Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 614-617 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950614

みにれびゅうMini Review

アストロサイトの機能異常による正常眼圧緑内障発症機構Astrocyte dysfunction-induced pathogenesis of normal-tension glaucoma

1東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクトVisual Research Project, Tokyo Metropolitan Institute of Medical Science ◇ 〒156–8506 東京都世田谷区上北沢2–1–6 ◇ 2–1–6 Kamikitazawa, Setagaya-ku, Tokyo 156–8506, Japan

2山梨大学GLIAセンターGLIA center, University of Yamanashi ◇ 〒409–3898 山梨県中央市下河東1110 ◇ 1110 Shimokato, Chuo, Yamanashi 409–3898, Japan

3山梨大学大学院総合研究部医学域薬理学講座Department of Neuropharmacology, Interdisciplinary Graduate School of Medicine, University of Yamanashi ◇ 〒409–3898 山梨県中央市下河東1110 ◇ 1110 Shimokato, Chuo, Yamanashi 409–3898, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

グリア細胞は,脳など神経系を構成する非神経細胞である.従来,グリア細胞は重要な役割を持たない,神経間の隙間を埋める「膠(にかわ=glue)」のような細胞と考えられており,「グリア」と命名された.近年のグリア科学の進展により,これらの細胞は単なる脇役ではなく,さまざまな神経組織の正常な発達や機能発現に必須の細胞であることが明らかになってきた.アルツハイマー病などの神経変性疾患や脳梗塞などの脳傷害の他,種々の精神疾患など,脳の障害や病態時に,グリア細胞はその形態や遺伝子発現を変化させることが古くから知られている.多くの場合,細胞種特異的遺伝子やタンパク質発現増加,細胞体の肥大化,突起の退縮や肥厚化などの変化を伴う.グリア細胞のこのような変化を「反応性化(reactive gliosis)」と呼ぶ.従来,このような変化は神経細胞が傷害された結果,二次的に生じる応答であると考えられてきたが,最近までの技術的な進展の結果,グリアの変化はむしろ疾患の発症や進展をダイナミックに制御する可能性が明らかとなってきた.このような知見の多くは,脳や脊髄などの研究から得られてきたが,眼など他の神経組織に関しては十分に明らかになっていない.本稿では,グリア細胞の一種である「アストロサイト」の機能異常と,日本の中途失明原因第一位の疾患である「緑内障」との関連について最新の知見を交えて解説する1)

2. 緑内障とは

緑内障は進行性の視神経症で,日本では中途失明原因第一位の疾患である.全世界の緑内障患者数は7000万人ともいわれている.網膜を構成する複数の神経細胞のうち,網膜で受容した視覚情報を脳へと伝達する網膜神経節細胞(retinal ganglion cell:RGC)が優先的に傷害されることを特徴とする.緑内障は多因子疾患であり2),特によく知られたリスク因子として「高眼圧」があげられる3, 4).高眼圧が直接ストレスを与えることによってRGCを傷害する,という仮説が広く受け入れられているものの,眼圧のレベル自体は疾患の発症に影響しないこと,眼圧を十分に低下させても疾患の進行が止められない場合があること,そして日本人患者の大部分が正常眼圧緑内障であること5)などから,眼圧以外の緑内障発症機構についても解明が急務である.我々は,緑内障発症にグリア細胞が寄与する,との仮説を立てて検討を進めてきた.その過程で,アストロサイトの機能異常が緑内障発症に寄与する可能性を見いだした.

3. アストロサイト

アストロサイトは脳など神経系を構成するグリア細胞と呼ばれる非神経細胞群の一種である.他のグリア細胞には,神経系の免疫担当細胞であるミクログリア,神経軸索を取り囲み髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトの他,NG2グリアなどが含まれる.網膜には,網膜特異的アストロサイト系譜細胞であるミューラー細胞が存在し,網膜全層を貫通している.アストロサイトは,網膜最内層表面に局在しており,網膜表面にメッシュ状の構造を形成し,RGC軸索が集合して視神経を形成して網膜外へと導出する箇所である視神経乳頭部や視神経の周囲にはさらに高密度に集積する.特に,「篩状板」と呼ばれる部位ではアストロサイトが蜂の巣状の構造を形成し,その間隙をRGC軸索が通過する.この部位を通過する軸索は無髄であり,アストロサイトと直接的に接触するため,アストロサイトの変化はRGCへ大きく影響すると考えられる.緑内障では,篩状板を通過するRGC軸索の傷害が疾患発症の起点となるため,アストロサイトの機能異常が緑内障発症を誘発する可能性が考えられる.

従来の仮説では緑内障の最もよく知られたリスク因子である高眼圧が,機械的に篩状板を変形させることでRGC軸索が傷害される,と考えられている(図1).しかし,上述のとおり,眼圧自体は直接的な原因ではない可能性がある.したがって我々は,緑内障発症に関わるリスク遺伝子に着目して研究を進めた.

Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 614-617 (2023)

図1 緑内障とRGC傷害

4. ABCA1と緑内障発症

近年のゲノムワイド関連解析研究から,ATP-binding cassette transporter A1(ABCA1)遺伝子の1塩基多型が緑内障発症リスクに相関することが明らかとなった6–8).ABCA1はリン脂質スクランブル,貪食/飲食作用,免疫制御,開口放出,細胞内シグナル制御,抗炎症,コレステロールやリン脂質の細胞体への輸送など,さまざまな機能を有する.脳ではABCA1はアストロサイトに高発現することが示されているものの,眼においてどの細胞に発現し,どのような役割を果たすか,特に緑内障病態にどのように寄与するかについてはまったく明らかになっていなかった.

ABCA1と緑内障との関連性を明らかにするため,我々はまずABCA1欠損マウスを用いて評価した.眼圧は顕著な上昇を示さなかったものの,加齢に伴うRGCの脱落やアポトーシスの亢進が認められたため,ABCA1の欠損は眼圧には影響しないものの,緑内障の原因となりうると考えられた.次に,網膜におけるABCA1の発現細胞を検討した.表面抗原に対する磁気細胞分離により,CD11b陽性細胞(ミクログリア),ACSA1陽性細胞(アストロサイト/ミューラー細胞),その他(ニューロン,血管内皮など)に分けてAbca1 mRNA発現を評価すると,ACSA1画分に最も高い発現がみられ,アストロサイトまたはミューラー細胞がABCA1を発現すると考えられた.網膜切片の免疫組織化学染色による評価では,ABCA1タンパクは網膜最内層のGFAP陽性アストロサイト内に強く発現している一方,vimentin陽性ミューラー細胞への発現は低かった.このような分布はヒト網膜切片でも再現された.これらの結果から,眼ではアストロサイトがABCA1を高発現することが明らかとなった.

アストロサイトのABCA1の役割を検討するため,アストロサイト特異的にABCA1を欠損するマウスを用いて検討を行った.本マウスは,眼圧は変化しなかったものの,加齢依存的なRGC脱落およびアポトーシス亢進,網膜神経線維層菲薄化,RGC樹状突起退縮,網膜シナプス脱落,視神経膨潤,視覚応答の減弱など,正常眼圧緑内障の症状を示す複数の所見が認められた.これらの結果から,アストロサイトのABCA1欠損を起点とする機能障害が緑内障,特に正常眼圧緑内障の原因となりうることが示された.

5. 1細胞RNAシークエンスによる分子機構の解明

1)アストロサイトと炎症シグナル

アストロサイトのABCA1欠損がどのように緑内障発症に寄与するかを,網膜組織のバルクRNAシークエンスおよび1細胞RNAシークエンスにより解析を行った.いずれの場合でもケモカインやインターロイキンなど炎症に関わる遺伝子群の発現亢進が認められ,緑内障発症・進行に係る分子メカニズムの一つとして神経炎症が重要であると考えられた.

細胞特異的な遺伝子発現を解析すると,RGC特異的なものとしてCCR3およびCCR5パスウェイ,RGCおよびアストロサイトに共通するものとしてCXCR4シグナルパスウェイが亢進していた.免疫組織化学染色で検討したところ,CXCL12(CXCR4のリガンド)はアストロサイトに限局して発現し,ABCA1欠損に伴って発現が増加した.また,CCL5(CCR3/5リガンド)も同様の発現パターンおよび変化を示した.一方,CXCR4やCCR5など受容体の発現は網膜の神経節細胞層に存在するRbpms陽性RGCに発現していた.つまり,ABCA1欠損に伴ってアストロサイト内で発現亢進したCXCL12,CCL3/5はRGCに発現する受容体で検知されて病態の進行に寄与すると推察された.

2)正常眼圧緑内障感受性RGCサブクラス

RGCはその形態,活動性,遺伝子発現パターンに基づく分類から,20~40種類に分けられる.視神経挫滅やN-methyl-D-aspartate(NMDA)投与に対して感受性/耐性を持つRGCサブクラスは同定されていたものの,正常眼圧緑内障に対して感受性の異なるRGCサブクラスについては未同定であった.今回我々は,正常眼圧緑内障に感受性の高いRGCサブクラスを同定した.このRGC集団は,興奮性神経伝達に関わるグルタミン酸関連遺伝子発現が高く,それらはABCA1欠損に伴って大きく発現が低下した.その中でも特にGrin3a遺伝子(NMDA受容体のうちNR3Aをコード)が最も大きな変化を示した.NR3Aはドミナントネガティブ型サブユニットであり,NMDA受容体のCa2+透過性を抑制する.したがって,NR3A発現が低下するとNMDA受容体を介したRGCへのCa2+透過性が亢進して興奮毒性が生じると考えられる.実際,低濃度NMDAを硝子体内投与すると,アストロサイトABCA1欠損マウスではRGC脱落が顕著に亢進した.前述のケモカインは神経細胞からのグルタミン酸放出の亢進や,NMDA受容体を介したシグナルの増強などに寄与することが知られている.一方,アストロサイトのABCA1欠損はアストロサイトから神経細胞へのコレステロール供給不足によるシナプス形成不全や興奮毒性の増悪などを誘導する可能性も推察される.

以上,本研究のまとめを図2に示す.ABCA1は網膜においてはアストロサイトに高発現し,アストロサイト選択的なABCA1欠損はその性質を変化させてケモカイン産生を誘導する.一方,RGCではNR3Aサブユニットの発現低下によってNMDA受容体を介した興奮毒性が増悪し,これがRGC脱落および視機能低下につながると考えられた.アストロサイトを起点とした神経炎症にはケモカインの他にもさまざまな因子が関係する可能性がある9)他,アストロサイト以外のグリア細胞,たとえばミクログリアも興奮毒性によるRGC脱落に寄与する10).また,ミクログリア-アストロサイト連関が神経保護や傷害のいずれにも関与する11, 12)ため,グリア間の連関などさまざまな角度からの疾患の理解と新しい治療標的の探索を進めていきたい.

Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 614-617 (2023)

図2 本研究のまとめ

6. おわりに

従来,緑内障の分子メカニズムは眼圧を中心に進められてきた.また,RGCが選択的に傷害されることから,RGC中心的な研究が行われてきた.今回我々は,グリアを新しい切り口として発症機構や治療標的の糸口を見いだすことに成功した.一方,今回の研究で解明できなかった部分も非常に多く,今後もさらに詳細なメカニズムの解明に努めたい.

謝辞Acknowledgments

本研究は,すべて山梨大学大学院総合研究部医学域薬理学講座において,小泉修一教授の指導のもと行われました.小泉教授をはじめ,共同研究者の先生方などさまざまな方々にご指導いただいた成果です.この場を借りて深謝申し上げます.

引用文献References

1) Shinozaki, Y., Leung, A., Namekata, K., Saitoh, S., Nguyen, H.B., Takeda, A., Danjo, Y., Morizawa, Y.M., Shigetomi, E., Sano, F., et al. (2022) Astrocytic dysfunction induced by ABCA1 deficiency causes optic neuropathy. Sci. Adv., 8, eabq1081.

2) Shinozaki, Y. & Koizumi, S. (2021) Potential roles of astrocytes and Müller cells in the pathogenesis of glaucoma. J. Pharmacol. Sci., 145, 262–267.

3) Shinozaki, Y., Kashiwagi, K., Namekata, K., Takeda, A., Ohno, N., Robaye, B., Harada, T., Iwata, T., & Koizumi, S. (2017) Purinergic dysregulation causes hypertensive glaucoma–like optic neuropathy. JCI Insight, 2, e93456.

4) Hamada, K., Shinozaki, Y., Namekata, K., Matsumoto, M., Ohno, N., Segawa, T., Kashiwagi, K., Harada, T., & Koizumi, S. (2021) Loss of P2Y1 receptors triggers glaucoma-like pathology in mice. Br. J. Pharmacol., 178, 4552–4571.

5) Iwase, A., Suzuki, Y., Araie, M., Yamamoto, T., Abe, H., Shirato, S., Kuwayama, Y., Mishima, H.K., Shimizu, H., & Tomita, G.; Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society. (2004) The prevalence of primary open-angle glaucoma in Japanese: The Tajimi Study. Ophthalmology, 111, 1641–1648.

6) Hysi, P.G., Cheng, C.-Y., Springelkamp, H., Macgregor, S., Bailey, J.N.C., Wojciechowski, R., Vitart, V., Nag, A., Hewitt, A.W., Höhn, R., et al.; BMES GWAS Group; NEIGHBORHOOD Consortium; Wellcome Trust Case Control Consortium 2. (2014) Genome-wide analysis of multi-ancestry cohorts identifies new loci influencing intraocular pressure and susceptibility to glaucoma. Nat. Genet., 46, 1126–1130.

7) Gharahkhani, P., Burdon, K.P., Fogarty, R., Sharma, S., Hewitt, A.W., Martin, S., Law, M.H., Cremin, K., Bailey, J.N.C., Loomis, S.J., et al.; Wellcome Trust Case Control Consortium 2, NEIGHBORHOOD consortium. (2014) Common variants near ABCA1, AFAP1 and GMDS confer risk of primary open-angle glaucoma. Nat. Genet., 46, 1120–1125.

8) Chen, Y., Lin, Y., Vithana, E.N., Jia, L., Zuo, X., Wong, T.Y., Chen, L.J., Zhu, X., Tam, P.O.S., Gong, B., et al. (2014) Common variants near ABCA1 and in PMM2 are associated with primary open-angle glaucoma. Nat. Genet., 46, 1115–1119.

9) Shinozaki, Y., Kashiwagi, K., & Koizumi, S. (2023) Astrocyte immune functions and glaucoma. Int. J. Mol. Sci., 24, 2747. doi: 10.3390/ijms24032747.

10) Takeda, A., Shinozaki, Y., Kashiwagi, K., Ohno, N., Eto, K., Wake, H., Nabekura, J., & Koizumi, S. (2018) Microglia mediate non-cell-autonomous cell death of retinal ganglion cells. Glia, 66, 2366–2384.

11) Shinozaki, Y., Shibata, K., Yoshida, K., Shigetomi, E., Gachet, C., Ikenaka, K., Tanaka, K.F., & Koizumi, S. (2017) Transformation of astrocytes to a neuroprotective phenotype by microglia via P2Y1 receptor downregulation. Cell Rep., 19, 1151–1164.

12) Liddelow, S.A., Guttenplan, K.A., Clarke, L.E., Bennett, F.C., Bohlen, C.J., Schirmer, L., Bennett, M.L., Münch, A.E., Chung, W.-S., Peterson, T.C., et al. (2017) Neurotoxic reactive astrocytes are induced by activated microglia. Nature, 541, 481–487.

著者紹介Author Profile

篠﨑 陽一(しのざき よういち)

東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクト 副参事研究員.博士(薬学).

略歴

1999年広島大学総合科学部卒業.2001年同大学院生物圏科学研究科博士課程前期修了.05年九州大学大学院薬学研究院博士課程後期修了,博士(薬学)取得.06年国立医薬品食品衛生研究所薬理部博士研究員.07年NTT物性科学基礎研究所リサーチアソシエイト.08年常勤研究員.10年山梨大学大学院総合研究部医学域薬理学講座講師.21年准教授.23年東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクト副参事研究員.現在に至る.

研究テーマと抱負

グリアの異常による視覚病態発症機構の解明と新規治療法の開発.

ウェブサイト

https://www.igakuken.or.jp/retina/

https://sites.google.com/view/hp-shinozakiyouichi/home

趣味

絵画鑑賞,海外の路地裏を散歩.

This page was created on 2023-09-08T10:47:51.624+09:00
This page was last modified on 2023-10-06T08:37:51.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。