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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 599-603 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950599

みにれびゅうMini Review

授乳期マウスのオキシトシン分泌動態を可視化するRecording of pulsatile activities of oxytocin neurons in lactating mice

理化学研究所 生命機能科学研究センターRIKEN Biosystems Dynamics Research ◇ 〒650–0047 兵庫県神戸市中央区港島中町2–2–3 ◇ 2–2–3 Minatojima-mimamicho, Chuo-ku, Kobe, Hyogo 650–0047, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

我々ヒトを含めた哺乳類は,授乳を介して母子の絆を確立し,それを基盤に社会性を発達させる.母乳は新生期の養分となるのみならず,消化系・免疫系の機能を助けたり発達を促進させたりする酵素や抗体,ホルモンなどを子に与える役割も持つ.このように,授乳は哺乳類を特徴づける重要な機能の一つであるが,授乳を成立させる母体の神経系の仕組みについては,分子,神経回路のいずれのレベルにおいても十分な理解が得られていない.授乳は,母体の脳内で起きる射乳反射と呼ばれる反応が媒介している1).これは,子による乳頭への吸啜刺激が求心性回路を通って視床下部室傍核・視索上核に存在する中枢オキシトシン(OT)ニューロンを刺激し,OTを脳下垂体後葉からパルス状に分泌させる反射である.分泌されたOTは乳腺を収縮させることで乳汁分泌を促す.1970~80年代の電気生理学的な手法を用いた研究では,射乳反射中の視床下部における単一ユニット活動が記録されたが2, 3),これは非生理的な麻酔下のラットを用いたものであり,記録された細胞がOTニューロンであるかどうかも保証がなかった.

授乳期のOTニューロンに関し,重要な未解決問題を3点あげることができる.第一に,活動動態の問題である.自由行動下において授乳期の開始から卒乳までの期間にOTニューロンはどのようなパターンで活動するのか,その強度や頻度はどのような要因で調整されるのか,といった基本的な事項がわかっておらず,母子関係の発展を研究する上での基礎データが欠落した状態だった.第二に,リズムの問題である.射乳反射は子が吸綴を続けていても数分に一度だけパルス(波)状に発生することが知られている.生体内を見渡しても数分のリズムを持つ発振子は他に見当たらないことから,どのような分子・神経回路機構がこれを生み出しているのか興味深い.第三に,射乳反射の時期特異性の問題である.乳頭に対する吸綴刺激が与えられても,雄や非授乳期の雌は射乳反射を呈さない.授乳期の母体の脳内ではどのような可塑的な変化が生じて,子の吸綴刺激に特別な応答性を獲得するのだろうか.こういった大きな問題に取り組むためには,古典的研究において利用できなかった新規技術が必要となるだろう.そこで我々は,遺伝学的ツールの発達したマウスを授乳の神経科学的研究における新しいモデルとして確立した4)

2. マウスにおける授乳期のOTニューロンの活動測定

ラットにおける古典的な射乳反射の記録の問題点は,一度の実験において一細胞しか記録できず,記録している細胞がOTニューロンであったかどうかがわからないことだった.マウスの遺伝子工学を用いるとOT遺伝子の制御下にCreを発現する系統を利用して,OTニューロンの活動を記録することができる.そこでOT-CreマウスとCreの存在下にカルシウムイオン(Ca2+)センサーとして働くタンパク質GCaMPを発現するマウスを掛け合わせた.一般に,神経細胞が活動すると細胞内Ca2+の濃度が上昇し,GCaMPの蛍光強度が変化する.GCaMPが正しくOTニューロンに発現し,それ以外の細胞に発現していないことを確かめてから,室傍核の直上に光ファイバーを設置した(図1A).

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図1 ファイバーフォトメトリー法による授乳期OTニューロンの活動記録

(A)実験系の模式図.OTニューロンにGCaMP6sの発現している母マウスの室傍核の直上に光ファイバーを刺入し,ファイバーフォトメトリー記録を行った.(B)生後12日目の母マウスからの16時間の代表的なトレース.矢頭はパルス状活動のピークを示す.(C)同一個体から記録された各パルス状活動の平均値.初産後1日目,12日目,二度目の出産後の1日目,12日目を比較した.文献4をもとに作図した.

出産後12日目の母マウスを一晩観察すると,非常に明瞭な神経活動のピークが観察された(図1B).このマウスは12時間の間に62回のピークを示したが,分布は明らかに一様ではなくクラスターを形成していた.このことから,活発に授乳する時間帯と休憩する時間帯があると考えられる.クラスターの中では,およそ4~5分に1回のパルス状のリズムが観察された.

さらに継続して観察すると,授乳期の進展に伴って興味深い変化があった(図1C).どの個体も,出産後1日目には波が小さいものの,授乳を続けると波が高くなり12日目までにはおよそ2倍の高さとなった.また,離乳後に再び妊娠・出産を経験すると,波の高さはいったん元に戻って,それからまた大きくなることもわかった.授乳を続けると波が高くなる変化の理由として,子マウスが成長して吸啜が強くなったためか,それとも母マウス側でOTニューロンが変化するのか,二つの可能性が考えられた.そこで,生後間もない子マウスと十分成長した子マウスを用意して,人為的に入れ替える里子実験を行った.その結果,母マウスの示すOTニューロンの活動ピークの高さは子マウスの日齢に影響を受けなかった.したがって,母マウスのOTニューロンには自身の授乳経験に依存して,自律的に活動強度を変化させる仕組みがあると考えられる.この自律的変化は,子マウスの成長に合わせて射乳反射の強度を調整する上で適応的だと考えられるが,その仕組みの解明には今後の研究が必要である.

以上のように,授乳期のマウスにおいてOTニューロンのパルス状活動をリアルタイムかつ長期的に観察できる系を構築することができた.

3. OTニューロンに対する入力神経マップと射乳反射の調整回路

このOTニューロンのリズムの形成や調整に関わる神経回路を考える第一歩は,OTニューロンに直接入力する上流の神経細胞を網羅的に可視化することである.そこで,特定の神経細胞に入力するシナプス前細胞群を標識できるトランスシナプス標識法5)を用いて,OTニューロンに入力する神経細胞のマップを作製したところ,視床下部のさまざまな神経核や視床下部の外側の構造,たとえばストレス応答に重要な役割を果たす分界条床核(bed nucleus of stria terminalis:BST)に多くの標識がみられた(図2A).標識された神経細胞の分布を非妊娠状態の雌マウスと出産後1日目の母マウスとで比較したところ,大きな違いはみられなかった.また,標識される細胞の種類を調べてみると,興奮性,抑制性いずれのタイプの神経細胞も見いだされたが,領域ごとに偏りがあり,BSTではほとんどが抑制性の神経細胞だった.

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図2 神経回路に基づくOTニューロンの活動操作

(A)(左図)トランスシナプス標識実験の模式図.この実験系ではOTニューロンとシナプス形成する一段階上流の神経細胞のみが緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識される.(写真)標識の起点となる出発細胞の一部(スケールバーは100 µm),および標識された上流の神経細胞群(右2枚.スケールバーは200 µm).(B)薬理遺伝学実験の模式図.(C)CNO投与によりBSTの抑制性神経細胞を人為的に活性化した後のOTニューロンの代表的なパルス状活動(矢頭).対照実験(生理食塩水投与)と比較して,CNO投与後にパルス状活動が減少した.(D)生理食塩水(生食)あるいはCNO投与後3.5時間に起きたOTニューロンのパルス状活動の頻度.**比較した二群の有意水準,p<0.01.文献4をもとに作図した.

そこで,BSTの抑制性神経細胞の射乳反射における役割を検討する目的で薬理遺伝学による介入を行った.具体的には,アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いて,hDlxミニエンハンサー6)の制御下にhM3Dチャネル7)をBSTの抑制性神経細胞に導入した.hM3Dチャネルは,薬剤clozapine-N-oxide(CNO)によって活性化され,標的の神経細胞を活性化させることができる.こうしてBSTの抑制性神経細胞を特異的に活性化させ,同時にOTニューロンの射乳反射における活動を観察した.その結果,薬剤CNOの効いている期間に母マウスの子マウスとのふれあいは変化しないが,OTニューロンのパルス状活動が有意に少なくなることがわかった(図2B~D).この結果は,上流の神経回路への介入によってOTニューロンのパルス状活動を制御できることを明らかにしたものである.将来的に,新規に見つかったBSTによるOTニューロンの抑制がストレスによる授乳障害等に関与しているかどうか検討する価値があるだろう.

4. OTミニプロモータによるOTニューロンの活動記録

ここまでに説明した授乳期マウスのOTニューロンをイメージングする手法は,2種類のノックインマウスを掛け合わせる複雑な遺伝学的操作を含み,射乳反射を支える神経回路や分子への介入実験と組み合わせることが困難だった.この問題の解決には,遺伝子組換えマウスを用いず,野生型マウスの脳内でOTニューロンの活動を可視化する技術が必要である.所属研究室の先行研究において,マウスOT遺伝子の上流2.6キロ塩基対の領域に存在する転写制御配列を組み込んだAAVを用いて外来遺伝子を室傍核のOTニューロンに特異的に導入できることが知られていた8).そこで我々は,この配列を用いて,GCaMPをOTニューロンに特異的に発現させる新規のAAVベクターを開発した.これを野生型雌マウスの室傍核に導入し,授乳中のOTニューロンの活動を観察したところ,複雑な遺伝子組換え動物を用いた手法と比較して遜色のない活動データが得られた9)

この新しい系を用いて,短期的な断乳が母体のOTニューロンの活動に与える影響を調査した.出産後12~14日目において,子マウスを金網に隔離して乳頭を吸綴できない状態で母マウスのOTニューロンを観察した(図3A).金網による隔離では,母マウスは子マウスの姿や鳴き声,匂いなどの感覚刺激を受け取れる状況にあり,実際に金網の周囲を探索する行動がみられた.しかし,隔離期間中はOTニューロンのパルス状活動はまったくみられなくなった.ヒトにおいては,熟練した授乳婦は子の写真や声を見聞きするだけで泌乳する例が知られているが,マウスの場合には,乳頭への吸綴刺激がないと射乳反射が起こらないようである.興味深いことに,子マウスを金網から出し再び母マウスが授乳を行えるようにすると,OTニューロンのパルス状活動は直ちに再開し,その発生回数が隔離前よりも有意に増加していた(図3B).この結果から,射乳反射時のOTニューロンの活動パターンには可塑性があり,母子の隔離により一時的に断乳された後では“リバウンド”が起きることがわかった.

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図3 短期的断乳や授乳期の進展に伴うOTニューロンの活動パターン

(A)金網による母子の隔離前後,および隔離中における母マウスのOTニューロンの活動記録.(B)金網に子マウスを隔離する前後における2時間あたりのOTニューロンのパルス状活動の発生回数.n=7母マウス.*Wilcoxonの符号順位検定により,p<0.05.(C)授乳期の進展に伴うIPIの累積確率分布.子マウスが成長するにつれ,短いIPIの割合が増え,OTニューロンのパルス状活動がクラスターを形成することがわかる.n=7母マウス.**Bonferroni補正をかけたKolmogorov–Smirnov検定により,p<0.01.文献9をもとに作図した.

次に我々は,未解決問題の一つである授乳期の進展に伴うOTニューロンの活動パターンを定量的に評価するため,出産後2~4日目(授乳初期),12~14日目(授乳中期),18日目(授乳後期)の3回,明暗期それぞれ6時間のフォトメトリー記録を行った.同時にマウスケージをビデオ撮影し,母マウスが巣にいる時間を計測した.ビデオ解析の結果,OTニューロンのパルス状活動は必ず母マウスが巣にいて子マウスの上にしゃがみ授乳姿勢をとっているときにのみ起こることがわかった.そして,母マウスが巣にいる時間は,明期(マウスが主に休息する)では授乳期全体を通して一定であるのに対し,暗期(活発に活動する)では授乳期が進むにつれて減少することがわかった.6時間あたりのパルス数は授乳期全体を通して明暗期ともに変化がなく,結果として授乳期の進行に伴い,母マウスが巣にいる時間あたりのOTニューロンのパルス状活動の数は授乳中期・後期の暗期で有意に増加していた.またOTニューロンのパルス状活動の発生がクラスター化する現象が認められたため,これを定量的に解析するために,パルス状活動の間隔(inter-pulse interval:IPI)を計測した(図3C).その結果,明期・暗期共に授乳期の進行に伴い短いIPIの割合が有意に増加し,クラスター化が顕著になることが示された.クラスター化が明瞭な授乳後期においては,クラスター内のIPIの分布はパルスの発生がランダムに生じると仮定した場合に予想される指数分布ときわめて類似していた.これらのことからOTニューロンのパルス状活動はポアソン過程に従っており,他のパルス状活動と無関係にランダムに発生することが示唆された.

5. 展望

以上のように我々の研究は,マウスを用いた授乳の神経科学の基盤を構築するものであり,授乳の「質」や「量」に影響を与える遺伝的要因や環境因子の探索を促進し,授乳期の母親や家族の生活の質の改善に貢献する技術の開発につながるものと期待できる.今後の研究においては,OTニューロンが数分に一度のパルス状活動を行うための分子・神経回路機構の研究が必要である.その第一歩として,乳頭への吸綴刺激が視床下部のOTニューロンへと伝達される求心性回路の詳しい解明が望まれる.先行研究からラットにおいて視床下部背内側核の障害により射乳反射が消失する10)ことや,延髄孤束核からOTニューロンへのノルアドレナリン作動性の入力が存在する1)こと等が示唆されている.4節において説明した手法はCre/loxPシステムを必要としないので,神経回路の特異的な操作実験と組み合わせることが可能であり,射乳反射の感覚系求心路の細胞構成の理解を加速させるものと期待される.さらには,上記の神経回路について非授乳期の雌あるいは雄マウスと授乳期の雌マウスとをトランスクリプトーム解析,電気生理学による神経接続強度解析に供して比較することで,射乳反射の時期特異性を保証する分子・回路レベルの可塑性を理解することが重要だと思われる.母親において吸啜シグナルがOTニューロンを強く活性化させる増強の仕組みが解明できれば,人為的に効率よくOTニューロンを活性化させる技術の開発につながる.OT系の活性化は自閉症スペクトラム障害などの神経疾患の治療戦略としても着目されていることから,本研究の成果は母性機能の理解を超えた重要性を持つと考えられる.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

矢口 花紗音(やぐち かさね)

京都大学大学院生命科学研究科博士課程,理化学研究所 大学院生リサーチ・アソシエイト(JRA)

京都大学大学院生命科学研究科 修士号(2023年3月)

略歴

1998年栃木県にて誕生.2021年3月同志社大学生命医科学部医生命システム学科卒業.23年3月京都大学大学院生命科学研究科高次生命科学専攻修士課程修了.同年4月より現課程・現職.

研究テーマと抱負

哺乳類を特徴づける重要な機能の一つである授乳に焦点を当て,授乳を制御する母体の神経系の仕組みについて研究しています.今年度から理研JRAとして採用され,博士課程の学生としてより一層研鑽を重ねる所存です.

ウェブサイト

http://cco.riken.jp/

趣味

読書,動物園・水族館巡り.

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