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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(3): 273 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950273

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研究者育成とモデル・コア・カリキュラム

兵庫医科大学学長,兵庫医科大学名誉教授

発行日:2023年6月25日Published: June 25, 2023
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この度,医学教育,歯学教育,薬学教育のモデル・コア・カリキュラムが同時改訂され内容的にも一部共通化している.それぞれ求められる基本的な資質・能力が10項目定められ,その中の一つに「科学的探究」が掲げられている.私は今回の医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂に携わった.内容的に医学教育に偏ることをお許しいただきたい.

新しいモデル・コア・カリキュラムでは医学研究の重要性とリサーチマインドの醸成,基礎医学・臨床医学・社会医学の研究が医療の実践の基盤にあることが重視されている.科学的素養や研究者養成教育がモデル・コア・カリキュラムの中に明確に位置付けられ,全学生を対象にしている.研究者のみならず良き臨床医にはリサーチマインドが必須という考えである.稀少疾患や難病に罹患した患者さんは,その疾患を研究している大学を藁にもすがる思いで検索するであろう.国民は,医師そして大学等のアカデミアの医学研究者に対して「治らない病気を治るようにする」ことも期待している.詳細な内容は文部科学省のウェブサイト1)からダウンロードできるので御参照いただきたいが,特徴的な項目をピックアップする.「RE-01:リサーチマインド」では「常識を疑う」という項目が注目される.丁寧な観察や実験結果を根拠に従来からの定説や教科書の記載にも疑問を持って欲しいという意味であるが,それ以上に近年保守化して大人しい若者達に固定観念に縛られず大胆なチャレンジをして欲しいというエールである.「ロールモデルとしての研究者の生き方に触れる」については研究室配属などで第一線の研究者の謦咳に接することでリサーチマインドが涵養されることを期待している.「RE-02:既知の知」では,「先人の偉業を知り,新たな発想を育む」と記載している.古来「巨人の肩の上に立つ」と言われているが,現在の医学・医療は,これまでの多くの研究や経験に基づく積み重ねの賜物であることを認識し,その上での新たな発想の重要性を示している.「RE-03:研究の実施」では「自身の関心を問いにする」という項目が注目される.漠然とした疑問,小さな気づきを具体的な「問い」にまとめることは研究者にとって重要な能力である.研究室配属も全学生が体験するものとして記載し,基礎医学の実習を加えた.実験・実習の減少は研究離れにつながる恐れがある.「RE-04:研究の発信」ではプレゼンテーションを重視した.自分の実験の意味や意義を説明でき,他者の発表に質問してみることが重要である.「RE-05:研究倫理」では「学生としても正しく行動する」ことが何より大切で,実験や実習のレポートを丸写しするような行為は許されるものではないと認識することから研究者としての倫理が始まると考えた.

今回の改訂では研究者育成について大胆な加筆ができたと考えている.しかし最も重要な点は,この改訂の結果として実際に研究者が増えるかである.これまでも様々な取り組みもなされているが,約15年前に筆者らが報告した状況から改善したとは言い難い(「基礎医学教育・研究の危機」アンケート結果について2)).若者の価値観の変化,大学医学部を取り巻く環境の変化(臨床も人不足)もあり,「学生に優れた研究を体験させたら研究者が増える」,というような単純な話ではない.例えば,大学に入るまでに幼少時から塾・予備校に通う,我慢して勉強する,私学では高額な授業料を払う,というような投資や努力に対して研究者の人生や生活は見合うのかという問題である.保護者も安心できる経済的支援,研究者(大学教員など)の待遇改善,長期間にわたるキャリア支援など政策レベルで改革を行い,研究者育成システムを改善する必要である.私は基礎的な研究に従事する教員の給与をまず2倍にするという案を述べたこともある.荒唐無稽と思われるかもしれないが,過去に麻酔科医不足の際には,様々な追加手当や教授ポジションの拡充(主任教授,臨床教授,特命教授など麻酔科だけ教授職が多い大学も存在する)などがなされた.大学,学会,行政等を含む社会全体が,麻酔科医不足ほど研究者不足をまだ深刻に考えていないと危惧している.研究者不足は直ちには人命には直結しないが,何十年にも渡って日本のサイエンス,そして経済や社会の低迷につながる大問題であると認識すべきであろう.最後にモデル・コア・カリキュラムを一緒にまとめていただいた改訂作業の研究チームの皆様に深謝申しあげる.

引用文献References

1) https://www.mext.go.jp/content/20230207-mxt_igaku-000026049_00001.pdf

2) 谷口直之,鈴木敬一郎(2007)日本生化学会 医科生化学・分子生物学教育協議会「基礎医学研究・研究の危機」アンケート結果について.生化学,79(1), 98–104.

著者紹介Author Profile

鈴木 敬一郎(すずき けいいちろう)

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