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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(3): 336-340 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950336

みにれびゅうMini Review

老化細胞が分泌するSASP因子による細胞競合阻害作用Inhibition of cell competition by SASP factors derived from senescent cells

公益財団法人がん研究会がん研究所細胞老化研究部Division of Cellular Senescence, Cancer Institute, Japanese Foundation for Cancer Research ◇ 〒135–8550 東京都江東区有明3–8–31 ◇ 3–8–31 Ariake, Koto-ku, Tokyo 135–8550, Japan

発行日:2023年6月25日Published: June 25, 2023
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1. はじめに

近年,先進国を中心に超高齢化社会に突入しており,加齢性疾患であるがんの罹患率は上昇している.哺乳動物の組織細胞には,発がんの初期段階における重要ながん抑制機構として,変異細胞を排除する「細胞競合」や,変異細胞の増殖を不可逆的に停止させる「細胞老化」が働くことが知られている.いずれの現象もRasをはじめとするがん遺伝子変異などによって誘導され,変異を持った細胞が生体内で増殖することを防いでいる.しかし,これまでに「細胞競合」と「細胞老化」というがん抑制機構がどのように機能連関しているのかは知られていなかった.最近我々は,加齢によって体内に蓄積する老化細胞が分泌するSASP(senescence-associated secretory phenotype)因子が細胞競合を抑制し,がんの発症に寄与する可能性を明らかにしたので紹介したい.

2. 細胞競合とは

細胞競合とは,異なる性質を持った細胞集団が互いに生存を争った結果,適応度の低い細胞が排除され,適応度の高い細胞が生存するという現象である.細胞競合は1975年にショウジョウバエの成虫原基において初めて報告されたが1),哺乳動物の上皮においても細胞競合が起こることが明らかになってきた.哺乳動物における細胞競合は,正常上皮細胞とがん原性変異細胞を用いた培養細胞系で2009年に初めて報告された2).イヌの腎臓由来の正常上皮細胞層に原がん遺伝子から産生されるRasV12タンパク質を過剰発現させ,上皮細胞層にモザイク状に配置させると,RasV12発現細胞は上皮細胞の頂端側(管腔側)に排除され,細胞死が誘導された.これらの変異細胞は単独で培養した場合,管腔側への排除ならびに細胞死は起こらず,正常上皮細胞と共培養した条件でのみ確認されることから,細胞非自律的な現象であると考えられている.

細胞競合が起こる分子メカニズムは近年明らかになりつつあり,ここではRasV12過剰発現細胞で確認されている分子メカニズムについて紹介する.変異細胞に隣接する正常上皮細胞は,変異細胞との境界において細胞骨格タンパク質であるFLN(filamin)を集積させ,変異細胞内においてEPLINの集積を促す3)図1).その後,変異細胞内でPKA(protein kinase A)の活性化を介したVASP(vasodilator-stimulated phosphoprotein)のリン酸化がなされ,上皮層から管腔側へと逸脱するApical extrusionを抑制するVASPの働きが解除され,変異細胞は管腔側へ排除される4).また,変異細胞内ではクエン酸回路へのゲートキーパー分子として働くPDH(pyruvate dehydrogenase)の活性を阻害するPDK4(pyruvate dehydrogenase kinase 4)の発現亢進を介したミトコンドリア膜電位の低下やそれに付随するグルコース取り込みの上昇が引き起こされる.これらの観察結果から,ミトコンドリア代謝によるATP合成よりも解糖系代謝によるATP合成が優先されるワールブルグ効果様の代謝変化が,細胞競合に重要であると考えられている.

Journal of Japanese Biochemical Society 95(3): 336-340 (2023)

図1 細胞競合におけるRasV12変異細胞除去のメカニズム

正常細胞は隣接する変異細胞との境界面にFLNを集積させ,変異細胞内にEPLINの集積を誘導する.その後,PKA, VASPの活性化を介して,変異細胞の頂端側への排除がなされる.また,変異細胞内ではEPLIN, PDK4, PDHの制御を介してミトコンドリアの膜電位の低下やグルコース取り込みの上昇,解糖系代謝の上昇が引き起こされる.略語は本文参照.

3. 細胞老化とは

細胞老化は,修復が困難なほどのDNA損傷を受けた細胞の分裂を停止させ,ゲノムの恒常性が破綻した細胞の増殖を制限するがん抑制機構であると考えられている.細胞老化はもともと,ヒト組織から取り出した正常な体細胞を培養した際に,一定の回数分裂を繰り返した後に必ず細胞増殖を停止する現象として,1961年にHayflickらによって報告された5).のちにこの現象は複製老化(replicative senescence)と名づけられ,テロメアの短縮が引き金となり細胞増殖が停止しているということが明らかになった.細胞老化には上述の複製老化に加え,放射線や抗がん剤投与等のがんの治療やRas, Raf等のがん遺伝子の活性化など,さまざまなストレスによって誘導されることが明らかになっている6)図2).

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図2 主要な細胞老化誘導要因および老化細胞の特徴

正常細胞においてテロメア短縮,放射線等のDNA損傷が加わると,p16INK4aやp21WAF1/CIP1の発現が誘導されることで細胞周期が停止し,細胞老化が誘導される.老化細胞は細胞の肥大化,SA-β-gal活性の上昇,SAHFの形成,SASP因子の分泌亢進,細胞質DNA断片の蓄積などの表現型を示す.

細胞老化が誘導されるメカニズムとしては,DNA損傷応答の活性化によって,細胞周期チェックポイント因子のp21WAF1/CIP1もしくはp16INK4aが誘導され,サイクリン依存性キナーゼのCDK2やCDK4/6を抑制し,Rb(retinoblastoma)タンパク質の活性化を経て,細胞周期停止が引き起こされることが知られている7, 8).老化した細胞では,細胞分裂の停止に加え,細胞の肥大化,細胞質DNA断片の増加,SA-β-gal(senescence-associated β-galactosidase)活性の上昇,SAHF(senescence-associated heterochromatic foci)の形成,Lamin B1の減少等が観察される9).さらに加齢によって体内に蓄積した老化細胞は,炎症性サイトカイン,ケモカイン,細胞外マトリクス分解酵素や細胞外小胞等を分泌するSASP(senescence-associated secretory phenotype)によって周囲の組織へ慢性炎症を誘導し,加齢性疾患を引き起こすことが明らかとなっている10)

4. SASP因子が細胞競合へ与える影響

細胞競合と細胞老化はどちらもがん抑制機構として働くことが知られていたが,それらの機能連関は不明であった.加齢に伴いがんの発症率が上昇することから,細胞競合の機能が低下することが予測されていたが,細胞老化が細胞競合現象にどのような影響を及ぼすのか解明されていなかった.そこで我々は細胞老化と細胞競合の関連性を探るために,SASP因子が細胞競合へ与える影響を解析した.正常組織の中に少数のがん遺伝子変異細胞が存在する状況を模すために,MDCK(Madin-Darby canine kidney)細胞とMDCK-RasV12-GFP細胞(テトラサイクリン誘導性に活性化型Rasを発現するMDCK細胞)を50対1の割合でコラーゲンコートしたディッシュ上に播種し,テトラサイクリンを添加してRasを活性化することで細胞競合現象を観察する系を用いて,ヒト正常線維芽細胞株(TIG-3, IMR90)に複製老化を誘導する前後の培養上清が細胞競合に及ぼす影響を解析した.その結果,老化細胞の培養上清を添加した条件では,正常細胞の培養上清を添加した条件に比べて,Apical extrusionを起こしたRas変異細胞の割合が減少していた.さらに,活性化型RasやX線によって細胞老化を誘導したヒト線維芽細胞の培養上清を用いた場合も同様に,Apical extrusionを起こすRas変異細胞の割合が減少した.これらの結果から,老化細胞が分泌する培養上清に含まれるSASP因子によって細胞競合が抑制され,変異細胞の除去効率が低下することが示唆された.

5. SASP因子(HGF)を介した細胞競合抑制機構

次に細胞競合抑制に関わる責任因子を同定するために,ヒト正常線維芽細胞に活性化型RasまたはX線によって細胞老化を誘導した細胞の培養上清を用いて,サイトカインアレイ解析を行った.その結果,2種類の老化細胞で共通して分泌が増加していたSASP因子が10種類同定された.そこで,得られた候補因子のリコンビナントタンパク質を培養液中に添加し,細胞競合アッセイを行ったところ,10種類のSASP因子の中から,HGF(hepatocyte growth factor)がRas変異細胞にEMT(epithelial-mesenchymal transition)を誘導し,細胞競合を阻害することを見いだした.さらにHGFはRas変異細胞の管腔側への逸脱を抑制するだけでなく,基底側への浸潤(Basal protrusion)を促進することを見いだした(図3).

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図3 正常な組織と老化細胞が蓄積した組織における細胞競合のメカニズム

正常な上皮列においてRasなどのがん遺伝子変異が生じると,その変異細胞は上皮層からの逸脱(Apical extrusion)により排除される.一方,加齢や肥満などにより老化細胞が蓄積した組織においては,老化細胞から分泌されたHGFによって,変異細胞の除去が抑制され,さらに基底層への浸潤(Basal protrusion)が起こる(文献13より引用改変).

6. 細胞老化誘導モデルを用いた細胞競合の解析

高脂肪食(high-fat diet:HFD)負荷によって肥満したマウスにおいては,細胞競合が抑制されることが報告されている11).また,我々は以前にHFDによって肥満したマウスの肝臓の間質の肝星細胞に細胞老化が誘導されることを報告しており12),今回,老化した肝星細胞ではHGFの発現が有意に上昇していることを明らかにした13).次に,hydrodynamic tail vein injection法で肝臓においてモザイク状に活性化型Rasを発現させたところ,普通食で飼育したコントロールマウスでは6日後には肝臓のRas変異細胞は消失していたが,肥満マウスにおいては変異細胞が肝臓内に多く残存している様子が観察された.そこで,c-Met/HGFシグナルの阻害剤であるcrizotinibを投与することにより,肥満マウスの肝臓においてコントロールマウスと同様に変異細胞が減少することを観察した13)

また,タモキシフェン誘導性に生体内で活性化型Rasの発現を誘導することのできる細胞競合モデルマウスにHFDで細胞老化を誘導した際にも,腸管における細胞競合は阻害され,crizotinib投与によってRas変異細胞のApical extrusionが回復することを確認した.さらに,老化細胞に選択的に細胞死を誘導するsenolytic薬(ARV825)14)投与によって,Ras変異細胞のApical extrusionの効率が改善されたことから,生体においても老化細胞の分泌するHGFによって細胞競合が抑制されていることが示された13)

7. まとめ

我々の研究から,がん変異細胞を体内から排除する細胞競合が,老化に伴い機能低下することで,がん変異細胞が体内に残存し,がんの発症頻度が上昇するという可能性が示された.また本研究では,分子標的薬として使用されているcrizotinibが,老化細胞が存在する環境において低下した細胞競合の効率を回復させるという新しい知見を見いだした.今後はより詳細な分子メカニズムを明らかにし,細胞老化と細胞競合の相互作用の理解を深めることで,細胞老化,細胞競合を利用したがんの発症予防という新規のがん治療戦略に発展することを期待したい.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究の遂行は,五十嵐七瀬博士,宮田憲一博士,羅智文博士をはじめ多くの研究者にご協力いただきました.深く感謝申し上げます.

また,本研究はAMED-PRIME (19gm6110023h0001),JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2108),JST-Moonshot R&D (JPMJPS2022),JSPS(17H05628, 19K22571)の助成を受けたものです.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

千葉 正智(ちば まさとも)

公益財団法人がん研究会がん研究所細胞老化研究部 研究生.東京大学大学院新領域創生科学研究科メディカル情報生命専攻がん分子標的治療学分野博士課程3年.

略歴

1996年宮城県に生る.2019年北海道大学理学部生物科学科卒業.21年京都大学大学院生命科学研究科修士課程修了.同年より現職.

研究テーマと抱負

老化細胞から放出されるEV内に含まれるncRNAを介したがん亢進メカニズムの研究を進めている.これまで培ってきたin silicoin vitroin vivoの多角的な視点から新規治療薬の開発を進めていきたい.

ウェブサイト

https://www.jfcr.or.jp/laboratory/department/senescence/www/index.html

趣味

ラジオ鑑賞.

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