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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(2): 234-237 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950234

みにれびゅうMini Review

リン脂質の不飽和化を介した細胞自律的な細胞内温度制御機構Cell-autonomous control of intracellular temperature via unsaturation of phospholipid acyl chains

静岡県立大学薬学部School of Pharmaceutical Sciences, University of Shizuoka ◇ 〒422–8526 静岡県静岡市駿河区谷田52–1 ◇ 52–1 Yada, Suruga-ku, Shizuoka 422–8526, Japan

発行日:2023年4月25日Published: April 25, 2023
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1. はじめに

生体膜は細胞や細胞小器官の必須の構成因子であり,主としてリン脂質からなる脂質二重層構造を有している.細胞内では,膜リン脂質は極性頭部,および疎水性尾部(脂肪酸由来の炭化水素鎖)の組合わせの多様性に由来して1000種類以上存在し(図1A),その各々が時空間的に厳密に制御されている.これらの事実から,膜リン脂質は幅広い細胞現象に貢献することが想定される一方で,具体的な作用点は明らかにされ始めたばかりである.本稿では,筆者の研究により新たに見いだされた,膜リン脂質における脂肪酸組成の調節機構と1細胞レベルの温度制御との関連について概説する1)

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図1 膜リン脂質の分子構造

(A)ホスファチジルコリン(PC),ホスファチジルエタノールアミン(PE),(B)カルジオリピン(CL).CLは哺乳動物細胞等にみられる疎水性尾部にリノール酸が四つ結合した分子種の構造を示しており,紙面の都合上,脂肪酸鎖における折れ曲がりの表現を割愛した.

2. ミトコンドリアによる細胞内温度変動

温度は生体分子の存在状態をつかさどる物理化学的パラメータであり,生物にとっても最も身近な環境因子の一つである.それゆえ,生物は生存するために環境温度の変化に対して自らの体温を制御する仕組みを獲得してきた.中でも,熱産生は動植物にあまねくみられる重要な体温調節機構である.しかし,生命の最小単位である個々の細胞が自身の温度を制御するのかについては,従来の温度計測手法では感度や空間分解能の不足から明らかにできなかった.

近年になり,1細胞の温度を計測できる手法が国内外より報告され,細胞内の温度の実態が明らかとなってきた.たとえば細胞内の温度が細胞外環境の温度と異なること,細胞内全体のみならず局所で温度変動が生じることは生物学にて大きな注目を集めた.これらの現象の原動力としてあげられるのが,エネルギー代謝に必須の役割を果たす細胞小器官であるミトコンドリアである.ミトコンドリアは内膜と外膜の二つの脂質膜からなり,内膜には酸化的リン酸化を担う呼吸鎖複合体が局在している.酸化的リン酸化の過程では,電子伝達により内膜を隔てたプロトン濃度勾配が形成され,この電気化学的エネルギーを駆動力としてアデノシン三リン酸(ATP)が生合成される.一方で,このプロトン濃度勾配の形成過程がATP生合成に結びつかない場合(脱共役)にはそのエネルギーは熱として拡散しうることから,特に脱共役タンパク質が発現する褐色脂肪組織は動物の低温環境への適応に重要であると考えられてきた.それに加え,最近ではATP生合成と共役した酸化的リン酸化の活性も動物個体の熱産生に寄与することが示されつつある2).これらの知見と一致して近年の細胞内温度計測では褐色脂肪細胞のみならず熱産生に特化していない汎用的な培養細胞(HeLa, HEK293等)においてもミトコンドリア機能依存的な温度変動が報告されている3–5).これらの観察結果から,環境温度の変化に応じた温度制御機構が広い細胞種に存在する可能性が示唆されていた.

3. ミトコンドリアを構成する膜リン脂質

ミトコンドリアの機能を制御する要因として,ミトコンドリア膜を構成するリン脂質分子が研究されてきた.ミトコンドリアにおける主要な膜リン脂質分子種は他の細胞小器官と同様,ホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)であるが,内膜に存在するカルジオリピン(CL)はミトコンドリアに限局して存在する特徴的な分子である(図1B).また,ミトコンドリア膜には疎水性尾部に不飽和脂肪酸(炭化水素鎖に二重結合を有する脂肪酸)が結合しているリン脂質分子が多く存在することが知られており,たとえば哺乳動物等のCLには二重結合を二つ以上有する多価不飽和脂肪酸が豊富に含まれることが報告されている.膜リン脂質に含有される脂肪酸の組成は生体膜の物理化学的特性に強く影響を与える因子であり,不飽和脂肪酸が多いほど生体膜の流動性は上昇する.膜流動性は膜タンパク質の機能発現等,生体膜を介する多様な細胞現象に寄与する一方で,温度変化の影響を強く受ける.そのため,膜リン脂質における不飽和脂肪酸含量の調節は生物の環境温度適応に重要な機構であると考えられてきた.

4. Δ9脂肪酸不飽和化酵素DESAT1

Δ9脂肪酸不飽和化酵素は,飽和脂肪酸のΔ9位(カルボキシ末端から数えて9番目と10番目の間)に二重結合を導入して一価不飽和脂肪酸(二重結合を一つ有する脂肪酸)を産生する分子であり,不飽和脂肪酸の生合成における律速酵素である(図2A).膜流動性が低下する低温環境ではΔ9脂肪酸不飽和化酵素の遺伝子発現が上昇すること,さらに膜リン脂質における不飽和脂肪酸の含量が増加することが幅広い生物種において報告されていることから6, 7),Δ9脂肪酸不飽和化酵素は生体膜を介した細胞の低温適応機構に寄与することがうかがえる(図2B).

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図2 Δ9脂肪酸不飽和化酵素を介する低温適応

(A) Δ9脂肪酸不飽和化酵素による酵素反応.(B)低温環境における膜流動性の制御.

筆者はこれまでショウジョウバエ培養細胞であるSchneider 2(S2)を用いてΔ9脂肪酸不飽和化酵素,ならびに不飽和脂肪酸を含有する膜リン脂質の細胞機能における役割を解析してきた.S2細胞はΔ9脂肪酸不飽和化酵素としてDESAT1しか有さず,さらに,膜流動性を左右するコレステロールや多価不飽和脂肪酸の含量が低いため8),膜リン脂質における脂肪酸組成の操作,およびその細胞機能への影響の評価がしやすい.今回,筆者はこのS2細胞を用いてΔ9脂肪酸不飽和化酵素DESAT1と細胞内温度との関連について解析を行った.

5. DESAT1を介する細胞内温度制御の分子機構

筆者は蛍光性ポリマー温度センサー(FPT)9)とtsGFP110)の2種類の細胞内温度プローブによりS2細胞内の温度を測定した.FPTは温度依存的に構造変化する合成高分子であり(図3A),細胞内全体に拡散して機能する.また,蛍光寿命顕微鏡によりFPTの温度依存的な蛍光寿命を解析することにより,細胞間・細胞内のFPT濃度の不均一性が計測に与える影響を排除できる.一方,tsGFP1は温度依存的に二量体を形成するタンパク質であり(図3B),シグナル配列を付加することにより細胞内局在を制御することができる.元来報告されていたtsGFP1の温度応答域は37°C付近であったが,S2細胞の至適培養温度は25°Cである.そこで,筆者は温度感受性領域に変異が導入されたtsGFP1-LPを用いた.S2細胞に発現させたtsGFP1-LPの2波長励起スペクトルのレシオ値は,期待どおり25°C付近で応答性を発揮した.また,筆者はDESAT1の機能を評価するためにΔ9脂肪酸不飽和化酵素の阻害剤を用いた11).当該阻害剤によりS2細胞を16時間処理すると,リン脂質における一価不飽和脂肪酸の含量が約25%減少する(以下DESAT1阻害剤と呼称)12)

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図3 筆者が用いた細胞内温度プローブ

(A)蛍光性ポリマー温度センサーFPT.温度上昇に伴い蛍光団(図中の星印)が置かれる環境が変化し,蛍光強度の上昇,並びに蛍光寿命の延長につながる.(B)蛍光性タンパク質温度センサーtsGFP1.温度変化に伴う二量体の形成によりGFPが置かれる環境が変化し,蛍光特性の変化につながる.

まず,FPT,ならびに細胞質局在型のtsGFP1-LPを用いて,25°Cの培養培地温度におけるS2細胞内の温度を解析した.その結果,DESAT1阻害剤処理細胞群では対照群と比較して細胞内温度が約4°C低下しており,これが培養培地への一価不飽和脂肪酸の添加により回復することを見いだした.また,CRISPR-Cas9システムにより樹立したDesat1遺伝子欠損株の細胞内温度が野生株よりも低いことも示された.さらに,ミトコンドリア局在型のtsGFP1-LPを用いた解析により,DESAT1の阻害がミトコンドリアの温度を低下させることを突き止めた.これらの結果から,定常時のS2細胞内の温度がDESAT1依存的なミトコンドリア熱産生により維持されていることが明らかとなった.また,生化学的分画実験および共焦点顕微鏡観察から,DESAT1はミトコンドリアに近接した小胞体膜に局在してミトコンドリアリン脂質の脂肪酸組成に強く影響を与えることが示唆された.そこで,S2細胞の粗ミトコンドリア画分の脂質分析を実施したところ,CLの疎水性尾部が哺乳動物細胞等とは異なり一価不飽和脂肪酸に由来すること,DESAT1阻害剤によりCLのみならずPC,およびPEにおいても一価不飽和脂肪酸を含有する分子種が著しく減少することがわかった.続いて,ミトコンドリア機能を種々の手法により解析し,DESAT1がATP生合成と共役した酸化的リン酸化の活性を向上させることを見いだした.また,この機構としてミトコンドリア内膜の秩序だった構造(クリステ)の構築にDESAT1が寄与すること,これによりATP合成酵素の構造・機能が維持されることが明らかとなった(図4,“25°C”).

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図4 Δ9脂肪酸不飽和化酵素DESAT1を介する細胞内温度制御の分子機構

最後に,低温環境下に着目した一連の解析を行った.S2細胞を15°C環境で4時間培養すると,ミトコンドリアにおいて一価不飽和脂肪酸を含むリン脂質,特にPC分子種がDESAT1依存的に増加し,酸化的リン酸化の活性の指標である膜電位の上昇が観察された.さらに,この際クリステ構造およびATP合成酵素複合体の形成が促進され,ATP合成酵素の活性が上昇することを見いだした.以上の結果から,低温環境における膜リン脂質の不飽和脂肪酸含量の調節は,生体膜の流動性の維持のみならず酸化的リン酸化を介するミトコンドリア熱産生に重要な役割を果たすことが示された(図4,“15°C”).さらに,CLのみならずミトコンドリア膜における広いリン脂質分子種に含有される不飽和脂肪酸がミトコンドリア機能に寄与することも示唆された.

6. おわりに

以上の結果は,個々の細胞が環境温度の変化に対して細胞内温度を細胞自律的に維持していること,その仕組みに不飽和脂肪酸を含有する膜リン脂質が寄与することを強く示唆している.さらに,今回筆者が研究の対象としたタンパク質・脂質分子群は幅広い生物に存在していることから,本機構は普遍的な低温適応応答であると想定される.では,1細胞レベルの温度制御はいかなる生命現象に寄与するのであろうか.動物個体内では,組織レベルで熱を発生する能力が異なること,また,その各々が固有の膜脂質組成を有していることが知られている.今後,細胞内温度の計測,および人工的な操作を用いた細胞生物学研究から導かれる知見と,組織・個体レベルの研究から得られる知見とが併せて解釈されることにより,生命機能と温度の1細胞以下のレベルの連関が膜脂質の観点から明らかになることが期待される.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介したショウジョウバエ細胞における細胞内温度研究1)は,筆者が京都大学大学院博士後期課程在学時に長尾耕治郎博士(現・京都薬科大学),梅田眞郷博士(現・京都大学名誉教授)のご指導のもと開始し,東京大学大学院薬学系研究科での博士研究員時代に結実したものである.FPTによる細胞内温度計測は岡部弘基博士(東京大学),原田慶恵博士(大阪大学)との共同研究により行われた.また,tsGFP1-LPは坂口怜子博士,森泰生博士(京都大学)によって開発され,共同研究により筆者の研究への導入が実現した.この場を借りて厚く御礼申し上げます.

引用文献References

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12) Murakami, A., Nagao, K., Juni, N., Hara, Y., & Umeda, M. (2017) An N-terminal di-proline motif is essential for fatty acid–dependent degradation of Δ9-desaturase in Drosophila. J. Biol. Chem., 292, 19976–19986.

著者紹介Author Profile

村上 光(むらかみ あきら)

静岡県立大学薬学部助教.博士(工学).

略歴

2015年3月京都大学工学部卒業.20年3月京都大学大学院工学研究科博士課程修了.20年4月~22年3月東京大学大学院薬学系研究科,日本学術振興会特別研究員PD.22年4月より現職.

研究テーマと抱負

細胞内における物理化学的環境の形成機構とその生物学的意義の解明.複雑に見える生命現象の原理を物理と化学の言葉で記述したい.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/murakamiakira

趣味

野球(内野手),野球観戦(主としてアマチュア野球).

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