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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 628-631 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950628

みにれびゅうMini Review

ビタミンKのフェロトーシス抑制作用とビタミンK還元酵素の同定Ferroptosis suppression via vitamin K reduction

1ヘルムホルツセンターミュンヘン 上級研究員Helmholtz Munich ◇ Ingolstädter Landstr. 1, 85764, Neuherberg, Germany ◇ Ingolstädter Landstr. 1, 85764, Neuherberg, Germany

2東北大学大学院医学系研究科腎膠原病内分泌学分野非常勤講師Tohoku University Graduate School of Medicine ◇ 〒980–8574 宮城県仙台市青葉区星陵町1–1 ◇ 1–1 Seiryo-cho, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980–8574, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

ビタミンKは,血液凝固ビタミンとして1929年に同定された,緑色野菜や納豆などに多く含まれる脂溶性ビタミンである.以後の研究で血液凝固作用以外にも骨形成など多彩な生理作用を有することがわかり,さらにそれらの作用を発揮するために必要な,生体内におけるビタミンKの代謝サイクルも明らかとなっている.また,ビタミンK拮抗薬のワルファリンは長きにわたり血栓症に対する治療として世界中で臨床利用されてきた.ビタミンKの発見から約100年を経て,今回我々はフェロトーシスという細胞死の研究を通じて,フェロトーシス抑制作用というビタミンKの新たな生理作用を明らかにしたとともに,生体内での存在自体は知られているものの50年以上その分子正体が同定されていなかったワルファリン非依存性のビタミンK還元酵素の同定に至った1).本稿では,このビタミンKのフェロトーシス抑制作用およびビタミンK還元酵素について概説する.

2. ビタミンKサイクルに残された謎

ビタミンKは,ビタミンK依存性タンパク質に含まれるグルタミン酸残基をγ-カルボキシ化(Gla化)する反応を触媒することで血液凝固作用などの生理作用を発揮する.血液の凝固に必要な凝固因子や骨代謝に関わるオステオカルシン等のビタミンK依存性タンパク質は,このビタミンKを介したGla化を経て,はじめて活性型のタンパク質となる.生体内に存在する少量のビタミンKで多量のビタミンK依存性タンパク質をGla化するために,細胞内において「酸化型ビタミンK→還元型ビタミンK→ビタミンKエポキシド→再び酸化型ビタミンK」へと変換される回路を回ることでビタミンKは有効にリサイクルされる(図1A2).このサイクルの中で,酸化型ビタミンKは,まずビタミンK還元酵素によって還元型ビタミンKへと変換される.還元型ビタミンKは,Gla化を行うγ-グルタミルカルボキシラーゼ(GGCX)によってビタミンKエポキシドへと変換される.ビタミンKエポキシドは,ビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)によって,再び酸化型ビタミンKへと戻り,リサイクルされる.

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図1 ビタミンKサイクル,ワルファリンの作用およびビタミンKによるワルファリン中毒の解毒の機序

(A)血液の凝固に必要な凝固因子等のビタミンK依存性タンパク質が活性化するために必要なGla化を行うには,ビタミンKが,「酸化型ビタミンK→還元型ビタミンK→ビタミンKエポキシド」へと変換される酸化還元サイクルを回る必要がある.酸化型から還元型への変換には,VKORによるワルファリン感受性の経路と,別のワルファリン抵抗性の経路があることが知られていた.今回の研究でFSP1がワルファリン抵抗性経路の責任酵素であることが明らかとなった.VKOR:ビタミンKエポキシド還元酵素.GGCX:γ-グルタミルカルボキシラーゼ.FSP1:フェロトーシスサプレッサープロテイン1.(B)抗凝固薬であるワルファリン(VKORの阻害薬)はビタミンKサイクルを止めることで凝固因子を枯渇させ血を固まりにくくする.ワルファリンが過剰に効いている中毒の状態でも,ビタミンKはFSP1を介した経路によって還元型ビタミンKへと変換されるため,高用量のビタミンKを投与することで凝固因子が産生され止血可能な状態にすることができる(文献2をもとに改変して作成).

このビタミンKサイクル内の反応過程において,酸化型ビタミンKから還元型ビタミンKへの変換を担うビタミンK還元酵素については,i)ワルファリンで阻害される経路とii)ワルファリンで阻害されない経路の二つの経路があることが知られていた(図1A).このうち,前者の経路は,ビタミンKエポキシドから酸化型ビタミンKへの還元を行うVKORが担うことがわかっている.しかし,後者のワルファリン非依存性ビタミンK還元を担う責任酵素は,生化学的にその存在が50年以上前から知られているにもかかわらず,その分子正体は明らかにされていなかった.このワルファリン非依存性のビタミンK還元酵素の重要性は,臨床的にはワルファリン中毒時のビタミンKによる解毒作用において実感される(図1B).血栓症の予防や治療のための抗凝固薬として広く使用されるワルファリンは,VKORを阻害することでビタミンKサイクルを止め凝固因子の枯渇から血液を凝固しづらくさせる薬剤であるが,薬物相互作用等によって過剰投与や中毒になりやすい薬剤でもある.ワルファリン中毒は易出血性によって脳出血等の重篤な状態を起こしうるが,ビタミンKの高用量投与が解毒薬となる.その解毒機序は,勘違いされることも多いが,ワルファリンで阻害されたVKORに対して基質であるビタミンKを過剰量投与することでVKORを介したビタミンKの還元を促すのではない.実は,ビタミンKがワルファリンで阻害されない,別の(分子正体が明らかでない)ビタミンK還元酵素によっても還元されることでワルファリン中毒下でも還元型ビタミンKが作られ,凝固因子のGla化が起きるため止血が可能となるからである(図1B).

3. 脂質酸化依存性細胞死フェロトーシスの制御機構

もともと,我々はこのビタミンKの還元酵素の同定を目指していたのではなく,細胞死の一種であるフェロトーシス(ferroptosis)の制御機構の研究を行っていた.フェロトーシスは,細胞内の過剰な脂質酸化を特徴とする非アポトーシス性の制御性細胞死の一種である.フェロトーシス発動に必要な脂質酸化が生じる過程に鉄(遊離鉄イオン)が必要なため,鉄を意味する“fer-”から命名され,2012年にその概念が提唱された3).その後の研究の発展によって,フェロトーシスは各種の急性臓器障害や神経変性疾患,がんにおける抗がん薬感受性などに関与することが知られ注目を浴びている生命事象である4).フェロトーシスにおいては,細胞膜リン脂質の酸化をトリガーとして,脂質過酸化が進展し,酸化脂質に由来する脂質ラジカルが細胞膜の流動性を破綻させ,最終的に細胞が破裂しフェロトーシスに至ると考えられている.

細胞は過剰な脂質酸化を防ぐためのフェロトーシス防御機構を備えている.中でも1)グルタチオン(GSH)-グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX4)経路,2)フェロトーシスサプレッサープロテイン-1(FSP1)-コエンザイムQ10(CoQ10)経路,3)内在性抗酸化物質による脂質ラジカルの捕捉が,主な防御機構である(図2A4).GSH–GPX4経路では,GPX4がGSHを補酵素として利用して,脂質ラジカルの源となるリン脂質ヒドロペルオキシド(PLOOH)を不活性なアルコールであるリン脂質ヒドロオキシド(PLOH)へと還元することで酸化脂質の進展を止める.GSH–GPX4経路に次ぐ第二のフェロトーシス防御経路として見つかったのがFSP1–CoQ10経路である5).FSP1はNAD(P)Hを補酵素としてCoQ10還元酵素として働き,ミトコンドリア外のCoQ10を還元型CoQ10へと変換する.還元型CoQ10は脂質ラジカルのスカベンジャーとして働き,フェロトーシス発動に関わる脂質ラジカルを消去することでGPX4非依存性にフェロトーシスを抑制することができる.また,ビタミンEをはじめとする生体内に存在する脂溶性の抗酸化物質が脂質ラジカルを捕捉することでもフェロトーシスが抑制される.

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図2 フェロトーシスの制御機構

(A) GSH–GPX4経路とFSP1–CoQ10経路.細胞膜リン脂質(PL)の脂質酸化が進展し,リン脂質ヒドロペルオキシド(PLOOH)が生成される.脂質酸化反応の過程で生じたリン脂質ペルオキシラジカル(PLOO・)をはじめとする脂質ラジカル等の影響によって形質膜が破裂しフェロトーシスが生じる.GPX4はPLOOHをグルタチオン(GSH)を利用して不活性化なアルコールであるリン脂質ヒドロオキシド(PLOH)に還元することでフェロトーシスを抑制する.FSP1はNAD (P) Hを補酵素として,ミトコンドリア外のコエンザイムQ10(CoQ10)を還元型CoQ10へと変換する.還元型CoQ10が脂質ラジカルをスカベンジすることでフェロトーシスを抑制する.(B) FSP1を介したビタミンKによるフェロトーシス抑制作用.酸化型ビタミンKはFSP1の働きによって還元型ビタミンKに変換される.還元型ビタミンKは脂質ラジカルをスカベンジすることでフェロトーシスを抑えるとともに,酸化型ビタミンKに戻り再びFSP1によって還元される(文献2をもとに改変して作成).

4. ビタミンKによるフェロトーシスの抑制作用

筆者らは,フェロトーシス誘導培養細胞を用いてフェロトーシス抑制能を有する生体内代謝物をスクリーニングした結果,意外にもビタミンKであるフィロキノン(ビタミンK1)やメナキノン4(ビタミンK2)がビタミンEよりも低濃度からフェロトーシスを抑制することを見いだした1).では,ビタミンKはどのような機序でフェロトーシスを抑制するのだろうか.大事な点は,通常の存在様式の酸化型ビタミンKはビタミンEと異なり脂質ラジカル捕捉能は持たないことである.そこで,筆者らはCoQ10とビタミンKの構造的な類似性に着想を得た.実は,ビタミンKとCoQ10は構造的に似た構造を有しており,どちらもキノン骨格とイソプレノイド側鎖から構成されている化合物である(図3).前述したとおり,CoQ10はFSP1によって還元されることで,脂質ラジカルを捕捉してフェロトーシスを抑制する.このアナロジーから着想を得た結果,FSP1はCoQ10同様にビタミンKの還元酵素としても働くこと,そしてこのFSP1によって還元されたビタミンKが,脂質ラジカルを捕捉してフェロトーシスを抑制する作用があることを明らかにした.また,ビタミンK2の一種であるメナキノン4のマウスへの高用量の投与は,フェロトーシスがその病態に関与する肝臓や腎臓の虚血再灌流障害や,肝細胞特異的誘導性GPX4ノックアウトマウスの肝障害を軽減する効果を認めた.本研究から,酸化型ビタミンKがFSP1によって還元され,還元型ビタミンKが脂質ラジカルを捕捉すると同時に,自身は再び酸化型ビタミンKに戻るという非古典的なサイクル(Mishima cycle)がフェロトーシス抑制作用を発揮していることがわかった(図2B1, 2)

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図3 ビタミンKとコエンザイムQ10の構造

5. FSP1:ワルファリン非依存性ビタミンK還元酵素としての同定

この発見は,さらにビタミンK依存性タンパク質のGla化というビタミンKの血液凝固作用等に必要な従来型サイクルにおける重要な発見にもつながった.2節で述べたように,ビタミンKサイクルにおいてワルファリン非依存性に酸化型ビタミンKを還元型ビタミンKへと変換する酵素の正体は同定されていなかった.今回の研究から,FSP1がこのビタミンK還元酵素の正体でもあったことが明らかとなった(図1A).実際に,FSP1はその酵素活性がワルファリンでは一切阻害されないワルファリン抵抗性の酵素である.また,通常のFSP1を有するマウスでは,ワルファリン中毒にすると血液凝固能が極度に障害され,脳出血等を発症するが,ビタミンKの投与によってこの中毒症状は有効に解毒できる.一方,FSP1を持たないノックアウトマウスでは,いくらビタミンKを投与してもワルファリン中毒による血液凝固障害はレスキューできないこともこの結果を支持している1).なお,我々の論文の発表半年後,ビタミンKの研究で有名なTieとStaffordらのグループからも,ゲノムワイドCRISPR-Cas9スクリーニングを用いた培養細胞の実験系の異なるアプローチから,FSP1がワルファリン依存性ビタミンK還元酵素であるという同じ結論に至ったことが報告された6).以上から,我々はFSP1を介したビタミンKの二つの作用を明らかにした.一つ目は,FSP1によるビタミンKの還元が非従来型サイクルを介してフェロトーシスを抑制する作用.二つ目は,FSP1によるビタミンKの還元が,従来型のビタミンKサイクルにおいて,ワルファリン中毒時にビタミンKが解毒薬として作用するための機序であったのである.

6. 展望,結語

ワルファリンの歴史を振り返ると,ウシの出血病の原因物質として腐敗したスイートクローバーに含まれるジクマロールが1939年に同定され,その構造をもとに1943年にワルファリンが開発された.当初は,ラットに対する殺鼠剤としてのみ認可され,過量投与時の危険性からヒトへの使用は認可されていなかった.しかし偶発的に,殺鼠剤としてのワルファリンを自殺目的に大量内服した患者がビタミンK投与で救命できた症例をきっかけに,ビタミンKがワルファリンの解毒薬となることが判明した.この事例以降,血栓症の予防や治療を目的としたワルファリンの臨床応用の開発が始まり,1954年にFDAで認可され,以後世界中で現在に至るまで広く使用されるようになった.そして2022年になり我々の研究の知見でようやく,ビタミンKがワルファリン中毒をレスキューする際の明確な分子機序が判明したのである.また,ビタミンKのフェロトーシス抑制作用に目を向けると,ビタミンKのマウスへの投与は,食事摂取量よりもはるかに多い量の薬理量ではあるが,フェロトーシスが関連する臓器障害モデルを軽減する効果を認めたため,今後ビタミンKのフェロトーシス抑制作用に基づくフェロトーシス関連病態への治療応用が期待される.

著者紹介Author Profile

三島 英換(みしま えいかん)

ヘルムホルツセンターミュンヘン 上級研究員.東北大学大学院医学系研究科腎膠原病内分泌学分野 非常勤講師.博士(医学)(東北大学大学院).

略歴

2006年東北大学医学部卒業.13年同大学院医学系研究科修了.14年東北大学メディカルメガバンク助教,17年東北大学病院腎高血圧内分泌科助教,20年ヘルムホルツセンターミュンヘン研究員.

研究テーマと抱負

もとは腎臓病と高血圧を専門とする内科医ですが,フェロトーシス細胞死に興味をもち,現在は留学先であるヘルムホルツセンターミュンヘン(ドイツ)のMarcus Conradラボでフェロトーシス研究を行っています.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/7000005555

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