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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(5): 682-690 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950682

テクニカルノートTechnical Note

神経細胞内cAMPイメージングを可能にする,特異的かつ高速な蛍光プローブの開発Development of a high-speed and specific fluorescent probe for neuronal cAMP imaging

同志社大学生命医科学研究科神経生理学Department of Neurophysiology, Graduate School of Life and Medical Sciences, Doshisha University ◇ 〒610–0394 京都府京田辺市多々羅都谷1–3 ◇ 1–3 Tataramiyakodani, Kyotanabe, Kyoto 610–0394, Japan

発行日:2023年10月25日Published: October 25, 2023
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1. はじめに

この雑誌の読者で,環状アデノシン一リン酸(cAMP)をご存じない方はおられないと思う.最もポピュラーな,セカンドメッセンジャー分子である.では,cAMPマイクロドメイン仮説となるとどうだろう.cAMPの動態が,細胞内の一部分に局在化して生じるのではないか,という仮説である.この仮説が提唱された正確な時期は不明だが,1980年にHayesらが発表した論文1)が発端となっている.この論文では,心筋細胞にはβアドレナリン受容体(βAR)とプロスタグランジンE1(PGE1)受容体が発現しており,どちらの受容体を刺激しても同程度にcAMPが上昇し,cAMP依存性リン酸化酵素(PKA)も活性化するが,βAR刺激時のみグリコーゲンホスホリラーゼの活性化が起こることが明らかにされた.入力が異なれば出力が異なること自体は理に適っているが,シグナリングを仲介するcAMPの量だけを解析しても,出力の使い分けがどうして起こるのかはわからなかったのである.そこで,心筋細胞内でcAMP上昇は細胞全体に生じるのではなく,受容体ごとにcAMP上昇の空間が異なっているのではないかと考えられた.cAMPはアデニル酸シクラーゼ(AC)によって合成され,ホスホジエステラーゼ(PDE)によって分解されるが,ACを中心としPDEが外周を規定するような区画化されたcAMP上昇モデルまで想定されるようになり,cAMPマイクロドメイン仮説と呼ばれるようになった2).しかし,そのようなcAMPマイクロドメインが本当に存在するのか,に関しては少なくとも2000年を過ぎるまでは議論の舞台に上がらなかった.なぜなら,直接的な証明として,cAMPリアルタイムイメージングが欠かせなかったからである.

リアルタイムイメージングには,蛍光プローブに汎用性があることは,もはや周知の事実といって過言ではないだろう.これまでに,さまざまな目的のために多数の蛍光プローブが開発されてきたが,技術的にも学問的にもすべてを先導してきた蛍光プローブはCa2+蛍光プローブだろう.そのCa2+蛍光プローブの金字塔であるFura-2が発表された6年後に,最初のcAMP蛍光プローブとしてFlCRhRが発表された3).FlCRhRはPKAの触媒サブユニットにFluoresceinを,制御サブユニットにRhodamineを結合した分子であり,cAMPがないときにはPKAの四量体を形成している.制御サブユニットにcAMPが結合すると触媒サブユニットが解離するためFluorescein–Rhodamine間のFörster resonance energy transfer(FRET)が消失することを利用して,cAMP上昇を検出する試薬である.アセトキシメチルエステル化したFura-2(Fura-2 AM)のように,細胞外からFlCRhRを細胞内に導入する手法はなく,細胞内に直接注入するしかなかったことからも,当時は唯一のcAMPイメージングツールだったものの,容易に試せる蛍光プローブとはいえなかった.Ca2+蛍光プローブの歴史を後追いするような形で,2000年以降に遺伝子発現型cAMP蛍光プローブが複数の研究室から発表された4).蛍光プローブを細胞に導入する手法として,遺伝子導入は汎用性も高く,かつ目的に応じたカスタマイズも可能である.遺伝子発現型cAMP蛍光プローブの登場によって,cAMPリアルタイムイメージングの世界にも大きなブレークスルーが訪れるかに思えたが,実際には足踏み状態が続いた.初期の遺伝子発現型cAMP蛍光プローブはCFP/YFP等のFRETペアを利用したものであったが,FRET変化幅もFlCRhR以下(<50%)のものが多く,検出感度に問題を残したままだった.プローブ全体の分子量も大きなものが多く,遺伝子導入の利便性の点においても不利だった(たとえば,パッケージング容量の小さいAAVを活用できない).2013年になってようやく,分子量が小さく蛍光変化幅(ダイナミックレンジ,D.R.)も改善した,単色型のcAMP蛍光プローブが発表された5).このあたりの流れも,遺伝子発現型Ca2+緑色蛍光プローブのGCaMPシリーズの台頭を彷彿とさせる.

2. gCarviのデザインとスクリーニング

上記のような背景の中,筆者らは新規の遺伝子発現型cAMP緑色蛍光プローブの開発を行った6).最もポピュラーといえる緑色蛍光の単色型cAMPプローブが,開発に着手した段階では存在しなかったことも一因である.蛍光特性の点だけではないが,手軽に使えることはプローブを多くの人に使ってもらうためには大切なポイントだと考えている.遺伝子発現型蛍光プローブは基本的に,蛍光タンパク質と目的分子との相互作用領域から構成される.cAMP緑色蛍光プローブのデザインとして,最初に考えるべきことはcAMP結合領域(CBD)をどうするかだろう.大多数のcAMP蛍光プローブが選択しているCBDはPKAまたはexchange proteins directly activated by cAMP(EPAC)由来のものである.これらの分子の部分配列を活用する選択肢もあったが,ほとんどの動物細胞が内在性に発現するこれらの分子の配列をプローブに組み込んだ場合,何らかの分子間相互作用によるシグナリング撹乱効果が生じる懸念があった.たとえば,PKA制御サブユニットであれば,制御サブユニットどうしやAKAPとの相互作用を,EPACであればEPAC分子内の相互作用を,発現したプローブが阻害する可能性がある.このような望まない可能性を最小限にとどめる目的で,筆者らは大腸菌cAMP receptor protein(CRP)のCBDを,プローブのデザインとして採用した.CRPはCBDとDNA結合領域(DBD)で構成されるが,cAMPがCBDに結合するとDBDが回転するような構造変化を引き起こす7).そこで,DBDの替わりに円順列変異体型GFP(cpGFP)を融合することにした(図1A).cpGFPはGCaMPシリーズで汎用されており,二分割したGFPのN末端側配列とC末端側配列を入れ替えた構造を持つ.この変異によってcpGFPは,消光状態とGFP同様の立体構造をとった発光状態の二つの状態をとれるようになり,プローブの構造変化を受けて蛍光の明るさを変化させることができるようになると考えられる.多くのGCaMPではcpGFPのN末端側とC末端側にそれぞれ,Calmodulin(CaM)配列とCa2+/CaMが結合できるM13配列を付加している.これに対して,筆者らがとった戦略は単純で,CBD-cpGFPという融合タンパク質である.CaM/M13ペアの結合・解離のように大きな構造変化が期待できる方が,結果的に大きなD.R.につながると予想できる.しかし,構成要素が増えるほどに,スクリーニングに労力を要することにもなり,小規模な研究室には荷が重い.とはいえ,CBD-cpGFPという最小限の構成で,果たして使えるプローブになるか,という側面においてチャレンジングな取り組みであった.実際のところ,目的分子との相互作用配列を,分断した(またはFRETペアとなる)蛍光タンパク質で挟み込むか,蛍光タンパク質を相互作用配列ペアで挟み込むか,どちらにしても3部構成のデザインが遺伝子発現型蛍光プローブのゴールドスタンダードである.2部構成の遺伝子発現型蛍光プローブの成功例はなかったものの,Fura-2等の化学プローブは2部構成なのだから不可能ではないと考えた.要は,cAMP結合による構造変化によって,cpGFPが発光状態(または消光状態)を取りやすくなればよいのである.

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図1 cAMP緑色蛍光プローブgCarviのスクリーニング

(A) gCarviの模式図.予想立体構造はPhyre2を用いて作成した.gCarviのスクリーニングはC-helixまでの配列長,cpGFPの種類,リンカーのアミノ酸の3段階を経て行った.(B)C-helixまでの配列長のスクリーニング結果.100 µM cAMPまたはcGMPを添加したときの,緑色蛍光の変化を蛍光マイクロプレートリーダーで測定した(n=3).cAMP/cGMPの結果から,アミノ酸数135を選択した.(C)既報のcpGFPベースのCa2+プローブを参考に,CBD135に融合するcpGFPをスクリーニングした.cAMP/cGMPの結果から,G-GECO1由来のcpGFPを選択した.(D)リンカー部位である135番目のアミノ酸を,20種類スクリーニングした.芳香族アミノ酸が,cAMPに対する応答性を向上させる傾向があった.cGMPに対する応答性とのバランスからチロシン(Y)変異型を選択した(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 119, e2122618119より改変).

スクリーニングは3段階で進めた.各スクリーニング段階で重視した点は,cGMPに応答しないことだ.cGMPは多くの動物細胞が活用するセカンドメッセンジャー分子であり,時としてcAMPとは相互的なシグナリングを担っている8).cAMPプローブを作製したいのだから,cGMPに応答してはいけないのは当然のように思うかもしれないが,既報のcAMPプローブにはcGMPに対する応答を評価していないものも多数ある.1段階目のスクリーニングとして,CBDの適切な配列長を決定することから行った(図1B).CRPのC-helixはCBDに含まれ,そのC末端側の先がDBDである.そのC-helix内のSer128はcAMP結合に必要なアミノ酸であるため,129番目からC-helix終端の138番目にかけて順番にcpGFPを融合した.この段階で用いたcpGFPは,GCaMP3由来のものである.候補タンパク質はすべてHis-Tagつきタンパク質として大腸菌BL21株で発現させ,コバルトレジンを用いて精製した.大腸菌由来のタンパク質と蛍光タンパク質との融合タンパク質なので,大腸菌発現系での調製には適していた.精製した候補タンパク質は,蛍光マイクロプレートリーダー(Tecan, infinite F200)で解析を行った.CBD135-cpGFPが100 µM cAMP存在下で45%の蛍光上昇を示し,100 µM cGMPには応答しなかったため,このコンストラクトを次のスクリーニングに進めた.2段階目のスクリーニングでは,最適なcpGFPを既報の遺伝子発現型Ca2+緑色蛍光プローブの配列から選択した(図1C).G-GECO19)由来のcpGFPを用いることで,cAMPに対する応答が74%まで改善した.リンカー配列のアミノ酸がプローブの性能を大きく左右すると,一般的に考えられている.そこで3段階目のスクリーニングとして,CBD配列とcpGFPの連結部にあたる135番目のアミノ酸だけを20種類検討した(図1D).A135Y変異によって,cAMPに対する応答が144%まで上昇し,cGMPに対する応答も11%と十分に低かった.このCBD(A135Y)-cpGFP(G-GECO1)を,新規のcAMP緑色蛍光プローブとして,gCarvi(gカーヴィ)と名づけた.大きさは約45 kDaであり,cAMP蛍光プローブとして最小クラスである.もちろん,以上のスクリーニング結果以外の検討も行ったが,最小限のスクリーニングでもここまではできるという好例になってくれたら幸いである.gCarvi開発段階では,error-prone PCRなどを活用した大規模スクリーニングも行っていない.その意味でも,gCarviにはまだ改良の余地が,十分に残っていると考えている.また,gCarviにcAMPが結合するとcpGFPの立体障害が緩和されて発光状態になるのだと考えているが,構造解析には着手できておらず,その詳細がわかれば次の戦略につなげることができるだろう.

3. gCarviの基本特性

精製gCarviタンパク質の蛍光スペクトル特性を図2Aに示す.一般的な緑色蛍光特性と同様といってよいだろう.蛍光マイクロプレートリーダーで解析したcAMPとcGMPに対する用量反応曲線(図2B)から,それぞれのKdは2.03 µMと27.3 µMである.また,cAMPとcGMPに対するD.R.は1.46と0.19であることから,Kd比×D.R.比で評価したcAMP/cGMP特異性は106となり,既報の単色型cAMPプローブの中ではトップである.cAMPに対するHill係数は1.05であり,cAMPとgCarviは1対1結合していると考えられる.精製gCarviタンパク質をカバーグラス上に結合させ,共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss, LSM710)下に設置し,微量局所灌流装置(ALA Scientific Instruments, μflow)を用いて既知濃度のcAMP溶液を投与した(図2C).Line-scanモードで取得した蛍光輝度の時間経過(図2D)から求めたgCarviの結合速度定数(kon)と解離速度定数(koff)は,1.38×106 M−1s−1と3.31 s−1だった.koff/konで求めたKdは2.4 µMであり,用量反応曲線から求めたKdと同程度だったことから,結合解離速度定数の解析結果は妥当と判断した.結合速度定数の値から,0→10 µMの瞬間的なcAMP上昇に対し0.07秒の時定数でgCarviは応答できることがわかる.解離速度定数の値から,解離の時定数は0.3秒である.ACによるcAMP合成速度が遅いことから,数µMのcAMP濃度上昇は早くても秒単位の現象だと考えられており10),gCarviは細胞内のcAMP動態をリアルタイムに検出する上で,十分に高速な結合解離速度を持つといえる.以上のgCarviの基本特性を,図2Eにまとめた.

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図2 gCarviの基本特性

(A) gCarviタンパク質の励起(Ex)および発光(Em)スペクトル.cAMP無添加時(点線)で標準化している.3 µM(破線)および10 µM(実線)cAMP添加時には,それぞれのピーク(504 nmと523 nm)は変わらずに,輝度は上昇した.(B)gCarviタンパク質のcAMP(●)およびcGMP(△)に対する用量反応曲線(n=3, 平均±S.D.).(C)微量局所灌流装置を用いた高速溶液交換の模式図.gCarviタンパク質を結合したカバーグラスをチャンバーに設置し,全体をPBSで灌流しながら局所的にcAMP溶液を吹きかけた.(D)cAMP溶液を切り替えたときの,gCarviタンパク質の輝度変化の時間経過の一例.ON時間だけを拡大した結果を右側に示す.konおよびkoffのフィッティングカーブ(緑線)はGraphPad Prismを用いて解析した.(E)用量反応曲線(Kd,Hill係数n,D.R.)および結合解離速度解析(konkoff)の結果をまとめた.(F)gCarviタンパク質のpH依存性曲線.cAMP無添加時(○)および100 µM cAMP添加時(●)を示す(n=3. 平均±S.D.).(G)Fの結果から求めたFcAMP/F(–)のpH依存性.(H)mCherry–cpGFP融合タンパク質(左)を発現した海馬ニューロン(培養17日)に,膜貫通型AC活性化薬10 µM Forskolin(FSK)とPDE阻害薬100 µM IBMXを同時に投与したときの,cpGFP/mCherry蛍光比の時間経過.この実験条件では,細胞内pHは一定していると考えられる(n=5, 41細胞.平均±S.D.)(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 119, e2122618119より改変).

gCarviのpH依存性を図2Fに示す.円順列変異体型蛍光タンパク質は概してpH依存性が元の蛍光タンパク質よりも高まるため,これを活用した蛍光プローブはその影響を大きく受ける.gCarviもcpGFPを活用したプローブであるため,cpGFPと同様なpH依存性となった.pH 7.0に比べてpH 7.5では,gCarviは3倍明るくなる.pH 6.0からpH 8.0の範囲でgCarviのD.R.は変化しない(図2G)ことから,多くの細胞内外pH環境下でgCarviはcAMPプローブとして機能するものの,pHが変動するような場面では使用できないため注意が必要である.筆者らはmCherry–cpGFP融合タンパク質(mCherryはpH 6.0–8.0の範囲で蛍光は安定している)を使って,pH変動の有無を確認している(図2H).とはいえ,pH依存性が低いgCarviを開発することは,今後の最優先課題だと認識している.

4. gCarviと他cAMP緑黄色蛍光プローブの比較

cAMP緑黄色蛍光プローブとして,既報のFlamindo211),cAMPr12)および市販(Montana Molecular社)のcADDisと,gCarviの細胞内応答を同じ条件で比較した.COS-7細胞にそれぞれのcAMPプローブを発現させ,1 µM Isoproterenol(βARの作動薬)を投与した(図3A).COS-7細胞のcAMP上昇に伴う,各プローブの応答の経過時間を比較(図3B)すると,gCarviが最も速かった.この違いはKdと結合解離速度の違いに起因すると考えられる.cADDisのKdは正確にはわからないがおよそ10 µM以上と予想され,cADDisの経過時間が長いのはKdの違いによるものかもしれない.Flamindo2の経過時間はcADDisよりも長いが,Kdは3.2 µMでありcADDisよりも高親和性であることから,結合解離速度が遅いことが原因の可能性も考えられる.cAMPrのKdはおよそ1 µMであり,テストした中で最も高親和性であるが,経過時間は極端に遅くcAMPプローブとして機能していないと判断するしかない.経過時間以外の点で,gCarviのデータの標準偏差が最も小さいことにも着目してほしい.プローブ発現による細胞毒性などのアーティファクトが,gCarviが最も少ないためではないかと考えている.加えてcADDisには,細胞内でcAMPが上昇するとcADDisどうしが集合するような挙動が,ほぼすべての例でみられた.蛍光プレートリーダーを使った輝度解析を行うだけなら問題とならないかもしれないが,リアルタイムイメージングを行う上では注意を要する.

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図3 gCarviと他cAMP緑黄色蛍光プローブの比較

(A) gCarvi, Green Up cADDis, Flamindo2, cAMPrのそれぞれを発現したCOS-7細胞に,βAR作動薬1 µM Isoproterenolを投与したときの蛍光時間経過(n=4, 12~15細胞.平均±S.D.).(B)1 µM Isoproterenol投与によるcAMP上昇を各cAMPプローブによって検出したときの,20~80%経過時間の比較(Dunnett T3検定.**P=0.004. ***P<0.001. 平均±S.D.)(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 119, e2122618119より改変).

5. 局在型gCarviについて

gCarviは遺伝子発現型プローブの特長を活かし,細胞内の任意の空間に局在化させることもできる.核,細胞膜,およびシナプス前末端に局在化させた例を図4A~Cに示す.ここではgCarviのN末端側に赤色蛍光タンパク質mCherryを付加したコンストラクト(ratiometric gCarviと呼ぶ)を用いている.これら以外に,興奮性および抑制性のシナプス後部に局在化させることにも成功している.ミトコンドリアにも局在化させることはできるが,マトリックスのpHは大きく変動することが予想されるため,gCarviの適用外だと考えている.マイクロドメイン仮説のような,区画化されたcAMP動態を特異的に検出する上で,gCarviの局在化は有効であると考えられる.一方で,近年にはcAMPナノドメイン仮説も発表された13).PDE分子の近傍(半径10 nm程度)のcAMP濃度が低く保たれるため,AKAP等でPDEとPKAの複合体が形成されていた場合,細胞全体のcAMP上昇があっても,複合体近傍(ナノドメイン)のcAMP濃度は低いままの可能性がある,という仮説である.FRET型cAMPプローブを用いた解析を行っているが,プローブのkonやPDEのkcatなどの速度論的議論が未解決のため,ナノドメインを本当に機能的ユニットと捉えてよいのか不透明である.しかし,効果分子近傍のcAMP動態をみるべきだ,という主張は大事であり,gCarviをナノドメインに局在化させることで解析できるだろう.

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図4 局在型gCarviシリーズ

(A) ratiometric gCarviのC末端側に,SV40核移行シグナルの3回繰り返し配列を付加した.(B)ratiometric gCarviのC末端側に,プレニル化配列としてHa-RasのC末端配列を付加した.(C)ratiometric gCarviのC末端側に,ヒトSynapsin配列全長を付加した.スケールバーはすべて20 µm(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 119, e2122618119より改変).

6. 遺伝子発現型cAMPプローブについて

2022年はcAMPプローブ業界の飛躍の年だった.緑色蛍光プローブとしてgCarviに続きG-Flamp14)(実は先にG-Flamp2が発表された),FRET型プローブとしてcAMPFIREs15)が発表された.時期が重なったのは偶然とはいえ,cAMP蛍光プローブに対するニーズの高まりに呼応した結果だろう.今後も新たなcAMPプローブが追加されていくだろうが,既報のcAMP蛍光プローブの特性を表1にまとめた.ユーザー側として,目的に合致したプローブを選択する際に,気をつけていただきたい点の一つはKdである(Kdくらいしか情報がそろっていないという面もあるが).gCarviを発現した海馬ニューロンにアドレナリンを投与したとき,または可溶性ACの阻害薬であるKH7を投与したときの応答を図5に示す.別の実験で,海馬ニューロンの基底cAMP濃度は1.4 µMと求めており,アドレナリンを投与するとcAMP上昇,KH7を投与するとcAMP減少していることがわかる.gCarviは定量的解析に使えることをうたっており,その理由の一つはgCarviのKdが,細胞の基底cAMP濃度に近いからである.プローブのKdが,細胞の基底cAMP濃度からかけ離れていた場合,cAMPの上昇と減少の両方を検出することは難しくなる.海馬ニューロンを含め,多くの細胞では1 µM前後の基底cAMP濃度だと考えられるため,gCarviのKdには汎用性があると考えている.一方で,in vivoイメージングでcAMP上昇を定性的に検出する目的であれば,D.R.重視で選択するのもよいと思うが,得られた応答が本当にcAMP由来のものであるのかは要注意である.

表1 遺伝子発現型cAMP蛍光プローブの一覧(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 119, e2122618119より改変)
cAMPプローブ検出方法cAMP結合領域cAMPcGMPcAMP / cGMP特異性
D.R.Kd (µM)kon (M−1s−1koff (s−1D.R.Kd (µM)
gCarviMono/RatioCRP1.462.031.38×1063.310.1927.4106
G-Flamp1MonomericMlotiK1102.23.48×1067.9~2.930~46
G-Flamp2MonomericMlotiK1121.9ntntnt43
cAMPrMonomericPKA C/R~0.5~1ntntntnt
GG4BMonomericEPAC2~1.3ntntntntnt
cADDisMonomericEPAC2~0.5~10-50ntntntnt
Flamindo2MonomericEPAC133.2ntnt~322~7
Pink FlamindoMonomericEPAC13.27.2ntnt~3.294~13
R-FlincAMonomericPKA RI8.60.3ntnt~6.26.6~37
PKARIα#7FRETPKA RI0.380.037ntntntnt
CUTieFRETPKA RII0.27.4ntntntnt
ICUE2FRETEPAC1~0.612.5ntntntnt
ICUE3FRETEPAC1~0.910-100ntntntnt
ICUE4FRETEPAC1~1.1ntntntntnt
Epac-SH187FRETEPAC11.64~4ntntntnt
cAMPFIRE-LFRETEPAC1~3.22.650.14×1061.756,000>10,000
cAMPFIRE-MFRETEPAC1~3.21.45ntnt30,100>10,000
cAMPFIRE-HFRETEPAC1~2.60.38ntnt5,000>10,000
TEPACVV/CAMPERFRETEPAC~1.63ntntntnt
PKA-campsFRETPKA RII~0.151.9ntntntnt
EPAC1-campsFRETEPAC1~0.252.35ntntntnt
EPAC2-campsFRETEPAC2~0.20.92ntnt~0.210.6~12
EPAC2-camps300FRETEPAC2~0.30.32ntnt~0.214~63
HCN2-campsFRETHCN2~0.225.9ntntntnt
mlCNBD-FRETFRETMlotiK1~0.40.0662.5×1079.3~0.250.5~12
nt:データなし,~:論文から見積もった値.
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図5 ratiometric gCarviを発現した海馬ニューロン

(A) ratiometric gCarviを発現した海馬ニューロンの蛍光像(培養19日.スケールバーは20 µm).(B)ratiometric gCarviを発現した海馬ニューロンに,10 µMアドレナリンを投与したときの,cpGFP/mCherry蛍光比の時間経過(培養26日.n=5, 46細胞.平均±S.D.)(C) ratiometric gCarviを発現した海馬ニューロンに,可溶性AC阻害薬50 µM KH7を投与したときの,cpGFP/mCherry蛍光比の時間経過(培養16日.n=4, 16細胞.平均±S.D.)(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 119, e2122618119より改変).

7. おわりに

gCarviを題材に,cAMPプローブ開発の経緯と戦略についてと,プローブ特性が実際のイメージングにどう関わるかについて述べてきた.論文には書かれにくい点を強調したせいで,乱文・難文になってしまったかもしれない.本文では述べなかったが,緑色蛍光以外の多色化のニーズも,もちろんある.gCarviを発表してあらためて感じたことであるが,これまでのcAMPシグナリング研究を牽引しているのは欧米が主力である.日本のcAMPシグナリング研究を盛り上げるためにも,少しでも多くの方に興味を持っていただけたら幸いである.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

齋藤 直人(さいとう なおと)

同志社大学生命医科学研究科神経生理学 准教授.博士(農学).

略歴

1997年東京大学大学院農学生命科学研究科修了.同年同大学院医学系研究科細胞分子薬理学CREST研究員.99年同研究科神経生理学未来開拓研究員.2001年同助手.05年同COE特任講師.08年同志社大学生命医科学研究科神経生理学講師.10年より現職.

研究テーマと抱負

脳のcAMP動態をひもとく.

趣味

子ども達に絡む.

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