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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(2): 209-216 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950209

特集Special Review

革新的液中ナノ顕微鏡開発と細胞外微粒子の包括的解明Development of innovative in-liquid nanoscopy and comprehensive elucidation of extracellular fine particles

国立研究開発機構・産業技術総合研究所健康医工学研究部門Health and Medical Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) ◇ 〒305–8566 茨城県つくば市東1–1–1 ◇ Higashi 1–1–1, Tsukuba, Ibaraki 305–8566, Japan

発行日:2023年4月25日Published: April 25, 2023
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内因性や外因性の細胞外微粒子が細胞に与える影響を解析するためには,ナノレベルの分解能で直接観察することが重要となる.さらに,細胞への影響を解明するためには,生きた細胞をそのままの状態で直接観察できることが望ましい.我々は,生きた細胞や有機材料を直接観察することが可能な走査電子誘電率顕微鏡を開発してきた.この方法では,染色処理や固定化処理なしに溶液中の生物試料を直接観察することが可能である.本稿では,走査電子誘電率顕微鏡や最近開発を進めている走査電子インピーダンス顕微鏡の概要とこれらを用いた細胞外微粒子を含む最近の成果について報告する.

1. はじめに

細胞外微粒子の細胞への取り込みや影響を解析するためには,溶液中の生きた細胞をそのまま高分解能で直接観察することが重要となる.多くの細胞からは,エクソソームやマイクロベシクル等の細胞外小胞が分泌されており,これらの直径は30 nmからマイクロメートルオーダーまで幅広く分布している.通常の光学顕微鏡では光の回折限界により分解能が200 nm程度に制限されるため,200 nmより小さな細胞外微粒子を直接観察することは困難である.そのため,200 nm以下の微粒子を直接観察し分析するためには,電子顕微鏡等のより高分解能な観察装置を用いる必要がある.電子顕微鏡は,観察プローブとして電子線を使用しているため,1 nm以下のきわめて高い分解能で観察が可能である.しかし,通常の電子顕微鏡では筐体の内部を真空に保持する必要があるため,溶液中の生物試料や有機材料等をそのまま装置内に導入することはできない.溶液試料を直接導入した場合は,内部を真空にした際に試料の水分が蒸発し,干からびた状態となってしまう.そのため,大気圧状態を保持し電子顕微鏡内で観察するためのカプセル型の試料ホルダーが開発されてきた1, 2).試料ホルダーの内部は密閉されており,真空中に設置した際にも内部は大気圧状態を保持できる.こうした試料ホルダーの開発は50年以上前から行われており,現在もさまざまな種類のホルダーの開発が進められている3–5)

2. 従来のカプセル型試料ホルダーの概要

一般的なカプセル型の試料ホルダーは,電子線をよく透過する薄膜で作られた観察窓があり,この部分に試料を滴下し封入する.薄膜は,窒化シリコン(SiN)を用いることが多く,半導体プロセスにより均一の厚さの薄膜を大量に作成することが可能である.さらに,SiN薄膜は,機械的強度が高く,厚さを50 nm以下に薄層化することが可能である.電子顕微鏡には,透過型電子顕微鏡と走査型電子顕微鏡の2種類がある.透過型電子顕微鏡の大気圧試料ホルダーでは,観察窓を2か所設けており,その間に試料を封入し観察窓を透過した電子線により観察を行う4, 5).一方,走査型電子顕微鏡では,上面に一つの観察窓を設けて電子線を入射し,サンプルから反射した電子により観察を行う3).こうした電子顕微鏡を用いた液中観察は,50年以上前から行われているが,試料のコントラストが低く,電子線による損傷が大きい.さらに試料の厚さが1 µmを超えるサンプルでは電子線の透過率が低下し,分解能の低下やコントラストの低下が生じる.

以上のように水溶液中の有機材料や生物試料に直接電子線を照射しその透過電子や反射電子を観察する方法では,電子線損傷と低コントラスト,さらには厚い試料の観察が困難といった問題が存在する.こうした問題の解決には,電子線を試料に直接照射しない新たな観察方法の開発が必要となる.

3. 走査電子誘電率顕微鏡の概要

水溶液中の細胞外微粒子や培養細胞,有機材料等を電子顕微鏡により高コントラスト・低ダメージで観察するためには,電子線を試料に直接照射しないことが重要となる.しかし,電子線をプローブとして使用し,この透過電子や反射電子を検出する方法では,試料に電子線を直接照射することが必要とされる.我々は,こうした矛盾を解決するため,電子線を薄膜に照射し,より低ダメージかつ高コントラストが生じる物理量へと変換させて,試料に間接的に照射する方法を開発してきた.最近我々は,低加速の電子線を観察窓の薄膜に照射・吸収させて,この電位変化を検出することで,水溶液中の試料の誘電率の違いを可視化する走査電子誘電率顕微鏡(SE-ADM)の開発を行った6, 7).この方法では,電子線を試料ホルダー上部のSiN薄膜のタングステン層に照射し,薄膜内に局所的な電位変化を生じさせる.この電位変化は,水溶液中の試料を透過し,下側の測定端子により検出される.こうした電位変化の透過具合は,物質の比誘電率により規定されるため,染色なしで高いコントラストが生じる.水は比誘電率が80と高いため電位変化をよく透過する6, 7).一方,生物試料や有機材料は,2~3と低く透過が阻害される.こうした比誘電率に起因する電位変化の透過の違いを検出することで,きわめて高いコントラストで水溶液中の試料を観察することが可能となる(図1).さらに,入射電子は,ほぼすべてタングステン層で散乱・吸収されるため試料には直接電子線が当たらず電子線ダメージもきわめて少ない6, 7)

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図1 走査電子誘電率顕微鏡の概要

(a)誘電率顕微鏡用観察ホルダー.(b)アンプ内蔵の観察ステージにセットした観察ホルダー.(c)システムの概要(文献7より).

我々のグループでは,SE-ADMを用いて溶液中の培養細胞や大気から採取されたPM2.5,生物由来試料等を溶液状態のまま直接観察し,その構造や分散状態の解析を行っている.以下に本方法による観察結果を紹介する.

4. 走査電子誘電率顕微鏡を用いた生物試料の直接観察

我々はこれまで,SE-ADMを用いて水溶液中の細菌や細胞等の生物試料の直接観察を行ってきた.通常,細菌や細胞を電子顕微鏡で観察するためには,細胞の固定化と脱水処理,さらには重金属による染色処理が必要となる.一方,SE-ADMを用いることでこうした処理を行うことなく,そのままの溶液の状態で直接観察することが可能となる.図2は水溶液中の光合成細菌をそのままの状態で試料ホルダーに封入し直接観察した結果である7).この光合成細菌は,細長い円筒形をしており,鞭毛を有している.また,細菌の内部には,液胞と思われる球状の構造や遺伝子やタンパク質が密集した個所が多くみられる(図2).さらに,SE-ADMを用いることで,タンパク質複合体の一種であるマウスのIgM抗体を水溶液中で直接観察することに成功した(図3).IgM抗体の構造は,直径が45~50 nmで中央部がドーム状に膨らみ,周辺に5個のIgG抗体が星状に配置された構造となっている8).SE-ADMにより観察された水溶液中のIgM抗体は,これまで報告されているIgM構造とほぼ同様に直径が45~50 nmの粒子で中央にドーム状の構造があり,その周辺にはIgG抗体のアーム構造が観察された7)

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図2 走査電子誘電率顕微鏡による細菌の観察画像

(a)低倍率の光合成細菌の観察画像.(b, c)矢印の拡大図(文献7より).

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図3 SE-ADMによる溶液中のマウスIgM抗体の観察結果

(a) IgM抗体の液中観察結果,輝度反転により白い顆粒がIgM粒子となる.(b)矢印部分のIgM抗体の拡大図,直径が約50 nmでIgM抗体の構造と一致.(c)(b)の図の疑似コントラスト画像.(d)(c)左端の図の3D疑似コントラスト画像,ドーム状の中心部と周辺部の突起構造がみられる(文献7より).

これ以外にも我々は,生物由来試料として生乳の直接観察を行った.通常の牛乳は,牛乳脂肪とタンパク質を多く含むカゼインミセルが水溶液に分散した状態となっている9, 10).これまでの蛍光顕微鏡やクライオ透過電子顕微鏡による観察から,牛乳脂肪の形状は直径が数μmの球状であり9),カゼインミセルは約100 nmのタンパク質とリン酸カルシウムの凝集構造が報告されている10).そのため,天然のエマルション試料と捉えることができる.走査電子誘電率顕微鏡を用いることで,こうした脂質やタンパク質の粒子が懸濁されたエマルション試料を直接観察することが可能となる.図4は,牛乳を水溶液状態のまま試料ホルダーに封入し,誘電率顕微鏡により観察した結果である8)図4aは,溶液状態の牛乳のSE-ADMによる観察画像であり,白い数μmの球状の粒子が多くみられ,これは牛乳脂肪と考えられる.さらに,黒い100~300 nm径の粒子も多数観察されるが,これはカゼインミセルと考えられる.牛乳脂肪を遠心分離により除去し観察したところ,白い球が消失しており,これらが牛乳脂肪であることが確認された(図4b).図4cは,図4aの矢印の牛乳脂肪の部分を拡大したものであり,牛乳脂肪周辺に黒いカゼインミセルが付着していることをコントラストよく観察できた11).さらに,本方法と光学顕微鏡や従来の大気圧カプセルとの観察画像の比較を行ったところ,光学顕微鏡や大気圧カプセルによる電子顕微鏡像では,牛乳脂肪のコントラストが低く,分解能もきわめて悪い(図5).さらに,カゼインミセルに関しては,その粒子構造を確認することはできなかった.一方,誘電率顕微鏡の観察画像がきわめて高分解能かつ高コントラストであることが確認できた11)

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図4 SE-ADMによる牛乳の観察結果

(a)牛乳を試料ホルダーに封入し観察した画像.(b)牛乳脂肪を取り除いたときの観察結果,白い粒子が消失する.(c)(a)における矢印部分の牛乳脂肪の拡大図,牛乳脂肪の周辺に黒いカゼインミセル顆粒が付着している.さらに,二つの牛乳脂肪球間に細い筋(矢印)がみられる.これは牛乳脂肪を覆う膜と考えられる(文献11より).

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図5 走査電子誘電率顕微鏡と他の方法による牛乳脂肪とカゼインミセルの画像比較

(a)誘電率観察による牛乳脂肪.(b)大気圧カプセルによる牛乳脂肪の観察像,SEMの反射電子により観察.(c)牛乳脂肪の位相差光学顕微鏡による画像.(d)巨大カゼインミセルの誘電率観察画像.(e)大気圧カプセルによるカゼインミセル観察画像.(f)位相差光学顕微鏡による巨大カゼインミセルの画像.走査電子誘電率顕微鏡では,非常にクリアに観察が可能(文献11より).

5. 培養細胞の直接観察

細胞外微粒子が細胞に与える影響を解析するためには,培養液中の細胞を高分解能で直接観察することが望ましい.我々は,培養細胞をSE-ADMにより観察するための独自の培養ディッシュを開発し,生きた細胞を直接高分解能で観察することに成功した12, 13)図6は細胞観察用システムの概要を示したものであり,既存の培養ディッシュ下部の中央部を四角く切り抜き,ここにSiN薄膜をはめ込む形で付着させて細胞を培養する.これにより,SiN薄膜上に細胞が付着し,ほぼ一層の細胞シート状に培養できる(図6a).細胞を観察する際には,ディッシュ下部のSiN薄膜をアルミホルダーごと取り外し上下反転させた後に培養液を含む形で下部のSiN薄膜の間に挟み込む(図6b, c).この状態で密閉し,電子顕微鏡内部に設置しSE-ADMによる観察を行った(図6d).図7a, bは,マウス乳がん細胞の低倍率のSE-ADM画像であり,細胞核は,直径が10 µmほどの楕円形をしており,その周辺に複雑な細胞の内部構造が観察される12, 13).さらに1万倍の高倍率の観察では,細胞質に内膜構造がみられ,一部で細長いフィラメント構造も観察された(図7c, d).このフィラメント構造には,白い細胞内小胞が付着しており,この移動に関与していると予想される.以上の結果は,SE-ADMを用いることで細胞等の比較的厚い生物試料も高分解能で透過観察が可能であることを示している.

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図6 SE-ADMによる培養細胞の観察システムの概要

(a)(a’)誘電率観察用培養ディッシュ.(b)(b’)細胞培養後にホルダーを取り外す.(c)(c’)アクリルのホルダーと一緒に封入・密閉した後に増幅器内蔵ステージに設置.(d)細胞観察の模式図.細胞は培養液を満たした状態で2枚のSiN膜間に封入し,電子線による電位変化を下部の端子で検出する(文献12より).

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図7 SE-ADMによる培養細胞の観察結果

(a, b)低倍率での細胞観察像,細胞の核や小胞,内膜構造がクリアに観察される.(c, d)四角部分の高倍率での観察画像,細胞内小胞や膜タンパク質に結合したビーズが観察される(文献13より).

6. 培養細胞のPM2.5の取り込み状況の解析

次に我々は,大気中のPM2.5が細胞に及ぼす影響に関して解析を行った.PM2.5は大気中に放出された煤(すす)や酸化金属等の微粒子に大気中の有機物や窒素酸化物が付着したもので,健康に影響を及ぼすと考えられている14).こうしたPM2.5が細胞に取り込まれた際にどのような状態となっているのかをSE-ADMを使用して解析をした15).まず,溶液中のPM2.5がSE-ADMにより観察が可能かを確認した.溶液中のPM2.5は,小さな微粒子が凝集しブドウの房状の構造をしており,直径が数μmサイズになっていた15).こうしたPM2.5を培養細胞に添加し,3時間から24時間経過後の細胞をSE-ADMにより直接観察した(図8).PM2.5を添加後3時間の細胞では,細胞内部に取り込まれたPM2.5は少なく,細胞内の取り込まれたPM2.5はほぼそのままの状態である.一方,PM2.5添加後5時間から9時間経過した細胞では,多くのPM2.5が細胞内部に取り込まれる.また,取り込まれたPM2.5は内膜に囲まれた状態となっている(図8).これは,細胞が取り込んだ異物を内膜構造により取り囲み,オートファジーのように無害化するためと予想される.添加後24時間が経過した細胞では,PM2.5の取り込み量が大幅に減少している.これは,いったん細胞内取り込まれたPM2.5が細胞外に排出されていることを示唆する15)

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図8 培養細胞に取り込まれたPM2.5の観察画像

(a) PM2.5を添加してから3~24時間後の低倍率でのSE-ADM画像.(b, c)細胞に取り込まれたPM2.5のSE-ADMによる高倍率観察画像[(a)の矢印部分](文献15より).

7. 走査電子インピーダンス顕微鏡の開発と生物試料の観察

これまで開発を行ってきたSE-ADMでは,水溶液中の生物試料や細胞外微粒子,エマルション等を非染色・非固定のまま直接観察することが可能である.しかし,観察された試料がどのような組成で構成されているかを分析することはできない.こうした問題を克服するため,我々のグループでは,試料のインピーダンス値を解析可能な新たなインピーダンス顕微鏡(走査電子インピーダンス顕微鏡)の開発を進めている16, 17).この顕微鏡では,試料ホルダー下部の金属端子に正弦波の入力信号を加え,上部のSiN膜上のタングステン層から出力信号を検出する(図9).このとき,印加された電位信号は,溶液中の試料を透過し上部のタングステン層に到達し検出される.この状態で電子線を上部のタングステン層に入射するとSiN膜の電子線照射位置のインピーダンスが変化する.これにより検出されるインピーダンス信号も変化することになるが,この変化量は電子線の照射位置の試料のインピーダンス値により異なる.したがって,電子線を走査させながら出力信号を検出し,それぞれの位置のインピーダンス値を計算することで,試料のインピーダンス画像を得ることが可能となる16).インピーダンス信号では,振幅値と位相の双方を求めることができ,それぞれの画像を得ることが可能である.さらに,交流信号の周波数を変えながら同じ箇所を繰り返し観察することで,インピーダンスのスペクトル成分を求めることが可能となる16).こうしたスペクトル成分は,試料の組成により異なるため,インピーダンスのスペクトル波形から,観察された構造の組成情報の分析が可能となる.

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図9 インピーダンス顕微鏡の概念図(文献16より)

図10は,牛乳のインピーダンス顕微鏡による観察結果である.20 kHzの正弦波信号を加えたときのインピーダンスの振幅画像では,20 MΩ以上のインピーダンス値の高い箇所が全体に広がっているのに対して,250 kHzの画像ではインピーダンス値の高い箇所(白いコントラスト部分)が減少する.これは,サンプルの組成によりインピーダンスが周波数依存で変化することを示唆している.そのため,こうしたスペクトル情報から試料の組成分析が可能であることを示している16)

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図10 インピーダンス顕微鏡画による牛乳の観察画像

(a)印加周波数が20 kHzの振幅画像.(b) 20 kHzの位相画像.(c) 250 kHzの振幅画像.(d) 250 kHzの位相画像(文献16より).

最近我々は,複数の波長を混合して入力端子へと加え,複数のロックインアンプにより周波数成分の分離を行い,同時に多波長の観察が可能なインピーダンス顕微鏡の開発を行っている17).このシステムでは,20 kHzから500 kHzの8波長の正弦波信号を混合して入力端子に加え,同時に8波長の観察が可能である.日焼け止めの観察では,油や水,酸化金属でインピーダンスの周波数成分が異なることが確認された17).今後,より多波長化することにより細胞外微粒子や生物試料のナノレベルのインピーダンス解析が可能になると予想される.一方,観察画像の分解能は,本システムが比較的分解能の低い熱電子銃タイプの走査電子顕微鏡に搭載されているため,まだ30 nmレベルと低い.今後は,より高分解能の電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)に本システムを搭載することで,10 nm以下の分解能を達成する予定である.

8. まとめ

本稿では,溶液中の細胞外微粒子の構造や細胞への影響を解析するための新たな観察方法として,走査電子誘電率顕微鏡とインピーダンス顕微鏡の概要と解析結果を報告した.これらのシステムでは,溶液中の非染色・非固定の培養細胞や細胞外微粒子を直接ナノレベルの分解能で観察することが可能である.走査電子誘電率顕微鏡では,電子線を試料に直接照射しないため,電子線ダメージが生じない.さらにこの方法では,水と試料の誘電率の差を検出するため,溶液中のそのままの生物試料をきわめて高いコントラストで観察が可能である.そのため,外因性や内因性の細胞外微粒子を溶液状態のままで観察でき,さらに培養細胞への影響も観察可能である.また,走査電子インピーダンス顕微鏡では,正弦波の電位信号を入力信号として加え,試料を透過した電位信号を上側のSiN薄膜上のタングステン層から検出する.このとき,電子線を走査させながら上部のSiN膜に照射することで,試料ホルダー内のインピーダンス画像の取得が可能となる.この方法では,入力信号の周波数を変化させることで,インピーダンスの周波数スペクトルを求めることができ,組成分析への応用が期待される.今後は,こうした方法により溶液中の有機材料やナノ粒子,生物試料,エマルション等の観察や組成分析に応用されることが期待される.

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著者紹介Author Profile

小椋 俊彦(おぐら としひこ)

国立研究開発法人産業技術総合研究所上級主任研究員.工学博士.

略歴

1997年豊橋技術科学大学大学院工学研究科博士課程システム情報工学専攻修了.97~2000年(株)オムロンライフサイエンス研究所研究員.00~03年産業技術総合研究所特別研究員.03年産業技術総合研究所研究員.14年より現職.

研究テーマと抱負

走査電子誘電率顕微鏡及びインピーダンス顕微鏡の開発とこれらを用いた生物試料や有機材料,ナノ粒子等の液中観察と分析.さらに,新たな観察方法に結び付く新規デバイスの開発.

ウェブサイト

https://staff.aist.go.jp/t-ogura/index.html

趣味

音楽鑑賞(特に80年代のロックやポップ).

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