研究実績10倍増戦略を考える~発見と理解の喜びと共感~
東北大学大学院医学系研究科生物化学分野教授
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現代の大学は,人材育成に加え,科学研究とその応用を通じて競争力を高め,学術コミュニティと社会において存在感を示す必要があります.とある大学がその目標を達成するために検討しているのは,科学研究の実績を5~10倍に増やすという大胆な計画です.研究実績を向上させるには,なにが要点となるでしょうか?
高い山には広い裾野がある.新たな才能を発掘し,多様なバックグラウンドを持つ研究者を雇用しサポートするプログラムを推進するべきです.すなわち,大学院生から教員まで,研究活動に携わる人数を増やすことが必要です.広く研究資金やリーダーシップの機会を提供し,幅広い分野で優れた成果を生み出す体制を整えることが不可欠です.
プレイヤーを大事にする.裾野を広げる際に,研究者間で利害を共有することの重要性,問題や技術を共有できる人が集まることの重要性(大坪嘉行「日本の研究力低迷問題の原因と解決方法」2022)には特に留意すべきです.すなわち,広い裾野の中に人が集まる多数の尾根があることが重要と思われます.なんでもありますという雑多な売り場の集団になってしまっては昭和のデパート,研究の相乗効果は生まれにくくなりますし,集客力も伸びないでしょう.よい人を領域問わずに集めることも悪手となります.その尾根ではどういう特色を出すか,グランドデザインが重要になると思われます.トップダウン的に研究テーマを定めるわけではなく,方向性とそこに至る過程を共有できる研究者コミュニティーと連帯の構築となります.連帯は,メンバーの活力を維持していく上でも必要です.例えば競争的資金の獲得が不調なときにメンバーをどう尾根がコミュニティーとして支えるか,文化と仕組みも必要です.評価では単に数値を競うのではなく,発見や技術の具体を互いに学び,必要に応じて共同研究につなげ,互いの成長の機会を増やすための仕組みとしたいものです.
失敗を抱きしめる.皆が関心を持つ領域でさらに研究を発展させる方向,あまり注目されていないものの重要性が潜在する課題を解決するブレークスルーを目指す方向,大きく二つのバランスをどう取るか,各研究者にとっても尾根の運営でも重要な判断になります.L. Wuらの研究(pubmed id:30760923)によれば,この問題は研究チームの大きさにも関係します.「人の見のこしたものを見」(宮本常一),新たな研究の方向性を模索し,答えの見えない問題に挑戦し,ブレークスルーを生み出すことは,どちらかと言えば小さいチームが得意とするようです.ノーベル賞は,発展よりはブレークスルーを成した研究に与えられてきたといわれます.大きなチームと小さなチームのバランスを調整しつつ,失敗のリスクを資金提供やポジションという形で許容する運営が求められます.このような環境の提供は,大学にしかできないことと思われますし,そこからは次のチャレンジャーが育っていくでしょう.失敗を忌避することは,大学の外に任せましょう.
食べる糧を得る.大学院教育は将来の教育研究者や専門家を育てるための重要な段階です.根本におくべきことは,プロとして食べる糧を得る方法を伝えることです.すなわち,研究の進め方に加え,研究成果の活用法や科学的エビデンスの評価法,成人教育など,社会の様々な場所で求められる技能を修得してもらいます.院生は,これらを学部時代からの学びや社会経験と組み合わせることで各自の価値をあげ,キャリアを選び,複雑化する社会の中で貢献し主体的に生活していくことが可能になるでしょう.
エンジョイする.このエッセイが出る頃にはラグビーワールドカップフランス大会でジャパンが活躍し,世間が盛り上がっていることでしょう.ラグビーは,以前はフォワードとバックスの分業が明確でしたが,戦略は大きく変化し,フォワードとバックスが連動する小ユニットをグランド各所で臨機応変に形成し,エネルギー消費を抑えながら陣地を獲得していくようになりました.大学の研究者も,研究室や部局を越えて必要に応じて連動して効率良く研究を進めていく時代と感じます.このダイナミックな連動に参加し,楽しみ,効果的なものにしていくためには,フォロワーシップも磨き,評価軸を一層多角化する必要もあるでしょう.実績が10倍に増えるかどうかは別にして,より楽しく刺激的で包摂的な研究教育活動が可能になると予想します.その大元にはいつも,発見と理解の喜びとその共感があるはずです.「そう,我々はまだ冒険好きなのだ」(ジョージ・ウェザリル)
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