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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 650-654 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950650

みにれびゅうMini Review

ミトコンドリアゲノムの新しい制御機構核様体のダイナミクスとその意義Dynamics of mitochondrial nucleoids as a novel regulatory mechanism of the mitochondrial genome

1大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, Osaka University ◇ 〒560–0043 大阪府豊中市待兼山町1–1 ◇ 1–1 Machikaneyama-cho, Toyonaka, Osaka 560–0043, Japan

2島根大学医学部生命科学講座Department of Life Science, Faculty of Medicine, Shimane University ◇ 〒693–8501 島根県出雲市塩冶町89–1 ◇ 89–1 Enya-cho, Izumo, Shimane 693–8501, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

ミトコンドリアは真核細胞中に存在する細胞小器官(オルガネラ)で,酸素呼吸により生体エネルギーを産生する.それ以外にも,代謝によるさまざまな物質の合成や細胞死の制御,免疫応答など多くの重要な働きを担っている.ミトコンドリアの起源は酸素を利用する好気性真正細菌が古細菌に細胞内共生したものと考えられており,性質の異なる内膜と外膜の二重膜構造をとっている.生細胞内でミトコンドリアはチューブ状のネットワーク構造をとり,細胞質全体に分布し,頻繁に分裂と融合を繰り返しその形態を常に大きく変化させている.このようなミトコンドリアの形態変化は「ミトコンドリアダイナミクス」と呼ばれ,分化・免疫などの細胞応答をはじめとして,多岐にわたる生命現象に深く関わることがわかってきている1)

ミトコンドリアは細胞内共生の名残として,細胞の核とは異なる独自のゲノム(ミトコンドリアDNA;mtDNA)を保持する2).ヒトmtDNAは約16.5 kbの環状DNAで,22個のトランスファーRNA,2個のリボソームRNA,13個の電子伝達系サブユニットの遺伝子をコードしているが,そのすべてがミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるATP合成に必須である.細胞の種類によってmtDNAのコピー数は異なり,たとえばHeLa細胞では通常,1細胞あたり数百から数千コピー存在している.我々の細胞内におけるエネルギーの多くがミトコンドリアによって産生されるため,個体の生存には正常なmtDNAの維持は必須であるといえる.実際に,mtDNAの欠失や変異を発端としたミトコンドリア呼吸機能不全,それに起因する酸化ストレスや代謝異常が,ミトコンドリア病のみならず神経変性疾患や代謝疾患,さらにはがんの発症や進展など多様な病態の原因となることが知られている.

このようにこれまではmtDNAの「量や質の変化」に着目した研究が中心に行われている中で,我々は新たにmtDNAの「分布や動態の変化」という要素がさまざまなミトコンドリア関連疾患の原因,また治療標的となる可能性を示しつつある.本稿では,我々のこれまでの研究を踏まえて,mtDNAのダイナミクスの制御機構およびこの動的な変化がもたらす意義を述べる.

2. ミトコンドリアDNAからなる核様体の特性

真核生物の核DNAは,ヒストンタンパク質に巻きつきヌクレオソームを形成し,これが高次にパッケージングされたクロマチン構造をとって存在している.一方,ミトコンドリア内にはヒストンが見いだされず,mtDNAはむき出しの状態でマトリクス内に存在すると長らく考えられていたが,実際には「核様体」と呼ばれるDNA-タンパク質複合体にパッケージされていることが明らかになっている2)図1左).哺乳動物におけるミトコンドリア核様体の主要構成タンパク質の一つとして,HMGファミリーに属するミトコンドリア転写因子A(TFAM)が知られている2, 3).TFAMはmtDNAと直接結合すること,TFAMの機能低下はmtDNAのコピー数の減少を招きミトコンドリアの呼吸活性を損なうことから,TFAMはmtDNAと高次構造を形成することで生体内におけるmtDNAの機能発現に必須であると考えられている4, 5)in vitroにおいては組換えTFAMタンパク質単独でmtDNAをパッケージし,核様体様の構造を形成できるが,蛍光顕微鏡下で観察される細胞のミトコンドリア核様体にはTFAMの他にもDNA複製や転写に関わる多くのタンパク質が含まれると考えられており,核様体の生化学的な特性にはまだ不明な点が多く残されている.

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図1 ミトコンドリアの分裂によって制御される核様体の分布

(左)TFAMによるmtDNAのパッケージング.(右)ミトコンドリア分裂の抑制により核様体がクラスター化する.

mtDNAからなる核様体は,DNA特異的染色試薬であるSYBR Green Iを用いて丁寧に染色することで生細胞内での可視化が可能である.蛍光顕微鏡でミトコンドリア核様体を観察すると,ミトコンドリアネットワーク全体に分布する構造体として観察される.この方法でライブイメージングを行うと,HeLa細胞内では数百個以上の核様体がミトコンドリア内で動く様子が観察される6).しかし,ミトコンドリア内部には細胞骨格やモータータンパク質が見いだされておらず,どのようにしてミトコンドリアに沿って核様体が移動するのかはよくわかっていなかった.また,核様体は内膜に結合する形でマトリクス内に存在するといわれているが7),前述のように頻繁に分裂と融合を繰り返すミトコンドリアの膜ダイナミクス下で内膜に結合する核様体がどのように動的に制御されているかは不明であった.

3. 核様体ダイナミクスの制御機構とその意義

1)マトリクスと外膜をつなぐ因子:ATAD3A

我々は以前,ミトコンドリア分裂因子であるDrp1を抑制した細胞では,伸長したミトコンドリア内で核様体が活発に動き,多数の核様体が局所に集合して巨大なクラスターを形成することを報告していた6)図1右).またライブイメージングや免疫染色法による細胞観察から,Drp1をミトコンドリア分裂部位にリクルートする外膜受容体であるMffが核様体の近傍に存在し,そこがミトコンドリア分裂点となることを見いだした.つまり,ミトコンドリア分裂は核様体に隣接して起こる傾向にあり,これにより核様体どうしの集積が防がれることで,多くの小さな核様体をミトコンドリア全体に分散させることができるのではないかと考えた1, 6)図1右).このように,ミトコンドリアの分裂と核様体の分布との間に密接な関係があることを見いだしたが,一方で外膜にある分裂装置が,二重膜を越えてマトリクスにある核様体をどのように認識しているのかは不明であった.

このミッシングリンクの候補として我々が注目したのが,ATPase family AAA-domain containing protein 3A(ATAD3A)である.ATAD3AはAAA(ATPases associated with diverse cellular activities)ドメインを持つミトコンドリア内膜アンカー型ATPaseタンパク質であり,膜間スペースとマトリクスの両方にその一部を露出し,ミトコンドリア分裂や核様体の形態形成に関与すると報告されている8–10)が,その詳細な分子機能は不明であった.そこでATAD3Aと核様体,さらにはミトコンドリア分裂との関係性を調べるため,プルダウン実験を行ったところ,HeLa細胞において,ATAD3Aと内在性TFAM,およびATAD3AとMffの共沈が確認された.さらに,ATAD3Aのマトリクスに露出したATPaseドメインがTFAMと直接的に相互作用することが試験管内実験から明らかになった.一方で,ヒトMffは,C末端の2アミノ酸残基(-Arg-Arg)のみが膜間スペースに露出しており11),ATAD3Aの二つのコイルドコイルドメインを含む膜間スペース側の領域が,外膜に存在するMffと直接的に結合するかどうかは,今回の実験では明確でなく,さらなる解析が必要である.ATAD3Aは多機能タンパク質でありさまざまなミトコンドリアタンパク質との関連が報告されている12)ことからも,ATAD3Aが他の外膜アンカー型タンパク質との相互作用を介してMffと間接的に結合する可能性も考えられる.これら一連の結果を基にして,ミトコンドリアの内膜と外膜を越えて結合する,マトリクス–外膜間の物理的連結があるのではないかとの仮説を提案している13)図2,左モデル).

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図2 ATAD3Aによる核様体の動態制御

(左)モデル図.核様体の移動には,ATAD3AのマトリクスにあるATPaseドメインと膜間スペースにあるコイルドコイルドメインが必要である.(右)核様体の動きをタイムラプス観察し,任意の核様体(各色矢印)の動きをトレースした.ATAD3Aを発現抑制すると核様体はほとんど動くことができず,その場にとどまっている.文献13より改変.

2)ATAD3Aによる核様体の動きの制御

以前の報告では,ATAD3Aの発現を抑制すると,mtDNAのコピー数に大きな影響を与えずに核様体が消失することが示されていた8).しかし今回我々は,感度の高い色素SYBR Green IやDNA特異的抗体を用いて核様体を染色したところ,ATAD3Aを抑制した細胞では核様体はより小さくなり,また数が増加していることを見いだした.これは,mtDNAのコピー数の減少なしに,より小さな核様体を検出したユニークな発見であり,ATAD3Aが核様体のサイズと数の調整に重要であることを示している.

ではなぜ核様体が小さくなるのか? この疑問に答えるため,核様体のライブイメージングを行ったところ,ATAD3A抑制細胞では核様体のミトコンドリア内での移動速度が大きく低下していることがわかった(図2,右).哺乳動物細胞の個々の核様体には1~数個のmtDNAが含まれていると考えられている2)が,ATAD3Aを抑制すると核様体の動きが大きく遅延しその場にとどまるため,核様体どうしが出会い集合することなく小さな核様体になるのではないかと考えている.興味深いことに,ミトコンドリア分裂不全細胞でみられる,過剰に融合したミトコンドリアにおける核様体のクラスター化は,ATAD3Aをさらに抑制することによって解消された.これらの結果は,ATAD3Aがミトコンドリアに沿った核様体の移動に重要な役割を果たしていること,またDrp1非存在下で起こる核様体のクラスター化は,伸長したミトコンドリアの中でATAD3Aに依存して核様体が活発に動かされることによるものであることを強く示している13)

この分子機構をさらに明らかにするために,我々はATAD3Aの変異体を用いた解析を行った.その結果,膜間スペース側の二つのコイルドコイルドメインとマトリクス側のATPaseドメインの両方が,核様体ダイナミクスに必要であることがわかった.ATAD3Aは膜間スペース側のコイルドコイルドメインを介してホモオリゴマーを形成しており,さらにマトリクス内ではC末端のAAA-ATPaseドメインがTFAMと直接結合し,おそらくATP加水分解によるエネルギーを使って核様体の移動をサポートしているというモデルが考えられる13)図2,左モデル).しかし,前述のとおりATAD3Aの機能は多岐にわたっており,脂質組成や膜成分の流動性,クリステ構造など,ミトコンドリア内膜の特性に影響を及ぼした結果,核様体の動態を変えた可能性もある.核様体輸送の分子機構をより深く理解するためにはさらなる解析が必要である.

3)ATAD3Aによる呼吸鎖複合体形成調節

では,ミトコンドリアにおけるこの核様体輸送はどのような意義を持つのだろうか? Drp1を欠損させた心筋細胞やHeLa細胞では,ミトコンドリアの分裂不全によって核様体の局所的なクラスター化が起こり,細胞全体で呼吸鎖複合体の複数のサブユニットが減少する14, 15)図1,右).驚くべきことに,Drp1欠損HeLa細胞でさらにATAD3Aを抑制させると,これらの減少したサブユニットが回復した.さらに,HeLa細胞でATAD3Aを抑制しても,呼吸鎖サブユニット量は増加することがわかった.これらの結果から,ATAD3Aが呼吸鎖タンパク質の安定性を制御し,呼吸鎖複合体への組み込みを調節していることが強く示唆された13).つまり,核様体がミトコンドリア内に広く分散していることは,mtDNAと核DNAにコードされた呼吸鎖サブユニットを効率よくアセンブリーし,機能的な呼吸鎖複合体を形成するのに必要であると推測される(図3).

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図3 核様体動態の生理的意義

ミトコンドリア分裂とATAD3Aによる核様体の分布制御が,呼吸鎖タンパク質の安定性を調節する.

4. おわりに

既存のmtDNA研究は,ミトコンドリア病で見いだされたmtDNA変異や障害・病態によるコピー数の減少を中心に研究が進められており,mtDNAを含む核様体の動態制御については,まだ十分に解明されていない.核様体輸送は,さまざまな疾患におけるミトコンドリア機能不全を予防するための新たな治療ターゲットとなる可能性があり,本研究成果から提起された問題点の解決も含め,この興味深い分野の今後のさらなる研究の発展が期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究は,大阪大学および久留米大学の石原研の皆様のご協力のもと行われました.この場を借りて,感謝申し上げます.また,科学研究費(21K06066),AMED-CREST(JP22gm1110006)の支援を受けています.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

石原 孝也(いしはら たかや)

島根大学医学部生命科学講座 准教授.博士(医学).

略歴

2004年東京薬科大学大学院生命科学研究科博士前期課程修了,08年東京医科歯科大学医歯学総合研究科博士課程修了,08年第3次対がん10か年総合戦略リサーチレジデント,11年久留米大学分子生命科学研究所高分子化学研究部門特任助教,同助教,18年大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻助教,23年4月より現職.

研究テーマと抱負

mtDNAの動態メカニズムの理解からミトコンドリア機能の新たな制御機構を解き明かしたい.

趣味

野球,釣り.

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