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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(4): 419-427 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950419

特集Special Review

腸内デザインが切り拓く新たな健康維持基盤の創出Creating a new foundation for health promotion and longevity society based on gut design

1慶應義塾大学先端生命科学研究所Institute for Advanced Biosciences, Keio University ◇ 〒997–0052 山形県鶴岡市覚岸寺字水上246–2 ◇ 246–2 Mizukami, Kakuganji, Tsuruoka, Yamagata 997–0052, Japan

2順天堂大学大学院医学研究科Juntendo University Graduate School of Medicine ◇ 〒113–8421 東京都文京区本郷2–1–1 ◇ 2–1–1 Hongo, Bunkyo–ku, Tokyo 113–8421 Japan

3神奈川県立産業技術総合研究所Kanagawa Institute of Industrial Science and Technology ◇ 〒210–0821 神奈川県川崎市川崎区殿町3–25–13 ◇ 3–25–13 Tonomachi, Kawasaki-ku, Kawasaki, Kanagawa 210–0821, Japan

4筑波大学医学医療系University of Tsukuba, School of Medicine ◇ 〒305–8575 茨城県つくば市天王台1–1–1 ◇ 1–1–1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305–8575, Japan

5株式会社メタジェンMetagen, Inc. ◇ 〒997–0052 山形県鶴岡市覚岸寺字水上246–2 ◇ 246–2 Mizukami, Kakuganji, Tsuruoka, Yamagata 997–0052, Japan

発行日:2023年8月25日Published: August 25, 2023
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ヒトの腸管内にはさまざまな腸内細菌が生息しており,それらが宿主細胞と相互作用することで複雑な腸内微生物生態系を形成している.特に大腸内は,地球上において最も高密度に細菌が存在する場所の一つであるが,その理由として腸内細菌の栄養素が豊富に存在する点があげられる.食物繊維やオリゴ糖,難消化性タンパク質などの未消化物が腸内細菌のエサになるが,それらは腸内細菌により分解され,さまざまな代謝物質が産生される.これらの代謝物質が,宿主の栄養素や機能性成分として作用することで健康維持や生理機能の向上,あるいはその逆に疾患発症などに影響を及ぼすことが近年の研究で続々と明らかになっている.しかしながら,腸内細菌叢は個々人で異なるため,適切な介入方法も腸内環境に合わせて層別化する必要がある.本稿では,メタボロゲノミクスによる個々人で異なる腸内環境を基盤とした研究成果を紹介するとともに,腸内環境を「見る・知る・操る」の3段階で実現する「腸内デザイン」の展望について解説する.

1. はじめに

我々が生命活動を行う場である地球上のさまざまな環境には微生物が生息しており,それらが相互作用することで複雑で洗練された微生物生態系を形成している.こういった微生物生態系は我々ヒトの体表面にも存在し,口腔内や腸管内といった「内なる外」である消化管内に多数の細菌が生息している1).とりわけヒトの大腸内には,約1000種類でおよそ38兆個にも及ぶ腸内細菌が生息していると見積もられており2),我々の身体を構成する体細胞数が約30兆個であることを考えると,ほぼ同等の数の腸内細菌が生息していることになる3).このことから,ノーベル生理学・医学賞受賞者である米国のJoshua Lederberg博士は,「宿主とその共生微生物は互いの遺伝情報が入り組んだ集合体“superorganism”である」と提唱している4)

腸内細菌の集団は腸内細菌叢と呼ばれるが,そのほとんどが大腸内に生息している.その理由として,大腸内は腸内細菌が生息するのに適した嫌気環境であるということに加え,腸内細菌が利用可能な栄養素が豊富に存在することが上げられる.腸内細菌はヒトと同様に炭素源として炭水化物,特にグルコースを栄養素として利用するが,グルコースはヒトにとっても重要な栄養素であるため,主に小腸で吸収される.そのため,大腸内に生息する腸内細菌は,宿主による消化・吸収を免れた食物繊維やオリゴ糖,難消化性タンパク質などのいわゆる未消化物を自身のエサとして利用する.特に,腸内細菌叢が利用できる炭水化物群はmicrobiota-accessible carbohydrates(MACs)と定義され,それらの代謝の過程で,酢酸やプロピオン酸,酪酸などの短鎖脂肪酸(SCFAs)をはじめ,さまざまな代謝物質が産生される5).これらの代謝物質が,宿主の栄養素や機能性成分として作用することで,ヒトの健康維持のみならず,運動機能や脳機能などの生理機能に作用したり,あるいはその逆に疾患発症などに影響を及ぼしたりすることが近年の研究で続々と明らかになってきている6)

このように腸内細菌叢は,その機能が明らかになるにつれて,我々の体内における“もう一つの臓器”ともいえるほどにその重要性が増しているが,腸内細菌叢の機能解明が急速に進んでいる背景には,腸内細菌叢の遺伝子(メタゲノム)やその代謝物質(メタボローム)を可視化するためのさまざまなオミクスアプローチと,可視化したデータの統合解析により,腸内細菌叢の機能を理解するバイオインフォマティクスの発展が大きく貢献している.我々は,腸内細菌叢の遺伝子情報と腸管内を含む生体内の代謝物質情報を統合解析するメタボロゲノミクス(メタゲノミクス+メタボロミクス)を独自に構築し7),腸内細菌叢が有する機能の全容解明と,その制御による健康維持や疾患予防・治療法の確立を目指している.本稿では,メタボロゲノミクスアプローチにより個々人で異なる腸内環境を基盤とした研究成果を紹介するとともに,腸内環境を「見る・知る・操る」の3段階で実現する「腸内デザイン」の展望について解説する.

2. メタボロゲノミクス

腸内細菌叢と宿主との相互作用を適切に理解するためには,腸内に存在する細菌叢の組成情報や機能遺伝子情報,さらにはそれらが産生する代謝物質情報を詳細に知る必要がある.我々はこれまでに,同一被験者から連続的かつ非侵襲的に収集した便検体をサンプルとして用い,便中に含まれる代謝物質を網羅的に解析するメタボローム解析と便中の細菌叢を網羅的に解析するメタゲノム解析により得られたデータを組み合わせて統合解析する「メタボロゲノミクス」を構築した(図17, 8).本手法では,介入前後で同一被験者から複数回メタデータを収集し,あわせて便検体も時系列サンプルとして取得する.超並列シーケンサーを用いた細菌叢解析と質量分析計を用いたメタボローム解析を実施し,得られた腸内細菌叢情報と代謝物質情報とを独立に解析した後,さらに両者の統合解析を行うことで対象の被験者の腸内環境で何が起きているのかの詳細を明らかにする.具体的には,腸内細菌叢情報については,UniFrac解析や判別分析,PICRUSt解析(細菌叢組成に基づく遺伝子機能予測)を行い,代謝物質情報については,主成分分析や判別分析,代謝経路解析を行う.また時系列情報に基づき腸内細菌叢情報と代謝物質情報を組み合わせることで,プロクラステス解析や相関解析,ネットワーク解析などの統合解析により,腸内細菌と代謝物質との関連を統計科学的に推定する.本手法によって得られた腸内細菌や代謝物質との関連は,無菌動物を用いた実験や疾患モデル動物実験,臨床試験等によりその機能を検証することで,宿主と腸内細菌叢との相互作用の詳細を理解するための足がかりとできる.

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図1 メタボロゲノミクスの概要

介入前後のヒトや動物の同一個体からメタデータや便を時系列サンプリングし,超並列シーケンサーによる腸内細菌叢のメタゲノム解析と,質量分析計による腸内代謝物質のメタボローム解析を実施する.得られたデータを時系列情報と合わせて数理・統計科学的に統合解析することで,腸内環境で何が起きているかの詳細を推定する(文献7よりCC-BYに基づき改変).

3. 腸内細菌叢由来代謝物質がもたらす持久運動への影響

腸内細菌叢が宿主の健康維持や疾患予防に寄与することはこれまでの国内外の研究で続々と明らかになってきているが,腸内細菌叢がもたらす生理機能のうち,特に運動機能との関連について紹介する.我々は,アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社の森田寛人研究員・狩野智恵研究員らとの共同研究により,青山学院大学陸上競技部(長距離ブロック)に所属する48名の男子学生の腸内細菌叢を16Sメタゲノム解析により調べた.その結果,同年代の男子学生と比べてヒト腸内細菌叢の主要な構成細菌の一種であるBacteroides uniformisが約10倍も多く生息することを明らかにした9).さらに3000 mの走行タイムが早い選手ほどB. uniformisの菌数が多いことも明らかとなった9)B. uniformisは一般的にヒトの腸内に生息する腸内細菌であることから,B. uniformisが利用可能な環状オリゴ糖であるα-シクロデキストリンをプレバイオティクスとして8週間,運動習慣がある20~40歳代の日本人一般男性が摂取するランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験を実施したところ,B. uniformisの菌数が摂取前と比較して有意に増加するとともに,エクササイズバイクで10 kmを漕ぐために必要なタイムが摂取前と比較して約10%短縮し,さらにエクササイズバイクを50分間漕いだ直後の疲労感が摂取前と比較して有意に軽減した9).動物実験の結果から,B. uniformisがα-シクロデキストリンを栄養素として代謝することで最終的に酢酸やプロピオン酸などのSCFAsを腸内で産生し,それらが吸収されて運動中の肝臓に作用することで糖新生とグリコーゲン分解が促進され,運動に必要なグルコースが筋肉を含む全身に供給されることで持久運動パフォーマンスが向上することが明らかとなった(図29).他にも米国の研究で,ボストンマラソンに参加した選手の腸内細菌叢の16Sメタゲノム解析から,Veillonella属菌が腸内で有意に多く,持久運動により体内に蓄積した乳酸が腸内に流入し,Veillonella属菌がその乳酸を代謝することでSCFAsの一つであるプロピオン酸を産生することで持久運動パフォーマンスが向上することも報告されている10).興味深いことに,日本と米国の二つの臨床研究で,機能する腸内細菌の種類は異なったものの,最終的に持久運動パフォーマンス向上に寄与する因子はSCFAsであった.このことから,腸内細菌叢のタイプに合わせて層別化したプレバイオティクスの摂取が,腸管内での効率的なSCFAs産生につながり,持久運動パフォーマンス向上に寄与すると考えられる.

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図2 Bacteroides uniformisがもたらす持久運動パフォーマンス向上メカニズム

B. unifromisがα-シクロデキストリンなどの炭水化物を腸内で代謝することで酢酸やプロピオン酸などのSCFAsを産生する.腸から吸収されたSCFAsは肝臓に作用することでβ酸化や糖新生,グリコーゲン分解が促進され,運動に必要なグルコースが筋肉を含む全身に供給されることで持久運動パフォーマンスが向上する(文献9よりCC-BYに基づき改変).

4. 腸内細菌叢がもたらす腸管免疫系を介したうつ病発症抑制機構

心理社会的ストレスが起点となって発症するうつ病をはじめとする精神疾患は,脳腸相関を介した腸内細菌叢との関連が以前から示唆されていたものの,その詳細なメカニズムはこれまで不明であった.我々は,ジョンズホプキンス大学医学部の神谷篤教授や昭和大学医学部の真田建史准教授,慶應義塾大学医学部の岸本泰士郎特任教授らとの共同研究として,心理社会的ストレスを与えたマウスやうつ病患者の腸内細菌叢を解析し,Lactobacillus属細菌が有意に減少していることを明らかにした11).このとき,心理社会的ストレスを与えたマウスの腸粘膜では,γδT細胞と呼ばれる体内の粘膜に広く存在するリンパ球の数が増加しており,特にインターロイキン-17を産生するγδT細胞(γδ17T細胞)への分化が促進していることが明らかとなった11).さらに心理社会的ストレスを与えたマウスの脳の解析結果から,このγδ17T細胞が脳髄膜に移行することが明らかとなった.このγδT細胞を中和抗体を用いることで除去したり,γδT細胞を持たないTCRd欠損マウスに心理社会的ストレスを与えたりしてもうつ病を発症しなかったことから,腸粘膜でγδT細胞から分化したγδ17T細胞が脳髄膜に移行することでうつ病を発症することが明らかとなった11)

心理社会的ストレスを与えたマウスやうつ病患者の腸内ではLactobacillus属細菌が減少していたことから,プロバイオティクスとしてLactobacillus jonnsonii La1株をマウスに20日間経口投与し,同時に心理社会的ストレスを最後の10日間与えたところ,腸粘膜や脳髄膜でのγδ17T細胞数は増加せず,うつ病発症も抑制された11).このことから,Lactobacillus属細菌が有する何らかの因子とγδ17T細胞との関連がうつ病発症に関連することが示唆された.

γδT細胞はDectin-1という免疫反応をつかさどる受容体を発現しており,これまでの研究からLactobacillus属細菌との関連が示唆されていた12).そこでDectin-1欠損マウスを用いて心理社会的ストレスを与えたところ,予想どおり腸粘膜や脳髄膜でのγδ17T細胞数は増加せず,うつ病発症も抑制された11).また,漢方薬の一種でありうつ病の治療にも使われる茯苓に含まれるパキマンという成分がDectin-1のリガンドであったことから,10日間の心理社会的ストレスを与える直前1時間前に毎回パキマンを経口投与したところ,腸粘膜や脳髄膜でのγδ17T細胞数は増加せず,うつ病発症も抑制された11)

Dectin-1は真菌の細胞壁成分に含まれるβグルカンをリガンドとして認識するが,Lactobacillus属細菌は真菌を分解する酵素活性が高いことから,食事由来と考えられる真菌成分を腸内で分解し,それらがDectin-1のリガンドとして作用することで腸粘膜でのγδT細胞のγδ17T細胞への分化を抑制することでうつ病発症を抑制していることが明らかとなった(図311).このことから,腸内細菌叢が有する真菌細胞壁成分の分解活性や,食事内容としてキノコなどの真菌成分を摂取しているか否かなど,腸内細菌叢の機能タイプに合わせて層別化した食習慣が,心理社会的ストレスに基づくうつ病発症の抑制に寄与すると考えられる.

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図3 腸内細菌叢がもたらす腸管免疫系を介したうつ病発症抑制機構

Lactobacillus属菌が真菌成分などを分解することにより産生するβグルカンなどのDectin-1リガンド刺激が失われると,腸管粘膜においてδT細胞がIL-17産生性γδT細胞へと分化し,脳髄膜に移行することでうつ病を発症する.うつ病の治療に用いられる漢方薬である茯苓にはパキマンというDectin-1リガンドが含まれており,腸管粘膜のγδT細胞に作用することでIL-17産生性γδT細胞への分化を抑制しうつ症状を改善する(文献11をもとに作成).

5. 腸内細菌叢由来二次胆汁酸を介したウイルス感染抑制機構

インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の死亡率は高齢者で高くなることが知られており,免疫系との関連が示唆されている.また,高齢者は筋力低下などが原因で基礎体温が低下することから,外気温や体温との関連も示唆されていたがその詳細は不明だった.そこで我々は,東京大学医科学研究所の一戸猛准教授らとの共同研究として,インフルエンザウイルスやSARS-CoV-2感染に対して,外気温や体温がもたらす影響について解析した.マウスを4°C, 22°C, 36°C条件下で7日間飼育し,その後インフルエンザウイルスを経鼻的に感染させ,ウイルス感染後も各温度条件下で飼育したところ,22°C飼育グループと比較して,4°C飼育グループではウイルス感染後に重症化した.一方,36°C飼育マウスでは致死的なウイルス感染に対して抵抗力を獲得することが明らかとなった13).36°C条件下で飼育したマウスの体温は38°Cを超えていたことから,ウイルス感染に対する抵抗力が高くなる理由として,発熱により腸内細菌叢が活性化している可能性が示唆された.そこで,36°C飼育マウスに低食物繊維食や抗生物質を与えたところ,36°C条件下でもインフルエンザウイルス感染に対する抵抗力が失われることが明らかとなった13).次に4°C, 22°C, 36°Cで7日間飼育したマウスの血清や盲腸内容物中のメタボローム解析を実施したところ,血清中では一次胆汁酸であるコール酸や,二次胆汁酸であるデオキシコール酸(DCA)およびウルソデオキシコール酸(UDCA)の濃度が36°C飼育マウスの血中で有意に高く,盲腸内容物中でもDCA量が有意に多いことが明らかとなった13)

そこで22°C飼育条件下のマウスに0.5 mM DCAや0.5 mM UDCAを飲水として与え,その後にインフルエンザウイルスを経鼻感染させたところ,対照群と比較してDCAやUDCA投与群では肺のウイルス量や好中球の数が減少し,インフルエンザウイルス感染後の生存率が有意に改善することが明らかとなった13).骨髄由来のマクロファージを用いた解析から,これらの二次胆汁酸がマクロファージに作用することで,ウイルス感染後のCXCL1産生量を有意に低下させたことから,二次胆汁酸が好中球の肺への浸潤を抑制することで,結果として感染抑制につながることが明らかとなった13)

腸内細菌叢由来二次胆汁酸によるウイルス感染抑制が,新型コロナウイルス感染でも同様に生じるのか否かを検証するため,シリアンハムスターを用いてSARS-CoV-2の経鼻感染試験を行った.その結果,0.5 mM DCAを飲水として与えたところ,対照群と比較してDCA投与群では,SARS-CoV-2感染後の生存率が有意に改善することが明らかとなった13).さらにCOVID-19患者の重症度と血漿中の胆汁酸レベルについて相関関係を調べたところ,軽症の患者では中等症の患者と比べて血漿中のグリシン抱合型コール酸濃度が有意に高くなっており,重症度のバイオマーカーであるフィブリノーゲンと有意に逆相関することが明らかとなった13).これらのことから,二次胆汁酸はインフルエンザのみならずSARS-CoV-2に対しても感染抑制効果があることが明らかとなったことから(図4),二次胆汁酸産生を促す腸内デザインを実現することができれば,今後もたらされるであろう新興感染症の予防に貢献できると考えられる.

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図4 発熱がもたらす腸内細菌叢由来二次胆汁酸産生を介したウイルス感染抑制機構

外気温の上昇により体温が38°C以上の発熱状態になると,腸内細菌叢由来二次胆汁酸産生量が増加し,体内でのウイルス増殖が抑制される.またマクロファージからのケモカイン産生が抑制されることで好中球の肺への浸潤および組織障害が抑制され,ウイルス感染症に対し抵抗性になる(文献13をもとに作成).

6. 腸内環境に基づく層別化がもたらす新たなヘルスケア

これまでの研究から腸内細菌叢は個々人で異なり,そこから産生されるSCFAsなどの代謝物質の組成も個々人で異なることが明らかとなっている14)図5).腸内細菌叢の違いは個人のライフスタイルに依存すると考えられ,特に長期的な食習慣が大きく影響することが知られている.一方,腸内細菌叢のパターンが類似した個人間でもSCFAsなどの代謝物質量が異なるのは,自身の腸内細菌叢に合った食習慣をしているか否かに起因すると考えられる.我々は,健康な30~40代の男女7名について,2年間腸内細菌叢を継続して調べたところ,多少のゆらぎはあるものの,腸内細菌叢のタイプは同一個人内では比較的安定していることを明らかにした15)図6).このような腸内細菌叢のタイプの違いが,食品摂取時の効果や薬の効き目に影響することが多数報告されていることから,腸内細菌叢の違いは個々人の個性や体質とも捉えることができる.したがって,自身の腸内環境の特徴を知り,どのような腸内細菌の「エサ」をどれくらい届けると,どのような代謝物質が産生されて健康維持や疾患予防につながるのか,といった腸内デザインに向けたレスポンダー情報の取得が今後の層別化ヘルスケアの鍵を握る.

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図5 健常者の腸内細菌叢組成と腸内短鎖脂肪酸および有機酸量

健康な30代から50代の男女48名の腸内細菌叢組成(左)と腸内短鎖脂肪酸および有機酸量(右).腸内細菌叢組成は個々人で異なる.また腸内短鎖脂肪酸および有機酸量は,腸内細菌叢組成が類似している個人どうしでも異なる(文献14より引用).

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図6 健常者の腸内細菌叢組成の個人内変動

健康な30代から40代の男女7名の2年間における腸内細菌叢組成の変動.多少のゆらぎはあるものの,個人内において腸内細菌叢組成は比較的安定しており,頑健性があるといえる.一方,個人差が大きいことから,個々人の腸内細菌叢の違いは個人の体質と捉えることもできる(文献15より引用).

我々はホクト株式会社との共同研究で,MACsを豊富に含む食材の一種であるキノコの4週間の継続摂取により,腸内細菌叢からのSCFAs産生が有意に増加し,粘膜免疫において重要な因子である免疫グロブリンA(IgA)量も増加傾向であることをランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験により明らかにした16).さらにキノコ摂取によるIgA産生レスポンダーの腸内環境の特徴を明らかにするためメタボロゲノミクスによりアプローチし,キノコ摂取による便中IgAの増加量とキノコ摂取前の腸内環境の特徴について相関解析を実施したところ,キノコ摂取前に便中SCFAs量が多いと,キノコ摂取後の便中IgAの増加量が大きくなることを見いだした.病原菌やウイルスなどからの感染抵抗性に重要な役割を果たすIgAの量や機能的な質は,SCFAs量と関連することが動物実験により報告されていることから17),本研究結果はヒトにおいてもその可能性が示唆された.

その他にも層別化ヘルスケアの観点で,大麦摂取によるセカンドミール効果の個人差が,腸内細菌叢から産生される代謝物質によるものであることがヨーロッパ人を対象とした臨床研究で明らかとなっている18).大麦に含まれる水溶性食物繊維であるβグルカンは,Prevotella属菌によって代謝されることでコハク酸が産生されるが,このコハク酸が腸管細胞での糖新生を促し,血中のグルコース濃度が上昇することで,結果として肝臓でのグリコーゲン分解が抑えられるために耐糖能が改善されることが報告された19).我々は株式会社はくばくとの共同研究で,大麦摂取における日本人での腸内環境変動と,それらがもたらす耐糖能改善効果についてランダム化プラセボ対照二重盲検クロスオーバー比較試験を実施し,メタボロゲノミクスにより解析を行った.その結果,肥満や2型糖尿病の改善効果が報告されているBlautia属菌や20),酪酸産生菌であるAgathobacter属菌などの腸内細菌が大麦摂取により有意に増加することが明らかとなった21).さらに耐糖能がもともと低い被験者では,大麦摂取による耐糖能の改善が認められ,これが酪酸産生菌の一種であるAnaerostipes属菌の増加と相関することが明らかとなった21).このことからも,食品の効果にヒトの腸内環境の違いが影響することは明白であり,腸内環境情報に基づく層別化が今後のヘルスケア領域において必須になると考えられる.

食品のみならずプロバイオティクスの効果についても腸内環境の違いが影響することが明らかとなっている.我々は森下仁丹株式会社との共同研究で,便秘傾向の日本人被験者にBifidobacterium longum BB536をプロバイオティクスとして2週間摂取させるランダム化プラセボ対照二重盲検クロスオーバー比較試験を実施し,腸内環境変動や便通改善効果について,メタボロゲノミクスにより解析を行った.さらに機械学習を用いてB. longum BB536摂取による便通改善の予測モデルを構築したところ,B. longum BB536摂取により便通が改善されたレスポンダーの腸内環境の特徴として,Eubacterium属菌が多く,Dorea属菌が少ないことが明らかとなった22).またB. longum BB536摂取により,プロピオン酸や酪酸などのSCFAsの増加量がノンレスポンダーと比べて多いことも明らかとなった22).SCFAsには便通改善効果があることは以前から報告されていることから,B. longum BB536摂取による便通改善効果の一端が明らかとなるとともに,B. longum BB536摂取による便通改善レスポンダーの腸内環境の特徴も明らかとなった.

7. 「見る・知る・操る」の3段階で実現する「腸内デザイン」の展望

前述のとおり,腸内環境タイプは個人ごとに異なるため,摂取物の効果も異なることから,自分の腸内環境に合った介入法を知ることが層別化ヘルスケアの観点からも重要である.ここでは,科学的根拠に基づいて腸内環境を適切に制御する「腸内デザイン」についてメタジェン社での取り組みについて紹介する.腸内デザインを社会実装するには大きく分けて「見る・知る・操る」の三つの段階が必要と考えている(図723)

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図7 「見る・知る・操る」の3段階で実現する腸内デザイン

腸内デザインの社会実装には三つの段階が必要となる.第1段階の個人の腸内環境を「見る」ステップでは,腸内環境検査を一般化することで,自身の腸内環境の特徴を調べることができる製品・サービスを普及する必要がある.第2段階の自分の腸内環境に合った介入方法を「知る」ステップでは,腸内環境に合わせてどのような食品やサプリメントを摂取すればよいのか,レスポンダー情報を同一プラットフォーム上に集約したデータベースが必要である.第3段階の腸内環境を「操る」ステップでは,プレバイオティクスやプロバイオティクスのレスポンダーの腸内環境の特徴を明らかにするのみならず,レスポンダー情報に基づいて8割を超えるヒトの腸内環境に有効な素材混合物「オールバイオティクス」の社会実装や,便微生物叢移植療法などの実用化が必要である(文献23より引用).

第1段階の個人の腸内環境を「見る」ステップでは,腸内環境検査を一般化することで,自身の腸内環境の特徴を調べることができる製品・サービスを普及する必要がある.この点については,国内でも腸内環境検査サービスが複数進められていることから,希望すれば検査ができる状態になりつつある.

第2段階の自分の腸内環境に合った介入方法を「知る」ステップでは,腸内環境に合わせてどのような食品やサプリメントを摂取すればよいのか,レスポンダー情報を同一プラットフォーム上に集約したデータベースが必要である.メタジェン社では2015年の創業当初からその重要性を鑑み,レスポンダー情報を取得するための解析プラットフォームとデータベースを開発してきた.

第3段階の腸内環境を「操る」ステップでは,プレバイオティクスやプロバイオティクスのレスポンダーの腸内環境の特徴を明らかにするのみならず,レスポンダー情報に基づいて8割を超えるヒトの腸内環境に有効な素材混合物を「オールバイオティクス」と定義し,その社会実装を目指している.また,便微生物叢移植療法の実用化に向けて,メタジェン社のグループ会社であり,腸内細菌叢を活用した医療・創薬を事業領域とするメタジェンセラピューティクス社が順天堂大学と共同で,潰瘍性大腸炎患者を対象とした抗菌薬併用腸内細菌叢移植療法を先進医療Bとして厚生労働省に届け出を行い,2022年12月に承認されている.

腸内環境を介した層別化ヘルスケアの狙いは大きく分けて二つあり,一つは外部環境の変化に左右されず,いかに腸内環境(=自分の状態)をよい状態に維持するか,もう一つは,病気には至らないまでも体質として諦めていた健康上の問題を解決することである.これらの課題に対して,レスポンダー情報を集約したデータベースを元に,誰しもが意のままに腸内細菌叢という“もう一つの臓器”を適切に制御できる状態を構築することが,腸内デザインが実現した未来である.

8. おわりに

腸内細菌叢やそれらが産生する代謝物質が,ヒトの健康維持や疾患予防,さらには生理機能にまで影響することが次々と報告されており,腸内細菌叢を我々の体内における「もう一つの臓器」としてヒトを包括的に理解することが,今後の医療やヘルスケア領域において重要と考えている.また,腸内環境は個々人で異なることから,その差異を個人の個性や体質と捉えることもでき,これらに基づいて層別化することが医療・ヘルスケアの観点からも重要である.我々は,最先端の科学技術を駆使して「腸内デザイン」を社会実装することで,誰しもが自分の腸内環境を適切に制御できる未来を創出し,「なりたい自分の状態になれること」や「食品や薬の効果を個人差なく得られる」など,QOL向上や疾患予防・治療に関する生活者の悩みや希望に寄り添ったソリューションを開発し続けることで,科学技術と人類社会との相利共生を実現したいと考えている.

「メタボロゲノミクス」,「腸内デザイン」,「もう一つの臓器」,「オールバイオティクス」は株式会社メタジェンの登録商標です.

引用文献References

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10) Scheiman, J., Luber, J.M., Chavkin, T.A., MacDonald, T., Tung, A., Pham, L.D., Wibowo, M.C., Wurth, R.C., Punthambaker, S., Tierney, B.T., et al. (2019) Meta-omics analysis of elite athletes identifies a performance-enhancing microbe that functions via lactate metabolism. Nat. Med., 25, 1104–1109.

11) Zhu, X., Sakamoto, S., Ishii, C., Smith, M.D., Ito, K., Obayashi, M., Unger, L., Hasegawa, Y., Kurokawa, S., Kishimoto, T., et al. (2023) Dectin-1 signaling on colonic γδ T cells promotes psychosocial stress responses. Nat. Immunol., 24, 625–636.

12) Tang, C., Kamiya, T., Liu, Y., Kadoki, M., Kakuta, S., Oshima, K., Hattori, M., Takeshita, K., Kanai, T., Saijo, S., et al. (2015) Inhibition of Dectin-1 signaling ameliorates colitis by inducing lactobacillus-mediated regulatory t cell expansion in the intestine. Cell Host Microbe, 18, 183–197.

13) Nagai, M., Moriyama, M., Ishii, C., Mori, H., Watanabe, H., Nakahara, T., Yamada, T., Ishikawa, D., Ishikawa, T., Hirayama, A., et al. (2023) High body temperature increases gut microbiota-dependent host resistance to influenza A virus and SARS-CoV-2 infection. Nat. Commun., 14, 3863.

14) 福田真嗣(2020)なぜ腸内デザインに数理科学や群衆生態学が必要なのか? 実験医学,38, 3038–4306.

15) 福田真嗣(2023)「腸内デザイン®」:腸内細菌叢を活用した新たな健康維持基盤.実験医学増刊,41, 1682–1687.

16) Nishimoto, Y., Kawai, J., Mori, K., Hartanto, T., Komatsu, K., Kudo, T., & Fukuda, S. (2023) Dietary supplement of mushrooms promotes SCFA production and moderately associates with IgA production: A pilot clinical study. Front. Nutr., 9, 1078060.

17) Takeuchi, T., Miyauchi, E., Kanaya, T., Kato, T., Nakanishi, Y., Watanabe, T., Kitami, T., Taida, T., Sasaki, T., Negishi, H., et al. (2021) Acetate differentially regulates IgA reactivity to commensal bacteria. Nature, 595, 560–564.

18) Kovatcheva-Datchary, P., Nilsson, A., Akrami, R., Lee, Y.S., De Vadder, F., Arora, T., Hallen, A., Martens, E., Björck, I., & Bäckhed, F. (2015) Dietary fiber-induced improvement in glucose metabolism is associated with increased abundance of prevotella. Cell Metab., 22, 971–982.

19) De Vadder, F., Kovatcheva-Datchary, P., Zitoun, C., Duchampt, A., Bäckhed, F., & Mithieux, G. (2016) Microbiota-produced succinate improves glucose homeostasis via intestinal gluconeogenesis. Cell Metab., 24, 151–157.

20) Hosomi, K., Saito, M., Park, J., Murakami, H., Shibata, N., Ando, M., Nagatake, T., Konishi, K., Ohno, H., Tanisawa, K., et al. (2022) Oral administration of Blautia wexlerae ameliorates obesity and type 2 diabetes via metabolic remodeling of the gut microbiota. Nat. Commun., 13, 4477.

21) Goto, Y., Nishimoto, Y., Murakami, S., Nomaguchi, T., Mori, Y., Ito, M., Nakaguro, R., Kudo, T., Matsuoka, T., Yamada, T., et al. (2022) Metabologenomic approach reveals intestinal environmental features associated with barley-induced glucose tolerance improvements in japanese: A randomized controlled trial. Nutrients, 14, 3468.

22) Nakamura, Y., Suzuki, S., Murakami, S., Nishimoto, Y., Higashi, K., Watarai, N., Umetsu, J., Ishii, C., Ito, Y., Mori, Y., et al. (2022) Integrated gut microbiome and metabolome analyses identified fecal biomarkers for bowel movement regulation by. Comput. Struct. Biotechnol. J., 20, 5847–5858.

23) 福田真嗣編(2022)改訂版もっとよくわかる!腸内細菌叢“もう一つの臓器”を知り,健康・疾患を制御する! 羊土社.

著者紹介Author Profile

福田 真嗣(ふくだ しんじ)

慶應義塾大学先端生命科学研究所特任教授.博士(農学).

略歴

2006年明治大学大学院農学研究科博士課程修了後,理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て19年より現職.順天堂大学大学院医学研究科特任教授,神奈川県立産業技術総合研究所グループリーダー,(一社)腸内デザイン学会代表理事を兼任.13年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞.15年文部科学省科学技術・学術政策研究所ナイスステップな研究者2015に選定.15年株式会社メタジェンを設立し,代表取締役社長CEOに就任.専門は腸内デザイン学.

研究テーマと抱負

個々人の体質と紐づく腸内細菌叢を「もう一つの臓器」と捉え,腸内環境に基づく新たな健康維持や疾患予防・治療基盤技術の創出による病気ゼロ社会の実現を目指しています.

ウェブサイト

https://www.iab.keio.ac.jp/

https://metagen.co.jp/

https://www.metagentx.com/

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