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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 660-664 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950660

みにれびゅうMini Review

分裂期細胞核の細胞内配置決定に関わる新たな経路A novel pathway involved in mitotic nuclear positioning in fission yeast

広島大学大学院統合生命科学研究科Graduate School of Integrated Sciences for Life, Hiroshima University ◇ 〒739–8530 広島県東広島市鏡山1–3–1 ◇ 1–3–1 Kagamiyama, Higashi-Hiroshima, Hiroshima 739–8530, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

細胞核は細胞内で一番大きなオルガネラであり,遺伝情報本体である染色体DNAを収納するだけでなく複製や発現を行う場所として,細胞がさまざまな生命活動を行うためにきわめて重要な役割を果たしている.細胞内における細胞核の配置は,細胞の分裂様式や形態変化に呼応して精妙に制御されている.通常,細胞核は細胞中央に配置しており,その配置制御は細胞分裂過程において姉妹染色分体の均等分配を保証するために重要である.一方,細胞の遊走や分化の際には,適切な細胞機能を保証するために細胞核を細胞中央から非対称な位置に移動させることが知られている1).このような核配置制御には,一般的に細胞質側の細胞骨格(微小管・アクチン繊維)と核膜タンパク質が関与している.すなわち,微小管やアクチン繊維は細胞核を動かすために必要な力を生み出し,LINC(linker of nucleoskeleton and cytoskeleton)複合体と呼ばれる進化的に高度に保存された核膜タンパク質複合体を介して,その力が細胞骨格から核へと伝わることで細胞核の配置が制御される2, 3).微小管依存的な制御メカニズムとしては,モータータンパク質であるキネシンやダイニンが核膜と直接相互作用して微小管に沿って核を動かす場合と,核膜に局在する微小管形成中心から伸長した細胞質微小管の重合・脱重合による作用や細胞表層に局在するダイニンモーターの働きによって制御される場合がある4, 5).アクチン依存的な配置制御では,アクチン繊維の重合やそのダイナミックな拡散流動,あるいはミオシンモーターと結合して形成されるアクトミオシン繊維の収縮によって細胞核を押す力が発生し,核配置が制御される1, 6).また,微小管とアクチン繊維が連携して制御する場合もある7).このような細胞核配置制御の重要性は,その制御に関わるタンパク質の遺伝的変異がさまざまな疾病(筋ジストロフィー症,心筋症,滑脳症,早老症など)を引き起こすことからも明らかである1).本稿では,これまでに酵母細胞で明らかにされている主な細胞核配置制御について概説し,最近,筆者らが分裂酵母で見いだした新たな分裂期細胞核の移動現象について紹介したい.

2. 酵母細胞における細胞核配置制御

分裂酵母では,間期において円筒形をした細胞の中央に細胞核が微小管依存的に配置するように制御されている(図1).間期細胞核の配置は将来の細胞分裂面を決めるために非常に重要であり,核が細胞中央から外れた位置に局在するとサイズの不均等な娘細胞が生じてしまい,細胞成分を等しく分配できなくなる8).間期細胞において,細胞質微小管は細胞の長軸に沿って3~4本の逆平行に束化した構造をとり,プラス端は細胞の両端に面し,マイナス端は細胞核膜上に数か所存在する間期細胞質微小管形成中心(分裂酵母ではiMTOC, interphase microtubule-organizing centerと呼称される)およびSPB(spindle pole body,高等生物の中心体に相当)と接触している(図2-①).微小管が細胞先端まで伸長すると,微小管プラス端の重合によって生み出される一時的な力が細胞壁に加わり,その反作用によって細胞核は細胞中央へと押し戻される.このような力が細胞核の両側から加わることによって,細胞核は左右に移動を繰り返しながら,やがて細胞中央に配置するように制御されている4).最近の研究から,このような細胞質微小管による配置制御以外にも,核膜と細胞膜をつなぐ小胞体がアクチン繊維と連携して単極成長中の間期細胞核を成長端方向へと移動させ,細胞中央に配置させることが明らかにされている9)

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図1 分裂酵母の細胞周期における細胞骨格構造(微小管およびアクチン繊維)の模式図

分裂酵母の間期では,細胞の長軸に沿って3~4本の細胞質微小管が形成される.分裂期になると細胞質微小管が消失し,代わりに紡錘体微小管が細胞核内に形成される.アクチン繊維は,細胞周期を通じて,パッチ・ケーブル・リングの3種類の構造として観察される.Yukawa, M. et al. (2021) iScience, 24, 102031より改変.

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図2 酵母細胞における核配置制御

①分裂酵母の間期における細胞核配置制御.細胞質微小管の伸長に伴って細胞端を押す力(緑色矢印)が発生し,その反作用により細胞核は押し戻される(黄色矢印).この作用が細胞核の両側で起こり,やがて細胞核は細胞中央に配置する.②分裂酵母の減数分裂前期における細胞核運動.相同染色体の対合や組換えを促進するため,細胞表層に繋留されたダイニンモーターの作用により細胞内を周期的に往復運動する(黄色矢印).③出芽酵母の分裂期における細胞核配置制御.ミオシンモーターの働きによって細胞核は細胞分裂面であるバッドネックの方に引き寄せられ,さらにダイニンモーターの働きによって娘細胞側に移動する(黄色矢印).

分裂酵母の分化過程として位置づけられる減数分裂過程においても特徴的な核移動現象が観察される(図2-②).減数分裂前期において,細胞核はホーステイル運動と呼ばれる周期的な往復運動を細胞内で繰り返し,この運動は減数分裂期の相同染色体どうしの対合や組換えを促進するために必要である.このような運動は細胞表層に繋留されたダイニンモーターがSPBから細胞質側に伸長した微小管上をマイナス端方向に動こうとすることで微小管を介して核を牽引して起こると考えられている10)

出芽酵母では,分裂期において母細胞から娘細胞に細胞核が受け継がれる際,核の配置制御がきわめて重要となる(図2-③).均等な染色体分配を保証するため,細胞核は母細胞から細胞質分裂面であるバッドネック(母・娘細胞間のくびれ部分)に移動し,その移動には細胞質微小管とアクチン繊維が関与している.まず,核膜上に複製されたSPBの片方から伸長した微小管プラス端が,プラス端局在因子(Bim1-Kar9)を介してクラスVミオシン(Myo2)と結合する.ミオシンはアクチン繊維に沿って移動し,微小管プラス端を介して核をバッドネック側へと誘導する.その後,娘細胞側の細胞端まで伸長した微小管プラス端は細胞表層膜のところで脱重合し,また,細胞表層内膜に繋留されたダイニンモーター(Dyn1-Num1)の滑り運動と組み合わさることで細胞核を娘細胞側へと引き込むことがわかっている7).一方,分裂酵母の場合は,分裂期になると間期に形成された細胞質微小管が消失するため(図1),どのような制御によって細胞中央における細胞核配置が維持されるのかについては不明である.

3. 分裂酵母における新たな分裂期細胞核の移動現象

酵母を含めたすべての真核細胞では,分裂期に両極から伸張した紡錘体微小管が姉妹染色分体の動原体部分に接着し,両極に引き離すことによって,染色体を娘細胞に均等に分配している.この分配過程において,紡錘体微小管の構築異常や動原体–微小管間の接着不全といった分裂期異常が生じると紡錘体チェックポイントが活性化し,染色体が分離する前に分裂期進行を停止させる.ただし,このチェックポイントによる分裂期停止は一時的であるため,ある時点でチェックポイントから逸脱してしまい,染色体が分離しないまま細胞質分裂が生じ,分裂期崩壊と呼ばれる細胞分裂死を引き起こす.分裂酵母では,未分離の染色体が細胞中央で細胞収縮環によって物理的に破断されてしまい,cut表現型と呼ばれる分裂死を引き起こすことが明らかにされている(図3-①)11).しかし,非常に興味深いことに,筆者らは分裂期に欠損を持つ分裂酵母変異体が,もう一つの特徴的な表現型を示すことに気づいた.当時,筆者らは分裂酵母の紡錘体微小管形成に必須と考えられていた5型キネシンに依存しない新規紡錘体形成経路について研究を進める過程で,5型キネシン温度感受性変異体(cut7-22)が制限温度下で紡錘体形成異常を起こす様子を詳しく観察するため,高解像度蛍光イメージングシステムを用いたライブセルタイムラプス観察(1回の撮影につき,撮影間隔2分ごと,40~60分間追跡)を行っていた.そのような観察を繰り返し行う中,この変異体にはcut表現型を示す細胞以外に,実際には未分裂の細胞核が細胞中央から非対称に移動することで“cut”を免れる細胞が存在していることを発見した12).実にこのような核移動を起こす細胞は全分裂期細胞中の約7割を占め,cut表現型を示す細胞よりも多く存在することがわかった(図3-②).このような核移動現象が5型キネシン変異体でしか起こらない特異的な現象であるのかどうか検証するため,研究室で保有していた他の3種の分裂期停止を引き起こす変異体についても同様に調べた.面白いことに,分裂酵母の後期促進複合体/サイクロソーム(APC/C)のサブユニットをコードするnuc2遺伝子やcut9遺伝子の温度感受性変異体(nuc2-663, cut9-665),また,β-チューブリンをコードするnda3遺伝子の温度感受性変異体(nda3-1828)でも同様,分裂期停止後に未分裂細胞核の移動する様子が観察された.したがって,本現象は分裂期に欠損を持つ変異体に共通して観察される表現型であることが判明した.前述のように,分裂期では細胞質微小管が消失するため,筆者らはもう一つの細胞骨格主要成分であるアクチン繊維が核移動に関与するのではないかと予想した(図1).この可能性を検証するため,アクチン単量体と結合するLatrunculin-A(Lat-A, 50 μM)処理によりアクチン重合を阻害した際の核移動について調べた.その結果,核移動が完全に抑制されたことから,この移動現象はアクチン繊維に依存していることが判明した.分裂酵母のアクチン繊維にはパッチ・ケーブル・リングの3種類の構造が存在する(図1).CK-666はアクチン繊維の分岐形成に働くArp2/3複合体の阻害剤で,酵母においてはその処理によりパッチ構造が消失し,ケーブル形成が促進されることがわかっている13).CK-666存在下では核移動を示す細胞の割合が著しく増加した.また,アクチンリングは形成できるがケーブルが形成できない低濃度Lat-A(0.15 μM)で処理した場合14),核移動の頻度が著しく低下することも判明した.これらの結果から,分裂期特異的なアクチンケーブルの動態が核移動と密接に関係することが示唆された.さらに興味深いことに,分裂期フォーミン(Cdc12)およびミオシンモーター(Myo2, Myo51)の変異を5型キネシンの変異と組み合わせた多重変異体(cut7-22 cdc12-112, cut7-22 myo2-E1 myo51Δ)では核移動の頻度が著しく低下したことから,これらのアクチン結合因子が核移動に関与することを見いだした12)

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図3 分裂酵母におけるアクチン繊維に依存した新たな分裂期細胞核の配置制御

①分裂期異常に伴う紡錘体チェックポイントの活性化により分裂期停止した細胞は,やがて,チェックポイントから逸脱し,細胞質分裂によって未分裂の染色体が分断され,分裂死を引き起こす(cut表現型).②アクチンケーブルとミオシンモーターの働きにより(黄色矢印),未分裂の細胞核が細胞中央から移動する細胞が多く存在し,分裂死を回避して二倍体細胞として生存できる.

筆者らは,さらに,制限温度下で培養したcut7変異体を再び室温に戻して培養すると,野生株に比べて生存率が低下するものの完全には死滅せず,二倍体コロニーが多く出現することを見いだした.このような二倍体コロニーは高濃度Lat-A処理によって核移動を妨げると出現しなくなった.以上の結果から,この分裂期特異的なアクチン繊維によって駆動される核移動は,分裂期崩壊による分裂死から逃れるための回避機構である可能性が示唆された12)

4. おわりに

分裂期における細胞核の配置制御は,破綻するとゲノムの不均等分配を招き,致死あるいは異数体形成を惹起することからきわめて重要であると考えられるが,特にアクチン依存的な分裂期細胞核の配置制御については不明な点が多い.高等生物においては,卵母細胞の発育に細胞核の細胞中央への配置制御が重要であり,アクチン繊維に依存して第一減数分裂前期の核配置が制御されることが報告されている15).筆者らが新たに見いだした核移動メカニズムのさらなる解明が,真核生物に普遍的な分裂期細胞核の空間的配置制御について新たな手がかりを与えるものと期待される.また,細胞自らが未分裂状態で停止した細胞核の位置情報を認識し,分裂死を回避して生き残るために積極的に細胞核を移動させているとすれば,本現象の理解は新たなチェックポイント経路の発見につながる可能性を秘めている.これまでに分裂酵母ではアクチン繊維と相互作用するLINC複合体のような因子は見つかっておらず,アクチン繊維がどのように核を動かしているのか,核が動く際の引き金は何か,その詳しい分子機序について非常に興味が持たれる.最近,筆者らは,核移動のタイミングや方向性に規則性があることを新たに見いだしている.さらに現在,筆者らは細胞核移動に関与する因子の遺伝学的探索や核–アクチン繊維間の物理的相互作用の有無についてリアルタイム動態観察による検証を進めているところである.これらの解析により,本現象の分子メカニズムと本質的な生理的意義について,今後,さらに詳しく追究していきたい.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した筆者らの研究は,広島大学で行ったものです.研究を遂行するにあたり,終始御指導いただきました登田 隆特任教授に深く感謝致します.また,多くの共同研究者のご尽力を得て,本研究を進めることができました.この場をお借りして,厚く御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

湯川 格史(ゆかわ まさし)

広島大学大学院統合生命科学研究科 助教.博士(工学).

略歴

1996年広島大学工学部第三類(化学系)卒業.2002年同大学院工学研究科博士課程修了.日本学術振興会特別研究員(DC2).02年から科学技術振興機構バイオインフォマティクス推進センター事業研究員として東京大学大学院新領域創成科学研究科に勤務.05年から広島大学大学院先端物質科学研究科助手,助教を経て,19年より現職.13年から2年間,英国癌研究所(現フランシス・クリック研究所)客員研究員.

研究テーマと抱負

酵母の染色体分配機構.特にスピンドル微小管の形成制御や核配置制御の分子機構を明らかにしたい.基礎研究で得られた知見をヒト疾患治療薬の開発に役立てたい.

ウェブサイト

https://mccb.hiroshima-u.ac.jp(研究室)

趣味

スポーツ観戦,ラーメン屋巡り.

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