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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(6): 837-841 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950837

みにれびゅうMini Review

最小単位uORF翻訳を介した体内時計調律ゆるやかな体温変動にしなやかに調和する時計の仕組みMinimal uORF-mediated mechanisms of mammalian clock adaptation to day/night physiological body temperature fluctuations

京都大学大学院薬学研究科創発医薬科学専攻システムバイオロジー分野Department of Systems Biology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyoto University ◇ 〒606–8501 京都府京都市左京区吉田下阿達町46–29 別館4階 ◇ 46–29 Yoshidashimoadachi-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606–8501, Japan

発行日:2023年12月25日Published: December 25, 2023
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1. はじめに

これまで,遺伝子発現(タンパク質発現量)の制御は,転写の増減を介したメッセンジャーRNA(mRNA)の量的制御による影響が大きいと考える見方が一般的であり,翻訳反応はそれに付随する比較的単調な合成反応であると考えられることがあった.ところが実際には,mRNA発現量とタンパク質発現量の間には,思われているほどの相関はなく,むしろ単位mRNAあたりに結合するリボソームの個数(翻訳量)とタンパク質発現量の間に強い相関があることがわかり1),翻訳はタンパク質発現量を左右する加減調節の場として再注目されている.そのような中,我々は今回,体内時計の振動を生み出す中核遺伝子Period2Per2)のmRNAの5′非翻訳領域(5′ untranslated region:5′ UTR)に「最小単位uORF」というこれまで見過ごされていた新しいRNAエレメントを同定し,これが体温による細胞の日内リズムの位相合わせに必須であることを見いだした2).基礎体温レベルの生理的で微小な温度変化はPer2の転写ではなく翻訳を調節する.翻訳制御が重要な役割を担う生体機能調節機構の一端を示した知見といえる.

2. 哺乳類の概日体温リズム

ヒトやマウスなど恒温動物の体温は,「恒温」とはいうが,四六時中一定ではない.恒温動物の体温は,1日の中で活発な活動期に上昇し,休息期に低下するという規則的な日内変動リズムを示す3).この概日体温リズムは,体内時計によって制御されており,その「標準時刻」は,脳内にある体内時計中枢,視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)が定めている.SCNは,概日体温変動・概日ホルモン濃度変化・神経回路などを介して,全身37兆個の細胞一つ一つに備わる細胞時計の時刻を調律する(図1).特に概日体温変動は,全身に等しくすばやく伝播することから,全身の時計調律に大きな役割を果たすと考えられている.しかし,概日体温変動はゆるやかであり(マウスでは3°C,ヒトでは1°Cの変動),どのような分子機構がこのような小さな温度変化を捉え,体内時計を調律するのかは,これまでよくわかっていなかった.

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図1 体内時計の階層的調律機構と時計遺伝子による細胞内時計振動メカニズム

体内時計中枢SCNは,概日体温リズム等を介して全身の末梢組織のリズムを同期させる(上).全身の細胞には時計遺伝子の転写翻訳フィードバックループを基盤にしたリズム生成機構が備わっているが(下),体温リズムがこの遺伝学的振動子に作用するメカニズムは不明であった.

3. 哺乳類の概日時計

おおよそ1日の周期で繰り返される生理機能の振動をサーカディアンリズム(概日リズム)というが,時計遺伝子は,この振動の生成維持に必要不可欠な遺伝子群であり,その多くはショウジョウバエからヒトに至るまでよく保存されている4).哺乳類においては,時計タンパク質が自身の転写を抑制することにより,概日振動のリズムが形成される5, 6)図1).この振動の形成/維持には,転写レベルでの制御が重要である.我々は以前,哺乳類の体内時計の振動形成の中核機能を担うPer2遺伝子の5′上流プロモーター領域に存在するシスエレメントE′-boxに点変異を導入すると,Per2を含むすべての時計遺伝子群(Per1, Per2, Per3, Cry1, Cry2, Bmal1, Nr1d1, Dbp, E4bp4)のmRNA発現リズムが完全に失われてしまうことを発見した7).一方,体温による概日時計の調律については,微細かつ緩徐な体温変動では時計遺伝子の転写を誘導できないため,転写を介さない謎の概日時計制御機構の存在が示唆されていた.

4. Per2 mRNA翻訳が生理的微小温度変化に反応する

概日体温変動レベルの生理的微小温度変化が細胞時計に与える効果は何か? 我々はこの問いに答えるため,細胞時計を同調させたマウス胚線維芽細胞に対して生理的微小温度変化(warm temperature shift:WTS, 35°C→38.5°C)を与え,時計タンパク質の発現量変化を調べたところ,コア時計遺伝子の中でもPer2のタンパク質だけが温度に応答して増加することを発見した(図2A).このWTSに伴うPer2タンパク質量の増加には,時刻依存性があり,Per2 mRNAの増加する時刻(Time 0, 4, 20, 24, 28)でのみ観察されることがわかった(図2B).興味深いことに,このときPer2 mRNA発現量は変化しておらず(図2B),WTSはmRNA転写後のタンパク質発現量制御機構に影響を与えていることが明らかになった.

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図2 コア時計遺伝子Per2のタンパク質発現量だけが環境温度に応答する

(A) WTSに伴うコア時計タンパク質発現量変化解析.Per2発現量だけがWTSに伴い増加した(白矢頭).(B) WTSによるPer2 mRNA/Per2タンパク質発現量の時刻別解析.WTSはmRNA量には作用せずタンパク質量のみを,時刻限定的に増大させた.(C) Per2::LucTS細胞によるPer2翻訳温度応答評価.(B)と同様,Per2::LucTSは時刻限定的に温度応答性を示した.LucTS:thermo-stable luciferase. (D) Per2::LucTS発現リズムの温度サイクルへの同調評価.通常,Per2::LucTSリズムは約1週間で培養環境温度サイクルに同期するが,PI3K阻害薬存在下では,同期することができなかった.データは文献2から引用した.

Per2タンパク質の動態を詳しくみるため,まず,メチオニンの類縁体であるアジドホモアラニン(azidohomoalanine:AHA)のタンパク質への取り込みを指標として,新規合成タンパク質発現解析を行った.WTSは,細胞内でのAHA含有タンパク質合成総量を変化させなかった一方で,AHA含有Per2タンパク質だけを増加させた2).一方,タンパク質合成阻害薬シクロヘキシミドを用いてPer2タンパク質の分解を調べたが,WTSを受けた細胞のPer2タンパク質の消失は,WTSを受けていない細胞の消失と同程度だった2).これらの結果より,生理的な微小温度変化は,Per2 mRNA転写やPer2タンパク質分解ではなく,Per2 mRNA翻訳量を調節することが明らかになった.

我々はさらにPer2翻訳制御因子を調べるため,約150種類のキナーゼ阻害薬をスクリーニングした.環境温度変化に耐性のあるルシフェラーゼ変異体LucTSをノックインしたPer2-LucTSレポーター細胞を作製し(図2C),この細胞にWTSを与えた際に生じるPer2-LucTS発光強度の変化を指標に阻害薬の作用を調べたところ,ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(phosphatidylinositol 3-kinase:PI3K)の阻害薬がPer2翻訳温度応答を強く抑制することがわかった2).LC-MS/MSを用いた細胞内脂質プロファイリングにより,PI3K活性化に伴って増えるホスファチジルイノシトール3,4,5-トリスリン酸が,WTSを処置した細胞では増えていることも明らかになった2).そこで,体温による概日時計調律へのPI3Kの関与を,細胞時計の環境温度変化サイクルへの同調を指標に調べたところ,PI3K阻害薬の存在下では,細胞の時計は温度サイクルにまったく同調できなかった(図2D).これらの結果より,PI3KがPer2翻訳温度応答をつかさどる重要な制御分子であることがわかった.

5. 最小単位uORFを介したPer2翻訳制御が皮膚ホメオスタシス維持に重要である

mRNA上のリボソーム動態を可視化できるribosome profiling法を用いて,WTSがもたらすPer2翻訳変化を調べたところ,予想外なことに,リボソームがWTSに応じてPer2 mRNAの5′ UTRに集積することがわかった(図3A).リボソームが集積する位置を塩基レベルで調べたところ,非翻訳領域であるにもかかわらず,Per2 5′ UTRには開始コドンと終止コドンから構成される翻訳フレームが存在し,そこにWTSに伴いリボソームが集まることが明らかになった(図3A).PI3Kの阻害はこの集積を減弱させる2).重要なことに,このPer2の上流翻訳フレーム(upstream open reading frame:uORF)は,哺乳類全般で広く保存されており,また,開始コドンと終止コドンという,たった二つのコドンから構成される(すなわち,翻訳フレームとしては最小単位)という特徴を持つ(図3A, B).我々は,ヒトおよびマウスのPer2 5′ UTRの最小単位uORFが下流の翻訳に温度応答性を付与することを示した:ヒトまたはマウスのPer2 5′ UTRをLucTS遺伝子上流に組み入れたレポーターを用いた機能アッセイにより,Per2 5′ UTRがあると,uORF依存的に下流翻訳に温度応答が生まれることがわかり,さらにこのPer2 uORFを非最小単位uORFに変異する(1コドンの挿入)だけで温度応答が消失した2)

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図3 Per2最小単位uORFはタンパク質発現制御エレメントである

(A) WTSに伴うPer2 5′ UTR上の最小単位uORFへのリボソーム集積.(B) Per2 uORFの種間保存性.カモノハシは褐色脂肪組織を持たず,体温恒常性も低いことが知られている.(C) Per2 uORF変異細胞では野生型細胞でみられる温度サイクルによるリズム維持効果が消失した.(D)野生型マウスではみられる皮膚創傷治癒のサーカディアンリズムが,Per2 uORF変異マウスでは消失した.(E)最小単位uORFによる翻訳制御モデル.WTSがないと,uORFを通過後リボソームはすぐに解離する(左).WTSがあると,PI3Kがリボソームに翻訳促進因子を付加し,80Sスキャニング等の別モードの翻訳を促すことで,下流翻訳を促進する(右).m-uORF:minimal uORF, CDS:coding sequence, DENR:density-regulated protein. データは文献2から引用した.

Per2 uORFの生理的機能を調べるため,遺伝学的にPer2 uORFを変異したマウスを作出した.このマウスより線維芽細胞を作製してイムノブロットを行ったところ,変異マウス由来の細胞では,野生型ではみられるWTSに伴うPer2タンパク質量の増加が観察されなかった(このときPer2 mRNAの量はWTSの有無・uORF変異の有無にかかわらず一定であった)2).野生型マウス由来の細胞は,温度サイクル条件下で培養すると,一定温度条件下と比較して,細胞時計の振動を強く保つことができる.しかし,Per2 uORF変異マウス由来の細胞では,培養温度条件にかかわらず,細胞時計の振動がすぐに減弱した(図3C).つまり,Per2 uORFは,Per2の翻訳量を環境温度変化に応じて変化させることで,体温変動に従った概日時計の調律を行っていることがわかった.

我々は以前,赤外線カメラとAI技術を組み合わせることによって,マウス体表面温度には深部体温と同程度の強い概日リズムがあることを観察した8).そこで,マウスの活動期・休眠期それぞれに,背面皮膚に創傷を与え,その治癒効率を評価した.野生型マウスでは,活動期に傷を与えた個体の方が,休眠期に与えた個体よりも治癒効率がよいことがわかった.ところが,Per2 uORF変異マウスでは,創傷時刻による治癒効率の変化は観察されなかった(図3D).これらの結果より,皮膚のサーカディアンホメオスタシスの維持に,Per2 uORFを介した翻訳速度制御機構が関与することがわかった.

6. おわりに:最小単位uORFを介した生命機能制御の可能性

Per2 mRNA上の非翻訳領域に,最小単位uORFという特徴的な構造を見つけ,これが環境温度変化に従ってPI3K依存的に下流の翻訳量を調節しており,体温変動による概日時計調律や皮膚をはじめとした臓器ホメオスタシスの維持に重要であることを,我々は今回示すことができた.一般に,uORFは終止コドン後の80Sリボソームの解離により,下流翻訳に対し抑制的に働く9, 10).そのためおそらく,温度シグナルはその解離を抑えて80S re-initiationを誘導する働きがあると考えられる(図3E,モデル).温度応答性を示す最小単位uORFは,Per2だけにとどまらず,DroshaDopey2など他の遺伝子にもあることを我々は見いだしており,今後,生理的微小温度変化に細胞機能が応答する仕組みの一端として,それを支える背後の分子機構の解明が待たれる.

謝辞Acknowledgments

本研究は,理化学研究所 岩崎信太郎主任研究員,東京医科歯科大学 佐々木雄彦教授,大阪大学 伊川正人教授のご協力のもと行われました.深く御礼を申し上げます.

引用文献References

1) Schwanhäusser, B., Busse, D., Li, N., Dittmar, G., Schuchhardt, J., Wolf, J., Chen, W., & Selbach, M. (2011) Global quantification of mammalian gene expression control. Nature, 473, 337–342.

2) Miyake, T., Inoue, Y., Shao, X., Seta, T., Aoki, Y., Nguyen Pham, K.-T., Shichino, Y., Sasaki, J., Sasaki, T., Ikawa, M., et al. (2023) Minimal upstream open reading frame of Per2 mediates phase fitness of the circadian clock to day/night physiological body temperature rhythm. Cell Rep., 42, 112157.

3) Duffy, J.-F., Dijk, D.-J., Klerman, E.-B., & Czeisler, C.-A. (1998) Later endogenous circadian temperature nadir relative to an earlier wake time in older people. Am. J. Physiol., 275, R1478–R1487.

4) Panda, S., Antoch, M.-P., Miller, B.-H., Su, A.-I., Schook, A.-B., Straume, M., Schultz, P.-G., Kay, S.-A., Takahashi, J.-S., & Hogenesch, J.-B. (2002) Coordinated transcription of key pathways in the mouse by the circadian clock. Cell, 109, 307–320.

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7) Doi, M., Shimatani, H., Atobe, Y., Murai, I., Hayashi, H., Takahashi, Y., Fustin, J.-M., Yamaguchi, Y., Kiyonari, H., Koike, N., et al. (2019) Non-coding cis-element of Period2 is essential for maintaining organismal circadian behaviour and body temperature rhythmicity. Nat. Commun., 10, 2563.

8) Shimatani, H., Inoue, Y., Maekawa, Y., Miyake, T., Yamaguchi, Y., & Doi, M. (2021) Thermographic imaging of mouse across circadian time reveals body surface temperature elevation associated with non-locomotor body movements. PLoS One, 16, e0252447.

9) Tanaka, M., Sotta, N., Yamazumi, Y., Yamashita, Y., Miwa, K., Murota, K., Chiba, Y., Hirai, M.-Y., Akiyama, T., Onouchi, H., et al. (2016) The minimum open reading frame, AUG-stop, induces boron-dependent ribosome stalling and mRNA degradation. Plant Cell, 28, 2830–2849.

10) Millius, A., Yamada, R.-G., Fujishima, H., Maeda, K., Standley, D.-M., Sumiyama, K., Perrin, D., & Ueda, H.-R. (2023) Circadian ribosome profiling reveals a role for the Period2 upstream open reading frame in sleep. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 120, e2214636120.

著者紹介Author Profile

三宅 崇仁(みやけ たかひと)

京都大学大学院薬学研究科創発医薬科学専攻 助教.博士(薬科学).

略歴

1990年大阪府に生る.2012年京都大学薬学部卒業.14年同大学院薬学研究科修士課程修了.17年同研究科博士課程修了.同年5月よりUCSF生理学分野博士研究員を経て18年10月より現職.

研究テーマと抱負

現在は,時間生物学に,これまでの自身の「温度」の関わる生物学の研究経験を組み入れたテーマを中心に研究を行っています.生命が温度・体温を扱う巧妙なからくりを解き明かすことが,ひとつの大きな目標です.

ウェブサイト

https://researchmap.jp/miyaketakahito

趣味

機械式時計のメカを調べること.猫が好きです(ただし猫アレルギー).

土居 雅夫(どい まさお)

京都大学大学院薬学研究科創発医薬科学専攻 教授.理学博士.

略歴

1998年東京大学理学部生物化学科卒業.2003年同大学院博士課程修了.02年JSPS特別研究員・海外特別研究員.06年神戸大学大学院医学系研究科助教.07年京都大学大学院薬学研究科講師.11年同准教授.18年より現職.

研究テーマと抱負

睡眠障害や加齢に対する「時間治療薬」の開発を目指した基礎研究・臨床応用研究を行っています.興味のある方はお声がけください.

ウェブサイト

http://systems-biology.pharm.kyoto-u.ac.jp/

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