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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(3): 341-345 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950341

みにれびゅうMini Review

太古の地球における酸素の起源翻訳後アミノ酸変換による光合成酸素発生系の形成Origin of oxygen on ancient Earth: Formation of the oxygen evolving complex by post-translational amino acid conversion

名古屋大学大学院理学研究科物理科学領域Department of Physics, Graduate School of Science, Nagoya University ◇ 〒464–8602 愛知県名古屋市千種区不老町 ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464–8602, Japan

発行日:2023年6月25日Published: June 25, 2023
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1. はじめに

現在の地球大気には約21%の酸素が存在し,それによって我々人間を含めた酸素呼吸生命の生存は維持されている.この酸素は,植物や藻類が行う酸素発生型光合成における水の酸化分解によって供給されている.それでは,地球の歴史において,光合成による酸素発生はいつ始まったのであろうか? 地球化学的研究によると,約24億年前に起こった「大酸化イベント」によって地球大気中の酸素濃度が急激に上昇し,酸化的大気が形成されたとされている(図1A1).その直接的な原因は,酸素発生型光合成の仕組みを完成させたシアノバクテリアの出現によると一般的に考えられている.しかし,大酸化イベントの数億年前から地球上に酸素が存在していた痕跡が多く見いだされており2),実際に酸素発生が始まったのは,もっと早い時期であったと考えられる.また,シアノバクテリアは遺伝子の水平伝播によって光合成能を獲得した可能性が指摘されており3),その進化を酸素発生の起源と直接的に結びつけることはできない.さらに,水分解反応を担う光化学系II(PSII)タンパク質における,酸素発生の触媒中心であるマンガンクラスターについても,その獲得の進化過程はまったくの謎として残されている.

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図1 地球大気の酸素濃度の上昇と光合成酸素発生系

(A)地球大気の酸素濃度の変遷と生命の進化.(B)光化学系IIの電子伝達鎖および酸素発生系の構造.

筆者らは,最近,シアノバクテリアの変異体を用いた酸素発生機構の研究の過程で,マンガンクラスターのアミノ酸配位子の変異体が,翻訳後にタンパク質レベルでアミノ酸変換を起こし,酸素発生能を回復するという新奇な現象を見いだした4, 5).そして,この現象に基づき,翻訳後アミノ酸変換が光合成酸素発生の起源と進化に関与するというまったく新たな仮説を提唱した5).本稿では,このPSIIの翻訳後アミノ酸変換の現象と,光合成酸素発生の起源についての仮説を紹介する.

2. 光化学系IIにおける酸素発生反応

光合成酸素発生反応は,PSIIの電子供与体側に存在する酸素発生系において行われる(図1B6).その目的は,光エネルギーによって水を分解し,二酸化炭素を還元するための電子とATP合成のためのプロトンを得ることであり,酸素は水分解の副産物として大気中に放出される.酸素発生系は,四つのMnイオン(Mn3+またはMn4+)と一つのCa2+が五つの酸素原子で架橋されたMn4CaO5構造を持つマンガンクラスターと,それを囲むアミノ酸および水分子よりなる7).MnおよびCaイオンを固定するアミノ酸配位子は,D1タンパク質またはCP43タンパク質由来の六つのカルボキシラート配位子[D1-D170, D1-E189, D1-E333, D1-D342, D1-A344(C末端),CP43-E354]と一つのヒスチジン配位子(D1-H332)である.こうした酸素発生系の構造は,すべての酸素発生型光合成生物において保存されており,葉緑体が形成される以前のシアノバクテリアにおいてすでに完成されていたと考えられる.水分解による酸素発生は,S状態と呼ばれる五つの中間状態(S0~S4)の光駆動サイクルとして行われる6).光誘起電荷分離によって生成した二量体クロロフィルP680のラジカルカチオンは,チロシンYZ(D1-Y161)を経由してマンガンクラスターを酸化し,S状態を順次遷移させていく.S1状態が暗中で最も安定であり,4回の電子移動により,2分子の水が一つの酸素分子と四つのプロトンに分解される.

3. マンガンクラスター配位子の翻訳後アミノ酸変換

筆者らは,マンガンクラスターのアミノ酸配位子の役割を明らかにするため,シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803を用いて,それらの変異体を作製し,アミノ酸改変の影響を調べた.まず,MnとCaを架橋するアスパラギン酸D1-D170をHisに改変したD1-D170H変異体について,酸素発生測定およびフーリエ変換赤外分光(FTIR)測定を行った.その結果,この変異体のPSIIでは,酸素発生活性およびS1→S2遷移のFTIRスペクトル強度は,野生型(WT)PSIIの55~75%に減少したが,得られたFTIR差スペクトルの形状はWTのものとまったく同一であることが示された4).そこで,液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)を用いて,PSII中のD1タンパク質のアミノ酸配列を調べたところ,170位のアミノ酸のおよそ70%がAspに変換されていることが明らかとなった(図2A4).このように,変異体のHisがWT型のAspに変換されたことが示されたが,DNAおよびRNAレベルでの変換は一切確認できなかった.

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図2 光化学系IIの酸素発生系における翻訳後アミノ酸変換

(A)マンガンクラスターのカルボキシラート配位子の変異体の活性とアミノ酸変換.五つの変異体D1-H170H, D1-E189Q/A, D1-D342N/Aの酸素発生活性,S1→S2遷移のFTIR強度,およびLC-MS解析によるアミノ酸変換.酸素発生活性およびFTIR強度は,WTに対する比を,LC-MSはEまたはDへの変換率を示す.(B)PSIIにおける翻訳後アミノ酸変換の予想されるメカニズム.Hisは活性酸素種(ROS)を介した酸化によりAspに,また,Asn/Glnは脱アミド化によってAsp/Gluに変換される.その他のアミノ酸は,炭化水素鎖長が十分である場合には,ROSによってAsp/Gluに変換されると予想される.一方,Alaなど,短い炭化水素鎖のアミノ酸の場合には,変換が起こらない.

こうしたアミノ酸変換が,翻訳後に起こることを確かめるため,13C同位体ラベルしたHisを加えた培地中でD1-H170H細胞を培養し,PSIIのHis残基に13C置換を施して,D1-170位でHisから変換されたAspに13C同位体が導入されるか否かを調べた.FTIR解析およびLC-MS解析によって,D1-170位で変換されたAspの約60%(Hisの13C置換率と同じ)が13C置換されたことが示され,このアミノ酸変換が翻訳後にタンパク質レベルで起こることが証明された5).除草剤DCMUを加えて電子伝達を阻害した場合にはほとんど変換は起こらず4),また,Mn2+を除去した培地中で培養した場合にも変換が起こらなかったことから,HisからAspへの変換には,光誘起電子移動とMn2+が必要であり,光によるマンガンクラスター構築(光活性化と呼ばれる)の過程でアミノ酸変換が起こることが示唆された5)

次に,他の配位子およびアミノ酸でも同様なアミノ酸変換が起こるのかを調べた.D1-D170とは別のカルボキシラート配位子であるD1-E189をGlnおよびAlaに改変したD1-E189Q/A変異体,さらにD1-D342をAsnおよびAlaに改変したD1-D342N/A変異体を作製した.酸素発生活性,FTIR, LC-MS測定により,GlnまたはAsnに改変したE189QおよびD342N変異体では,およそ半分のD1タンパク質がWT型のGluまたはAspに変換されたが,Alaに改変したE189AおよびD342A変異体では変換は起こらなかった(図2A5).このことから,基本的にどの配位子位置でも変換が起こりうること,Hisだけではなく,アミド基を持つAsnやGlnも対応するAspまたはGluに変換されるが,炭素鎖の短いAlaでは変換が起こらないことが示された.過去に報告されているD1-D170およびD1-E189の変異体でも,本来のAspまたはGluよりも炭素鎖長が長いアミノ酸では,多くの場合,酸素発生活性がある程度回復し,また,それよりも短いアミノ酸では,酸素発生活性が失われている8–10).このことは,十分な炭化水素鎖長を持つ場合には,ほとんどのアミノ酸側鎖がAsp/Gluに変換される可能性があることを示している.

HisからAspへの変換については,金属イオンと過酸化水素存在下でFenton反応によって生じたヒドロキシルラジカル(OH)が,イミダゾール基を酸化し,カルボキシ基を生成することが知られている11).よって,PSIIにおけるマンガンクラスター構築の過程で,光誘起電子移動によって生成したMn3+あるいはMn4+によって水が酸化されて過酸化水素,さらにOHが生成し,Hisを酸化してAspに変換すると考えられる(図2B).このような,活性酸素種を介した酸化は,他のアミノ酸でも起こると推測される.一方,AsnやGlnのアミド基の場合には,脱アミド化によってAspやGluに変換されると考えられる(図2B12)

4. 光合成酸素発生の起源

このように,PSIIは,翻訳後アミノ酸変換によって,酸素発生系のカルボキシラート配位子を形成する能力を持つことが示された.そこで筆者らは,祖先型PSIIにおける翻訳後アミノ酸変換が,酸素発生の起源と進化過程に関与したという仮説を提唱した5).マンガンクラスターの配位子系が未完成の祖先型PSIIにおいて,最初のMn2+結合部位が存在すれば,その近傍のアミノ酸を翻訳後アミノ酸変換によってカルボキシアミノ酸に変換し,他のMnイオンを固定するための配位子を形成することができる.そして,ある種の始原的なマンガンクラスターを形成して,不完全な水分解による低効率な酸素発生を行ったと推測する.この不完全な酸素発生が行われている間に,遺伝子レベルでの配位子系の形成,プロトン,水分子経路の最適化が起こり,さらに酸素からの保護機構が進化し,最終的に完成型の酸素発生系が形成されたと考える(図35).こうした翻訳後アミノ酸変換による酸素発生が,太古の地球における酸素の起源になったのであろう.

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図3 光合成酸素発生の起源と進化過程の仮説

祖先型PSIIにおいて,翻訳後アミノ酸変換によって配位子系が形成され,始原的マンガンクラスターの形成と不完全な水分解による酸素発生が起こる.ゲノム上の遺伝子レベルの進化による配位子系およびプロトン・水分子経路の最適化,酸素からの保護機構の成立を経て,大酸化イベントが起こる24億年前までに,完成型の酸素発生系が形成される.

このような始原的な酸素発生はいつごろ起こったのであろうか? 最近明らかにされたヘリオバクテリアおよび緑色硫黄細菌のI型ホモ二量体反応中心の構造では13, 14),PSIIと同様のCa結合部位およびクロロフィルとの電子移動を中継するチロシン残基が存在していた.これらのI型ホモ二量体反応中心は,系統樹上でPSIIとは遠い位置関係にあり15),共通の金属結合部位およびチロシン残基の存在は,I型とII型反応中心が分岐する以前の最も始原的なホモ二量体反応中心がすでにこれらの構造要素を持っていたことを示唆している.したがって,38~35億年前の光合成システムの進化過程のかなり早い段階で,すでに翻訳後アミノ酸変換による低効率な酸素発生が行われていた可能性がある.

5. おわりに

PSIIは,その進化過程において,光エネルギーを用いて水から電子を得る能力を獲得し,酸素発生型光合成を完成させて,生命のエネルギー源を永続的に確保する手段を確立した.さらに,その結果として生じた酸素によって太古の地球環境に大変動を引き起こし,さらなる生命の進化と繁栄をもたらした.そのPSIIが,翻訳後アミノ酸変換によって触媒中心であるマンガンクラスターの配位子を形成するというきわめて特異な能力を持つことが示された.このPSIIの能力が,生命のエネルギー戦略の鍵となった水分解・酸素発生の進化過程において,何らかの重要な役割を果たしたと考えるのは,きわめて自然なことであろう.もちろん,これは現段階では,単なる一つの仮説にすぎない.しかし,光合成および酸素発生の進化を考える上で,考慮に入れるべき重要な事象であると思われる.今後は,PSIIにおける翻訳後アミノ酸変換の具体的な分子機構の解明とともに,配位子系が形成される以前の祖先型PSIIを分子生物学的に再現し,そのアミノ酸変換と酸素発生能を調べることによって,酸素発生系の獲得過程を明らかにしていく必要がある.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究は,理化学研究所の堂前直博士,鈴木健裕博士,名古屋大の嶋田友一郎博士,長尾遼博士(現静岡大),北島(井原)智美博士,中村伸博士,松原巧氏との共同研究として行われたものです.厚く御礼申し上げます.

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著者紹介Author Profile

野口 巧(のぐち たくみ)

名古屋大学大学院理学研究科 教授.理学博士.

略歴

1986年東京大学理学部卒業,91年同大学院理学系研究科博士課程修了.91~2001年理化学研究所研究員,01~10年筑波大学助教授,同准教授,10年より現職.

研究テーマと抱負

光合成の光エネルギー変換機構,特に,光化学系IIにおける電子移動および水分解・酸素発生反応の分子機構の研究.光合成による酸素発生の起源と進化過程を明らかにしたい.

ウェブサイト

http://www.bio.phys.nagoya-u.ac.jp/index.html

趣味

クラシック鑑賞(最近はショスタコーヴィチ,プロコフィエフなど).

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