き起こす場合もある.これらの疾患メカニズムの解明は治療法を開発する上で非常に重要である.しかしながら,前述のPM2.5の捕集の難しさ,成分の多様性に加え,PM2.5の呼吸器内での状態を再現する難しさから疾患メカニズムの解明はあまり進展していない.従来のPM2.5の細胞毒性評価では,乾燥したPM2.5を培養液で懸濁して細胞に曝露してきた.我々は呼吸器内での湿度,体温によるPM2.5の凝縮成長を再現するために,エアロゾル化したPM2.5を加湿・加温条件下で肺胞上皮細胞やマクロファージに曝露する実験系を構築している.凝縮成長したPM2.5は液中の物性や細胞への取り込み効率が異なる可能性があり,実際の生体に近い条件での生理応答の解明につながると期待している.