生細胞ルシフェラーゼアッセイを用いたFGFシグナルかく乱作用解析による発生毒性評価
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我々の身の回りには化学物質があふれている.たとえば,自ら摂取する医薬品や,受動的に摂取する農薬,無意識に摂取する可能性のある化学物質などである.過去にはそれらの化学物質は,薬害や公害などの多くの悲劇を引き起こした.しかしながら,問題が生じるたびに人類はそれらの安全性を評価する毒性試験法を発展させ,適切な規制をしくことで安全安心な生活を維持してきた.現在は,新規物質の毒性を予測し,事前に危険性を予測する毒性試験法が開発されるなど,毒性試験法は発展し続けている.
数ある毒性試験の中でも,妊婦が摂取することで胚・胎児への影響を評価する発生毒性試験は,ヒトと動物の種差が大きいことが知られている.最も有名な事例として,サリドマイド禍があげられる.サリドマイドはげっ歯類を用いた動物試験では発生毒性を見つけられず,アザラシ肢症と呼ばれる,奇形を生じさせてしまった1).そのため,発生毒性はげっ歯類に加えて,非げっ歯類を用いた試験を要し,供与動物数,試験期間,コストが必要な試験系である2)
.一方,近年の動物福祉精神の高まりを受け,供与動物数の削減,さらには動物試験の廃止が求められている.したがって,ヒトの発生毒性を適切に評価可能な,動物を使用しないハイスループットな試験系が求められている.
動物試験では化学物質の発生毒性を肉眼所見等により評価している(図1a).これに対して,代表的な動物試験の代替法としては,細胞分化を指標とした化学物質の組織・器官への発生毒性作用を評価する試験法が開発されている(図1b).
(a)動物を用いた試験法.試験動物は受精卵から化学物質に曝露され,肉眼所見により発生毒性を検出する.(b)細胞を用いた動物実験代替法.例として,細胞分化を指標とした試験や発生過程を制御するシグナル伝達のかく乱作用を指標とした試験法を上げる.(c)シグナルレポーターアッセイの検出法.エンドポイントアッセイや生細胞計測による動的変動アッセイがある.
以上のことをまとめると,in vitro発生毒性試験法では,ヒトを対象とした網羅的,ハイスループットそして正確性の高い試験の開発が求められている.
上述した研究の課題を受け,我々は網羅的な試験法を開発するためには,心臓や神経など個別の組織・器官に対する毒性評価法はin vitro試験には適さないと考えた.したがって,発生過程に対する化学物質の影響を評価するReProGloを発展させた試験系の構築を試みた.その際に,まず発生毒性がどのように生じるか思考した.発生毒性はアザラシ肢症に代表されるように器官・組織の形成不全によるものである.胚発生はシグナル間相互作用により制御されているため,発生毒性はシグナル伝達がかく乱された結果として生じたと考察できる.したがって,直接間接を問わず,化学物質のシグナルかく乱作用を適切に検出することで発生毒性を評価可能であると考えた(図1b).これらを踏まえてReProGloの問題点を抽出すると,ReProGloはエンドポイントで評価していたため,複雑なシグナル間相互作用のかく乱までは検出できていない可能性がある(図1c).たとえば,化学物質によるシグナルAのかく乱は別のシグナルBのかく乱を引き起こすことや,さらにシグナルBがシグナルCまでもかく乱することも考えられる.一方で,シグナルAのかく乱はシグナルBにより回復する可能性もある.つまり,シグナル伝達の動的変化の計測により,化学物質のシグナルネットワークのかく乱作用を検出することで,網羅性と正確性の向上が期待されるのではないかと考えた(図1c).
今回,我々は胚発生過程において重要な役割を果たすシグナルとしてFGFシグナルについて検討し,その下流で発現する血清応答因子(serum response factor:SRF)の応答配列下でNanoLuc(Nluc)を発現するFGF-SRFシグナルレポーターコンストラクトを作製した.それをhiPSCsのゲノム上のセーフハーバー領域の一つであるAAVS1領域にCRISPR-Cas9システムを用いたゲノム編集によりノックインし,SRFシグナルレポーターhiPSCs株を樹立した(図2a).シグナル伝達の動的変化を計測するために,長期間の生細胞ルシフェラーゼアッセイを可能とするプロメガ社のEndurazineを用いた.なお,多くのタンパク質は37°Cの培地中で生物活性が低下してしまうことが知られているが,37°Cの培地中においても長期間活性が保たれるThermo Fisher Scientific社のHeat stable bFGFを活性化リガンドとして利用することで,この問題を回避した.これらを用いて24時間のFGF-SRFシグナルの生細胞リアルタイムアッセイを行った.レポーター細胞は,bFGF刺激により約6時間で発光がピークに達した後,減少する挙動を示すことが明らかになった(図2b).
(a) SRFシグナルレポーターヒトiPSCsのターゲティングベクターマップ.CRISPR-Cas9システムを用いて,ヒトゲノムのAAVS1領域にSRF応答配列下でNanoLuc(Nluc)を発現するコンストラクトをノックインした.(b)FGF-SRFシグナル活性の動的変化.bFGF刺激により約6時間で発光がピークに達した後,減少する.(c)我々が開発したSRFレポーターhiPSCsを用いた発生毒性試験法の手順.(d)化学物質によるシグナルかく乱作用.化学物質により,異なるタイミングでシグナルをかく乱する.評価濃度:µg/mL.(e)我々が開発したin vitro発生毒性試験法のシグナルかく乱作用の評価法.文献12より引用
このFGF-SRFシグナルレポーターシステムを用いて,化学物質のシグナルかく乱作用の動的変化の検出を試みた.96穴プレートにレポーター細胞を播種しThermo Fisher Scientific社のStemFlex培地にて3日間コンフルエントまで培養した.その後,FGF不含有のSTEMCELL Technologies社のSTEMdiff APEL2培地で1日培養した.bFGF刺激の3時間前にEndurazineを添加し,1時間前から評価物質を適用した.FGF刺激後,0, 2, 4, 6, 8, 10, 24時間後にNluc発光を計測した(図2c).評価物質は表1に示す陽性物質18種類,陰性物質11種類計29種類を用いた.評価物質は,細胞毒性IC50以下,もしくは最大溶解量を最高濃度として2倍希釈系列を作製し8濃度を評価した.また,上限濃度は1000 µg/mLとした.FGF-SRFシグナルに対する各化学物質のシグナルかく乱作用を計測した結果,評価物質ごとに異なるタイムポイントでシグナルの増強作用や減弱作用を示すことが明らかになった(図2d).この結果は,従来のエンドポイント計測だけでは適切な評価が困難であることを示唆している.そこで,シグナル活性の動的変動を解析することで,化学物質のシグナルかく乱作用の定量化を試みた.まず,溶媒対照群に対する評価物質群のシグナル変動率を濃度ごとに算出した.通常の変化率では,増強作用と減弱作用を対称に扱えないため評価物質のシグナルかく乱作用の定量化には向かない.そのため,本解析では,シグナル変動を対数変化率で表した(図2e①,②).次に,この対数変化率のグラフから溶媒対照と評価物質間の面積(area between curves:ABC)をもとめ,シグナルかく乱の値とした(図2e③).毒性試験において用量反応関係は重要な指標である.そのため,各濃度のABCを積算したSum of ABCを求めることで,用量反応関係を加味した評価物質のシグナルかく乱作用を定量化した(図2e④).
上記の定量化手法を用いて,表1の評価物質のシグナルかく乱値を求めた.この値を基にreceiver operating characteristic(ROC)曲線解析により閾値を算出し,その予測性を評価した(図2f).その結果,感度0.83,特異度1.00,正確度0.93で発生毒性を評価可能であった(表1)12–14)
.文献12では過去の分類に則り,6-アミノミノニコチンアミドは陽性物質,ジフェンヒドラミンは陰性物質に分類していたが,本稿の試験成績の計算では,6-アミノニコチンアミドの試験結果は評価物質から除外し,ジフェンヒドラミンは陽性物質とした.その理由として,追試されていない昔の試験結果は信頼性に欠け見直しが進められていることおよび,詳細な文献検索の結果,ジフェンヒドラミンは発生毒性を有することが示唆されたためである.また本試験法において,サリドマイドやその誘導体である,レナリドミドやポマリドミドは陽性判定された.このことは発生毒性試験法の大きな課題であった種差が軽減可能である可能性を示している.これらの結果は,化学物質のシグナルかく乱作用の動的変化を検出することで,正確・網羅的に発生毒性が検出可能であることを示している.
今回,FGF-SRFシグナルのみで高い正確度を判別可能であったことは我々にとっても驚きであった.この理由として,FGF-SRFシグナルを直接の標的としない化学物質においても,シグナルかく乱作用の動的変化を計測することで,シグナルネットワークへの影響を捉えられたと考えられる.また,従来法とは異なり,外因性のFGF刺激による,細胞全体への同期したシグナル活性化誘導により,シグナルかく乱作用が検出しやすくなった可能性もある.今回試験に用いたhiPSCsの分化状態は,分化初期段階と考えられ,実際に発生毒性が生じる組織や器官とは異なる.このことは発生の時期・部位にかかわらず,シグナルネットワークを強力にかく乱する物質が発生毒性を引き起こす可能性を示唆している.つまり,発生毒性の生じる部位は胎児に化学物質が曝露されたタイミングにより決定されているかもしれない.
今回,陽性判定されなかったシクロホスファミドは代謝物が毒性を示すことが知られており,in vitro代謝系と組み合わせることで発生毒性を検出可能となることが期待される.また,その他の化学物質に関しても発生毒性に関わる他のシグナル伝達経路が関与している可能性があるので,こうしたシグナル伝達経路のレポーターアッセイを行うことで網羅性の向上が期待される.現在我々はいくつかのシグナル伝達経路の検出を組み合わせたシグナルレポーターバッテリー試験系の構築に取り組んでいる.
現行の発生毒性試験は複数種かつ大多数の動物を用いる必要があるため,動物実験代替法が精力的に開発されている.医薬品規制当局と製薬業界の代表者が協働して,医薬品規制に関するガイドラインを科学的・技術的な観点から作成する国際会議であるInternational Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use(ICH;医薬品規制調和国際会議)においても,動物実験代替法の利用が推奨されている.事実,2021年に改訂された医薬品の生殖発生毒性評価に係るガイドライン[ICH S5(R3)]においても,動物実験代替法の利用に関して言及された.しかしながら,胚・胎児発生に限ったとしても動物実験の代替として使用できる試験系がないのが現状である.ICH S5(R3)においては代替法の適格性確認のための陽性対照物質がリスト化されており,今後はそれらの物質の評価を通じて,動物実験代替法の実用化を進めていきたい.また,近年開発が急速に進んでいる,ヒトのゲノムを基にした核酸医薬品や抗体医薬品など新規モダリティと呼ばれる医薬品はその特性上ヒトに対する特異性が高く,動物を用いた毒性試験だけではその安全性を十分に検出できない可能性が指摘されている.そのため,ヒトを対象とした新規モダリティ医薬品の安全性を評価する試験系の創出が求められている.本手法はヒト細胞を用いており,高い正確性,網羅性,スループット性を有している.今後は,本手法を新規モダリティ医薬品の発生毒性評価に適用することで,新たな科学技術に対する安全性評価にもつなげていきたい.
本研究は,国立医薬品食品衛生研究所・安全性生物試験研究センターの平林容子センター長および北嶋聡毒性部長のご協力のもと行われました.心より感謝申し上げます.
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2) International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use, ICH Harmonised Guideline, Detection Of Reproductive and Developmental Toxicity for Human Pharmaceuticals S5 (R3), Final version Adopted on 18 February 2020.
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