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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(4): 467-474 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950467

特集Special Review

腸内細菌の組成や代謝に影響を与えるマイクロバイオームモジュレータMicrobiome-modulators affecting gut microbiota composition and metabolism

1慶應義塾大学薬学部創薬研究センターResearch Center for Drug Discovery Faculty of Pharmacy, Keio University ◇ 〒105–8512 東京都港区芝公園1–5–30 ◇ 1–5–30 Shibakoen, Minato-ku, Tokyo 105–8512, Japan

2慶應義塾大学先端生命科学研究所Institute for Advanced Biosciences, Keio University ◇ 〒997–0017 山形県鶴岡市大宝寺字日本国403–1 ◇ 403–1 Nipponkoku, Daihouji, Tsuruoka, Yamagata 997–0017, Japan

3慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科Systems Biology Program Graduate School of Media and Governance, Keio University ◇ 〒252–0882 神奈川県藤沢市遠藤5322 ◇ 5322 Endo, Fujisawa, Kanagawa 252–0882, Japan

発行日:2023年8月25日Published: August 25, 2023
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腸内細菌の組成や代謝に影響を与える因子をマイクロバイオームモジュレータと呼んでいるが,これには,下部消化管まで到達する糖・タンパク質・脂質などの栄養素,抗菌剤などの薬剤,生菌,ファージ,腸内細菌代謝物などがあげられる.各マイクロバイオームモジュレータは異なる腸内環境変化を引き起こすため,結果として宿主に異なる影響を及ぼす.そのため,マイクロバイオームモジュレータは,腸内細菌叢の構成異常(ディスバイオーシス)を改善し,宿主の健康状態に応じた腸内環境を構築できる可能性がある.本稿では,マイクロバイオームモジュレータが宿主生理機能に与える影響について,主に腸内細菌代謝物の観点から述べるとともに,マイクロバイオームモジュレータの課題点について論じたい.

1. はじめに

ヒトの大腸には約38兆個の細菌が存在していると推定されており,これはヒトを構成する細胞の数,約30兆個と同等あるいはそれ以上の数が存在していることになる1).この腸内細菌叢は個人や食習慣によってその組成が異なっている.また,腸内細菌叢の構成異常(ディスバイオーシス)は,アレルギーや肥満,感染症など多様な疾患の発症や病態に関連することが次第に明らかになってきた.そのため,腸内細菌をダーゲットとした介入を行うことで疾患を治療し,予防できる可能性が示唆されている.たとえば,再発性クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(Clostridioides difficile infection:CDI)に対する治療を目的としたヒト由来の便微生物製品が2022年にオーストラリアおよびアメリカで医薬品として承認された.現在,腸内細菌をターゲットとしたモダリティとして,便微生物移植(fecal microbiota transplantation:FMT)の他,生菌製剤(live biotherapeutic products:LBPs),発酵性炭水化物(microbiota-accessible carbohydrates:MACs),ファージなどが想定されている.

2. 便移植

便微生物移植(FMT)は,疾患の発症や病態悪化の要因となる腸内ディスバイオーシスを改善することを目的として,健康なヒトの便を患者に移植する治療法である.2013年にCDIへの高い奏効率が報告され2),2022年にはCDIに対する治療薬として便微生物叢製品がオーストラリアの保健省薬品・医薬品行政局(Therapeutic Goods Administration:TGA)やアメリカの食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)に医薬品として承認された.本邦でも,潰瘍性大腸炎(inflammatory bowel disease:IBD)患者に対する抗菌剤投与と便移植を併用した「抗菌薬併用腸内細菌叢移植療法」が先進医療Bに承認されている.また,IBDやCDI以外にもII型糖尿病3)や自閉症スペクトラム障害4)への臨床的効果も報告されており,今後より多くの疾患に対する新たな治療法としての展開が期待できる.米国では,非営利団体であるOpenBiomeが便バンクとして,65,000以上のFMT用ドナー便液を提供している.一方で,安全性や定着率については課題点もある.2019年にFMTを受けた免疫不全の成人2名がESBL(extended-spectrum β-lactamase)産生大腸菌に感染し,そのうち1名が死亡した.OpenBiomeは5344名のCDI患者のコホート研究結果からFMTの安全性に関する報告を行っている.この報告によると,5344件の患者報告書のうち重篤な有害事象が生じたケースは194件(3.6%)で,そのうちFMTに関連する可能性があるものは6件(0.1%)であり,これらはすべて重度の免疫不全患者であったとしている.また,多剤耐性の病原体による感染を含む敗血症や,FMTに関連した感染症の伝播は報告されてない.これらのことから,FMTの長期的な安全性については引き続き注視する必要はあるものの,適切なドナーを選べば,短期的な安全性については担保されているといえる5)

3. 生菌製剤

現在,米国のベンチャー企業を中心に,CDIなどの感染性疾患や炎症性腸疾患,代謝疾患,がん免疫療法,アレルギー疾患,神経変性疾患などの疾患に有効な,特定の機能を持つ単菌あるいは菌株カクテルからなる生菌製剤(LBPs)の開発が進められている.代表的な基礎研究の報告例としてはClostridium cluster IVおよびXIVaを中心とした46の細菌株が制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)を誘導する6)ことや,11種類の腸内細菌コンソーシアムがIFNγ CD8 T細胞を誘導する7)ことなどがあげられる.LBPsやFMTでは,個人間で異なる腸内細菌叢に対して外来の細菌をいかに定着・維持させるかが課題である.

4. ファージ

抗菌薬の不適切な使用により薬剤耐性菌が世界的に増加している一方で,新規抗菌薬の開発は減少傾向にある.何も対策をとらずに現在のペースで薬剤耐性菌感染の症例が増加した場合,2050年には年間1000万人が死亡し,がんによる死亡者数を上回ると推定されている.この課題に対して抗菌薬を使用しない治療法として,細菌に感染するウイルスであるバクテリオファージ(ファージ)を用いて多剤耐性菌などの細菌感染症を制御するファージ療法が注目を集めている.炎症性腸疾患のpathobiont(疾患の原因となる,または病態悪化に関わる腸内細菌)であるKlebsiella pneumoniaeに対するファージ療法を実施した臨床報告8)などもあるが,本邦においては臨床的な実施例や製剤化は進んでいないのが現状である.

5. 発酵性炭水化物

腸内細菌はヒト(宿主)が摂取した食物の一部を栄養源としている.腸内細菌の栄養源は,各腸内細菌によって異なるため,食事成分の違いによって増殖する腸内細菌の種類や代謝機能は変化する.発酵性炭水化物(MACs)は腸内細菌が利用できる炭水化物を指し,2014年にSonnenburgによって提唱された9).MACsの投与によって腸内細菌の代謝機能が変化し,その結果,宿主の生理機能にも影響を及ぼすことが知られている(図1).上述したFMTやLBPsと異なる点として,外来の腸内細菌を投与するのではなく,すでに宿主の腸内に定着している細菌を標的にしていることである.MACsの中で,ヒトに健康上の利益をもたらすものをプレバイオティクスと呼んでいる10).たとえば,フラクトオリゴ糖(fructooligosaccharides:FOS)やガラクトオリゴ糖(galactooligosaccharides:GOS)はアレルギーや肥満に対する改善効果が報告されている10).しかし,すべてのMACsが健康上の有益な作用を示すとは限らない.実際に,過敏性腸症候群の患者には,FODMAPと呼ばれる発酵性(fermentable)のオリゴ糖(oligosaccharides),二糖類(disaccharides),単糖類(monosaccharides),そして(and)ポリオール(polyols)による症状の悪化を防ぐために,低FODMAP食が推奨されている11).高発酵食品を摂取させたマウスでは,低発酵食品を摂取させたマウスよりも盲腸内容物中のヒスタミン濃度が高値であり,高い痛覚過敏を示すが,これにはKlebsiella aerogenesが産生するヒスタミンが肥満細胞の動員および活性化を誘導することが要因となることが報告されている12).そのため,各個人の健康状態に応じてMACsの摂取による有益作用を発揮させるためには,各MACによる腸内細菌の代謝機能の変化と代謝物質による宿主生理機能への作用を理解する必要がある.

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図1 MACsによる腸内細菌の代謝への影響

発酵性炭水化物(microbiota-accessible carbohydrates:MACs)の摂取によって腸内細菌叢の組成や代謝が変化し,その結果,宿主の生理機能を変化させる.

6. 腸内細菌の組成や代謝物の観点からみたマイクロバイオームモジュレータ

腸内細菌の組成や代謝機能を変化させる因子として,前述のFMTやLBPs,ファージ,MACsに加え,薬剤,タンパク質・脂質などの食物因子も知られている.そこでこれらを「マイクロバイオームモジュレータ」と呼び,特にMACsや食物因子が腸内細菌の組成や代謝,宿主の生理機能に及ぼす影響について,主要な腸内細菌代謝物に着目して紹介したい.

7. 短鎖脂肪酸

腸内細菌の代謝物として最もよく研究されているものの一つに短鎖脂肪酸である酪酸があげられる.酪酸は大腸腸管上皮細胞の主要なエネルギー源として利用されるだけでなく,水分やナトリウム,カリウムの吸収を促進し13, 14),大腸の機能の維持に重要である.さらに,大腸から吸収された酪酸は大腸局所においてTregのマスター転写因子であるFoxp3の遺伝子プロモーター領域およびエンハンサー領域のヒストンのアセチル化を亢進することでFoxp3の発現を促進し,Tregを分化誘導することが報告されている15).また,大腸の酪酸受容体であるGpr109a依存的に樹状細胞およびマクロファージのIL-6の発現を低下させる一方で,IL-10およびレチノイン酸の産生を増強し,Tregの分化誘導を促進する16).さらに,Clostridium cluster IV, XIVaおよびXVIIIの17菌株(Clostridium cluster XVIIIは現在Erysipelotrichaceae科に再分類)が酪酸を含む短鎖脂肪酸を産生することによりTregを誘導し,大腸炎やアレルギー性下痢症の病態モデルに対して効果を示すことが報告されている17).他にも,腸内細菌由来の酪酸が樹状細胞のTGF-β1とレチノイン酸の産生を上昇させ,T細胞非依存的にIgAのクラススイッチを促進することが報告されている18).酪酸産生菌には,Clostridium, Butyrivibrio, Butyribacterium, Eubacterium, Fusobacterium, Megasphaera, Sarcinaなど少なくとも7属10種の細菌が知られている19).酪酸産生経路には主にアセチルCoA,グルタル酸,4-アミノ酪酸,リジン経路の四つがあり,ヒトの腸内細菌では他の霊長類のそれと比べてアセチルCoAとリジン経路の存在量が有意に高く,保有する細菌の種類によって代謝経路が異なっていることが推測される20)FaecalibacteriumやLachnospiraceaeはアセチルCoA経路を利用する主な細菌であり,Alistipes, Eubacteriaceaeはリジン経路を利用する細菌である20).また,Clostridium属の細菌の多くが酪酸を産生することが知られているが,これらはリジン経路以外の三つの経路を幅広く利用できるようである20).加えて,LachnospiraceaeやRuminococcaceaeなどの代表的な酪酸産生菌10菌株におけるFOS, GOS,キシロオリゴ糖(xylooligosaccharides:XOS)の利用能がin vitroで検討された.この報告によると,FOSでは10菌株すべてにおいて高い増殖効果がみられた.GOSもRoseburia属,Anaerostipes属など多くの菌で高い増殖効果を示し,FOS同様に強力なモジュレータとしての機能を持っている.XOSではRoseburia属4種,Eubacterium rectale, Anaerostipes caccaeの増殖がみられたが,Coprococcus属およびFaecalibacterium prausnitziiの増殖はみられなかった21).さらにXOSは,E. rectaleBifidobacterium longum 8809, Bifidobacterium infantisを増殖させたが,Eubacterium halliiおよびB. longum 20219を増殖させなかったことから,FOSやGOSと比較してモジュレータとしての選択性が高いといえる21).モジュレータの中には,直接酪酸産生菌を増殖させるもの以外に,他の細菌との栄養共生[クロスフィーディング(cross-feeding)]を介して酪酸産生菌を増殖させるものも存在する22).たとえば,E. halliiおよびA. caccaeは,デンプンを糖源とした培地では増殖することができない.しかし,Bifidobacterium adolescentisがデンプンを資化する際に産生する乳酸を利用することができ,両者を共培養することにより,増殖可能となり,デンプンから乳酸が,そして乳酸から酪酸が産生される23).同様の報告として,B. longumA. caccaeを,オリゴフルクトースを唯一の糖源として共培養すると,A. caccaeはオリゴフルクトースを利用できないが,B. longumがオリゴフルクトースを資化する際に放出するフルクトースを利用して増殖することができる24).さらに,Roseburia intestinalisB. longumが産生する酢酸存在下においてオリゴフルクトースの代謝が可能になることも報告されている24).このように,マイクロバイオームモジュレータによる多様な腸内細菌代謝物の産生には,複数菌のクロスフィーディングも関与している.そのため,マイクロバイオームモジュレータの効果を最大限に発揮させるためには,in vivo実験や複数細菌の共培養によるスクリーニングに加え,大量のデータをもとにした予測モデルを用いたアプローチも必要になると考えられる.

腸内細菌叢が宿主の肥満と関連することが報告されて以来25, 26),短鎖脂肪酸がグルコース代謝や脂質代謝など,宿主の代謝機能に影響を与えることが明らかになってきている27).たとえば,我々はスクラーゼ阻害作用を持つ難吸収性の単糖であるL-アラビノースと,スクロースを同時に摂取すると,どちらもMACsとして機能し,BacteroidesBifidobacteriumに協調的に作用することにより,短鎖脂肪酸である酢酸・プロピオン酸の産生を相乗的に促進させ,高脂肪食誘導性の肥満を抑制することを明らかにした28).また,イヌリンやFOS, GOSもMACsとして機能することにより,肥満やII型糖尿病,メタボリックシンドロームなどの代謝性疾患に対する抑制効果を示すことも報告されている10).これらのMACsも,短鎖脂肪酸の受容体であるGPR41やGPR43などのGPCRs(G protein-coupled receptors)を介して,体重増加抑制,食欲抑制,糖代謝改善,インスリン感受性上昇といった作用を発揮する29)

8. トリプトファン(アミノ酸)

ヒトの必須アミノ酸であるトリプトファンは小腸において食物由来のタンパク質を分解する際に放出され,その大部分は小腸で吸収されるが,一部のトリプトファンは大腸へ到達し,多様な腸内細菌によってインドール誘導体に代謝される30, 31).腸内細菌によるトリプトファンの主な代謝物として,インドール,トリプタミン,インドールエタノール(Indoleethanol:IE),インドールプロピオン酸(Indolepropionic acid:IPA),インドール酢酸(indole-acetic acid:IAA),スカトール,インドールアルデヒド(indolealdehyde:IAld),インドールアクリル酸(indoleacrylic acid:IA)などがあげられる.インドールやIAAは主にBacteroidesClostridiumを中心とした10種以上の非常に多様な細菌によって産生されるのに対して,IAldはLactobacillus属細菌,IPAはClostridium属細菌やPeptostreptococcus属細菌によって主に産生される30, 31)

これらのトリプトファン代謝物には腸内細菌および宿主生理機能への作用が報告されている.たとえば,IEはStaphylococcus aureus, Salmonella enterica, Lactobacillus plantarumに対して抗菌活性を発揮し32, 33),インドール乳酸(ILA)は大腸菌およびBacillus cereusに対する抗菌活性に加え,Penicillium属真菌に対する抗真菌活性も示す31).そのため,これらは腸内における微生物叢コミュニティを制御する役割を担っていることが考えられる.また,筆者らの研究グループでは,D-トリプトファンが直接的に腸管病原細菌であるCitrobacter rodentiumの増殖を抑えることを報告している34)in vitro実験において,19種類のD-アミノ酸添加によるC. rodentiumの増殖阻害効果を検証したところ,D-トリプトファンの添加によって増殖が強く抑制され,in vivo実験においてもC. rodentium感染後のマウスの生存率を用量依存的に上昇させた.また,腸内細菌依存的な腸炎を誘導するデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)大腸炎モデルやT細胞移入腸炎モデルにおいても,D-トリプトファンの摂取により腸炎の発症が強く抑制されることが明らかになった.D-トリプトファンの摂取によって,Lactobacillaceae科,Tannerellaceae科,Bacteroidaceae科に属する細菌群の割合の増加と,Lachnospiraceae科,Muribaculaceae科,Rikenellaceae科に属する細菌群の割合の減少がみられた.このうち,D-トリプトファンの摂取によって相対存在量が低下したLachnospiraceae科細菌であるClostridium saccharolyticumはD-トリプトファン存在下で増殖が強く抑制されるが,相対存在量が増加したLactobacillaceae科のLactobacillus murinusはD-トリプトファンの有無で増殖能に違いはみられず,D-トリプトファンが選択的に腸内細菌の増殖を阻害することで腸炎を抑制している可能性が示唆された.さらに,D-トリプトファン添加時にC. rodentiumの菌体内の代謝物を解析したところ,IAが有意に増加しており,IA給餌マウスではC. rodentium感染による生存率が向上し,便中のC. rodentiumの細菌数も有意に減少した.以上のことから,D-トリプトファンは,菌体内のトリプトファン代謝を変化させるモジュレータとして働き,IAを増加させることにより腸管病原細菌や病原性片利共生細菌の増殖を抑制していることが示唆された.

IAAやIA, IAld, ILAは,免疫細胞で広く発現している転写因子である芳香族炭化水素受容体(aryl hydrocarbon receptor:AHR)のリガンドとして作用することが知られており,AHRの活性化がリガンド特異的に自然免疫や適応免疫応答を変化させることが多く報告されている35–37).卵白アルブミン(ovalbumin:OVA)誘導性食物アレルギーモデルにおいて,FOSの摂取は下痢の発症頻度や血中のOVA特異的IgE濃度を低下させた.OVA投与マウスではAkkermansiaceaeの増加,Ruminococcaceaeの減少がみられたが,FOSの投与によりその変化がみられなくなった.また,OVA投与マウスの血中ではトリプトファンの中間代謝物であるキヌレニンが減少し,トリプトファンおよび5-hydroxytryptamineが増加したが,FOSの投与により,その変化も抑えられた.さらに,FOSの摂取によりIL-17AおよびRORγtの発現が有意に低下し,IL-10やFoxp3の発現が上昇したが,これらの作用はAHRアンタゴニストの投与によって消失した.以上のことから,FOSが腸内細菌の組成やトリプトファン代謝に影響を与えることでTh17/Tregバランスを変化させ,その結果アレルギー症状を軽減したと考えられる38).トリプトファン代謝能を持つLactobacillusBifidobacterium, BacteroidesはFOSやGOSを資化することができるため,これらの投与により,腸内細菌のトリプトファン代謝を調節できる可能性がある.

また,食事に含まれるタンパク質が腸内のアミノ酸量に影響を与えることを我々は見いだした.すなわち,食事に含まれるタンパク質源の違いが,C. difficileの感染病態に影響を与えることが明らかになった39).抗菌剤投与マウスにタンパク質源として大豆タンパク質を摂取させると,カゼインを摂取させた場合と比べて,C. difficileの腸内での増殖が促進され,C. difficileの感染病態が悪化した.また,大豆タンパク質は抗菌剤投与マウスの腸内のLactobacillus属細菌であるL. murinusを増加させ,その際に放出されるアミノ酸がC. difficileの増殖を促進させていることがわかった.以上のことから,大豆タンパク質は,L. murinusによるクロスフィーディングを介して抗菌剤投与マウスの腸内アミノ酸を増加させるモジュレータとして機能し,C. difficileの感染感受性を高めることが明らかになった.一方,タンパク質源をミルクカゼイン,卵白,大豆タンパク質にした飼料を通常マウスに与え,腸内細菌叢の変化を比較した報告では,卵白タンパク食ではL. murinusが増加しており,大豆タンパク食ではMuribaculaceaeが増加するなど,我々の研究グループで観察された腸内細菌叢の変化と異なっている40).タンパク質源の違いによる腸内細菌組成と代謝物の変化,さらに,これらによる宿主生理機能への影響については,もとの腸内細菌叢の組成によっても異なる可能性があり,今後さらなる研究が必要である.

さらに,我々の研究グループは,海藻由来の食物繊維であるアルギン酸ナトリウムが腸内細菌を介してメタボリックシンドロームを予防するマイクロバイオームモジュレータとして機能することを報告している41).具体的には,高脂肪食負荷マウスにアルギン酸ナトリウムを摂取させることにより.Bacteroidesの相対存在量が増加し,体重増加やコレステロール値,脂肪重量が有意に抑制され,大腸組織内の炎症性単球の割合が減少した.アルギン酸ナトリウムによるこれらの作用は,抗菌剤の投与によって消失した.さらに,アルギン酸ナトリウム投与で増加する腸内代謝物の中で,アミノ酸誘導体など,Bacteroidesの相対存在量と正の相関を示すものも同定された.

9. 胆汁酸

宿主の肝臓から分泌される抱合型一次胆汁酸は腸内細菌によって二次胆汁酸に変換される.近年,腸内細菌叢によって産生された二次胆汁酸はII型糖尿病や肥満42),感染防御43, 44),免疫細胞の分化45–47),骨格筋萎縮48)など宿主の生理機能に多様な影響を及ぼすことが明らかになっている.腸内細菌叢の胆汁酸代謝を調節するマイクロバイオームモジュレータに関する報告は現時点であまり多くないが,イヌリンの摂取によってBacteroidesの割合や胆汁酸濃度が高くなり,2型自然リンパ球から産生されるIL-33を介して好酸球数が増加することが報告されている47).これにより,2型免疫応答であるアレルギー炎症や線虫感染防御能が促進されることが明らかになっている.

また,カロリー制限や絶食によっても腸内細菌叢の組成や機能が変化することが報告されている.たとえば,絶食またはカロリー制限をしたマウスでは,再摂食時にParabacteroides distasonisとその代謝物である非12α-水酸化胆汁酸が減少し,リバウンドを引き起こすことが報告されている49).また,断続的な絶食を繰り返すことでII型糖尿病の合併症である認知機能の低下が抑制され,腸内細菌代謝物であるタウロデオキシコール酸などの投与によって同様の効果が得られた50).さらに時間制限食によってLactobacillusAkkermansia muciniphilaの糖代謝やタンパク質代謝に関連する酵素の存在量が増加することが報告されており,MACsなどの投与だけでなく,食行動自体も腸内細菌叢の代謝機能を変化させる新たなマイクロバイオームモジュレータと捉えることもできる.

10. 菌体成分

腸内細菌の鞭毛成分であるフラジェリンやグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポタイコ酸はそれぞれTLR5, TLR2のリガンドであるが,これらの受容体を欠損したマウスでは肥満やインスリン抵抗性を発症することから,腸内細菌の代謝物に加え,菌体成分も宿主の代謝機能に影響することが示唆されている.そのため,マイクロバイオームモジュレータによる腸内の菌体成分の変化も,肥満などの代謝性疾患に対するアプローチとして期待できる.

11. マイクロバイオームモジュレータの課題

これまで腸内細菌の組成や代謝を変化させるマイクロバイオームモジュレータについて紹介してきたが,これらが効果を発揮するかどうかはモジュレータを資化できる細菌が存在するかどうかに依存する51–53).複数の異なるブリーダーで飼育された腸内細菌叢の組成が異なるマウスにイヌリンを与えた際の長期的な腸内細菌と短鎖脂肪酸の動態について解析した論文によると,実際にイヌリンを摂取すると,セルロースを与えた場合と比較してどのマウスでも共通して短鎖脂肪酸濃度が急速に高くなり,徐々に安定していった.一方で,腸内細菌叢の組成変化は両マウスで大きく異なり,もとの腸内細菌叢の組成の違いが機械学習を用いた短鎖脂肪酸の予測を妨げる要因になることを報告している52).また,健康な成人に3種類のプレバイオティクスを投与する3-way crossover試験を実施した報告では,各プレバイオティクスと短鎖脂肪酸の産生量に相関がみられるものの,短鎖脂肪酸産生応答の主要な決定要因はプレバイオティクスの種類よりも個人の腸内細菌叢の違いであると報告している53).このように,腸内細菌叢の組成や健康状態が各個人で異なる中,マイクロバイオームモジュレータが有益作用を発揮できるかを予測するのは難しい.マイクロバイオームモジュレータが効果を発揮するかどうかを予測する一つの方法としてバイオマーカーの探索が有効である可能性がある.たとえば,フラクトオリゴ糖の資化に関わる腸内細菌の遺伝子や酵素GH32が同定されているが54, 55),各モジュレータを資化する酵素や遺伝子を明らかにすることができれば,適切なモジュレータの選択のためのバイオマーカーとして有用であると考えられる.

前述のMACs投与後の腸内細菌叢変化の個体差に加えて,FMTやLBPs投与後の細菌定着の問題も,マイクロバイオームモジュレータの効果を左右する大きな共通課題の一つである.腸内細菌叢は外部環境の変化に対して恒常性を保とうとする頑健性が強く56, 57),そのためにLBPsやMACs投与による効果がうまく発揮されない可能性がある.腸内細菌叢の頑健性は,腸内細菌の多様性や細菌の代謝機能,細菌どうしの相互関係,宿主の免疫応答や代謝能などの多様な因子によって規定されると考えられる.LBPsの定着を促進させるために,腸内細菌叢の頑健性を下げる目的で,抗菌薬投与が行われている.しかし,MACsなどのモジュレータを投与する際には,標的細菌を除去してしまう可能性があるため,抗菌剤とは別のアプローチが必要である.また,マイクロバイオームモジュレータによる腸内細菌叢の組成や代謝物変化にはクロスフィーディングなど,腸内細菌どうしの複雑な相互作用が関与している.すなわち,モジュレータの投与により,まず資化性を持つ細菌の増殖や代謝の変化が起こり,その結果,他の細菌にも作用し,腸内細菌叢全体のコミュニティが変化することにより,宿主の多様な臓器機能に影響を与えているとことが考えられる.たとえば,イヌリンの摂取により,まずイヌリンを分解する腸内細菌の転写が変化し,その後,24時間程度でイヌリン分解細菌の存在量や代謝が変化することで腸内細菌叢全体の代謝が促進されることが報告されている58).腸内細菌間の複雑な相互作用を理解するために,細菌内の代謝の変化を記録・解析するための新たなアプローチがなされている.たとえば,CRISPR-Cas9システムを用いて腸内細菌の遺伝子発現の履歴をスペーサー配列に記録させるRecord seq59)や,複数の転写産物の記録を単一菌レベルで記録することができるTIGER(transcribed RNAs inferred by genetically encoded record)60)といった技術が試みられている.現時点では大腸菌を用いているが,今後,他の腸内細菌にも適用できれば,マイクロバイオームモジュレータの特定の腸内細菌への影響だけでなく,細菌どうしの相互作用,宿主免疫応答が細菌に与える影響などを経時的に観察することが可能になり,腸内細菌叢という複雑系に対する理解をより深めることができるかもしれない.上記に加え,ヒト便培養などのin vitro評価系による新規モジュレータの探索や,疾患動物モデルを用いた,特定の腸内細菌やその代謝物が宿主に与える影響と作用メカニズムの解明もしっかりと行っていく必要がある.そして,個人の腸内細菌叢パターンや健康状態に応じて適切なマイクロバイオームモジュレータを提案できる日が来ることを願っている.

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著者紹介Author Profile

佐藤 謙介(さとう けんすけ)

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 博士課程在籍.修士(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科).

略歴

山形大学工学部応用生命システム工学科卒業,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了,慶應義塾大学先端生命科学研究所所員および慶應義塾大学薬学部創薬研究センター共同研究員の後に,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程に在籍.

研究テーマと抱負

マイクロバイオームモジュレーターや絶食,飲水と腸内細菌叢および宿主免疫応答の挙動解析.

趣味

写真撮影,音楽,カフェめぐり,おさんぽ.

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