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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 623-627 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950623

みにれびゅうMini Review

ミトコンドリア陽イオントランスポーターによる体内時計ニューロンの普遍的制御Mitochondrial cation transporter regulates molecular clock rhythms in circadian pacemaker neurons

富山大学学術研究部理学系Graduate School of Science and Engineering, University of Toyama ◇ 〒930–8555 富山県富山市五福3190 ◇ 3190 Gofuku, Toyama-shi, Toyama 930–8555, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

2017年のノーベル医学・生理学賞研究により,さまざまな生命現象の概日リズムを形成する仕組みとして,「時計遺伝子」の転写翻訳フィードバックループ(transcriptional-translational feedback loop:TTFL)が普遍的な振動メカニズムであることが示されている.実際,時計遺伝子を失うと,ほとんどの細胞の概日振動が平坦化することが知られている.一方で,より最近の研究では,ヒトの赤血球からシアノバクテリアまでさまざまな細胞において,核に依存しない酸化還元レベルの概日リズム性が観察されており1, 2),TTFLとは独立した代謝系振動コンポーネントの存在も示唆されている.ミトコンドリアは,真核生物においてエネルギー代謝の中核を担うだけでなく,細胞内イオンの貯蔵と輸送を行うオルガネラでもある.ミトコンドリア内膜を介したHの輸送はATP合成時に起こることが広く知られているが,Na,K,Ca2+などの陽イオンもミトコンドリア内膜を介して活発に輸送される.しかしながら,時計遺伝子のTTFL,代謝リズム,ミトコンドリアのイオン輸送の関連性はこれまでに明瞭にされていない.

筆者らは最近,ラットやショウジョウバエの中枢時計ニューロンを用いて,ミトコンドリア内膜の陽イオントランスポーターであるLETM1が,代謝・細胞内イオン濃度・時計遺伝子のリズム形成に不可欠であることを報告した(図13).本稿では,その研究成果を中心に,体内時計振動におけるミトコンドリアLETM1の働きについて紹介する.

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図1 ミトコンドリアLETM1による中枢時計ニューロンの制御をまとめた模式図

ラットやショウジョウバエの中枢時計ニューロンにおいて,ミトコンドリア陽イオントランスポーターLETM1が,時計遺伝子の振動,細胞内Ca2+/H濃度リズム,代謝リズムをいわば「三つ巴」の関係で連動させる働きしていることを見いだした.文献3より改変.

2. 中枢時計に固有な振動メカニズムとは何か

時計遺伝子のTTFLは,皮膚やさまざまな臓器などのほぼ全身の細胞で約24時間周期のリズムを作り出すことができる.一方で,動物の中枢時計ニューロンを破壊すると,その他の細胞で時計遺伝子が正常に働いていたとしても,24時間の活動リズムは維持できなくなることが知られている.これらのことは,中枢時計がその他の末梢時計の振動を統合制御する仕組み(つまり階層性)が存在することを意味している.また,これらの事実は,中枢時計ニューロンに固有な細胞機能は,時計遺伝子のみで説明することは難しいことも物語っている.哺乳類の体内時計中枢である視床下部視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)は,in vitroでも活動電位発火頻度に自発的な概日振動を示す.生理学的な条件下では,中枢時計ニューロンは末梢細胞よりも安定なTTFLリズム出力を呈することが知られている.SCNは約1万個のニューロンが密にパックされた神経核であり,細胞間の相互作用により安定的な細胞振動を形成することが示唆されている4).一方で,哺乳動物以外の中枢時計ニューロンはSCNと同様の形態学的な特徴を持つわけではない.たとえば,キイロショウジョウバエの中枢時計ニューロンは,脳側方部に「点在する」側方ニューロン(lateral neurons:LNs)であることが明らかになっているが,この振動体なしに全身で安定した振動を形成することは難しい.ハエにおいても,振動子としての安定性は中枢時計ニューロンの方が高いことが知られているが,中枢時計と末梢時計の違いを生むメカニズムは,ハエにおいては細胞間相互作用のみでは説明がつかない.

筆者らの研究グループは,マウスSCNの組織培養にCa2+感受性蛍光タンパク質センサー(Yellow Cameleon 2.1:YC2.1)遺伝子を導入し,個々のSCNニューロンに約24時間周期の細胞内Ca2+濃度振動が存在することを報告してきた5).この概日Ca2+リズムは,電位依存性NaチャネルやCa2+チャネルを遮蔽しても持続することから,小胞体Ca2+ストアからのCa2+放出(つまりはCa2+-induced Ca2+ release:CICR)に依存した濃度変化であると考えられるが,そのトリガーとなる初期振動については未同定であった.興味深いことに,ニューロンとは逆相の概日Ca2+リズムがSCNアストロサイトにも報告されているが6),SCNプロジェニター細胞やSCN以外の末梢時計細胞では概日Ca2+リズムは観察されないことから7, 8),少なくとも哺乳動物においては,このリズムは成熟した時計中枢に特異的であると考えられる.

3. ショウジョウバエ中枢時計ニューロンのLETM1依存的な概日Hリズム

概日Ca2+リズムが生物種を超えて時計中枢の普遍的なリズムコンポーネントであるのか検証するために,筆者らは,ショウジョウバエの蛹のLNsに,SCNニューロンで用いたセンサーと同じYC2.1を発現させ,概日Ca2+リズムの検出を試みた.Ca2+濃度変化に応じて,YC2.1はFRETによりアクセプター(F535 nm)とドナー(F480 nm)の蛍光輝度に対比的な蛍光レシオ変化が引き起こされるはずである.しかし,残念なことに,この手法では,LNsのYC2.1蛍光レシオ値に概日リズムを観察することはできなかった.一方で,F535 nmとF480 nmの2蛍光値が並行して輝度変化するという奇妙なリズム(予想外のアーティファクト)を観察した.さまざまな検証の結果,これはLNs細胞内で水素イオン濃度(pH)が酸性側に概日変動している可能性が考えられた3).そこで,LNsの細胞内pHの24時間振動を正しく評価するため,レシオメトリックHセンサー(deGFP4)を発現するトランスジェニックバエを作出し,長期イメージング実験を行った.その結果,昼間には中性であったLNs内のpHが,夜間には弱酸性(約pH 6.8)となるリズムが存在することを突き止めた(図2A3)

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図2 Letm1ノックダウンが概日時計振動に及ぼす影響

(A, B)Letm1ノックダウンがショウジョウバエとラットの中枢時計ニューロンの細胞内イオン濃度リズムに及ぼす影響を示したデータ.ショウジョウバエの中枢時計ニューロン(LNs)で観察された細胞内H濃度リズム(A),ラットSCNニューロンの細胞内Ca2+濃度リズム(B)ともに,Letm1ノックダウンにより抑制された.(C, D)Letm1ノックダウンが中枢時計と末梢時計の時計遺伝子Bmal1転写リズムに及ぼす影響を示したデータ.ラットSCNニューロン(C)ではBmal1転写リズムは大きく変調したが,末梢時計であるヒト網膜色素上皮細胞株(D)ではほとんど変化はみられなかった.文献3より改変.

筆者らは新たに発見された細胞内Hリズムのメカニズムにアプローチするために,プロトン輸送に関わる複数の分子に対するRNAiノックダウン系統を作出し,恒暗条件下(つまり自律的なフリーランニング振動を可視化できる条件)で歩行活動リズムを測定した.その結果,ミトコンドリア陽イオントランスポーターLETM1のノックダウンにより,ショウジョウバエのフリーランリズムが長周期化することを突き止めた3).さらに,LETM1のノックダウンにより,LNsの細胞内Hリズムが消失すること(図2A)や,LNsの時計タンパク質(PERやTIM)の核内凝集リズムが変調することも明らかにした.また,LNsの一つであるlarge-LNvの自発的活動電位発火頻度がpH依存的に変化し,酸性条件では発火頻度が著しく低下することを観察した.先行研究により,酸により不活性化されるKv3ファミリーに属する電位感受性Kチャネルが,LNvの神経発火リズムを制御することが報告されている9).よって,今回LNsにおいて観察した夜型の細胞内Hリズムは,large-LNvの自発発火頻度リズム10, 11)の細胞内の震源とも考えられる.

4. 哺乳類の体内時計振動におけるLETM1の働き

LETM1は,酵母やショウジョウバエではK/H交換輸送体として機能する12)のに対し,哺乳類ではCa2+/H交換輸送体として働くことが知られている13).実際,Letm1 shRNAと蛍光Ca2+センサー(YC3.6)遺伝子をラットSCNニューロンに共発現させ,細胞内Ca2+リズムを測定したところ,LETM1をノックダウンしたSCNニューロンにおいて細胞内Ca2+リズムが減衰することが明らかとなった(図2B3).また,Letm1 shRNAと時計遺伝子レポーター(Bmal1-luciferase)遺伝子を共発現させ,時計遺伝子振動を可視化したところ,LETM1ノックダウンによりBmal1転写リズムも不安定化することも明らかとなった(図2C3).よって,中枢時計ニューロンの細胞内イオン濃度リズムが種を超えて普遍的にLETM1により制御されている可能性は高い.

一方で,YC3.6とBmal1-lucが導入されたヒト網膜色素上皮由来細胞株(hRPE-YC)では,デキサメタゾン(Dex)処理により明瞭なBmal1転写リズムを誘導することが可能であるが,このリズムに対してはLetm1ノックダウンの影響はみられなかった(図2D3).hRPE-YC細胞では,自発的Ca2+スパイク頻度に概日リズムがみられるが,SCNニューロンのような大きなベースレベルの概日Ca2+リズムは検出されていない.したがって,LETM1のTTFLへの影響の相違は,末梢細胞における概日イオン濃度リズム形成機構の欠落に起因している可能性が考えられる.これまでの定説として,中枢時計の振動の安定性はSCN細胞の密な細胞間コミュニケーションに依存することが強調されてきた4).一方で,今回の筆者らの研究成果は,中枢ペースメーカーニューロンの安定化にとって,概日イオン濃度リズムを含めた細胞内での時間情報の多層的フィードバックが重要であることを示唆するものとして注目される.

5. ミトコンドリアを介した陽イオンリズムの存在

技術的な問題から,ミトコンドリアからのCa2+放出を数日というスケールで定量的に観察し続けることはきわめて難しい.そうしたこともあり,筆者らはミトコンドリア内のCa2+動態を解析するため,まず【ステップ1】hRPE-YC細胞にケージドCa2+化合物(NP-EGTA-AM)を取り込ませたのち,【ステップ2】ミトコンドリア内Ca2+インジケーター(Rhod 2-AM)で細胞を染色し,【ステップ3】フォトリシスにより人工的に細胞質Ca2+濃度をたたき上げ,【ステップ4】その後のミトコンドリアへのCa2+取り込みをRhod 2で可視化する実験系を構築した.Dex処理により時計遺伝子リズムを同期させたhRPE-YC細胞を用いて,これらの実験を繰り返し行ったところ,Dex処理後の経過時間に依存的なミトコンドリアCa2+取り込みの変化が観察された3).つまり,hRPE-YC細胞のような末梢モデル細胞においてもミトコンドリアCa2+取り込みには概日リズム性がみられるようである.なお,同様のミトコンドリアCa2+取り込みの概日リズムは,より生理的な条件でのラットSCNニューロンにおいても観察された.SCNニューロンでは,Ca2+取り込みのピーク時刻(日中の遅い時間)は,概日Ca2+リズムにおける細胞質Ca2+濃度低下のタイミング5)と一致していたことから,このミトコンドリアによる取り込みは細胞質Ca2+濃度リズムの形成にとって合目的に使われている可能性が高い.

ミトコンドリアを震源とする細胞内イオンリズムの形成機構の全容は,なお不明な点が多い.たとえばミトコンドリアからのCa2+放出と,近傍の小胞体Ca2+貯蔵からの増幅的なCa2+放出を介在するメカニズムについては,中枢ニューロンに固有のメカニズムが存在するのかもしれない.この制御にはサイクリックADPリボースなどのパスウェイの関与が推定される5).また,最近のHepG2細胞を用いたモデル細胞研究では,小胞体ストアに起因するミトコンドリアCa2+流入が,時計遺伝子依存的にピルビン酸デヒドロゲナーゼの活性化と酸化的リン酸化を促進することが示唆されている14).このように,細胞内Ca2+,ミトコンドリアCa2+,代謝活性がフィードバックループを形成し,中枢時計ニューロンのTTFL振動を強めている可能性は高いが,中枢時計に特異的な分子機構の解明には今後さらなる研究が必要である.

6. おわりに

ミトコンドリアをはじめとするオルガネラにおける概日リズムは,新たな研究分野として注目されている.実際,筆者らがショウジョウバエやラットの中枢時計ニューロンにおけるミトコンドリアLETM1の機能について論文を発表した約1か月後に,ゼブラフィッシュletm1 KOモデルを用いて,その概日時計への関与を明らかにした論文がオーストリアの研究グループから報告されている15).一方で,ミトコンドリアは細胞内でダイナミックに分裂・融合を繰り返すことが知られており,またミトコンドリアの人為操作は容易に細胞死をトリガーすることから,長期に安定してイオン濃度を測定するとはきわめて難しい.実際に,ミトコンドリアCa2+蓄積量が細胞質Ca2+リズムと逆位相のリズムを持つことを直接的に証明した研究はまだない.これらのことを実験的に証明するためには,細胞内の各オルガネラのイオンリズムを数日の長期間にわたり,高い三次元空間分解能で安定的かつ非侵襲にモニターできる技術を開発することが必要となるであろう.

謝辞Acknowledgments

本研究は,文部科学省科学研究費補助金,内藤財団(内藤記念海外研究留学助成)および日本学術振興会科学研究費助成事業などの補助を受けて実施されたものである.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

森岡 絵里(もりおか えり)

富山大学学術研究部理学系 助教.博士(理学).

略歴

2007年富山大学理学部生物学科卒業.12年同大学院生命融合科学教育部(生体情報システム科学専攻)博士課程修了.09~12年日本学術振興会特別研究員.15~19年富山大学大学院理工学研究部(理学)助教.19年10月より現職.

研究テーマと抱負

ショウジョウバエを主な研究材料とした,バイオイメージングを用いた体内時計ニューロンの生理学的研究.中枢時計と末梢時計の振動機構の違いや,最近は体内時計の温度補償性に興味を持って研究を進めています.

池田 真行(いけだ まさゆき)

富山大学学術研究部理学系 教授.博士(医学).

略歴

1996年東京医科歯科大学大学院医学系研究科修了.96~2000年早稲田大学人間総合研究センター助手.01~04年大阪バイオサイエンス研究所研究員.05~13年富山大学理学部生物学科助教授/准教授.14年より教授.

研究テーマと抱負

体内時計や睡眠の仕組みを齧歯動物やハエなどを用いて研究してきました.最近,アフリカ原産のグラスラットの実験飼育を始め,これを用いて昼行性と夜行性行動の相違を生む神経機構について研究を進めています.

趣味

魚釣りと魚料理.

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