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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 565 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950565

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教育研究の国際化と若き生化学者の未来の創造

徳島大学副学長,徳島大学名誉教授

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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国際連携強化の命題の下,イスラエル工科大学(テクニオン)との学術連携を担当して,大学間並びに産業界との連携事業に取り組んでいる.

諸外国においては,外国留学を希望する者が5割を超える中,我が国の若い学生さんの留学機運は極めて低調で,内閣府の調査によると外国留学をしたいと思わないと答えるものが5割を超えているそうである.しかし,大学に入学直後の新入生のほとんどは,英語を勉強して,是非海外に留学してみたいという青雲の志に溢れている.

彼らが大学入学を実感するのは,日本人学生とともに留学生が学ぶ姿であり,外国人教員が担当する講義や海外トップクラスの研究者の講演会に触れ,格段に外国が身近に感じられるキャンパスである.

語学力不足に起因する若者の内向き志向を打開するためには,大学における英語教育プログラムの抜本的な改革と英語力向上のための教員の教育研究指導力の強化が求められる.英語4技能の総合的な英語力強化は,喫緊の課題であり,なかんずく世界に向けて我が意を発信できる発信型英語力は最重要である.

大学院では多くの留学生が教室での研究活動の原動力として活躍してくれた.大学時代に必ず兵役を経験する韓国とイスラエル.儒教精神に裏付けられ,指揮命令系統が常に厳しく管理されている韓国からの留学生は,知的水準も高く礼儀正しく,先生を敬って研究室の良き模範生となってくれた.一方,上官であれ部下であれ,とにかくお互いに議論を尽くして戦略を立て,作戦を遂行するイスラエル出身の研究者は,失敗や反論を全くと言っていいほど意に介さず,己の信ずるところに向かって先ず行動する.世界トップレベルのScienceを誇るとともにStartup Nationとしての発展を遂げるイスラエルは,基礎研究と社会実装の両輪で世界をリードしている.

2002年にCambridge大学のSt. Johnsカレッジで開催された国際シンポジウムには,研究室で実験をともにしていた医学科の学生さんと参加した.彼はシンポジウム参加後も1か月ほど伝統ある生化学教室での実験実習に挑戦してくれた.PrincipleとPhilosophyを大切にする英国のアカデミアの伝統を身につけて帰国した彼は,大学院MD-Ph.D.コースに飛び入学して,アミノ酸代謝酵素の構造生物学研究の新領域を開拓してくれた.優秀で意欲を持った日本人学生が,少しでも若い時代に海外を経験することの意義を改めて強く認識した.英国では,智育・徳育・体育が等しく重要視され,トップ研究大学においても若い学生諸子が体育にいそしむ日常が見受けられ,硬式テニス部の顧問として大いに勇気づけられた.

自分自身がテニスとともに生化学の研究者としての歩みを始めた学びの地を,久しぶりに訪ねた.蝉時雨降り注ぐ中,緩やかに流れる疏水の辺りの佇まいは,学生時代と全く変わりなく50年の時の流れを感じさせなかった.牧野富太郎博士が創刊した『植物学雑誌』に思いを馳せるとき,学会誌としてJournal of Biochemistryを1922年に創刊された諸先輩の尊い志に心から敬服する.若き研究者はすべからく,自らの見出した真なるものと信じる成果を世界に発信することの大切さを心に刻んでほしい.

与謝野晶子が書き綴った「劫初よりつくりいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ」の歌が鮮やかに蘇る.天地創造の古より連綿と続く人類の営みの中で研究者が成し遂げられることは,釘一本を打つこと位しかできないかもしれない.しかしその釘はいつまでも錆朽ちることなく輝き続ける黄金の釘であってほしいとの心の叫びを今も共有する生化学学徒の私である.

縁あってアジア・オセアニア生化学者・分子生物学者連合(FAOBMB)の会長をお引き受けした時には,「Scientistには国境が存在する」を実感する日々を過ごした.若き生化学研究者の心に種を蒔いてくださった恩師に感謝の念を捧げるとともに,基礎生命科学研究から医学応用研究へと展開する国際的な研究を担う次世代の研究者の皆さんに,世界でOnly Oneの研究成果に「輝く瞬間」が訪れることを祈念している.

師の言葉:No border for Science. You should tell your student how happy you are to be a Scientist.

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