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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 655-659 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950655

みにれびゅうMini Review

メチオニンと亜鉛は多能性幹細胞の多能性および分化を制御するMethionine and zinc regulate pluripotency and differentiation of pluripotent stem cells

東京工業大学生命理工学院School of Life Science and Technology, Tokyo Institute of Technology ◇ 〒226–8501 神奈川県横浜市緑区長津田町4259 B32 ◇ 4259 B32 Nagatsuta-cho, Midori-ku, Yokohama, Kanagawa 226–8501, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

ES(embryonic stem)/iPS(induced pluripotent stem)細胞といった多能性幹細胞は,分化した細胞とは異なる代謝調節機構を持っており,その特殊な代謝状態こそが幹細胞の未分化性維持や自己複製能などに重要であることがわかってきた.多能性幹細胞から目的の細胞を効率よく分化させるためには,その代謝状態に合わせた最適な細胞分化培養液が必要であり,この培養液はアミノ酸・糖・ビタミン・ミネラルなどの栄養素を含む基礎培地と,成長因子およびシグナル阻害薬から構成される.我々は,この中でも基礎培地に注目して分化誘導方法を開発しており,これまでに必須アミノ酸(不可欠アミノ酸)の一つであるメチオニンおよびその代謝物であり生体内のさまざまなメチル化反応の基質となるS-アデノシルメチオニン(SAM)がエピジェネティック制御を介して,幹細胞の未分化性維持に寄与することを明らかにしてきた1).本稿では,我々が近年取り組んでいるヒト多能性幹細胞の未分化性維持および分化制御における亜鉛の役割2)についてメチオニン代謝との関係性とともに解説し,細胞代謝を利用した新規膵臓分化誘導方法について紹介する.

2. メチオニン欠乏はヒストン修飾変化を介して細胞分化を制御する

幹細胞の未分化維持におけるアミノ酸の重要性が初めて認識されたのは,2009年および2013年にScience誌に報告されたマウスES細胞のトレオニン依存性に関する論文である.マウスESをトレオニン欠乏状態で培養するとトレオニン由来のグリシンが低下することで一炭素代謝系の下流にあるSAMの細胞内濃度が低下し,ヒストンのメチル化修飾が低下し,未分化性の破綻および細胞死が起こることが報告された3, 4).一方,ヒトではトレオニンからグリシンを合成する際の律速酵素であるトレオニン脱水素酵素(TDH)が発現していない.そこで,我々は各種アミノ酸除去培地を用いた検討からヒト多能性幹細胞ではメチオニンがSAM供給源として働き,5時間のメチオニン欠乏によりNANOGに代表される未分化維持関連転写因子のヒストンH3の4番目のリシン残基のトリメチル化(H3K4me3)および遺伝子発現を抑制し,細胞が分化状態へ移行し,その後の三胚葉分化を顕著に促進することを明らかにした.分化誘導において広範な領域でH3K4me3が回復される中でも,未分化性関連転写因子のH3K4me3レベルはメチオニン欠乏前処理群でいっそう減少し,未分化状態からの脱却が促進されることを確認した.一方で,分化制御遺伝子のプロモーター領域にはH3K4me3の他にH3K27me3も合わせて修飾されるバイバレントドメインが存在する.これらバイバレントドメインでは分化進行に伴い,関連する制御因子のH3K27me3レベルが減少し,H3K4me3モノバレント化が起き,転写活性化が促進される.この機構により分化シグナルに迅速に反応して細胞分化を開始することが可能となっている.メチオニン欠乏は,初期内胚葉分化において中内胚葉分化に関わる遺伝子発現を亢進し,GATA6をはじめとする重要な転写因子,Wntシグナル経路遺伝子においてH3K27me3修飾の消失を促進した5).以上より,多能性細胞においてメチオニンがエピジェネティック修飾を介して細胞分化を制御することが明らかになったが,幹細胞においてメチオニンが他の代謝系に及ぼす影響については不明なことが多かった.

3. メチオニン欠乏により細胞内亜鉛濃度が減少する

幹細胞におけるメチオニン代謝の下流シグナルを明らかにする目的で網羅的遺伝子発現解析を行った結果,メチオニン欠乏により亜鉛排出トランスポーターSLC30A1遺伝子が有意に増加することを見いだした.細胞には数多くの亜鉛排出および吸収トランスポーターが存在するが,メチオニン欠乏で最も顕著に変化するのはSLC30A1であった.そこで,化学形態別微量元素測定法6)を用いて亜鉛・銅・鉄の細胞内濃度を測定したところ,5時間のメチオニン欠乏により,幹細胞内のタンパク質結合型亜鉛が有意に減少することがわかった(図1B).興味深いことに,SLC30A1発現増加や亜鉛含量低下は,他の必須アミノ酸欠乏と比較してメチオニン欠乏で顕著であった.さらに,これらの変化は未分化な多能性幹細胞に特異的で,分化細胞やがん細胞株では確認できなかった.これらより,メチオニンが幹細胞において亜鉛動態に何かしらの変化を及ぼしていることが示唆された.

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図1 メチオニンおよび亜鉛欠乏が多能性幹細胞の代謝や遺伝子発現に与える影響

(A)多能性幹細胞を通常培地(亜鉛とメチオニンをともに含む)で未分化維持培養した場合のメチオニン代謝と亜鉛動態.(B)5時間のメチオニン欠乏が多能性幹細胞に与える影響.(C)ホモシステインはタンパク質結合型亜鉛濃度を低下させる.(D)亜鉛欠乏が多能性幹細胞に与える影響.図中の略語は本文を参照.図はBioRenderで作成(Sim et al., Cell Rep. 2022より引用し,一部改変).

次に,通常ではメチオニン代謝物であるホモシステイン(Hcy)が細胞外へ積極的に排出されるが,メチオニン欠乏時はその排出が顕著に抑制されること(図1A, B1),タンパク質と亜鉛との結合はシステインのスルフヒドリル基(SH基)を介すること,ホモシステインがSH基を持ち,亜鉛と結合するタンパク質から亜鉛を追い出すことが可能である点7)に着目した.まずは,メチオニン欠乏によるホモシステイン排出阻害は細胞内局所でのホモシステインの増加を促し,その結果としてタンパク質結合型亜鉛が減少するのではないかと仮説を立て,細胞内ホモシステイン濃度測定を試みた.しかし,細胞外ホモシステインは検出可能な範囲内であったが,細胞内ホモシステインの量が少なく,その細胞内局在を検出するには,現在の技術では限界があった.そこで,仮説を生化学実験で検証するために未分化細胞抽出液を用いたホモシステイン添加実験を行った.1から2000 μMの各濃度のホモシステインを細胞抽出液に添加し,2時間後に亜鉛・銅・鉄の細胞内濃度を測定したところ,ホモシステイン濃度に依存してタンパク質結合型亜鉛濃度が低下することを見いだした(図1C).以上より,メチオニン欠乏はホモシステイン動態を制御し,ヒト多能性幹細胞内のタンパク質結合型亜鉛を減少させることが明らかになった.

また,SLC30A1は,細胞内外のフリー亜鉛の濃度が上昇すると,迅速にその発現を増加させる性質がある.メチオニン欠乏においても,一部の亜鉛がタンパク質に結合した状態からフリー状態に変化することから,その変化を細胞が感知し,その結果としてSLC30A1の発現が増加したと考えられる.一方で,SLC30A1の遺伝子をノックダウンした場合でも,メチオニン欠乏による分化促進効果には影響がなかった.これから,SLC30A1の発現上昇は細胞が一過的なフリー亜鉛の増加を感知した結果であって,SLC30A1の増加が細胞の分化を進める直接の原因ではないと考察している.

4. 亜鉛は多能性幹細胞の未分化維持に必要

亜鉛は必須微量元素の一つであり,欠乏すると味覚障害,皮膚炎,易感染性,発育障害を引き起こす.亜鉛は,それ自身がシグナル因子として働くとともに,ヒトゲノムにコードされている全タンパク質の10%程度が亜鉛結合モチーフを持ち8),zinc finger転写因子やインスリンといったさまざまなタンパク質の立体構造を安定化する役割がある9).さらに,300種類以上の酵素を活性化する役割があり,亜鉛要求性酵素にはホモシステインからメチオニンへの変換を触媒するbetaine homocysteine S-methyltransferase(BHMT)や5-methyl-tetrahydrofolate-homocysteine methyltransferase(MTR)が含まれることも興味深い10, 11).幹細胞における役割については,亜鉛を添加することでleukemia inhibitory factor(LIF)/STAT3シグナルを活性化することで一過的にマウスES細胞の未分化性を維持できることが報告されていたが,ヒト多能性幹細胞における詳細な検討はなされていなかった12).ヒトの多能性幹細胞を未分化状態で維持する培養において,亜鉛を含むDMEM/F12培地が基本的な培地としてよく使われる13).一方で,細胞が初期の分化過程にあるときにはDMEM/F12の使用が少ないことから,ヒト多能性幹細胞が未分化状態を保つのに,亜鉛が重要な役割を果たしていると予想された.

そこで細胞内の亜鉛含量を操作する目的で,亜鉛を除去した特別な幹細胞培地を作製した.しかし,無血清培養では成長因子としてインスリンが一般的に使用されるが,インスリン製剤には安定剤として亜鉛が多量に含まれている14).そのため,亜鉛を含まないがインスリンと同様の作用を持つinsulin-like growth factor 1(IGF1)を代替として利用し,亜鉛の除去を実現した.この特別に作製した培地でヒト多能性幹細胞を数日間培養することにより,細胞内のタンパク質結合型亜鉛の低下を再現できた.また,亜鉛欠乏により細胞増殖は抑制され,未分化マーカーNANOGの発現が低下する一方で,分化マーカーであるGATA4EOMESPAX6の発現が増加した.さらに,亜鉛を必要とする酵素であるMTRやアルカリホスファターゼ(ALP)の活性が低下する現象も観察された.これはメチオニン不足が引き起こす現象の一部(増殖抑制・分化状態移行)を再現するものであった.以上の結果から,メチオニンは細胞内の亜鉛濃度を制御し,それにより多能性幹細胞の未分化状態を維持していると結論づけた.

5. 幹細胞におけるメチオニン代謝と亜鉛の相互関係

亜鉛が多能性幹細胞内の遺伝子発現に及ぼす影響を理解するために,RNAシーケンスを行い,広範な発現プロファイルを解析した.その結果,メタロチオネインや亜鉛依存的転写因子であるmetal regulatory transcription factor 1(MTF1)の発現が亜鉛濃度に応じて増加することが確認された.さらに,メチオニン代謝関連遺伝子を詳細に観察すると,未分化細胞で強発現しているSAM/S-アデノシルホモシステイン(SAH)変換酵素DNA methyltransferase 3B(DNMT3B)の発現が亜鉛欠乏により低下した.この発現パターンは,メチオニン欠乏状態でも同様に観察され,亜鉛とメチオニンの欠乏はDNMT3Bの遺伝子発現に対して類似の影響を及ぼすことが示唆された(図1B, D).この結果から,多能性幹細胞は,亜鉛の変動をメチオニン欠乏に対する反応と似た形で感知し,関連する遺伝子の転写変化を速やかに引き起こすことが明らかになった.

次に,亜鉛がメチオニン代謝に与える影響を評価するために,コントロール群と亜鉛欠乏培養群の代謝物解析を行った(図1A, D).その結果,多能性幹細胞において,亜鉛欠乏状態では亜鉛依存的酵素MTRが阻害されることで,ホモシステインからのメチオニン合成が抑制され,培地中のテトラヒドロ葉酸(THF)が減少することが判明した.また,亜鉛欠乏時には通常観察されない細胞外へのSAMおよびSAHの排出が確認された.これらの結果から,亜鉛欠乏環境下では,ホモシステインの蓄積が生じ,それがメチオニン代謝の「渋滞」を引き起こすことが示唆された.

以上の結果から,亜鉛とメチオニンの欠乏は,多能性幹細胞のメチオニン代謝関連遺伝子の発現に類似の影響を及ぼすと理解される.この類似性は,多能性幹細胞が亜鉛とメチオニンの供給変動を感知し,適応的な転写応答を起こす能力を示している.さらに,亜鉛欠乏は,特にホモシステインからメチオニンへの代謝を妨げ,メチオニン代謝の阻害を引き起こすことが示唆された.これらの知見は,多能性幹細胞の代謝と分化制御に対する亜鉛とメチオニンの重要な役割を示しており,これらの要素を活用した細胞分化制御の新しい戦略を提供する可能性がある.

6. メチオニン欠乏と亜鉛欠乏を組み合わせることで成熟した膵臓β細胞を分化可能

次に,我々は亜鉛欠乏が未分化状態の幹細胞を分化傾向に誘導することを考慮し,内胚葉分化時における亜鉛除去の影響を複数の細胞株で評価した.コントロール条件(亜鉛含有)では,細胞株によって内胚葉分化効率は異なった.しかし,亜鉛除去培地を用いた場合,どの細胞株でも効率的にSOX17陽性の内胚葉細胞へと分化することが可能になった(図2A).メチオニン欠乏の影響は急速で,長期間の欠乏は細胞死を引き起こすが,一方で亜鉛欠乏の影響は緩やかで,数日間の処理では細胞死を誘発しない.そのため,分化期間中の亜鉛欠乏は,培地からメチオニンが供給される条件下で行われ,毒性効果を最小限に抑えつつ効率的な内胚葉分化を可能にした.次に,メチオニン欠乏と亜鉛欠乏を組み合わせたヒト多能性幹細胞から膵臓β細胞への分化誘導方法の構築を試みた.

Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 655-659 (2023)

図2 メチオニンおよび亜鉛除去培地を利用した細胞分化

(A)内胚葉分化における亜鉛欠乏の効果.(B)未分化時のメチオニン欠乏と内胚葉分化時の亜鉛欠乏を組み合わせることで,成熟膵臓β細胞への分化誘導に成功した.図はBioRenderで作成(Sim et al., Cell Rep. 2022より引用し,一部改変).

未分化時の5時間メチオニン欠乏と内胚葉分化期間の亜鉛欠乏を組み合わせることで,ヒトiPS細胞から効率的に膵臓細胞を分化させ,最終的には糖応答性インスリン分泌能を持つ成熟した膵臓β細胞への分化誘導に成功した2, 15)図2B).また,亜鉛不含インスリンやIGF1を含む培養液を用いた詳細な膵臓分化検討から,膵臓前駆細胞の分化時期には,IGF1シグナルだけでは細胞生存に十分でなく,インスリンシグナルが必要であることがわかり,さらにこの期間には適切な亜鉛添加も必要であることも明らかとなった.以上の結果から,栄養因子の適切な利用は,ヒト多能性幹細胞の膵臓β細胞への効率的な分化誘導に重要であると結論づけることができた.

7. おわりに

本稿ではヒトの多能性幹細胞の未分化維持と分化誘導における栄養因子の重要性について,我々が見いだしたメチオニンと亜鉛の役割に焦点を当てて解説した.これは,アミノ酸と微量元素が相互作用をしながらヒト多能性幹細胞の未分化性を維持するという新たな観点を示すものである.基礎培地の栄養組成を最適化することで分化制御を図るという手法は,今回紹介した膵臓だけでなく他の臓器への分化誘導にも応用可能だと考えられる.この研究をさらに進展させることにより,再生医療や新薬開発の発展に寄与したい.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

白木 伸明(しらき のぶあき)

東京工業大学生命理工学院 准教授.博士(医学).

略歴

1977年熊本県に生る.99年熊本大学薬学部卒業,2006年同大学院医学研究科博士課程修了,09年同大学発生医学研究所で助教,准教授.15年より現職.

研究テーマと抱負

栄養因子がヒトの発生分化に与える影響に対してヒトiPS細胞分化誘導系を用いて明らかにしたいと思っています.

ウェブサイト

http://www.stem.bio.titech.ac.jp/

趣味

キャンプ(初心者ですが).

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